2012年8月24日金曜日

残暑

「夏の盛りの暑さでは、ダメなのだ。あくまでも立秋をとうに過ぎた……そうだね、処暑も過ぎた頃の暑さが最適だ」


ラボの所長は、そんな事をブツクサ言いながら、ビーカーを窓際に持っていく。


私は「冷房くらいつけましょう、倒れてしまいますよ、(もう年なんだから)」という言葉をギリギリのところで飲み込んだ。


ビーカーに入っているのは桃色をしたキューブ状の物体である。窓際に置かれると、暑さでみるみる溶けていった。


「何故、残暑がよいのですか、所長」


私が質問すると、所長は心底驚いた風な顔をした。


「何故ってきみ、真夏の太陽では熱狂してしまうからだ」


「今年の残暑も十分、暑すぎます」


「老いらくの恋は、案外刺激的なのだよ」


溶けた桃色の液体をグイッと飲み干した。


毎年この時期、所長は少し遅い墓参りに出かける。それも、日が暮れてから。



2012年8月20日月曜日

タイトル競作一覧

ここのところ、500文字の心臓のタイトル競作のタイトルで書いているけれど、

何を書いたのかわからなくなったので一覧にした。

◎は、投稿したもの、◯はこのブログで書いたもの。

全部は書けないと思っている。書けそうにないタイトルが数個ある。

■第135回競作『熱くない』
■第134回競作『湖畔の漂着物』
■第133回競作『設計事務所』
■第132回競作『やわらかな鉱物』
■第131回競作『天国の耳」○
■第130回競作『ありきたり』
■第129回競作『おはよう』
■第128回競作『鈴木くんのモロヘイヤ』

■第127回競作『ひょんの木』◯
■第126回競作『もみじ』
■第125回競作『あなたと出会った場所』
■第124回競作『メビウスの帯』
■第123回競作『青い鳥』
■第122回競作『最終電車』
■第121回競作『河童』
■第120回競作『妖精をつかまえる。』
■第119回競作『情熱の舟』

■第118回競作『消臭効果』
■第117回競作『すいている』
■第116回競作『シェルター』
■第115回競作『その掌には』◯
■第114回競作『鈴をつける』
■第113回競作『東京ヒズミランド』○
■第112回競作『告白』○
■第111回競作『煙』○
■第110回競作『K』

■第109回競作『第二印象』
■第108回競作『ぐしゃ』
■第107回競作『サマ化け』
■第106回競作『結晶』
■第105回競作『スイーツ・プリーズ』
■第104回競作『法螺と君との間には』
■第103回競作『天空サーカス』
■第102回競作『ドミノの時代』○
■第101回競作『あおぞらにんぎょ』○

■第100回競作『気がつけば三桁』
■第099回競作『外れた町』○
■第098回競作『エジプト土産』◯
■第097回競作『ペパーミント症候群』○
■第096回競作『嘘泥棒』
■第095回競作『3丁目の女』
■第094回競作『死ではなかった』
■第093回競作『しっぽ』◎
■第092回競作『水溶性』

■第091回競作『謎ワイン』◎
■第090回競作『もう寝るよ。』
■第089回競作『笑い坊主』◎
■第088回競作『名前はまだない』◎
■第087回競作『シンクロ』
■第086回競作『たぶん好感触』
■第085回競作『期限切れの言葉』○
■第084回競作『納得できない』
■第083回競作『頭蓋骨を捜せ』◎
■第082回競作『スクリーン・ヒーロー』◎

■第081回競作『黒い羊』◎
■第080回競作『たまねぎ』
■第079回競作『ジャングルの夜』○
■第078回競作『ノイズレス』◎
■第077回競作『かつて一度は人間だったもの』◎
■第076回競作『きみはいってしまうけれども』◎
■第075回競作『銀天街の神様』◎
■第074回競作『誰よりも速く』◎
■第073回競作『その他多数』

■第072回競作『仮面』◎
■第071回競作『赤裸々』◎
■第070回競作『捩レ飴細工』◎
■第069回競作『愛玩動物』◎
■第068回競作『何の音だ』◯
■第067回競作『間に合わない』◎
■第066回競作『這い回る蝶々』◎
■第065回競作『チョコ痕』◎
■第064回競作『日の出食堂』

■第063回競作『冷気』○
■第062回競作『夜夜中』◯
■第061回競作『化石村』○
■第060回競作『グッドニュース、バッドニュース』
■第059回競作『緑の傘』◎
■第058回競作『富士山』◎
■第057回競作『眼球』○
■第056回競作『プラスティックロマンス』◯
■第055回競作『☆』◎

■第054回競作『そこだけがちがう』
■第053回競作『連れてゆく』
■第052回競作『隣りの隣り』
■第051回競作『生』
■第050回競作『月面炎上』◎
■第049回競作『偏愛フラクタル』
■第048回競作『だめな人』
■第047回競作『降るまで』◎
■第046回競作『指先アクロバティック』
■第045回競作『食』○

■第044回競作『とまどいもしない』○
■第043回競作『これでもか』
■第042回競作『象を捨てる』◎
■第041回競作『魔法』◎
■第040回競作『二人だけの秘密』
■第039回競作『金属バット』◎
■第038回競作『ボロボロ』◎
■第037回競作『かめ』
■第036回競作『引き算』◎
■第035回競作『密室劇場』◎
■第034回競作『衝撃』◎

■第033回競作『冷えた椅子』◎
■第032回競作『結び目』◎
■第031回競作『面』◯
■第030回競作『落ちる!』
■第029回競作『水浪漫』○
■第028回競作『輝ける太陽の子』
■第027回競作『アルデンテ』○
■第026回競作『楽園のアンテナ』○
■第025回競作『お城でゆでたまご』
■第024回競作『春の忍者』○
■第023回競作『私がダイヤモンドだ』○

■第022回競作『性の起源』
■第021回競作『ゆらゆら』○
■第020回競作『延長また延長』○
■第019回競作『踊る』○
■第018回競作『サンダル』○
■第017回競作『ことり』○
■第016回競作『ロケット男爵』○
■第015回競作『観察する少女』○
■第014回競作『微亜熱帯』○
■第013回競作『駄神』
■第012回競作『虹の翼』○


■第011回競作『除夜』
■第010回競作『奇妙な花』
■第009回競作『めがね』○
■第008回競作『残暑』◯
■第007回競作『信じますか』
■第006回競作『もらったもの』
■第005回競作『未来のある日』
■第004回競作『冷たくしないで』
■第003回競作『懺悔火曜日』○
■第002回競作『丸』
■第001回競作『そこにいる』○


2012年8月19日日曜日

線香の煙が、僧侶の読経に合わせ、燻る。


それを初めて見たのは、曾祖母の葬式だった。私はもうすぐ四歳になる頃で、胡座をかいた父の膝の中に収まっていた。


煙はまさしく曾祖母の気配そのもので、それは案外楽しそうだった。


「おおきいおばあちゃんが、踊っているよ」


と、父に耳打ちしたけれども、父は聞こえたのか聞こえなかったのか、宥めるようにポンポンと私の頭に触れるだけだった。


それが、ちょうど木魚と同じタイミングだったので、曾祖母はとても面白かったらしく線香はいよいよ煙った。


人々は咳を堪えて、咳払いをし、涙目をこすったから、知らぬ人が見ればさぞかし悲しい葬儀に見えただろう。




大人になった私は、相変わらず線香の煙で故人の様子がわかる。


お盆のときは、盛大に線香を焚くから、母が不機嫌だけれども、どうしようもない。





2012年8月18日土曜日

私がダイヤモンドだ

小さな小さな一粒ダイヤモンドのペンダントだが、これが思った以上に自己主張の強い代物だった。


ほんの少し、大人になりたくて買ったのだ。それほど高価なものではなかった。


ダイヤモンドは、お日さまの光なんて必要なく、輝いた。


日に日に輝きは強くなり、身に着けている私の目にも眩しい。


すれ違う人が目を細め、それから怪訝な顔で私を見る。


せっかく買ったダイヤモンドなのに、なんだか、肩身が狭かった。


とうとう、ペンダントを外すことに決めた。


日常でダイヤモンドを身に着けるという私のささやかなあこがれが、崩れていく。


チェーンを外そうと首に手を回した瞬間、ペンダントは真夏の太陽のように輝いた。きつく瞼を閉じる。


「私がダイヤモンドだ」


と、いう叫び声が響いた。


ようやく眩しさから開放され、目を開けると、真っ黒になったペンダントがくすぶっていた。



2012年8月14日火曜日

無題

影法師の唱える経に身を護られながら、子は家路を急ぐ。日が沈むまで読経は続く。



8月14日ついのべの日 お題


2つも書いてしまいました。



無題

「踏まれない影はないのだ」と、影は言った。


痛くないのかい? と問うたけれど、ちょうどそこで木陰に入ったから、もう影の声は聞こえない。



8月14日ついのべの日 お題


2012年8月12日日曜日

私が歩くと、足跡が穴になる。それなりの穴だ。


蟻が落ちる。猫が嵌る。子供が転ぶ。ネズミが落ちるところは見たことがない。


世界中を旅しよう。地球を穴だらけにしよう。


きっと、そこには雨水が溜り、植物が生えるだろう。


そして私の足跡は、森になる。



2012年8月9日木曜日

無題

滑稽な仕草を笑うと、君は怒って「花を買ってきてちょうだい」と言うから、すぐに部屋は花でいっぱいになった。


ぼくたちは花の香りで酔い、棘で傷ついた。


 


君はどこからかハヌマーンの面を買ってきた。僕にぴったりだった。


もうこれで笑い顔が見えない、と安心した君は、花に埋もれたまま眠っている。



眠い時に書くと、だいたい脈絡がおかしなことになります。


2012年8月6日月曜日

不時着

止まっているかのようだ、とずいぶん長い間感じていた。


「濃霧のため、当機はこれより着陸態勢に入ります。不時着となりますが、安全には問題ないことが確認されております。どうかご心配なさらずに、霧の旅をお楽しみください」


と、機長は朗らかにアナウンスした。


その後も窓の外は真っ白なままで、下降しているのかどうかもよくわからない。


着陸は、機体の振動でわかった。着陸してもまだ外は霧深いままだったからだ。


乗務員が笑顔で機体の外へ誘導する。相変わらず遠くの景色はよくわからない。


ショッキングピンクの大きな旗を持ち「ようこそ霧の島へ!」と大勢の島民が出迎えてくれた。


キョトンとしている私に、一人の島民が話しかけてくれた。


「霧の旅は初めてかい? ここはいいところだよ。見たくないものも、見たいものも、どうせたいして見えやしないんだから」


それでもやっぱり見たいって言うんなら。と言って、ピンクの旗を一振りした。


わずかの間見たものは、灰色の森と、ピンクの烏の群れだった。



2012年8月2日木曜日

銀河鉄道に乗って

鉄道で旅をするのは、随分久しぶりである。最後に鉄道に乗ったのはいつのことだったろう。思い出せない。


プラットホームからは線路は見えない。本当に列車が来るのかね?と荷物を預けたボーイに尋ねるが鬼の形相で答えない。


いや、形相が鬼のようなのではなく、彼は本当に鬼なのだった。


死ぬことになって銀河行きが決まったとき、妻や子どもたちは喜んだ。


目的の銀河は遠いのだよ、列車で何千年も掛かるのだよ、と説明したが


「一等車なんでしょう? 優雅でよいじゃありませんか」


と妻はにこやかに言った。励ましてくれたのかもしれない。


ようやく列車がホームに入ってきた。ボーイは親切に席まで案内してくれた。


走りだした。座席は思いのほか快適だった。食事もきちんと三食あるらしい。何も心配はいらない。


地球は、青い。長い旅が始まった。



祖父の命日を前に。