2010年11月27日土曜日

月をあげる人

お月さまが深刻そうな顔をしているので理由を尋ねると「帰れなくなった」という。
「かぐや姫に相談したら、きっと笑われますね」
さっぱりわけがわからない、という顔をする。かぐや姫には逢ったことがないのだろうか。
ともかく、月が帰れないのは困る。どうしたらいいか聞いてみると、少し考えたあとで、ロープで引っ張り上げて欲しいと頼まれた。
コウモリに叩かれた。

月の蓋を明けて、街を見下ろすと、お月さまが手を振っている。
青いロープを下ろすと、お月さまはそれにしがみついた。
ロープを引っ張る。案外軽いので、勢いよく引き上げた。

次に逢った時に「こないだは、どうして帰れなくなったのですか」と訊いた。
「転んで膝を擦りむいたのだ」
と、ズボンをたくし上げて膝を見せてきた。
小さな小さなかさぶたがひとつ。

2010年11月26日金曜日

水道へ突き落された話

月から街を眺めていたら、「オウ! 久しぶりだな!」と背中をドンと叩かれた。
そのはずみで月から落っこちた。
いつものとおり、そのうち家のベッドに転がるのだろうと思っていたが、洗面所の蛇口から出てきた。
水に押し流されている間どうやって息をしていたのかも、背中を叩いた久しぶりの人が誰だったかも、わからないままだ。

2010年11月23日火曜日

はたして月へ行けたか

アイスクリームを食べながら男がぼやく。「月に行きたい。どうしたらいい?」
とりあえず、そこにいる月に蹴飛ばされておけば?
と、指差したら、「人を指差すなんて、行儀が悪い」とお月さまに叱られた。
男はどうにか蹴飛ばされようと色々にお月さまの機嫌を取っているが、お月さまはまるで相手にしていない。
そこにやってきた流星が勢いよく男にぶつかり、男は飛んでいってしまった。
しまった。月に行きたい理由を聞いておけばよかった。
しばらく歩くと、男が食べていたアイスクリームが道に落ちていたが、ちっとも溶けていなかった。

2010年11月21日日曜日

星におそわれた話

夜道を歩いていたら、目隠しをされて「だぁれだ?」と言われる。
しばらく黙っていると目隠しが外れ、流星の背中が見えた。
せっかちな奴だ。

五千五秒物語では語り手に「僕」と言わせてない(はず)。
途中で気がついて以来、使わないようにしているのだが、これが結構難しい。

2010年11月19日金曜日

星でパンをこしらえた話

夜中、明日食べるパンがないことに気が付いた。
明日は、パン屋が休みなのだ。
困ったなぁ、と思っていたら、お月さまが「星でパンを作ればいい」と言う。
朝起きて、机の上に並んだ星のうち、一番旨そうに見えたものを、卸金でガリガリ卸した。
ほんの少し卸しただけで、ボールが星の粉で山盛になったので、それを捏ねて、丸めて、火を入れたオーブンに入れた。
オーブンが、なんだか眩しい。本当に星でパンなどこしらえて大丈夫なのだろうか。
芳ばしい香りが漂ってきたら、近所中のノラネコがパンの味見をしにきたので、たくさん作ったのに、ひとかけらしか残らなかった。

2010年11月17日水曜日

自分を落としてしまった話

どういう経緯だったかわからないけれども、とにかく月の蓋を上げて、街を見下ろしている時だった。
ふいに、顔にベタっと蝙蝠が張り付いて(その時は蝙蝠だとはわからなかったけれど)、驚き、振り払おうとして、月の縁にしがみついていた手を離してしまった。
月の外に転がり落ちるのではなく、中に落ちてしまった。
月は深く、深く、どんどん落ちた。
落ちて落ちて、それでも落ちて、途中で流星に助けられた。
だから、月の底がどうなっているのかを知ることはできなかったのだ。

2010年11月14日日曜日

むかしばなしの落書き(一寸法師)

ある家の家宝として伝わる「一寸法師の刀」は、ボタン付けによく使われている。

2010年11月13日土曜日

ガス燈とつかみ合いをした話

現役のガス燈が一つだけ残っていると聞いて見に行った。
ガス燈はポツンと一人で儚い炎を揺らしている。
ガス燈が電灯を嫌うそうで、周りには他に街灯が全くない。
暗い住宅地の夜道に一つだけのガス燈。なんだかちょっと怖いような景色だ。
そう思っていたのが声に出ていたらしく、ガス燈の炎がメラメラと燃え上がった。
風が吹いて炎を煽る。
「落ち着いて、火事になってしまう」
すると、お前が怒らせたんだと言わんばかりに、ガス燈がつかみかかってきた。
そこに大風が吹いてガス燈は、フッと消えてしまった。
それきりガス燈はうんともすんとも言わなくなった。
とっくの昔にガス燈用のガス管は閉められ、ガスは通っていなかったそうだ。

2010年11月9日火曜日

星? 花火?

花火を見に、河原へ出掛けた。
間近で見る花火は、あまりにも巨大で、空が全部、花火で埋め尽くされる。
ぱらりと落ちて来るものがあるので、てっきり花火の玉の燃え擦だと思ったが、よく見れば金平糖形でほのかに光っているのだ。焦げた跡が残っている。
星よりは小さく、半分もない。
花火大会が終わってから、河原を歩き拾い集めたら、両手に山盛りになった。
そういえば、花火大会だというのに、河原には他に誰もいない。

2010年11月4日木曜日

TOUR DE CHAT-NOIR

建設中の塔に、しっぽを切ってやった黒猫が引っ掛かって下りられなくなったらしい。
しっぽもないのに、どうやって引っ掛かったのだろうか。わからない。
ともかく流星(黒猫に絡まったあの流星だ)が、助けに行けとうるさく言う。
どうやって助けられるのだろう。見上げても黒猫なんか見えやしない。
ぼんやり塔を見上げていたら、お月さまがやってきた。投げ飛ばされたのかもしれない。
月の蓋を開け、身を乗り出し、いつのまにか塔を見下ろしていた。
黒猫が甘えた声で鳴きながらこちらを見上げるが、月から手を伸ばしても届かない。突き落とされたかもしれない。
しっぽを切ってやった黒猫を抱いて、ベッドで寝ていた。黒猫の抱き心地は悪くない。

2010年11月1日月曜日

AN INCIDENT IN THE CONCERT

恋人が楽しみにしていた、マリンバのコンサートに出掛けた。
開演のブザーが鳴り、照明が落ちる。幕が開く。
けれども舞台は明るくならない。
演奏が始まる。
マリンバの音に合わせて、ぴょこぴょこと光の玉が跳ねている。
よくよく見れば、どこかで見たことがあるような光る金平糖……星のマレットだった。
演奏者は、よくも星たちを手懐けてマレットにしたものだ。
感心したのも束の間、そのうち星は好き放題に跳ねだした。
それでも、なかなかよい演奏だ。星たちは気持よさそうに跳ね、どこから飛んできたのか数も増え、舞台はすっかり明るい。満点の星舞台だ。
諦めたのか、はなからそのつもりなのかわからないけれど、演奏者は柄だけになったマレットをベルトに差し、マリンバの前で寝転がって、ぐっすりと眠ってしまった。

楽器の出てくる話を書くのは、とても楽しい。そしてなんだか嬉しい。
十代の前半の5年ちょっと、人生全体から見れば短い期間だけれど、楽器を吹いていた日々があったからこそ、楽しく書けるんですなぁ。