2013年3月31日日曜日

因果骨

「骨を食えば、骨になる。骨すなわち格である」


食うものがなくなり、味のしなくなった骨を咥えている野良犬に、そんな説教をした坊さんがいた。


犬はこれ幸いと坊さんを襲い、食べ始めたが、坊さんもまた即身仏寸前であったので、大して肉にはならなかった。


それでも犬はすみずみまで不味い坊さんを食べ尽くした。


それから坊さんの背負っていた頭陀袋を漁ると、大小様々な骨が出てきた。人間のも、獣のもあった。白いのも黒いのもあった。


犬はそれを蹴散らして、味のしない骨を啜りながら、また彷徨い始める。



2013年3月21日木曜日

無題

忌々しい今際をいまいち把握できないまま、居間で今までうたた寝をしていた。 



3月21日ついのべの日 お題


2013年3月20日水曜日

六色沼に沈む


六色の沼は規則正しく並んでいる。

沼に小石を投げると、それぞれ沈む速度が違うと言われているが、試したことがあるという人はいない。

なぜなら六色沼にはそれぞれ主が住んでいて、石など投げれば主が怒るに決っているからだ。

「主様、主様」

子供が呼びかけると「なんだい?」とそれぞれの沼から主が現れる。

主たちの姿形は、おじいさんのようにもおばあさんのようにも蛙のようにも見える。

「沼に沈む速さが違うという話は、本当ですか。わたしは試してみたいのです。綺麗な石を六ツ持って参りました。この石は主様に差し上げますから、どうか石を投げさせて下さい」

主たちは沼から出てきて子供の手を覗き込んだ。小さな艷やかな石を、主たちは大層気に入った。

「よいよい、投げてみろ。けれど、石の色がそれぞれ違うな。どの石をどの沼に投げるか決めねばならない」

沼の主は、なかなか欲張りなのだった。

そうして主たちが話し合っている間、主が不在になった沼はすっかり淀んでしまい、主たちはどの沼が己の沼かがわからなくなってしまった。

2013年3月18日月曜日

イレブン

十一人はそれぞれに役割を持っている。
一人目は測る人、二人目は塗る人、三人目は切る人、四人目は着る人、五人目は折る人、六人目は織る人、七人目は書く人、八人目は待つ人、九人目は寝る人、十人目は探す人、そして十一人目は喋る人である。
ちなみに順不同、他意はない。
さて、十一人はそれぞれの持ち場について仕事をするわけだが、喋る人はこのごろ喋るのにちょっと疲れてきた。隣の芝は青い、只管に芝生の長さを測っている人が羨ましかったので、交代を申し出た。
測る人から喋る人になった人は、何を喋って良いかわからなくなって、昨日食べたケーキが如何に美味しかったかを延々喋っている。
今度は着る人になりたいな、と思いながら昨日のケーキの話をまだしているし、隣で切る人がケーキを11等分しようと苦戦している。


 

 

 

2013年3月14日木曜日

無題

「箒星と彗星の見分け方を教えてやろう」
「ドシンとぶつかってくるのが彗星だ。バシュッと掠めていくのが箒星だ」
わかったようなわからぬような。と、 思っていたら、ものすごい速さで走ってきた人にぶつかった。
クルッと回転したけれどもどこも痛くなかったので、たぶん箒星の人。


3月14日ついのべの日 お題

無題

宇宙塵芥を掃き集めたはよいが、塵取星が見つからないので、途方に暮れている。



3月14日ついのべの日 お題


2013年3月11日月曜日

虹が出ている、その間

 車が水を飛ばしながら私の横を通り過ぎていく。
 せっかく雨が上がったというのに、憂鬱だ。さっきの車のせいで、お気に入りの服がビショビショになったからだけではない。もうずっと前から、憂鬱の種からはたくさんの芽が出ていたのだ、きっと。
「こんな日は、甘い甘いコーヒーを飲みましょう。ミルクもたっぷり、シュガーもたっぷり、ね」
 祖母の声を聞いたような気がして、目の前に現れた喫茶店に入った。
「カフェオレ、下さい」
 祖母の言いつけ通リ、ゆっくりとカフェオレを飲む。
 こんなところに喫茶店はないはずなのだけれど、今の私にはどうでもよかった。だってカフェオレが美味しいから。
「虹が出ている間だけ、ですよ」
 マスターが私の疑問を見透かしたように言う。眼差しが優しい。
「でも、大丈夫。今日の虹は頑丈です。どうぞごゆっくり」
 窓の外を見やると、くっきりとした虹が出ていた。マスターと同じ顔をした紳士たちが大きな筆で虹をせっせと書き足しているのが見えた。
「マスター、カフェオレ、もう一杯下さい」



2013年3月10日日曜日

うがい薬

「赤いうがい薬と、青いうがい薬と、黄色いうがい薬、どれがいい?」


と息子が言う。お店やさんごっこをしているようだ。


「それじゃあ、黄色いうがい薬下さい。ゴホンゴホン」


風邪をひいている風をして、客の役をやって見せる。


「黄色いうがい薬は、風邪には効きません。ヒマワリと話ができます」


最後は息子の声ではなかった。低くてガサガサした男の声。


「ハイ! 3250円です」


なんて高いうがい薬だ。と、思う前に古びた小瓶を渡された。絵の具を溶かしたような黄色の色水が入っている。


おもちゃのお札と引き換えに小瓶を受け取る。こんな瓶、どこで拾ってきたのだろう。


「ね、早くうがいして! 早く早く!!」


瓶の蓋を開けると、庭に咲いたヒマワリ達が一斉にこちらを向いた。



2013年3月2日土曜日

龍石炭

 龍の髭が抜け、大地に落ちる。髭は根を下ろし、赤い花を咲かせた。
 数百年かけてじっくり枯れた花は、さらに長い時間を掛けて変質する。いつしか龍石炭となったが、そのまま長く長く眠っていた。
 龍石炭を見つけたのは、白い仔馬とその飼い主である少年だった。
 花の形をしたまま石炭となった龍石炭を見つけた仔馬は天を仰ぎ見て嘶く。龍を呼んだのだ。
 地上に現れた龍、かつて自らの髭だった龍石炭を大地から取り上げ、飲み込んだ。龍は花の形そっくりの炎を小さく吐いて、仔馬に感謝を表し、天に帰る。
 白い仔馬と少年は、再び龍石炭を探す旅に出る。