2011年4月25日月曜日

どうして彼は喫煙家になったか?

「タバコは、吸わないのか? 月の人」
そう声を掛けられて、ひどく動揺した。
ここは花屋で、ラベンダーを買おうとしているところだった。
「月の人」という言葉に、花を包んでいた店の人がハッとしたのがわかった。
彼女のエプロンの青が深まる。

声を掛けてきたのは、身体の大きな男だった。
「タバコは、吸いません」
「じゃあ、これをあげるよ、じゃあな」
立ち去り際に、細かな細工が施されたシガレットケースを渡された。

シガレットケースの中身を覗き込んでいると、花屋が「あら」と言って、ニッコリと笑った。
「これ、タバコのようで、タバコではありませんよ、新しい月の人さん。」

旧月の人に見せると、是非吸うといいと言う。
斯くして喫煙するようになったわけだが、これはやはりタバコのふりをしてタバコではないようだ。
花屋で買ったラベンダーと同じ香りがする。

2011年4月18日月曜日

はたしてビールびんの中に箒星がはいっていたか?

旧お月さまが、ビール片手に遊びに来た。
「途中で箒星にぶつかった。その後消えてしまったから、きっと箒星はビールの中だ」
「箒星入りのビール、旨いのかしら」
王冠を飛ばすと、あまりにも泡が出て、二人とも溺れてしまった。
ようやく泡が収まった時にはビールは空で、二人とも大変に酔っ払っていたので、箒星を見たかどうか、覚えていないのだった。

2011年4月17日日曜日

星と無頼漢

星を苛める輩がいると聞いて、様子を見に行くことになった。
その無頼漢は、公園で星たちを両手に抱え、空中に放り投げ、拾い、また放り投げ……を繰り返していた。
「楽しそうですね。一緒にやってもいいですか」
そう話しかけたら、無頼漢は目を細めて喜んだ。
「こいつらを夜空に返してやりたいんだが、うまくいかねえんだ。オマエ、やり方しっているか?」
落っこちてきた星は、時期が来るまで空には帰らないし、帰る気もない。机に並んだ星たちは、いつだかそんなことを説明してくれた。
それでも無頼漢があんまり真面目なので、一緒になって星たちを放り投げた。
星たちが「高い高い」をしてもらっている子供のように、喜んでいるから。

2011年4月8日金曜日

お月様が三角になった話

三つ目の仕事は、月にそっくりのクッキーを焼いて(そう、月はクッキーが好きなのだ)、関係各位に配るというものだった。
もちろん、クッキーにはすべてクレーターを再現しなければならない。
しかし、そもそも球体にクッキー生地を丸めることが困難だった。
やっと丸めたクッキーを焼いてみると、どういうわけか三角になってしまい、「おにぎりみたいだ」と呟いたら、月は目を三角にして怒るのだった。
月の目がどこにあるかは、言えないことだ。

2011年4月4日月曜日

無題

そのベランダは、朽ち果てたい。

お月様をたべた話

旧お月さまの家に呼ばれて行くと、玄関に入る前からなにやら香ばしい。
それもそのはず、テーブルにはクッキーが大皿山盛りになっていた。
「これ、お月さまが焼いたんですか?」
「もちろん。全部手作りだよ。今日はこれを全部食べてもらう」
ええ、それは無茶な、と思うが、これも「月の人」の引き継ぎ儀式のひとつらしい。
幸い、クッキーは美味しく、食べても食べても苦しくはならなかった。
「これ、何が入っているんですか?」
「月」
それはつまり、クレーターの理由。