2012年12月27日木曜日

髪を梳かしているそばから、櫛の歯がどんどん欠けていく。


どうりで今日は髪が梳かしにくいわけだ、と鏡を覗きこんでみれば、髪の毛が針になっているのだった。



年末年始、長めに帰省するので今年最後の更新です。


その支度中に、櫛が二本も欠けているのを発見しました……。


 


今年もチマチマとした話にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。


2013年も相変わらずな感じで続けていきたいと思っています。


 


今年は、長らくお会いしたいと思いながら、これまで機会に恵まれなかった人たちとお目にかかることができました。


あと、なぜか、先祖のことをよく調べました。


 


ではでは、どうぞよいお年をお迎えください。


 


2012年12月20日木曜日

だんご天国マカロン地獄

「焼き団子の雲は、歩き心地がいいんだよ」


と、「二度死んだ男」を名乗る人は言った。


「へえ。天国ってのは、お団子なんですね。食べられるんですか」


「ああ、もちろん。香ばしい香りがしているからね。ちぎって食べるんだ。うまいぞー」


その人は、そういうとズズズと安い焼酎を啜った。


「地獄ってのは、ほら、アレだ。マキロン。あのへんな、ピンクとかミドリとか、丸いやつ」


「マカロンですか?」


「そう、それそれ。あれは、歩けねえ。地獄とはよく言ったもんだねー。足がズザッズザッとはまっちまって。なかなか抜けねえ。雪を歩くより難儀イな」


「マカロンは食べましたか?」


「甘ったるくて、よくわかんなかった。ありゃ、へんな食い物だね」


私は翌日、デパートの地下でマカロンをたくさん買った。地獄に堕ちて、マカロンに埋もれるのも、悪くないと思うのだけど。



2012年12月14日金曜日

無題

真っ白な紙で作った紙飛行機と少年の日々は、永遠に帰ってこない。そう思っていたけれど、飛行機は数年の時を経て、僕の元に帰ってきた。


白かった紙飛行機は、潰れ、汚れ、とても飛べそうにない。しかし、切手という勲章をつけて戻ってきたのだ。


「前略、お元気ですか……」



12月14日ついのべの日 お題






2012年12月13日木曜日

僕らと、虎

僕らがいて、虎がいる。それだけの話だ。


僕らは、僕らでひとつで、バラバラになることもできるけれど、バラバラになってしまうと生きられないから、バラバラになったことは未だない。


虎は、一頭でも充分な強さとしなやかさと黄色と黒を兼ね備えている。


一方の僕らは「僕ら」であっても、あまり見つけてもらえない。そんなささやかな存在だ。


僕らは、虎の尻尾をこよなく愛している。


虎はそれを十分に承知しているらしく、尻尾を乱暴に振り回すなんていうことはしない。


僕らは、虎の本当の全貌をよく知らない。


僕らはそれくらいささやかな存在だけれども、虎が時折する大あくびが、木々を喜ばせることはよく知っている。



虎の話といえば、斉藤洋さんの『ベンガル虎の少年は…』という本です。


2012年12月10日月曜日

砂漠の囁き

寂しさが募って、どこかに消えたくなったとき、僕は砂漠の砂が入った小瓶を取り出す。


いつもは勉強机の一番上の抽斗の奥のほうに転がっているのを、半端な消しゴムとかあんまり出ないペンとか、目盛りの消えかけた定規をかき分けて、引っ張り出してくる。


何度か軽く瓶を振ってから、右の耳に当てる。


かすかに、声が聞こえてくる。兄さんの声。兄さんが僕に、砂漠の国の昔話をしてくれる。


僕は息を殺して、その声を聞く。砂漠の風や、匂いを感じる。


「……おしまい。おやすみ。ゆっくり寝るんだよ」


兄さんの話が終わる頃、僕は目を閉じる。つまらない毎日が見えないように。兄さんの顔を忘れないように。



2012年12月9日日曜日

その掌には

舞踊家は、輝く珠を手に持ち踊る。


手を返しても、高く上げても、珠は落ちない。


珠は時に艶やかに輝き、時に軽妙に弾む。


 


ある時、ポトンと珠が手から離れ、落ちた。


舞踊家にとって、生まれて初めての出来事だった。


珠は人々には決して見えないものだったが、観客は皆、息を飲んだ。


珠は、そのままどこかに転がっていってしまった。



2012年12月8日土曜日

枯葉

枯葉の標本が並ぶ部屋に通された。枯葉が入った瓶が壁の戸棚一面に並んでいる。


カエデ、ケヤキ、プラタナス、イチョウ……美しかった。


全ての枯葉には音声データも記録されているという。


「枯葉を踏みしめる音を、聞いたことがありますか?」


落ち葉の種類によって、音も違う。当たり前のようだが、気にしたことがなかった。


落ち葉の量、単一の落葉樹の枯葉か、複数の枯葉が混ざったいるか、またその割合はどうか等々。


落ち葉の音に関する研究は、ここ数年盛んに行われているという。


植物園を出ると、強い風が吹いた。レンガ造りの研究所は、舞い散る枯葉にすっかり隠れて、そして消えた。



小石川植物園にて。


2012年12月4日火曜日

暗夜回路

クリスマス間近のある夜の話だ。


目隠しをしたトナカイと黒いサンタクロースが、世界中のネオンという、ネオン、イルミネーションというイルミネーション、ローソクというローソクをを消していった。


みんな眠ってしまった。子供も大人も。誰も気が付かない真っ暗な夜。


黒い線が繋がっていく様子は、数人の宇宙飛行士が目撃したけれども、彼らは地球に帰還してもそれを公にすることはなかった。


美しすぎたからだ。



12月5日から、東京堂書店で恒例の「豆本ツリー」が始まります。


同時にがちゃぽんも開始。


私は、ツリーに「比較動物超短篇」、がちゃぽんに「凍った音」を出品します。


豆本ツリーにはたくさんの作家の豆本が、オーナメントのようにクリスマスツリーにぶら下がっています。


ご購入の際は、ツリーから外してレジにお持ちください。よろしくおねがいします。


2012年11月26日月曜日

音符の行進

ある朝、目が覚めると昨日練習した楽譜からすっかり音符がこぼれていた。


慌てて僕はバイオリンを構えて、調弦もそこそこにその楽譜のメロディーを弾いてみたけれど、音符は楽譜に戻らない。


それでも音符は音になりたくてうずうずしているから、思い切って部屋のドアを開けた。


すると、音符たちは嬉しそうに表へ出て、お行儀よく行進し始めたのだ。


僕は音符たちの後をついてバイオリンを弾いた。通りを歩く皆が手拍子してくれた。とびきりご機嫌の朝だ。



2012年11月20日火曜日

怪談短歌

降りしきる雨が痛いと泣く街灯に傘を差し出す白髪の影 


 


米櫃を開けると米が一斉にこちらを睨む どこだ礫斎



『Mei(冥)』のツイッター怪談短歌コンテストに投稿したもの


2012年11月14日水曜日

無題

ネオンの揺らめく町に憧れて歩き始めた少年は、いつの間にか杖をついていた。


いくつもの町を通り過ぎた。居心地のよい町もあったが、「ここではない」とま た歩き始めた。


憧れの町は目の前にあるように見えて、遠い。彼にしか見えない蜃気楼の町だと、本当は薄々気がついている。



11月14日ついのべの日 お題


2012年11月13日火曜日

果物橋

「果物橋」と呼ばれる橋がある。もちろん通称だが、正式な名前は知らない。正式な名前があるのかどうかも、知らない。


果物橋では、果物を売っている。果物橋の両脇には果物を抱えた老人がずらりと並んでいて、彼らは無言だ。


通行の邪魔になるから、売り声を上げてはならないという決まりがあるとかないとか噂されている。


だから橋を通る時には、果物の香りに包まれ、夥しい老人たちの視線の中を歩かねばならない。


知らぬ人は不気味に思うだろうが、もちろん果物は誰でも買ってよい。


町の人たちは皆、果物橋で果物を買うから、この町の青果店は果物の売行きが悪い。


適当な老人から、適当な林檎を買う。金を受け取る老人の手は節くれ立っている。老人がわずかに微笑む。


僕はその場で林檎を囓った。



2012年11月6日火曜日

毒まんじゅう

ロードス島のおじさんは、大嫌いなヒキガエルに出くわして顔が引きった。


いとこ達にを駄賃をやって、ヒキガエルを引き摺り出させた。


どうしても引き下がらないロードス島のおじさん。



 


There was an Old Person of Rhodes,
Who strongly objected to toads;
He paid several cousins,
To catch them by the dozens,
That futile Old Person of Rhodes.

2012年11月2日金曜日

夢 第十五夜

その公衆便所が「有料」であることも、「時間制」であることも、放尿を始めてから気がついたのだった。

つまりは従量課金制で、長時間居れば居るほど料金が高くなるらしい。

私は、適温の風呂に浸かっているような心地のよい便所の個室で、かつてないほど長い時間、小水を垂れ流している。

止む気配はない。財布には僅かな小銭しか入っていなかったはずだが、今更確かめても無駄だろう。


2012年10月31日水曜日

自動販売機

三台並んだ自動販売機、どんなに喉が渇いていようと右の自動販売機は絶対に使わない。


右の釣り銭口からは、いつも舌が出ている。


ベロベロと舌なめずりをしながらよだれを垂らしている。


あれで、釣り銭を取り出す指先をしゃぶられたら、きっと真っ赤にかぶれると思う。



2012年10月27日土曜日

実に危なっかしい

アブルッツィのじいさんは、目が悪くて足元も見えない。
「これがあなたのつま先ですよ」と皆が教えてあげるのに、じいさんは「あやふやだね」と答える。
おぼつかない、アブルッツィのじいさん。




There was an Old Man of th' Abruzzi,
So blind that he couldn't his foot see;
When they said, 'That's your toe,'
He replied, 'Is it so?'
That doubtful Old Man of th' Abruzzi.

2012年10月22日月曜日

オレンジ色の人

「授業のノート、貸して欲しいんだ。先週、休んじゃって」


ノートを借りるという口実で、いつも前の席に座る彼女に話しかけた。


彼女はあっけらかんとした口調で「いいよ。ちゃんと来週、返してね?」と言ってノートを貸してくれた。


彼女のノートは、全てオレンジ色のペンで書き込まれていた。板書はもちろん、教授の言葉まで書き留めてあった。


オレンジ色の文字は、あまりにも眩しく、僕は自分のノートに書写すのに、ずいぶん苦労した。


それでもノートから彼女のことを少しでも知ろうと、いつになく丁寧に写したのだった。


約束通りノートを返す日が来た。


「どうもありがとう。すごく丁寧に書いてあって助かったよ」


と言う僕に、彼女は頬をオレンジに色に染めて興奮気味に言った。


「ノートが読めたのね?」


字がオレンジ色だったけど、何か意味があるの? と戸惑いながら訊く。


「私のノートの文字が読めた人は、初めて! 嬉しい!」


と、ギュっと抱きついてきた。


彼女の髪から、爽やかなオレンジの香りがする。



2012年10月17日水曜日

可憐な罠

白詰草で出来た小さな小さな罠に引っ掛かり、転んでしまった妖精を、窓から目聡く見つけてクスっと笑った寝たきりのおばあさん。



2012年10月15日月曜日

無題

酒臭い老人は、ボロボロのノートを大事そうに抱えている。「そのノートは何ですか」と尋ねれば「日記帳さ」と答える。ワインのラベルがびっしり貼り付けてあるそのノートの最初の日付は百年前だが、老人以外は誰もそれを知らない。 



10月14日ついのべの日 お題


2012年10月11日木曜日

人形を返却した話

図書館へ向かう道は、いつもと同じはずだった。植え込みの上で倒れている人形を見るまでは。


人形は薄汚れ、瞼は閉じるでもなく、薄目を開けて空を見ていた。私はその人形を避けるように歩いた。


図書館に着くと、職員たちが全員、薄目を開けたような顔をしていた。あの人形そっくりだった。


私は人形の元に戻り、抱きかかえて図書館に行った。


人形を職員に渡すと、彼は愛おしそうに人形を撫でた。


そして人形は童話に、職員たちの顔にも生気が戻った。



2012年10月8日月曜日

冬肥りにはワケがある

モルドに暮らす老人は大の寒がり。
フワフワとモフモフとフカフカを買い漁り、
包まってモコモコになったモルドの老人。


There was an Old Person of Mold,
Who shrank from sensations of cold,
So he purchased some muffs,
Some furs and some fluffs,
And wrapped himself from the cold.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より

2012年10月4日木曜日

クラシカルクジラ

古典的な鯨は、木偶の坊を飲み込む。


ちょっと鼻が長い奴。



2012年10月3日水曜日

たびや

 足袋屋が何よりも大切にしているもの、それは上得意の足型。
 丁寧に作られた木型と帳面が対になっていて、帳面には客の名前と足の寸法、型を取った日付、それから足の特徴やら客の好みやらが事細かに書き込んである。
 私は足袋屋からその足型を預かって保管するという商いを営んでいる。足型が欠けたり、帳面が虫に食われたりしないよう、一組づつ特製の箪笥に仕舞ってある。すべての抽斗に鍵が掛けられていて、どれがどの鍵か判るのは、私だけだ。
 もう一つの大事な仕事は、この足型を旅に出すことである。
「足型といえども、足は足。歩かなくっちゃあ鈍っちまうよ」
 これは死んだ爺さんからよく聞かされた言葉だ。
 足型の持ち主であるお客の健脚を祈るまじないと、行き先と帰り時間を紙に書き、そっと抽斗の中に入れる。鍵は開けておかなくともよい。どこからどうやって足型が旅に出るのかは、私もわからない。
 帰ってきた足型は時々マメを拵えてくるやつがあるから、油を染み込ませた布で磨いてやる。


 


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落語超短編投稿作 タカスギシンタロ賞受賞



2012年10月1日月曜日

十六夜

「台風一過の十六夜は、あまりに眩しいので、サングラスならぬムーングラスが必要なのだ」


男は、もっともらしいことを言う。


ムーングラスとやらは、まん丸いメガネで色はついていない。


「いい声ですね」


すると、男はポケットから愛おしそうに鈴虫を出して見せた。


鈴虫が鳴くと、ムーングラスはすこし歪むらしい。ムーングラスが歪むと、男の目が潤んでいるようにも見えた。


十六夜の月に似ていると思った。



2012年9月25日火曜日

時を告げる声

毎年、祖父が死んだ日になると、祖母は正気を取り戻す。


私はその日を待ち構えて、祖母とあれこれ話をしようとするが、「なんだか今日のあなたはずいぶんおしゃべりだねえ」とあしらわれてしまう。


祖父が息を引き取ったのは、午後16時18分だった。


祖母は、その時刻ぴったりになると、目を黒々とさせ、低い声で「時間だよ」と言う。


その声は、祖母の声であり、祖父の声であり、死神の声だと思う。


そうして、それを境にまた祖母の記憶は揺らめきはじめ、翌日には孫の顔も忘れてしまうのだった。



2012年9月20日木曜日

鏡を割る

玄能で鏡を叩き割る。彼女の毎朝の日課だ。


力加減は慣れたもので、罅は入るが飛び散りはしない。


彼女はその割れた鏡に向き合い、念入りに化粧をする。


 


完璧な容姿である彼女の元には、多くの人形師が訪れる。


彼女と瓜二つの人形は、文字通り世界中に居るはずだ。


彼女の名前を冠した一連の人形に、多くの人々が夢中なのだ。


「忌々しい」と、一度だけ彼女は人形を評して言った。


人形を壊すことが出来ない代わりに鏡の中の己の顔を割るのだろうと、私は推測しているが、本当の所はわからない。


 


私は彼女が家を出た後で、割れた鏡を片づけ、真新しい手鏡を伏せて置いておく。


まさか鏡も翌朝には割られる定めとは思ってもみないだろう。鏡とはいえ、気の毒なことだ。


私は鏡から破片を一つ摘み上げ、唇へ寄せる。血がにじむのも構わずに。


そして、部屋に一体だけ隠し持っている彼女と同じ顔の人形にくちづけるのだ。



今日は、買ってきたばかりの鏡を諸事情で割ってしまったので、こんな話になりました。


2012年9月15日土曜日

無題

そこは象の背中の上だった。「おはよう」と、象は鼻をこちらに伸ばして挨拶してくれた。


「ぼくはどうしてきみの背中に乗っているんだろう?」


象は「まあ、いいさ」とでも言うように、ゆっくり歩いている。明日はキリンかもしれないな。


こうしてぼくは毎朝違う景色を知る。



9月14日ついのべの日 お題


2012年9月13日木曜日

多面体の仮面を付けた男が面倒くさそうに歩いている。


彼は正義の味方だろうか、それとも……。


考えながら歩いていたら、電信柱に顔面を殴られた。



2012年9月10日月曜日

連れてゆく

ある朝、まだ着替えないうちに、クマ氏がやってきた。


「お連れします」


と言う。どこへ? こんな格好のままでよいのかしら? お財布は? 鍵は? 歯も磨いていないのよ?


色々と質問が湧いてきたけれど、クマ氏は私に背中を向けて屈んだ。


私は仕方なく、クマ氏の背中にしがみついた。


よれよれの赤いチェックのパジャマのままクマにおんぶされる。


クマの背中は広かった。


「私をどこに連れてゆくの?」


答えを聞く前に、私は眠ってしまった。


あんまりクマ氏の背中が頼もしいから、どこに連れて行かれてもいいような気がしている。



2012年9月6日木曜日

夜夜中

夜が、夜中を迎えに行く。


上手く夜中が見つかればよいけれど、なかなか見つからないこともある。


そんな時は、夜はずっと夜中を探しまわらなくちゃならない。


夜と夜中が無事に出会って夜夜中、ハラハラしていた月も安心して、しっとりと輝きを増す。



2012年9月3日月曜日

プラスティックロマンス

陶製のお人形が落ちて粉々になったとき、幼かった私はもう人形など手に入れないと決めた。


だが、両親は私の決意など露とも知らず、「これなら割れないから」とプラスティックの人形を買ってきた。


それは、よく見かける塩化ビニルの弾力ある人形とも、もちろん陶製の人形とも違う、どこか未来的というか、SF(SFという言葉はもっと後に知ったのだけれども)の世界に暮らしているような雰囲気の、少年の人形だった。


しかし、結局ほとんど遊ぶことはなく、人形は部屋に放りっぱなしになった。


 


時が経ち、周りの女の子が芽生えたての恋心を語り始めても、私には好ましい男の子が現れなかった。なんとなく置いてけぼりの気分が続いていたとき、部屋で埃をかぶっていた人形と目があったのだ。


私は、人形の年頃に自分が追いついたのを知った。


 


一番お気に入りのハンカチを水で絞ってくると、洋服を脱がせ、彼の体を拭った。埃がこびりついていた顔もみるみるうちにツルツルになり、心なしか顔色もよくなったような気がする。


人形は存外に精巧な作りだった。両親がなぜこれを私に与えたのかと訝しみながら、なかなか彼の体を拭うのをやめることができない。



2012年9月1日土曜日

何の音だ

何の音だ?


雨の音ではない。


何の音だ?


足音でもない。


救急車も通らない。


シャックリをする人もいない。


何の音だ?


私は隣にいるはずの恋人に訊ねようとする。


「何の音だ?」


ひどく錆びた歯車が軋む音がするだけだった。


恋人が私に何か言う。


壊れた自転車のブレーキの音しか聞こえない。


相変わらず、何の音だかわからない音が聞こえるけれど、カラスのか細い猫撫で声で啼いているから、帰ろう。



2012年8月24日金曜日

残暑

「夏の盛りの暑さでは、ダメなのだ。あくまでも立秋をとうに過ぎた……そうだね、処暑も過ぎた頃の暑さが最適だ」


ラボの所長は、そんな事をブツクサ言いながら、ビーカーを窓際に持っていく。


私は「冷房くらいつけましょう、倒れてしまいますよ、(もう年なんだから)」という言葉をギリギリのところで飲み込んだ。


ビーカーに入っているのは桃色をしたキューブ状の物体である。窓際に置かれると、暑さでみるみる溶けていった。


「何故、残暑がよいのですか、所長」


私が質問すると、所長は心底驚いた風な顔をした。


「何故ってきみ、真夏の太陽では熱狂してしまうからだ」


「今年の残暑も十分、暑すぎます」


「老いらくの恋は、案外刺激的なのだよ」


溶けた桃色の液体をグイッと飲み干した。


毎年この時期、所長は少し遅い墓参りに出かける。それも、日が暮れてから。



2012年8月20日月曜日

タイトル競作一覧

ここのところ、500文字の心臓のタイトル競作のタイトルで書いているけれど、

何を書いたのかわからなくなったので一覧にした。

◎は、投稿したもの、◯はこのブログで書いたもの。

全部は書けないと思っている。書けそうにないタイトルが数個ある。

■第135回競作『熱くない』
■第134回競作『湖畔の漂着物』
■第133回競作『設計事務所』
■第132回競作『やわらかな鉱物』
■第131回競作『天国の耳」○
■第130回競作『ありきたり』
■第129回競作『おはよう』
■第128回競作『鈴木くんのモロヘイヤ』

■第127回競作『ひょんの木』◯
■第126回競作『もみじ』
■第125回競作『あなたと出会った場所』
■第124回競作『メビウスの帯』
■第123回競作『青い鳥』
■第122回競作『最終電車』
■第121回競作『河童』
■第120回競作『妖精をつかまえる。』
■第119回競作『情熱の舟』

■第118回競作『消臭効果』
■第117回競作『すいている』
■第116回競作『シェルター』
■第115回競作『その掌には』◯
■第114回競作『鈴をつける』
■第113回競作『東京ヒズミランド』○
■第112回競作『告白』○
■第111回競作『煙』○
■第110回競作『K』

■第109回競作『第二印象』
■第108回競作『ぐしゃ』
■第107回競作『サマ化け』
■第106回競作『結晶』
■第105回競作『スイーツ・プリーズ』
■第104回競作『法螺と君との間には』
■第103回競作『天空サーカス』
■第102回競作『ドミノの時代』○
■第101回競作『あおぞらにんぎょ』○

■第100回競作『気がつけば三桁』
■第099回競作『外れた町』○
■第098回競作『エジプト土産』◯
■第097回競作『ペパーミント症候群』○
■第096回競作『嘘泥棒』
■第095回競作『3丁目の女』
■第094回競作『死ではなかった』
■第093回競作『しっぽ』◎
■第092回競作『水溶性』

■第091回競作『謎ワイン』◎
■第090回競作『もう寝るよ。』
■第089回競作『笑い坊主』◎
■第088回競作『名前はまだない』◎
■第087回競作『シンクロ』
■第086回競作『たぶん好感触』
■第085回競作『期限切れの言葉』○
■第084回競作『納得できない』
■第083回競作『頭蓋骨を捜せ』◎
■第082回競作『スクリーン・ヒーロー』◎

■第081回競作『黒い羊』◎
■第080回競作『たまねぎ』
■第079回競作『ジャングルの夜』○
■第078回競作『ノイズレス』◎
■第077回競作『かつて一度は人間だったもの』◎
■第076回競作『きみはいってしまうけれども』◎
■第075回競作『銀天街の神様』◎
■第074回競作『誰よりも速く』◎
■第073回競作『その他多数』

■第072回競作『仮面』◎
■第071回競作『赤裸々』◎
■第070回競作『捩レ飴細工』◎
■第069回競作『愛玩動物』◎
■第068回競作『何の音だ』◯
■第067回競作『間に合わない』◎
■第066回競作『這い回る蝶々』◎
■第065回競作『チョコ痕』◎
■第064回競作『日の出食堂』

■第063回競作『冷気』○
■第062回競作『夜夜中』◯
■第061回競作『化石村』○
■第060回競作『グッドニュース、バッドニュース』
■第059回競作『緑の傘』◎
■第058回競作『富士山』◎
■第057回競作『眼球』○
■第056回競作『プラスティックロマンス』◯
■第055回競作『☆』◎

■第054回競作『そこだけがちがう』
■第053回競作『連れてゆく』
■第052回競作『隣りの隣り』
■第051回競作『生』
■第050回競作『月面炎上』◎
■第049回競作『偏愛フラクタル』
■第048回競作『だめな人』
■第047回競作『降るまで』◎
■第046回競作『指先アクロバティック』
■第045回競作『食』○

■第044回競作『とまどいもしない』○
■第043回競作『これでもか』
■第042回競作『象を捨てる』◎
■第041回競作『魔法』◎
■第040回競作『二人だけの秘密』
■第039回競作『金属バット』◎
■第038回競作『ボロボロ』◎
■第037回競作『かめ』
■第036回競作『引き算』◎
■第035回競作『密室劇場』◎
■第034回競作『衝撃』◎

■第033回競作『冷えた椅子』◎
■第032回競作『結び目』◎
■第031回競作『面』◯
■第030回競作『落ちる!』
■第029回競作『水浪漫』○
■第028回競作『輝ける太陽の子』
■第027回競作『アルデンテ』○
■第026回競作『楽園のアンテナ』○
■第025回競作『お城でゆでたまご』
■第024回競作『春の忍者』○
■第023回競作『私がダイヤモンドだ』○

■第022回競作『性の起源』
■第021回競作『ゆらゆら』○
■第020回競作『延長また延長』○
■第019回競作『踊る』○
■第018回競作『サンダル』○
■第017回競作『ことり』○
■第016回競作『ロケット男爵』○
■第015回競作『観察する少女』○
■第014回競作『微亜熱帯』○
■第013回競作『駄神』
■第012回競作『虹の翼』○


■第011回競作『除夜』
■第010回競作『奇妙な花』
■第009回競作『めがね』○
■第008回競作『残暑』◯
■第007回競作『信じますか』
■第006回競作『もらったもの』
■第005回競作『未来のある日』
■第004回競作『冷たくしないで』
■第003回競作『懺悔火曜日』○
■第002回競作『丸』
■第001回競作『そこにいる』○


2012年8月19日日曜日

線香の煙が、僧侶の読経に合わせ、燻る。


それを初めて見たのは、曾祖母の葬式だった。私はもうすぐ四歳になる頃で、胡座をかいた父の膝の中に収まっていた。


煙はまさしく曾祖母の気配そのもので、それは案外楽しそうだった。


「おおきいおばあちゃんが、踊っているよ」


と、父に耳打ちしたけれども、父は聞こえたのか聞こえなかったのか、宥めるようにポンポンと私の頭に触れるだけだった。


それが、ちょうど木魚と同じタイミングだったので、曾祖母はとても面白かったらしく線香はいよいよ煙った。


人々は咳を堪えて、咳払いをし、涙目をこすったから、知らぬ人が見ればさぞかし悲しい葬儀に見えただろう。




大人になった私は、相変わらず線香の煙で故人の様子がわかる。


お盆のときは、盛大に線香を焚くから、母が不機嫌だけれども、どうしようもない。





2012年8月18日土曜日

私がダイヤモンドだ

小さな小さな一粒ダイヤモンドのペンダントだが、これが思った以上に自己主張の強い代物だった。


ほんの少し、大人になりたくて買ったのだ。それほど高価なものではなかった。


ダイヤモンドは、お日さまの光なんて必要なく、輝いた。


日に日に輝きは強くなり、身に着けている私の目にも眩しい。


すれ違う人が目を細め、それから怪訝な顔で私を見る。


せっかく買ったダイヤモンドなのに、なんだか、肩身が狭かった。


とうとう、ペンダントを外すことに決めた。


日常でダイヤモンドを身に着けるという私のささやかなあこがれが、崩れていく。


チェーンを外そうと首に手を回した瞬間、ペンダントは真夏の太陽のように輝いた。きつく瞼を閉じる。


「私がダイヤモンドだ」


と、いう叫び声が響いた。


ようやく眩しさから開放され、目を開けると、真っ黒になったペンダントがくすぶっていた。



2012年8月14日火曜日

無題

影法師の唱える経に身を護られながら、子は家路を急ぐ。日が沈むまで読経は続く。



8月14日ついのべの日 お題


2つも書いてしまいました。



無題

「踏まれない影はないのだ」と、影は言った。


痛くないのかい? と問うたけれど、ちょうどそこで木陰に入ったから、もう影の声は聞こえない。



8月14日ついのべの日 お題


2012年8月12日日曜日

私が歩くと、足跡が穴になる。それなりの穴だ。


蟻が落ちる。猫が嵌る。子供が転ぶ。ネズミが落ちるところは見たことがない。


世界中を旅しよう。地球を穴だらけにしよう。


きっと、そこには雨水が溜り、植物が生えるだろう。


そして私の足跡は、森になる。



2012年8月9日木曜日

無題

滑稽な仕草を笑うと、君は怒って「花を買ってきてちょうだい」と言うから、すぐに部屋は花でいっぱいになった。


ぼくたちは花の香りで酔い、棘で傷ついた。


 


君はどこからかハヌマーンの面を買ってきた。僕にぴったりだった。


もうこれで笑い顔が見えない、と安心した君は、花に埋もれたまま眠っている。



眠い時に書くと、だいたい脈絡がおかしなことになります。


2012年8月6日月曜日

不時着

止まっているかのようだ、とずいぶん長い間感じていた。


「濃霧のため、当機はこれより着陸態勢に入ります。不時着となりますが、安全には問題ないことが確認されております。どうかご心配なさらずに、霧の旅をお楽しみください」


と、機長は朗らかにアナウンスした。


その後も窓の外は真っ白なままで、下降しているのかどうかもよくわからない。


着陸は、機体の振動でわかった。着陸してもまだ外は霧深いままだったからだ。


乗務員が笑顔で機体の外へ誘導する。相変わらず遠くの景色はよくわからない。


ショッキングピンクの大きな旗を持ち「ようこそ霧の島へ!」と大勢の島民が出迎えてくれた。


キョトンとしている私に、一人の島民が話しかけてくれた。


「霧の旅は初めてかい? ここはいいところだよ。見たくないものも、見たいものも、どうせたいして見えやしないんだから」


それでもやっぱり見たいって言うんなら。と言って、ピンクの旗を一振りした。


わずかの間見たものは、灰色の森と、ピンクの烏の群れだった。



2012年8月2日木曜日

銀河鉄道に乗って

鉄道で旅をするのは、随分久しぶりである。最後に鉄道に乗ったのはいつのことだったろう。思い出せない。


プラットホームからは線路は見えない。本当に列車が来るのかね?と荷物を預けたボーイに尋ねるが鬼の形相で答えない。


いや、形相が鬼のようなのではなく、彼は本当に鬼なのだった。


死ぬことになって銀河行きが決まったとき、妻や子どもたちは喜んだ。


目的の銀河は遠いのだよ、列車で何千年も掛かるのだよ、と説明したが


「一等車なんでしょう? 優雅でよいじゃありませんか」


と妻はにこやかに言った。励ましてくれたのかもしれない。


ようやく列車がホームに入ってきた。ボーイは親切に席まで案内してくれた。


走りだした。座席は思いのほか快適だった。食事もきちんと三食あるらしい。何も心配はいらない。


地球は、青い。長い旅が始まった。



祖父の命日を前に。


2012年7月27日金曜日

サンダル

グニュ、とも、ブニュ、ともつかない、奇妙な踏み心地だった。


新しく買ったサンダルは、履いたその日に壊れてしまった。


壊れたというのは正確ではないか。だって革が切れたわけでも、底が外れたわけでもないのだから。


そりゃあ、もう、何度も矯めつ眇めつあちこち検めたから、間違いない。物理的にはどこも壊れていない。


ただ、へんてこな気味の悪い踏み心地が、時折現れるのだった。


一体、このサンダルの前世は何を踏んでしまったのだろう。そう考えながら、真夏のアスファルトを歩く。


最近、よく蛇を見るのは、何故だろうね。



2012年7月25日水曜日

失くした傘を探した話

傘は、雨が降っている間はそれはそれは従順だけれども、雨が上がってしまえば拗ねる。


いや、気がそぞろになるのかもしれない。傘が閉じられる、それはつまり骨同士がひどく接近することだ。これではろくなことはないだろう。


というわけで、雨上がりの夏の夜、傘をどこかに忘れてきてしまった。電車の中かしら、レストランかしら、とあちこち電話で尋ねてみたら、傘はデパートの靴売り場にあった。


よく似た色の長靴の傍で見つかったそうだ。私は靴売り場の店員に丁重に礼を言い、傘と同じ色の長靴を買って帰った。



2012年7月19日木曜日

とまどいもしない

「貴方、誰……でしたっけ?」


と訊かれるのは毎日のこと。


父や母や、同級生や、駅員さんや、コンビニのお兄さんや、その他大勢のすれ違う人々に、揃いもそろってとうもろこしの欠片が歯にひっかっかったような顔で尋ねられるのだ。


「私は……誰でしたっけ?」


とやり過ごすのも上手くなったつもりだけれど、このごろ本当に誰だかわからなくって、時々雲を抱いて泣くのだ。



2012年7月14日土曜日

無題

三尺玉は夜空を彩りのよい火花で埋め尽くした。その爆音は、病院通いで澱のように溜まった疲労を押し出してくれたようだ。不思議とすっきりしたのを覚えている。


暑い夏だった。祖父は、その夜の花火に誘われて空へ出かけたまま、それきり戻らない。



7月14日ついのべの日 お題


2012年7月13日金曜日

兎の元服

寺には丸い窓がある。
そこには硝子も格子も入ってはいないが、通ることが出来るのは、元服した兎だけであるという。
中秋の名月、そこから兎は育った寺を出ていく。月に帰るのである。
まだ私は兎を見送ったことはない。
この窓を兎だけが通ることができると聞いたのは子供の頃だった。
何度も外に手を出そうと試みたが、強い風圧のような力で押し返されてしまうのだった。

昨日、兎が「元服しました」と報告に来た。次の満月で兎は行ってしまう。


明月院で。

2012年7月6日金曜日

ドミノの時代

私がかつてドミノに夢中になっていた頃の話だ。
寝食を忘れてドミノを並べていた私は、息をするのも歩くのも、すべてがドミノのためであった。
ついにドミノを並べ終えたとき、うっかりため息を吐きそうになり、慌てて飲み込んだものだ。
ドミノを倒す時が来た。それは予め日時が決められていた。
私は、震える人差し指でちょん、とスタートのドミノに触れた。
パタパタパタパタパタと、ドミノが音を立てて倒れていく。
目覚まし時計が大声で喚きだした。時計もまた、長く沈黙を続けていたのだ。


2012年7月3日火曜日

切り取られた男

ハサミを使えるようになったばかりの四歳の坊やは、紳士服の広告から髭の男を切り取った。


坊やは真剣にハサミを使ったが、どうにもギザギザの男になってしまったので、母にもっと綺麗に切ってくれるよう頼んだ。


そのせいで、髭の男は少々小さくなった。


それでも広告から自由になった男は、坊やの元をあっけなく去った。不本意なスーツではなく好きな格好をしようと考えたのだ。


しかし、男が着られる服というのは、紙でできた着せかえ人形のものだけだったので、男は仕方なく白いワンピースを着ることにした。


そんな男を「かわいい!」と女の子が拾った。女の子はたくさんの服を持っていたから、男はピンクや黄色や水色のワンピースを次々着させられた。


坊やの元に帰る方法は、わからなくなってしまった。



2012年6月28日木曜日

燎原の火の如し

プールにお住まいの若奥さんの作るスープは凄まじく冷えている。
そこで若奥さんは、スープを温め直すためにと火に油を注ぎ、瞬時に沸騰させた。
なんて過激なプールの若奥さん。




There was a Young Lady of Poole,
Whose soup was excessively cool;
So she put it to boil
By the aid of some oil,
That ingenious Young Lady of Poole.

 

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より

2012年6月24日日曜日

チョコレート交換

 フランツ少年は失せ物を探していた。
 でも、町に落ちているのはチョコレートばかり。いちいち拾って帰ったら、あっという間に台所にチョコレートの山が出来た。
「フランツ、このチョコレートをどうにかして頂戴」
 ママは呆れ顔を通り越して、涙目である。
 フランツ少年は、覚えたてのザッハトルテをせっせと作る。来る日も来る日もチョコレートは拾えるが、失せ物は見つからない。そして、作っても作ってもザッハトルテである。
 ザッハトルテが出来上がると、フランツは交番へ向かう。
「落し物を拾ったんです」
 お巡りさんは、「拾得物」の札をザッハトルテに貼り付けながら言った。
 「きみとよく似た子が来ているよ」
 お巡りさんの視線の先には、「遺失物」の札のついたフォンダン・オ・ショコラを抱えた少女が座っている。


 


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コトリの宮殿 スイーツ超短編掲載作 *6.ザッハトルテ



2012年6月23日土曜日

CANDY&ROCKS

一歩町に出れば、子供らがまとわりついてくる。


「キャンディーくれよ、おっちゃん」と、子供らは歌う。


ある子は、ラッパを吹きながら、別の子はフライパンを叩きながら、またある子は踊りながら。


そうして楽団のような子供らを引き連れて、俺は飴岩山に登るのだ。


ツルハシでほら、飴の岩を叩けば、大歓声。


リュックサックにおみやげ詰めな。弟妹にも分けてやるのだぞと歌い聞かせて、下山する。


俺はツルハシを舐めながら、大声で歌う。



2012年6月19日火曜日

台風の声が聞こえる

台風がやってくると、私は小さな土鈴を窓際にぶら下げる。


鈴といっても、中は空で普段は振っても音はしない。


台風の雨風のときだけ、鈴は歌う。


チリンチリンというときもあるし、ヒュルンヒュルンというときもあるし、ルルルルルというときもある。


これは鈴ではなくて、笛なのかもしれないと思って、一生懸命吹いてみたけれど、やっぱり台風のときにしか音は出ない。


「どうして?」と祖父に聞いたけれど、祖父は「作った人が嵐のような人だったから」と遠い目をして言うだけだ。



2012年6月14日木曜日

無題

幼い夕闇は、「こわいこわい」と泣く毎に、己の闇が深まっていることをまだ知らない。



6月14日ついのべの日 お題


2012年6月12日火曜日

夢 第十四夜

鉄パイプで出来た薄い坂道に、身体を挟まれるように滑り降りていくと、汚れた便所に出た。


緑色の土器のような小さな人がいる。


それは私の分身のようなものであると瞬時に把握するが、「分身のようなもの」であって、「私」ではなく「私の子」でもない。


しばらく分身のようなものと対峙していたが、すぐに薄い坂道に滑り落ちてしまう。



2012年6月11日月曜日

踊る

目の前にピエロが現れた。ピエロは僕を一瞥して、踊り始める。


激しいステップを踏むのに、足音はしない。涙を流して天を仰ぐのに、嗚咽は聞こえない。


僕は、ピエロが無音で踊ることを知った。


 


ピエロはターンして、鏡になった。


鏡の中のピエロがじっと僕を見ている。


僕は踊り始める。音も立てずに、踊り続ける。



2012年6月8日金曜日

アルデンテ

歯には歯の好みというものがあって、一番好きなのはアルデンテのパスタである。


しかし、そうそう歯の好みのアルデンテのパスタには出会えない。もちろん舌にはもっと細かな好みがある。


今日のたらこスパゲティーは、ちょっと柔らかかった。奥歯には不評だった。


その前のカルボナーラは絶妙なアルデンテだったが、やや味が濃かった。


口腔内の皆が喜ぶパスタというのは、なかなか難しい。



2012年6月4日月曜日

そこにいる

「そこにいる」が底に居る。そこの底だ。そこそこの底だ。


そこで提案だ。底のほうに向かって話しかけるがいい。


 


「そこにいる?」


「ああ、そこにいるはここにいる。箱が好きだが、箱はないから底にいる」


こそこそ話のような小さな声が聞こえた。


僕はこれから、そこにいるに会いに行くから、ここからそこに行くよ。



2012年6月1日金曜日

箱庭

子供が箱庭を作っている。


「これは何?」


「これは、佐藤さんちの梅の木」


「これは何?」


「これは、鈴木さんちの浜辺」


「これは何?」


「これは、松本さんの家」


それらは赤や青や黄色の、形容しがたい物体だったが、子供がそう言うのだから、そうなのだろう。


最後に、大きなピーマンを作って真ん中に置いた。それは、誰が見てもピーマンだった。今日の夕御飯は、子供の嫌いなピーマンの肉詰めなのを、私はまだ子供に伝えてはいない。


出来上がった箱庭を、子供はダンボール箱に仕舞った。


「これは、僕の胃袋」


夜中、そっと覗いてみると、箱庭は、滅茶苦茶になっていた。


翌日、子供は腹を壊し、恨めしそうに「お母さん、覗いたでしょう」と言った。



2012年5月26日土曜日

外れた町

ボコっと音がして、町が外れた。


外れた町は、漂流でもするのかと思ったけれど、町の人々がボルトとナットでギリギリと連結している。


「まーまー、久しぶりに外れちゃったのね」


と、おばあさんが笑っている。



2012年5月22日火曜日

夢 第十三夜

二人の女が喧嘩をしている。


彼女たちは、とても理にかなった理由で喧嘩をしているらしいのだが、私にわからない言語で喧嘩をしている。


二人はそれぞれ、同じ作者の、違う小説の本を、大事そうに抱えている。


二人は、今度は私に分かる言葉で、どれだけその小説が素晴らしいかを語り、そしてまた私にはわからない言語で言い争い、涙を流し、そして雨の中を傘も差さずに出ていった。



2012年5月16日水曜日

無題

空から恋石が落ちてきた。「半分こして食べようか」と、あなたが言うので、必死になって割ろうとした。ナイフも使った。けど、割れなかった。「……食べていいよ」手渡すとあなたは「サクッ」と綺麗に半分だけ囓った。「ハイ、はんぶんこ」。恋石は、硬くて柔らかい。



 


5月15日ついのべの日 お題



無題

泳ぎ心地はどうだい? と雷の子が聞く。変わらないよ、とクジラの子が言う。ちょっと休んで行くかい? と雲のおばさんが聞く。そうしようかな、とクジラ の子が言う。雲から見下ろす海は、赤かった。そこらじゅうにクジラやイルカの子が虚ろな目で雲に乗っている。なのに、空は青い。



5月14日ついのべの日 お題「空」


2012年5月14日月曜日

へんくつ窟

へんくつ窟は、洞窟のくせに扉があって「ごめんください」と入らなければならない。


へんくつ窟の壁は、モザイクタイルで埋め尽くされている。


へんくつ窟には、巨大蝙蝠が暮らしていて、訪れる時には手土産がなければならない。


へんくつ窟の巨大蝙蝠への手土産は、よく熟れたパパイヤを38個でなければならない。


へんくつ窟から出るときには、次の訪問日時を正確に約束しなければならない。


へんくつ窟の巨大蝙蝠は「もう来なくていい」と必ず言うが、その言葉を信じてはいけない。



2012年5月9日水曜日

蠍踊り

昔々、あるところに老夫婦がいた。


夫婦には子供がいなかったが、蠍を飼っていた。


老夫婦は、蠍に「人を絶対に刺してはいけないよ」とよくよく言って聞かせていた。


蠍は大変に聞き分けがよく、人を刺すような素振りは見せなかった。


だが、強力な毒があるからと言って、蠍は村人から忌み嫌われ、老夫婦も村で孤立してしまった。


ある日、蠍は村人たちにひどく難癖を付けられた。蠍はやり過ごそうとしたが、多くの人に囲まれてしまった。


ジリジリと追い詰められ、逃げ場のなくなった蠍は、身動きした弾みで、一人の足にブスリ。


その毒針を刺してしまった。


確かに、蠍の毒は強力だった。だが刺された当人は痛がるでも苦しむでもなく、楽しそうに笑い、踊り始めた。


あんまり愉快に踊るので、村人全員が踊りだした。蠍は幸せだった。いつまでも踊りが止むことはなかった。


その村では、今も「蠍踊りの村」として知られている。



2012年5月6日日曜日

告白

堕天使の罪を一晩中聞き続ける夢を見た。


堕天使の翼が白くなってゆくにしたがって私の髪も白くなっていくのだった。


もうこれ以上聞いていては虹彩まで白くなってしまう、というところで目が覚めた。


鴉がこちらを見ている。


 


 



2012年5月3日木曜日

無題

少女は、獣に供された生贄だった。


だが、獣は少女を飲み込みことはせず、その広い口腔内に住まわせた。


少女を咥えた獣は、ゆっくりと旅した。死に場所を探す旅だ。


温かく穏やかだった獣の口腔内は、次第に不快な粘度を増していった。


やがて、唾液さえ出なくなり、獣の旅は終わった。


 


干からびゆく獣の舌の上に、少女は身体を預けた。


獣が化石となった今でも、細く静かな寝息を立て、ずっと同じ夢を見ている。



江崎五恵さんの「供物」を見て。


IFAA幻想芸術展にて。


2012年4月23日月曜日

期限切れの言葉

すべての言葉は、思想してから、八分以内に言葉として発しなければならない。


そうプログラムされた人々は、おしゃべりになった。言葉が町にもテレビにもネットにも溢れた。


八分が過ぎたらどうなるのだろう? と多くの人が考えたが、プログラムされてしまった以上、もはや言葉を抑える術はない。八分黙っていることなど、できないのだった。


 


少年は、自らのプログラムを解除することに成功した。


プログラムは、単純ではなかった。八分を過ぎた思考は、永久に消滅するというプログラムも組み込まれていることを、少年は発見していた。


 


久しぶりに沈黙を獲得した少年は、町の眩しさと喧騒に戸惑ったが、その戸惑いを即座に口にしないでいられることを誇りに思った。言えば、悪態になるに決まっている。


少年は、友人に会う。「やあ、ひさしぶり」


少年が噛み締めるように言う間に、友人はどこに行っていただの、何をしていたのだの、お前は頭がおかしくなったのかだの、止めどなく聞いてくる。


少年が、しばらく黙っていると、友人の言葉はようやく収まった。少年の応えを待つために友人の思考は一旦停止したらしい。


二人の少年を中心に、沈黙が漣のように街に広がった。


八分以上前の思考はどこに行ったのだろう? と多くの人が考えたが、期限切れの言葉を発する術は、誰も持たない。



書きながら、だんだんわけがわからなくなった。(あたまがわるい)


2012年4月21日土曜日

ゆらゆら

街灯がゆらゆらとして見えるのは、私がブランコに乗っているからか、酩酊しているからか。


明かりが揺らめいているだけならまだしも、街灯全部がゆらゆら、ゆらゆら。鉄のすることとは思えない。


わざわざ近寄って確かめずにいられなくなったのは、酔いのせいだと認めよう。


 


街灯は、揺れていた。押してみると、押した方向に揺れた。ちょっと寄りかかってみたら、大きく揺れた。


あっちへ押して、こっちへ押して。街灯が揺れるのを面白がっていたら、公園中のものがゆらゆら揺れ出した。


ジャングルジムもゆらゆら。ゆらゆらの滑り台を滑ると、ゼリーの心地がする。


夜の公園は楽しい。



2012年4月17日火曜日

無題

他人の夢を盗み見る装置を作った男は、その後、幻想文学作家を名乗っている。実際、けしからん奴だ。




2012年4月15日日曜日

無題

祖父は精一杯背伸びして、桜の花を虫眼鏡で覗いてニヤニヤしている。「ぼくにも見せて」とせがむと、祖父はよっこらせと抱き上げてくれた。花の中を覗くと、何やら微細な虫たちが宴会をしているのだった。



4月15日ついのべの日 お題


2012年4月14日土曜日

Re: 無題

夜の城跡公園で、老人は散った桜の花びらを集める。集めた桜の花びらは、大鍋で茹でる。グツグツグツグツ茹でる。桜色の湯気は夜空高く上り、地球一周の旅に出た。いってらっしゃい、また来年。



4月14日ついのべの日 お題


2012年4月13日金曜日

ペパーミント症候群

「Dマイナス!」


とうとう隣の女の子もペパーミント症候群に罹ってしまったみたい。


「Dマイナス!」


あんなに勉強が得意だったのに、「Dマイナス」ばっかりだ。


落ち込んでるくせに、大声上げて答案用紙を掲げる彼女を、ぼくはオロオロと宥めすかす。


 


ぼくの「フランクリン症候群」を誰よりも心配してくれていたのに。


いや、きっとぼくのフランクリン症候群が彼女に感染して、ペパーミント症候群が発症したんだ。


そう考えたら、なんだか愉快だ。



ピーナッツ


に出てくるペパーミント・パティーと、フランクリン


2012年4月12日木曜日

あおぞらにんぎょ

空を自在に泳ぐ人魚は、それなのに翼が欲しかった。


「そんなに綺麗な鱗もあるのに」


人魚の身体は、お日さまを浴びるとキラキラと輝く。


「そんなに上手にお歌も歌えるのに」


人魚の歌声は、鈴のように澄んでいる。


「でも、空は泳ぐものじゃなくて、飛ぶものでしょ?」


そう言うときの人魚の目はいつも涙が溢れそうになる。


「それじゃあ、海で泳げばいいよ」


そんな声が聞こえたから、南の島のあるところまで、空を泳いできた。


ここは空が青くて、海も青くて、あおがあおすぎて。


でも、海に飛び込む勇気はない。海面近くまで降りたり、やっぱり空へ戻ってみたり。


ずっとそんなことをしているから、人魚は今、空を泳いでいるのか海を泳いでいるのかわからない。



2012年4月10日火曜日

延長また延長

「お願いします。もう少しだけ、長くして下さい」と、猿が己の尾を撫でながら、創造主に懇願する。


「弱ったなあ、あと少しだけ」。むむむむと何事か唱えた。


すると、森で一番高い木のてっぺんに尾を掛けてぶら下がると地面を舐められる、それくらい猿の尾は長くなった。


「もう少しだけ、もう少しだけ」


猿は赤い顔をもっと赤くして更に懇願した。


「ええ、まだ延長するのかい?……これ以上は、うどんになるけど、構わないかね?」


創造主は念を押す。


「はい、何でもいいですから」


ぬぬぬぬぬと何事か唱えると、猿の尾の先端は讃岐の国に到達して、おじさんがこれから食べるうどんのどんぶりにぽちゃんと入った。


これからおじさんはうどんを辿る旅に出る。



2012年4月7日土曜日

虹の翼

虹は、誰かに翼を貰うことを思いついた。かねてから翼が欲しいと思っていたのだ。


鴉に貰おうか? いや、あの真っ黒い翼はスペクタクルな自分には似合わない。


白鳥に貰おうか? ちょっと大きすぎる。


ならば鷲に貰う? あんなに鋭く飛びたいわけではない。


そうだ、天使に貰おうではないか。


ちょうど通りかかった天使に「翼を下さい」と頼んだら、すぐに了解の返事が来た。


「そのかわり。私を地上まで降ろしてください。翼を取ったら、ここでは生きられませんから」


虹は、早速身につけた翼ですぐにでも飛びたい気持ちをぐっと堪えて、天気雨の中、ゆっくりと地上まで伸びていく。


赤子の姿になった天使は、「じゃあね」とウインクして、するすると虹を滑り降りていった。



2012年4月5日木曜日

野の歩哨

いつでも最前線で警備に当たるという自負がある。


かつて野の歩哨として活躍していた椋鳥たちは、田の歩哨となり、今は街の警備に当たっている。そこが最前線であるからだ。


駅前のネオンに照らされたねぐらは、二十四時間警備には都合がいい。おかげで街の椋鳥は寝不足で、それゆえ鳴き声も喧しい。



『鳥獸蟲魚の生態』が終わりました。難しかったなあ。


難しいと感じるタイトルこそ、思わぬものが書けたりするものです。


 


次からは、500文字の心臓のタイトル競作のタイトルを蝨潰そうという魂胆です。


 


2012年4月1日日曜日

蜜蜂の研究

蜜蜂の巣には、『蜜蜂による蜜蜂のための、蜂蜜大図鑑』が必ず一揃いあることを、養蜂家のおじさんは知らないふりをしている。


 


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明後日3日から、いよいよギャラリーびー玉での展示が始まります。


初めての関西での展示です。よろしくお願いします。


 


豆本と小さな本展
201243日(火)~413日(金) 
火~土   12301930   
日・最終    12301800 


9日はお休み


  



さて、3月後半はちょっと忙しくしていましたが、29日に「王朝継ぎ紙合同作品展」に行ってきました。


私が作った6枚一組のコースターも無事に展示されていました。どうやら、私が一番の初心者みたいでした。


改めて見て、「もっとこうすればよかった」と悔やまれたり。


韓国風の配色の作品や、カリグラフィーが書かれた作品などもあり、印象的でした。


ワールドワイドです。平安時代の技の懐の深さを感じました。


 


 


 






2012年3月27日火曜日

夕暮飛行

夕焼けの雲海は、刻々と色が変わるから、次々と絵の具を出さなくちゃならない。


僕は飛行機の窓におでこをぶつけながら、何枚も空と雲の絵を描いた。


小さなパレットの絵の具が混ざり合って真っ黒になった頃、夜間飛行。



2012年3月20日火曜日

鳥の卵

「冷蔵庫を貸してくれませんか」と鳥に訊かれた。訳を聞くと「卵を冷やしたい」という。


なんでも、この鳥には時々冷やさないと孵らない卵が生まれるそうだ。


冷蔵庫を貸すくらいどうってことはないから、快く貸した。


けれど、困ったことにその鳥の卵が鶏卵そっくりなので、どれが食べていい卵で、どれが冷やし中の卵かわからなくなってしまったのだ。


「卵が孵るまで、六週間ほどです。それまで決して卵を動かさないでください。どうかよろしくお願いします」


と言われたから、もう、どの卵も触れることができない。


大好きなゆでたまごが食べられない由々しき事態は当分続く。



2012年3月19日月曜日

無題

花の香りを辿ると、画家のアトリエに着いた。「花を描いているのです」キャンバスからは、確かに花の香りがする。「この花の香りがわかるということは、き みの存在が絵だからだよ」と、画家が言う。絵の中に入り込むのは簡単だった。あれから二十年、春から美術館暮らしが始まる。



#twnvday 3月14日ついのべの日 お題「花」


2012年3月17日土曜日

死よりも強し

連れ合いを何者かに殺された鴉は、自らの羽を一枚、また一枚と嘴で引き抜き、その亡骸の周囲を守るように飾っていった。


死んだ鴉はいつまでも黒く輝き、その周りの羽は、日に日に色が褪せていった。


丸裸になった鴉は寒さと飢えに震え、それでもなお亡骸から離れようとしなかった。


 


羽のない鴉が死んでいるのを見つけた老人は、傍らに別の鴉の死骸と大量の白っぽい羽が落ちているのを見て、ひどく驚いたそうだ。


二羽の鴉は、老人が孫と一緒に手厚く葬ったという。



モーパッサンを借りた題ですなあ。


難しかったので、今回も原本の内容を踏えてようよう書きました。


2012年3月14日水曜日

風船撃ち

ケンは、風船撃ちを生業にしている。


街中で風船を見つけると、ゴム鉄砲で「パン!」と撃ち落とす。


風船は危ない。赤とか青とか黄色とか、何色だって危ない。


子どもたちは風船を見つけると、ケンに知らせに来る。


「おっちゃん! 風船が出た!」


よしきた! おっちゃんに任せな。


ケンは子どもたちを追いかける。ビルの屋上に出現したピンクの風船。


とりわけ報酬がいいやつだ。そのぶん、危険度は高い。


ピンクの風船は、どんどん高く上がっていく。成層圏に入る前に撃ち落さねば。


狙いを定め、見事命中。子どもも大人も、拍手喝采。


ピンクの破片がひらひら舞い落ちた。



2012年3月11日日曜日

肉彈

直滑降、直滑降。鴉は黒い弾丸になった。


雛鳥の餌をねだる悲壮な声が、こだまする。


魑魅が目を覚ます。猟師が山で迷う。



2012年3月9日金曜日

油断大敵

「鰻には注意しなさいよ」と鴎は散々親から聞いていたけれども、鰻というのがどういうものだかは教えてもらわなかったのである。


「あなたの伯父さんは、鰻に殺されたの」と聞かされれば、鴎も鰻を恨めしく思う。


きっと「鰻」というのは、鋭い牙とか角とか、爪とかを持っていて、大きくて恐ろしいものだろうと、一生懸命想像した。


 


さて、そんなことを考えていたら、腹が減ってきた、海の中に黒くて細長い生き物がいる。あれはまだ食べたことがないが、魚のようにピチピチと暴れたりはしないだろう。きっと捕まえやすいはずだ。



原本のエピソードをそのまま使いました。鰻に首を閉められて殺される鳥が結構いるそうです。


(戦前の本の内容で、確認は取っていません。)


2012年3月5日月曜日

犬と猫との親友

うたた寝から目覚めるのは、たいてい犬が先で、猫は大あくびを四回してから、犬を見上げる。


犬は早く猫と遊びたくてうずうずしている。猫はもう二回伸びをしてから、犬のしっぽに気づく。


ワホワホしているしっぽに徐に跳びかかる。犬は猫をあしらうようにしっぽを振り回すが、実のところ犬のほうがよほど興奮しているのだ。


毎日のように繰り返されるそれを、大勢の鳩が見て呆れているけれど、瞬きをしたら鳩ももう忘れている。こうして毎日が過ぎていく。



2012年3月4日日曜日

仲のいい犬と猫

猫が寝心地のよい場所を探しまわって辿りついたのは、犬の腹だった。


寝てばかりの猫の寝台になることを嫌がっていた犬も、次第に慣れていった。


猫のヒゲから得る情報は、犬にとって、非常に新鮮だったからだ。


ひなたの匂いにを嗅ぎ分けられるようになった犬と、ドッグフードも食べる猫は、今日も窓際でうたたねをしている。



2012年3月3日土曜日

海鳥の巣

小さな島で一人で暮らしていたカースバードは、孤独で、歳を取り、身体も弱っていた。


ある嵐の晩、一組の海鳥の夫婦が、カースバードの島にやってきた。


彼らは巣を作る岩場を探していたが、なかなか条件の合う地を見つけられずにいたのだ。


「この島で、子供を作りたいのです」と海鳥はカースバードに伝えた。


海鳥は巣を作り、たくさんの卵を産むと、一つだけカースバードに与えた。


カースバードはその卵で元気を取り戻した。


カースバードは鳥たちに天気を教え、海風と大きな鳥たちと、密猟者から卵を守った。


そして、たくさんのヒナが生まれた。ヒナはカースバードが見守る中、巣立ち、季節がめぐるとまた戻ってきた。


「この島で、子供を作りたいのです」と海鳥はカースバードに伝える。


そして、巣を作り、卵を一つだけ、カースバードに与えた。


海鳥を見守りながら、カースバードはもっと歳を取った。


いくら海鳥の卵が滋養に満ちているとは言っても、カースバードはもう本当に年寄りだったから、少し元気になって、もっと老いていった。


そして、カースバードは「この島の海鳥の巣を守るについてのあれやこれや15条」を書き残して、死んだ。



ファーン諸島の聖カスバートをもじった。


2012年3月2日金曜日

無題

雪だるまに、飲酒の形跡。



さて、3月になりました。


18日で、超短編を書き始めて10年になります。10歳、歳を取りました。


500文字の心臓に参加したり、賞に投稿したり、本に掲載されたりもして、充実した10年でした。


次の10年はどうしようかと思ったとき、やっぱりここでコツコツ書いて日々を重ねていくことが、私のやりたいことだと感じたので、そうしようと思います。


10年前、「5年以内くらいに、商業書籍に掲載されること」を目標にしたので、それは達成できました。


目標とは別に、野望も掲げました。「一万作書くこと」です。


野望を思いつくなんて、生まれて初めてだし、その後もありませんし、たぶん今後もないと思います。


現在2300作くらいです。あと7700作。これを叶えることに専念したい。


だから、外に投稿する機会は、減るんじゃないかなーと感じています。


機が熟したり、気が変わったり、この木がなんの木になったりするまでは。


2012年2月28日火曜日

海の怪物

大海蛇は、真上を通った大きな船に気づいて目を覚まし、ちょっと伸びをしただけのつもりなのだが、海の上は大騒ぎになってしまった。


謝る術もないので、また眠ることにする。



なぜだか23日の「アンソニー猿」が非公開になっていた。へんなの。


2012年2月27日月曜日

子守をする小馬

小馬が走ると子供も走る。


背に乗せた子供が眠る。小馬はゆっくり歩む。


子供が泣けば、尾で頭を撫でる。


夕焼け空に向かって小馬が歌う。子供も歌う。


子供はいつでも歌を歌うけれど、小馬が歌えるのは草原に日が沈みきるまでの短い間だけ。


お日さまがちょっぴり油断しているその間だけ。


日が沈めば、子守はお月さまに交代だ。



2012年2月26日日曜日

飛行機と鷲

飛行機と競争するのに飽いた鷲は、飛行機に乗って昼寝することを覚えた。


雛鳥への教育必須項目に「大鉄鳥のエンジンに巻き込まれないの法」が加わった。



2012年2月23日木曜日

アンソニー猿

アンソニーという種の猿がいる。
オスもメスも、ヒトの少女のような容貌で、セミロングの黒髪、白いブラウスと黒いスカートを履いている。
見惚れて視線が合うと、アンソニーは無言で貴方に寄ってきて、擽る。
擽ったくても、声を出してはならない。声を出したらアンソニーは貴方が絶命するまで擽り続ける。
もしも声を出さずに耐えることができても、アンソニーは他の誰かと視線を交わすまで、貴方を擽り続ける



今日は、「鳥獸蟲魚の生態」のタイトルではありません。


2012年2月21日火曜日

動物の保護色

小さなカメレオンが今にも落ちそうな葉っぱの上でポーズを取る。上手に葉っぱ色に似せることができていると、非常に満足している。


 


リーフフィッシュはくすぐったい。このケッタイな小さな生き物をリーフフィッシュは知らない。


 


カメレオンが海に潜ったのか、リーフフィッシュが枯れ木に絡まったのか、それはお月さんだけが知っている。



2012年2月19日日曜日

針鼠と蛇の喧嘩

啓蟄。


「やあ、蛇。ぼくのごちそうになる気はないかい?」


「おはよう、針鼠。ずいぶん旨そうなツラをしてるね」


そんな会話を交わして、針鼠は蛇を、蛇は針鼠を食べようとした。


が、お互いがお互いを食おうというのだから、これがうまくいくわけはないのだ。


「まず、オレがお前を食べるよ、針鼠」


「いいや、ぼくが先だよ、蛇」


喧喧囂囂。


針鼠は困っていた。蛇が絡まって解けないのだ。


蛇もまた困っていた。針鼠が刺さって動けないのだ。


多くの獣や鳥が見ていたが、誰も二人を解き外す術を知らない。


 



2012年2月16日木曜日

狐狩り

英国紳士たちが首を傾げるのは、このところめっきり狐が捕まらないからなのである。


どんなに猟犬を増やしても、どんなに立派な衣装に着替えても、狐が全く見つからない。


犬たちもずいぶん苛苛している。


というのも、ある狐がニッポンに留学して、犬に化けることを覚えてしまったからなのだ。


教える方も習う方もずいぶん優秀な狐で、犬の鼻をも化かすことができるという術を身につけ、帰国後に英国中の狐に広めてしまったそうである。


 


「狐に化かされた」という言葉は、まだ輸入されていない時代の話だ。


 



2012年2月12日日曜日

雁の大將

長い道のりを歩いて、雁の群れを迎える。


赤い空に点点とした群れを見上げる。次第に輪郭がはっきりしてくる。


大將を筆頭にめいめい場所を見つけて降り立った。


「よく来たね」と人が言う。


「互いに、遠路遥々」と雁が鳴く。


 


 


家離り 旅にしあれば 秋風の 寒き夕に 雁鳴きわたる


万葉集 巻7-1161



2012年2月7日火曜日

いつも空腹の時計

その時計は地下道の壁にチューブで繋がれている。


ここを通る人間は少ないから、時計を見る人などほとんどいない。


しかし、時計が休むことは許されず、休みたくとも動いてしまうのが時計というものなので、時計は律儀に時を刻んでいる。


この時計は電力もゼンマイも必要とせず、しかしそのかわり、ミューズリーを食べないと動かない。


チューブの先は、ローズマリーさんの家に繋がっていて、毎朝決まった時間に、前夜からミルクに浸してあったミューズリーを大量に流し入れてもらう。


うっかりローズマリーさんが寝坊したときには、目覚ましのベルを鳴らして起こすのだ。


チューブから鳴り響くぼんやりとした目覚ましベルで、ローズマリーさんはノソノソと起きだし、不運にも地下道を歩いていた人はあまりの大音響に、数日間は頭痛が治まらない。



2012年2月3日金曜日

みんな溺れ死ぬ狐猿

もれなく溺死するという動物がいるそうだ。狐猿という。


彼らは、雲から生まれる。雲は、夥しい数の狐猿を生み落とす。ココアの滝が、年に一度だけ現れるのとほぼ同時に。


雲からボタボタと生まれた狐猿は、ほろ苦く甘い香りを頼りに大地を埋め尽くしての大移動をし、そのままココアの滝へ雪崩込む。


 


ココアは、熱い。


だから本当は溺死ではなくて、火傷死かもしれない。



いやー、レミングのことを「狐猿」とした昭和五年に驚きました。


(一連のタイトルは『鳥獣蟲魚の生態』加宮貴一という本から借りています。)


今「狐猿」と言われたらマダガスカルを思い出しますが、本を読んだら「北ノールウェーの山嶽地方」と出てきたものだから、「?」となりました。


「キツネザル」「レミング」のどちらのイメージで書いてよいのか、わからなくなり、困りました。


まあ、どんな動物でも、すごくフィクションで書いているのですけれど。


2012年2月1日水曜日

奇怪な牡蠣

すでに岩にびっしりと付いている牡蠣だが、実は一日一匹づつ増えていることを、レオナルド・ションヴォリ氏だけが知っている。
牡蠣たちは、氏が数え間違えないかと、固唾を飲んで岩に付着している。



ものすごく久しぶりにションヴォリ氏が出てきました。
今読むと、微妙なのですが、キャラクターたちは案外よく動いてくれます。


2012年1月28日土曜日

家を建てる獸

海狸の建築技術が、世間に認められるようになって、海狸は他人の家まで建てるようになった。
海狸の建てる家は、良い香りがすると評判である。海狸の家に棲む夫婦は、仲が良い。
よい香りのする家は、いつもよいムードが漂うらしい。
子供の多い夫婦が増え、「夫婦円満の家」「子宝の家」として売り出されるようになった。
しかし、当の海狸は他人の家を建てるのに忙しくて、子供が少なくなった。
なんだか変だと思いながら、今日も海狸はカストリウム香る家を建てる。


2012年1月27日金曜日

夢の女王

女王の吐き出す吐息が夜空いっぱいに広がる。吐息は千切れ、丸まって、不思議な生き物になった。
小さな幻獣たちは、きょろきょろと地上を見回して、誰かのベッドを目指して降りていく。
「女王さまは夜のあいだずっと息を吐き続けて苦しくないのかしら?」
一匹の幻獣が心配すると、女王はニッコリと微笑み、それから大きな大きな幻獣を出してみせた。
大きな幻獣はぽやんぽやんと夜空をスキップした後に、最後の夢を見る老人目掛けて降りていった。

江崎五恵さんの個展「夢のタペストリィ」を見て。

2012年1月21日土曜日

鳥の本能

渡鳥が間違いなく目的地に辿り着くには、星や風との情報交換が欠かせない。


生憎、雲とは情報交換ができないのだが、鳥に雲と会話する能力がないためなのか、雲が無口だからなのかは、まだわかっていない。



2012年1月19日木曜日

海綿(スポンジ)の話

海綿は、吸い上げた海水を頭から噴き出す。


「この噴上げっぷりは、海底火山とよい勝負だ」と思っていることを、海の誰もが知らないふりをしている。



メインサイトを更新しました。TwitterとTumblrへのリンクを追加しました。


2012年1月17日火曜日

ホトトギス

「イエローのアイラインが美しいですね」


と、ホトトギスに言う。本当にきれいだと思ったのだ。


「ヘチマ水で目を洗うのです」


そう言ったホトトギスの口中は、血のように赤かったから、それは真っ赤な嘘なのだろう、と思う。


大体、彼は名前が多すぎるところからして、信用ならぬ。杜鵑、時鳥、子規、不如帰、郭公、無常鳥……


明日は、ヘチマの洗眼液の作り方の本を図書館で探す。



子規記念博物館 訪問の記


 


架空ストアで、「新鮮なクリスマス」の販売を開始しました。


クリスマスの話が6編入ったふかふかな豆本です。よろしくお願いします。


2012年1月10日火曜日

山の悲劇

山の手入れを任された紳士は、一面きっちりと芝を敷いた。


青々とした山の頂上に立ち、にっこりと微笑む。今度は薔薇を植えよう、と。



2012年1月8日日曜日

猿の言葉

山から降りて町で暮らしたその猿は、一部の人間により町を追放されることになった。


猿が唯一覚えた人語は、「猿が去る」というものだったので、申年の年末までは町に居住することを許された。


次の申年まで覚えていられるだろうか、と不安に思った猿だが、それをうまく表明できないまま町を去った。



猿の言葉といえば、ボノボのカンジとパンバニーシャを思い出します。


息災だろうか。


2012年1月3日火曜日

動物の帰郷本能

飼い主がほろっと手を緩めてしまったときに、犬は芳しい香りを嗅ぎつけて、無条件に走りだしてしまったのだ。


その香りの源は、巨大な花だった。犬はすぐに興味を失った。そういえば腹が減っている。


こんなに長距離を全力で走ったのは、生まれて初めてだ。


 


さて、ずいぶん遠くに来てしまったぞ、と犬は気づいたがどうしようもない。


幸い犬は飼い主の名を覚えていたので、訊いて回りながら帰ることにした。


「ヤマノウエ・ノボルの家を知りませんか」


と犬が訊く。


「おまえ、帰郷本能もないのか? 犬なのに。俺はどこにいても帰れるぜ」


と、ほとんどの犬が答える。


犬は犬としての己の能力のなさを知り、自信を失った。


 


そうこうしながら彷徨い歩いた。野犬として追い掛け回されたり、保健所に送られそうになりながら、一軒の家に迷い込んだ。


犬は、その家の人間にひどく歓迎された。そして、涙ながらに庭に通されたのだった。


庭では、犬の母が、息を引き取ろうとしている。



あけましておめでとうございます。