2015年1月31日土曜日

迷樹

迷路模様の葉脈が特徴の、大きな葉をつける常緑樹。その葉は世界中どこへでも飛んでいくが、樹木の在処が見つかったことはない。葉脈の迷路模様を辿った者は行方不明となり、戻った者は一人もないという言い伝えがある。

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 大きな葉っぱを拾った。僕の顔くらいある。周りにはそんな大きな葉を付けそうな木はない。昔話に出てくる天狗の団扇みたいだな、なんて思いながら持って帰った。
 机に置いて気がついた。その葉っぱの裏の模様がまるで迷路みたいだってことに。鉛筆を持って迷路で遊ぶことにした。付け根のところからスタート。ものすごく細かい。目が疲れるから時々瞬きしながら、僕は慎重に慎重に迷路を辿った。
 迷路は超絶難しくて、なかなか終わらない。肩も凝ってきた。「塾の時間は?」と、母さんの声がして、鉛筆を置いた。
 カバンに葉っぱを突っ込み、チャリに跨って、勢い良く漕ぎ出した。けど、様子がおかしい。いつもの角で右に曲がったあと、景色が変わらないのだ。すぐにもう一度右に曲がるのに、曲がり角がない。
 全速力で走ったら左に曲がる道があったので、曲がってみた。あれ、ここも、さっき通った道……? 慌ててUターン。さっき左に曲がったんだから右に曲がれば戻るはずだ……そう思ったのにようやく現れたのは左に曲がる角。仕方なく曲がる。いきなりの丁字路。勘で右に行く。走っても走っても夕暮れが終わらない。


幻想植物ポケット図鑑投稿作

2015年1月30日金曜日

合歓


 私の部屋の窓から、あなたに腕を回し、脚を絡める少女の姿が見えるのです。少女は毎日あなたの元にやって来ますね。少女が去ると部屋を出て、あなたのところに向かいます。「ネムノキ」と、あなたには札が掛かっています。
 葉を閉じて黙っているあなたを撫で、抱きつくと、すぐに大きな快楽がやってきました。胸を押し付けると、思わず声が漏れました。
 あなたは、あ の少女に、こんな淫らなことをしていたのですね。
 今夜、あなたを伐ります。鋸も用意しました。もう、少女とあなたが睦み合うのを見たくありません。
 そしてこの手紙は、あなたの根元に埋めます。伐られたあなたと、この手紙を見て、少女はどんな顔をするでしょう。窓から眺めるのが楽しみです。


妄想二人展

2015年1月28日水曜日

植物名 デラックス・ビーンズ

デラックス・ビーンズ:二十五年に一度だけ実を付ける、マメ科に近い形態の植物。大量のマメを放出し、世界中に散らばり、天地万物の情報を吸収、『デラックス百科事典』を形成する。なお『デラックス百科事典』は、森羅万象の真実を端的に且つ短絡に示すものである。

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一粒のマメを素早く網で捕まえた。四半世紀に一度の研究のチャンスである。
シャボン玉のようにプリズムを輝かせた透明な丸いマメたちは、さやから出ると、あるものは空を飛んでいき、あるものは転がっていき、またあるものは地面に埋まっていく。
謎の多いこの植物。食べたところで旨くもない。マメを飛ばす理由もわからない。世界でここにしか生えていない。研究するチャンスは人生に多くて三回。何の役に立つのかもわからないこの植物を研究しようという学者は私の他にはいなかった。
私はマメにオリジナルのチップを装着し、放した。何事もなかったようにマメは転がっていく。
早速データを計測しようとしたが、結局、チップからの情報は一時間程度で途切れた。情報が途絶えたと思われる地点に赴いたが、チップは見つからなかった。
――『デラックス百科事典』の新版が書店に並んだのは、その三年後だった。ページをめくっていると自分の名前が目に止まった。私の生い立ち、研究の内容。研究に用いたチップがどのような仕組みでどれだけの性能か。私はこれらを人に話したことはない。三年前、あの一粒のマメ以外には。

2015年1月27日火曜日

一月二十七日 ゆっくりの一日

いつもにまして時間がゆっくりと流れている。
念入りに掃除をしたのに、まだこんな時間。
あんなに本を読んだのに、時計を見ると一時間しか経っていない。
昼寝までしたのに、まだこんな時間。
時計が壊れているんじゃないかしら、と思って家中の時計を見て回った。
一体何に騙されているのだろうか、と考え込んでいたら、あれ、もう夜中だ。




傘葛(カサカズラ)

蔓性の植物。湿度と気圧を感知して、傘を花として咲かせる。採取した花は傘として実用可能。色や柄は様々で、時に派手な傘を咲かせる。

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 「傘、採っていけよ」と、祖父が言う。えー傘採るの面倒なんだよな。もう学校行く時間だし……。玄関で「人工の傘」を持って出ようとすると、「傘、採ったか」とまた祖父の声がした。今度はちょっと怖い声。私はため息をついて傘を置くと、枝切バサミを持って庭に出た。
 うちの庭には「傘葛」が生えている。いまでは珍しくなった傘葛を祖父は大事にしていて、市販の傘は生まれてこの方買ったことがないのがご自慢だ。
 私は傘葛に近づくと、程よい傘を探してバチンと枝切バサミで切った。今日の天気予報は昼から雨。まだこんなに晴れているけれど。
 傘を開く。ごくたまに、穴の空いた傘とか、芯が曲がって開かない傘があるのだ。今日の傘は、大丈夫。大丈夫だけれど、なんだかいつもと違う。
 昼からの雨は、雨ではなかった。飴だった。「人工の傘」だったらたちまち穴だらけになっていただろう。
 傘に当たる飴の音を聞きながら帰ると、祖父が嬉しそうに傘葛を世話していた。「じいちゃん、飴が降るってわかってたんだね」
「この飴は傘葛が降らせたんだよ。そろそろ肥料を欲しがる頃合いだと思ってた。ほら、今日の傘はペロペロキャンディー柄だっただろう?」


幻想植物ポケット図鑑、未投稿作

2015年1月21日水曜日

或いは歯の夢


 歯と歯茎だけの存在である私を、貴女は受け入れてくれましたね。
 貴女は私の歯茎を、指で、舌で、そっと何度もなぞりました。
 私に喉まであれば、歓喜の声を上げたのに。
 お礼をしたかったけれど、貴女の控えめな乳首を甘く囓ることしかできませんでした。
 私はいま、歯科診療室の戸棚の上に軟禁されています。
 真夜中 の診療室で、この手紙を書いています。
 強い噛み跡のついた鉛筆に、明日の朝、歯科医が気がつくでしょう。

妄想二人展出品作

2015年1月13日火曜日

一月十三日 電話

方方に用事があって、電話を掛けるが、どこにもつながらない。
呼び出し音は「トゥルルルル……」ではなくて「パッパカパーン」と軽快なファンファーレだから、仕方がない。
そのくせ、電話は鳴りっぱなしである。こちらからは掛けられないのに。
取れば、聞いたことのないような早口で、さっぱり何を言っているかわからない。
「どちらにお掛けですか?」「番号のご確認を」と言って切っても、すぐに掛かってくる。
何度目かで、ようやく耳が慣れてきたら、ひとつだけわかった。何かを祝う言葉。
私を祝っているわけではなく、なにかめでたいことがあったらしい。
よくわからないけれど「おめでとうございます」と相手に倣って早口で言ってみたら、電話は鳴り止んだ。


2015年1月9日金曜日

一月九日 妄想帰り

こっちの店のほうが、葱が安かった。
負け惜しみしながらも、家路を急ぐ。
妄想が溢れていまにもリュックから零れ落ちそうだったから。


2015年1月8日木曜日

一月八日 計算

電卓片手に、あれこれ計る。測る。図る。
電卓が文句を言い始めて、やっと我に返った。
何を計算したかったのだろう。
ウサギはヒゲを抜いている。


2015年1月7日水曜日

一月七日 ドア

34ミリ。このドアの厚さである。
ドアの中には(ドアの向こう、ではない。中である)、ちょっとした化物が住んでいることを、今日発見した。
このドアは、ずいぶん前からノブが壊れていた。今日、私はドアノブ交換を決行したのだ。
そして、その際にその小さな化物と目が合ってしまった。
ドアをノックするときは要注意だ。ドアの向こうの人が返事をしなければ、ドアの中の化物が返事をする。
つまり、このドアは必ず返事をする。
トントントン、誰かいますか。


2015年1月4日日曜日

十二月二十八日 鳥居

続く鳥居の向こうに、お稲荷さんが見えている。
歩いても歩いてもお稲荷さんに辿り着かない。
「キツネに化かされたかしらん」
とつぶやくと、「ウサギの仕業だよ」とお稲荷さんから声がした。
ウサギは毛を逆立てて、私の後ろで跳ねている。


2015年1月1日木曜日

人工衛星の街角

 その人工衛星は、三百年前に役目を終え、今はただ、律儀に軌道を描いているだけ。
地球の人々はそう思っていた。
 実際、百年前まではそうだったのだ。だが、人工衛星だって馬鹿ではない。作られた当時の最新技術が搭載されていたわけだから。
 つまり、老いた人工衛星は退屈していたのだ。少し遊びたくなったのだ。
 人工衛星は、よく見える目を持っていた。地球を何百年も観察し続けていた。それ以外にすることはなかった。だから、地球上の「街」という「街」をよく知っていた。己にも
「街」を作ろうと考えた。
 「街」には「道」があり、さまざまな「建物」があった。人工衛星は「教会」がお気に入りだった。鐘があるから。それから「回転木馬」も好きだったそれからそれから。
 石畳の道を作った。広場も作った。もちろん回転木馬をそこに配する。大きな教会には、ステンドグラスと鐘。
 百年の間に、少しずつ、少しずつ、街を作った。しかし、何かが足りない。何かが足りない。
 人工衛星は考えた。一生懸命考え、地球を観察し直したが、人工衛星が思い描いていた街は三百年前にはもう朽ち始めていた街だったのだ。いくら観察しても、そんな街は、もう地球のどこにも残っていない。
 思い出すのに四十八年掛かった。そうしてやっとわかったのだ。
「街灯」だ。
 人工衛星は自分の街に街灯を立てた。そして、「ぽっ」「ぽっ」とひとつひとつ明かりを灯していった。
 地球の人々が夜空を見上げる。忘れられた人工衛星が輝いている。

架空非行 第6号