2012年12月27日木曜日

髪を梳かしているそばから、櫛の歯がどんどん欠けていく。
どうりで今日は髪が梳かしにくいわけだ、と鏡を覗きこんでみれば、髪の毛が針になっているのだった。


2012年12月20日木曜日

だんご天国マカロン地獄

「焼き団子の雲は、歩き心地がいいんだよ」
と、「二度死んだ男」を名乗る人は言った。
「へえ。天国ってのは、お団子なんですね。食べられるんですか」
「ああ、もちろん。香ばしい香りがしているからね。ちぎって食べるんだ。うまいぞー」
その人は、そういうとズズズと安い焼酎を啜った。
「地獄ってのは、ほら、アレだ。マキロン。あのへんな、ピンクとかミドリとか、丸いやつ」
「マカロンですか?」
「そう、それそれ。あれは、歩けねえ。地獄とはよく言ったもんだねー。足がズザッズザッとはまっちまって。なかなか抜けねえ。雪を歩くより難儀イな」
「マカロンは食べましたか?」
「甘ったるくて、よくわかんなかった。ありゃ、へんな食い物だね」
私は翌日、デパートの地下でマカロンをたくさん買った。地獄に堕ちて、マカロンに埋もれるのも、悪くないと思うのだけど。


2012年12月14日金曜日

無題

真っ白な紙で作った紙飛行機と少年の日々は、永遠に帰ってこない。そう思っていたけれど、飛行機は数年の時を経て、僕の元に帰ってきた。


白かった紙飛行機は、潰れ、汚れ、とても飛べそうにない。しかし、切手という勲章をつけて戻ってきたのだ。


「前略、お元気ですか……」



12月14日ついのべの日 お題






2012年12月13日木曜日

僕らと、虎

 僕らがいて、虎がいる。それだけの話だ。
 僕らは、僕らでひとつで、バラバラになることもできるけれど、バラバラになってしまうと生きられないから、バラバラになったことは未だない。
 虎は、一頭でも充分な強さとしなやかさと黄色と黒を兼ね備えている。
 一方の僕らは「僕ら」であっても、あまり見つけてもらえない。そんなささやかな存在だ。
 僕らは、虎の尻尾をこよなく愛している。
 虎はそれを十分に承知しているらしく、尻尾を乱暴に振り回すなんていうことはしない。
 僕らは、虎の本当の全貌をよく知らない。
 僕らはそれくらいささやかな存在だけれども、虎が時折する大あくびが、木々を喜ばせることはよく知っている。


2012年12月10日月曜日

砂漠の囁き

寂しさが募って、どこかに消えたくなったとき、僕は砂漠の砂が入った小瓶を取り出す。


いつもは勉強机の一番上の抽斗の奥のほうに転がっているのを、半端な消しゴムとかあんまり出ないペンとか、目盛りの消えかけた定規をかき分けて、引っ張り出してくる。


何度か軽く瓶を振ってから、右の耳に当てる。


かすかに、声が聞こえてくる。兄さんの声。兄さんが僕に、砂漠の国の昔話をしてくれる。


僕は息を殺して、その声を聞く。砂漠の風や、匂いを感じる。


「……おしまい。おやすみ。ゆっくり寝るんだよ」


兄さんの話が終わる頃、僕は目を閉じる。つまらない毎日が見えないように。兄さんの顔を忘れないように。



2012年12月9日日曜日

その掌には

舞踊家は、輝く珠を手に持ち踊る。
手を返しても、高く上げても、珠は落ちない。
珠は時に艶やかに輝き、時に軽妙に弾む。
ある時、ポトンと珠が手から離れ、落ちた。
舞踊家にとって、生まれて初めての出来事だった。
珠は人々には決して見えないものだったが、観客は皆、息を飲んだ。
珠は、そのままどこかに転がっていってしまった。


2012年12月8日土曜日

枯葉

枯葉の標本が並ぶ部屋に通された。枯葉が入った瓶が壁の戸棚一面に並んでいる。カエデ、ケヤキ、プラタナス、イチョウ……美しかった。
全ての枯葉には音声データも記録されているという。
「枯葉を踏みしめる音を、聞いたことがありますか?」
落ち葉の種類によって、音も違う。当たり前のようだが、気にしたことがなかった。
落ち葉の量、単一の落葉樹の枯葉か、複数の枯葉が混ざったいるか、またその割合はどうか等々。
落ち葉の音に関する研究は、ここ数年盛んに行われているという。
植物園を出ると、強い風が吹いた。レンガ造りの研究所は、舞い散る枯葉にすっかり隠れて、そして消えた。 

小石川植物園にて。

2012年12月4日火曜日

暗夜回路

クリスマス間近のある夜の話だ。

目隠しをしたトナカイと黒いサンタクロースが、世界中のネオンという、ネオン、イルミネーションというイルミネーション、ローソクというローソクをを消していった。

みんな眠ってしまった。子供も大人も。誰も気が付かない真っ暗な夜。

黒い線が繋がっていく様子は、数人の宇宙飛行士が目撃したけれども、彼らは地球に帰還してもそれを公にすることはなかった。

美しすぎたからだ。