2011年5月27日金曜日

魚を捕る貝

魚を喰らうのが大好きな貝がいた。
貝を喰らうのが大好きな魚がいた。
その二人が広い広い海の中で、不幸にも出会ってしまったのだ。
ああ、なんということだろう。
貝は魚を見て、舌なめずりをし、魚は貝を見つけて涎を垂らして突進した。
だが、魚は貝を食べることが出来なかった。
貝があまりにも大きかった。
口に入らなかったどころか、魚よりも何倍も大きな貝だったのだ。

諦めて引き返そうとしたところ、ふよふよと夥しい数の白いワームが漂ってきた。
無意識にそれに喰らいつくが、ワームは巧みに身をかわして魚に纏わり付き、
気がついたときには貝の体内であった。
悔しいので、魚は真珠を見つけて飲み込んだ。
そのあとのことは、わからない。

タイトルを借りている『鳥獸蟲魚の生態』の中では「扇子貝」という貝が
白っぽい紐状のもので魚を捉えて食べる、という話でした。
オウギガイで検索してみますと、ヒオウギガイで出てきます。
他の貝についても、ちょっと検索したくらいでは、
本の中のような魚の捉え方については出てきませんでした。

この本、「さまざまな動物たちの悧巧なエピソードや感心する生態」を子供に紹介するような体の本なのです。
80年も前の本なので、中にはきっと今では誤りとされていることもあることでしょう。

2011年5月23日月曜日

黒焦げになった鶏

腹の減った男と、寒さに耐えかねた女が、鶏の小屋に火を点けることを思いついたのだ。
その鶏小屋には、雌鳥と雄鶏が慎ましく、喧しく(特に朝は)暮らしていた。
ごく当たり前の鶏小屋だった。

腹の減った男は、マッチを持っていた。寒さに耐えかねた女は、塩胡椒を持っていた。
だから、鶏小屋に火の点いたマッチを投げ入れることは、とてもよい案だと二人は思った。
だが、結局、小屋には暖まるほどの炎は上がらず、プスプスと煤が出るばかりだった。
煤で黒くなった鶏が怒って小屋から出てくると、「黒焦げになった鶏のゾンビが出てきた」と男は腰を抜かし、女はますます震えあがった。
二人は、鶏小屋を解体して焚き火をし、雌鳥が仕方なく産んだ卵で目玉焼きを作って、塩胡椒を振って食べた。卵も煤けていた。
「卵を分けてくれ」と頼みに来れば、それでよかったのに、と雄鶏は一晩中説教をした。

2011年5月19日木曜日

自動車の番をする犬

この国では、駐車場にはもれなく番犬が居る。
一軒家の駐車場にも、スーパーの駐車場にも、もちろんコインパーキングにも。
番犬が何をするかといえば、自動車を見張っているのである。
最近の自動車はお転婆で、時々運転手が居なくてもドライブに出かけてしまう。
一人でドライブしたくてウズウズしている自動車を見つけると、番犬は吠え立てる。
自動車はたいがい、犬が苦手なのだ。

2011年5月16日月曜日

猿の蟹釣り

蟹釣りの得意な猿に、蟹を釣ってくれと頼んだら、「尻尾を貸してやるから、自分で釣りな」という。
まずは猿の手本から。ちょいちょいと尻尾を動かし、ひょいひょいと蟹を釣り上げた。
「じゃあ、おまえの番だ」と、猿は尻尾を外して、オレのパンツを下ろすと、ペタリと尻尾を貼りつけた。
尻尾を海に垂らすと、面白いように蟹が尻尾を挟む。
エイエイと次々と蟹を釣り、もう十分だから尻尾を返すよ、と猿に言うと「尻尾はくれてやる」と言われた。
見ると、オレの釣竿を尻に付けて、大喜びなのだ。
その釣竿では蟹は釣れん、そう言おうとしたが、オレが尻尾を借りて釣っている間に、その何倍も蟹を釣り上げていたのだった。
猿の尻尾は、いくら引っ張っても、剥がすことができない。

2011年5月12日木曜日

ウラヌスが転がれば

天王星の軸が大きく傾いていると知ってからというもの、かの惑星と同じ名の少年ウラヌスは、ごろごろと転がって移動するようになってしまった。
学校へ行くときも、サッカーをするときも、横になってごろごろと転がる。
父が叱り飛ばしても、母が説得しても、友人が心配したり馬鹿にしても、ウラヌスはごろごろと転がる。
いつのまにか、横になったままで勉強し、横になったままハーモニカを吹くようにもなった。
猫も鼠もウラヌスと仲良くなった。話がしやすいのだ。とはいえ、猫も鼠もウラスヌが変わり者だということは、よくわかっているようだった。ほかにそんな人間はいないもの。
そんなウラヌスの噂が当の天王星にまで及び、天王星は、その地球人の子供のことが、気になって仕方がない。
ちょうど地球がよく見えそうな位置に来たとき、天王星はえいやと起き上がって、覗いてみようと思う。
ちょっと天文の事情が変わるかもしれない。

今日は鳥獸蟲魚の生態をおやすみして、唐突に書き下ろしました。
「天王星の音」を聴きながら。

2011年5月7日土曜日

夜鶯(ナイチンゲール)の戦死

夜鶯が一斉に歌い出した。
夜明け前の森は飛び起きて、周囲を警戒する。
夜に聴くには、美しすぎる歌。
夜鶯の歌は、クレッシェンドを続け、日の出とともに唐突に終わった。
まもなく森は、傷ついて死んだ夜鶯を一羽発見する。
夜より暗く、静かな一日の始まりだった。


Stravinsky - The Song of the Nightingale を聴きながら。

2011年5月4日水曜日

「鳥獸蟲魚の生態」タイトル一覧

『鳥獸蟲魚の生態』 加宮貴一 厚生閣書店 昭和五年 より

夜鶯(ナイチンゲール)の戦死
猿の蟹釣り
自動車の番をする犬
黒焦げになった鶏
魚を捕る貝
鳥の裁判
悧巧な蟹の一日
海戦に参加した海豹
蛙は音樂が好き
模造眞珠
勲章(メダル)を貰った犬
傅書鳩を使ふ強盗
象の群が山火事を消した話
鳥の生活
釘づけになった家守
海鳥の子のお稽古
ゴー・ストップが分る犬
鳥の巣のさまざま
鶫の防禦
空の漁師
人に救ひを求める小鳥
針鼠の苦心
素手で鰐群と戰った話
鳥の胃袋
魚の昇降器(エレヴェーター)
鳥の釣れる島
川獺行進曲
夜の鳥・梟
鱶の腹から飛行家の片腕
渡り鳥
鼬鼠の踊り
大猩々に包囲されて
山中の活劇
川獺の水泳練習
母鳥の苦心
自然の晴雨計
蛇を恐れる動物
兎狩り
死の沼
益鳥
魚捕りの名人川獺とずるい狐
森の中の騒ぎ
狼に育てられた子供
悪戯者の鴉
鳥の母性愛
動物の帰郷本能
猿の言葉
山の悲劇
海綿(スポンジ)の話
鳥の本能
家を建てる獸
奇怪な牡蠣
みんな溺れ死ぬ狐猿
雁の大將
狐狩り
針鼠と蛇の喧嘩
動物の保護色
飛行機と鷲
子守をする小馬
海の怪物
海鳥の巣
仲のいい犬と猫
犬と猫との親友
油断大敵
肉彈
死よりも強し
鳥の卵
蜜蜂の研究
野の歩哨

2011年5月2日月曜日

A MOONSHINE

月の人に任命され、様々に月の用事を頼まれてきたけれども、しばらくは実感がわかなかった。
月は何事もなく満ち欠けをし、それに合わせて生活している。以前と変わりない。
しかし、星を拾い、旧月の人と懇意になり、そして月の人を受け継いだのは、すべて月が望んだ結果なのだと、近頃ようやくわかってきた。月は、思った以上に饒舌だ。

兎も角、今日もポケットには大きな金平糖にしか見えない星が入っている。
齧れば、いつでも月に帰れる。
けれども齧り過ぎて、うっかり火星まで飛んでいったこともあるから、慎重に。
月光に上手く乗れば、大丈夫。


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やっとやっと「五千五秒物語」おしまいです。
拍手もたくさん(全編にいただきました)、本当にありがとうございました。
いやー、長くかかりました。
それは私の更新速度が遅かったからに他ならないけれども。

『一千一秒物語』を借りる際は、月の擬人化の塩梅が難しく面白いのです。
今回は、天体としての月と、月の人、それぞれを描いたので、少しこれまでと違う雰囲気になっていればよいのだけれども、果たして。
天体の月と月の人の構図は『つきのぼうや』イブ・スパング・オルセン の影響が強くあることを告白しておきます。


次のテーマは動物です。
各タイトルは、古い子供向けの本から拝借します。