2015年11月26日木曜日

冬の生まれる泉

「姫、満月を背にして進むぞ」
月光と、夜風と、そして晩秋が、姫君の背中を押していく。

森が終わり、まもなく夜も終わるだろう。姫君の知らない景色が広がっている。木々はなく、どこまでも遠くを見渡せる場所。
「ここが、冬の生まれる泉」
辺りには、小さな氷の粒が舞っている。キラキラと美しい。姫君の吐く息も、すぐに氷となる。

朝日が生まれるのより少し前に、冬は生まれた。
冬は、どんどん大きくなりながら空へ上がっていく。姫君が今までに見た何よりも巨大だ。かぼちゃの姫君を一瞥した冬は、背中から真っ白な蒸気を勢いよく吹き上げた。
「今年は大雪になる」
蝶が呟く。

すっかり空を覆い尽くした冬を、かぼちゃの姫君は見上げる。長い冬が始まったのだ。

イラストレーション:へいじ

2015年11月21日土曜日

夢 洋菓子店の芸当

「コニャック入りのチョコレートを二粒、カットのシフォンケーキをひとつ」洋菓子店のケースの前で私はそう注文した。
チョコレートは問題なく出されたが、シフォンケーキだ。型から取り出されたばかりのシフォンケーキを、私の目前で水平に薄く薄く、切り始めた。ふわふわ焼きたてのシフォンケーキを平らに切るという芸当に、私は呆気にとられていた。シフォンケーキというものは、こうやってカットするものだっただろうか?バウムクーヘンと間違ってはいないのか?(いや、バウムクーヘンでもこんな切り方をするかどうかは疑問である。)
16枚、ペラペラの円盤シフォンケーキが積み重なっている。テキパキと店員はチョコレートと共に梱包して、「1900円です」と言った。

2015年11月20日金曜日

眠る森と眠れない姫君

日が沈み、月が昇る。月明かりを浴びた栗鼠は、たちまち眠ってしまった。さっきまでの疾走はどこへやら。キノコたちも眠っているようだ。森のみんなが眠っている。起きているのは姫君ばかり。「今宵は満月だから」というのは、このことだったのだろうか。仕方なく姫君も栗鼠の腹にうずくまって目を閉じたけれど、ちっとも眠れない。

「姫。かぼちゃの姫君」
ずいぶんと威厳のある声が姫君を呼んだ。声の主は、蝶だった。
「冬の始まりを探しておられると聞いた」蝶が問う。
「そうなの。でも、栗鼠が眠ってしまって」
「ああ、栗鼠は満月の光を借りて私が眠らせた。さあ、ここからは私がお供しよう」
この蝶は、一体何者なの? 満月は何も答えない。

イラストレーション:へいじ

2015年11月10日火曜日

十一月九日 知らない町へやってきた

知らない町の、知らない道。知らない地下鉄に乗って、やってきた。

橋を渡って、ダラダラとした上り坂を行く。車はとても多いのに、歩く人は他にいない。このまま違う世界に行ってしまうのではないかと、不安になる。こんなときに、マシュマロマンホールが現れるのかもしれない。足先でマンホールをつっつく。とりあえず、大丈夫そうだけれど、飛び越える。

地図を見る。目的地は、まだまだ先だ。