2015年10月28日水曜日

静かな町


「735だ、丸い屋根を目指せばわかるだろう」
 町に入る検問で尋ね人をすると、男はそう言った。僕は「丸い屋根、735。丸い屋根、735……」と呟きながら、見知らぬ町を歩き出した。
 この町の家々には、番号が書かれているのだった。「205」とか「367」とか。どういう意味があるのかは、全くわからない。
「734」の家を見つけて、「735」が近くにあるに違いないと周囲を歩きまわったが、丸い屋根の家も「735」も見当たらなかった。諦めて、また別の方角に歩く。
 検問の男はずいぶん体格のよい大きな声の男だったが、町の人々は一様に静かだった。市場にやってきたけれど、そこに喧騒はない。
 思い切って「735の家を探しているのですが」と市場のおばさんに声を掛ける。おばさんは驚いた顔で耳を塞いでしまった。声が大き過ぎたらしい。
 僕は「すみません」と小声で言って(これは意図して小さな声になったわけではない)、その場を離れた。検問の男は雇われ者で、この町の人間ではないのだろうと推測した。
 もう町中を歩きつくしたと思った頃に、「735」の家は唐突に目の前に現れた。丸い屋根の、白い家だ。鼓動がうるさいほどに高鳴る。
 呼び鈴は、僕の鼓動より、ずっとささやかな音だった。

2015年10月27日火曜日

旅立つ姫君

「さあ、行ってらっしゃい」
父なるかぼちゃ氏に見送られ、かぼちゃの姫君は旅に出た。キノコたちが、嬉しそうに道を作る。
「急いだほうがいい」と、姫君を乗せた栗鼠は疾走する。落ちてくる枯葉を巧みに避けて駆ける。
「どうして急ぐの? 冬の始まりに間に合わせるため?」
「今宵は満月だから。月が出る前に」
満月の月明かりは眩しいものね、と姫君は応じたけれど、栗鼠は答えない。

イラストレーション:へいじ

2015年10月16日金曜日

かぼちゃの姫君

秋の風は心地よいのに、どこか淋しい。かぼちゃの姫君は、住まいであり、父であるかぼちゃ氏に問う。「冬の始まりはどこにあるの?」
父なるかぼちゃ氏は「答えはきっと、本の中にある」と、遠くを見る。姫君は父の本棚を見渡したけれど、姫君にはまだ少し難しい本ばかりだ。
キノコたちが「遊ぼうよ」と姫君を誘いに来る。「遊んでおいで」と、かぼちゃ氏は遠くを見る。

イラストレーション:へいじ

2015年10月12日月曜日

十月十二日 猿との遭遇

「さるサル猿!」
と、ウサギが叫ぶので、車は急ブレーキで止まった。貫禄十分の雄と思われる猿は、ノッシノッシと車の前を歩き、それから車の上を歩き、最後に車の下を歩いた。
車中は緊張で張り詰めていたが、猿は車に狼藉を働くことなく、去っていった。ただ、去るときに、もぐもぐと口が動いていたので、一つくらい車の部品を食べられてしまったかもしれない。

2015年10月6日火曜日

十月六日 秋の味覚

何度やってもコンビニのコピーがうまくいかない。斜めになったり、掠れたり。大事な書類なので、きちんとコピーできないのは困る。
コインはあと1枚。これが失敗したらおしまいだ。緊張しながら最後の硬貨を入れようとすると、ウサギがそれを邪魔して、何やら葉を突っ込もうとする。
「何してるの?!」
「さつまいもの葉っぱ。コピー機にも秋の味覚が必要」
コピー機はものすごく高画質な仕事をした。

2015年10月1日木曜日

十月一日 贅沢な秋の雨

アーモンドを齧りながら詩集を読む。なんて贅沢な雨の午後だ。
そう思ったのも束の間、ウサギはアーモンドを隠し始めた。リスに感化されたらしい。