2010年10月29日金曜日

星を食べた話

巨大な金平糖だと思いながら、星を食べてみたことがなかった。
見た目が金平糖なら、味も金平糖に違いない。どれから味見しようか。
机の上の星たちが、ふるっと震えたような気がしたが、容赦はしない。
右から二番目の星にかじりついたが、駄目だった。全く歯が立たない。舐めても味はしなかった。
試しに茹でてみた。
変わらない。
今度は冷凍した。
変わらない。
「どうしたら星を食べることができるんだろう?」
お月さまにそうぼやいたら、食べていたかき氷を差し出された。
「食べて見れば?」
星は、削ると食べられるそうだ。
味は、金平糖というより、タマゴボーロだ。

2010年10月27日水曜日

箒星を獲りに行った話

お月さまに「箒星を獲りに行ってほしい」と、地図と日時の書かれたメモを渡された。
一体全体、箒星はどうやって獲ればいいんだろうか。きっとそれはとてつもなく速い。虫取り網なんか振り回しても、捕まえることはできやしないに決まっている。
机の上の星たちが、「塵取り!」と笑った。
ブリキの塵取りと、ラムネの空き瓶を持って、いざ、箒星を獲りに、丘へ!
夜空に高く掲げた塵取りが、月に照らされ、なんだか眩しい。

2010年10月25日月曜日

月光密造者

星が誘拐された。星なんぞかどわかして、どうしようというのだろう。
あれは「密造者」の手だったと、無事だった星たちが呟いていた。
何を密造するんだ。
「決まってる、月光だ」
でも、星の光では月光は作れない。お日さまの光をお月さまが嗅ぐから、月光になる。
「そう、所詮、偽物さ」
偽物の月光で何を?
「高く売るんだよ、あいつらに。もうすぐハロウィンだから」
あいつら? ハロウィン?
「オバケ」
質問に答えてくれた声はそれきり聞こえなくなった。
翌日、誘拐された星は、机に戻っていた。

2010年10月22日金曜日

雨を射ち止めた話

毎晩毎晩、ひどい雨が降っていた。昼間は天気予報どおりの天気なのに、夜になると決まって雨が降るのだった。
お月さまはびしょ濡れで、屋内に入ってもびしょ濡れだから、お月さまだと気づかれてしまう。ポケットに入ろうと、ブランケットを被ろうと、とにかくびしょ濡れなのだった。
「雨がやまないと、おちおち遊びに来られない」
なんだ、お月さまは地上に用事があるわけではないのか、遊びに来ているだけなんだな。と、妙なことに感心するが、ともかくこう雨ばかりでは敵わない。
「雨に恨まれるようなことでもしましたか?」
聞くと、お月さまは以前、雨雲にぶつかってコブを作ったことがあるという。恨むならこっちのほうだと、ひとりで怒り始めた。
「雨雲め、バーン!!」
お月さまは手でピストルの真似をした。
それを見て、引き出しに小さな鉄砲があることを思い出した。水鉄砲だ。
そこに、古いローズウォーター(誰のものだろう?)を入れて、夜空に向かって射ってみた。
「バーン」
雨粒たちは恍惚となり、やがて雨は止んだ。

瓢箪堂のお題倉庫を、ちょっと追加しました。

なげいて帰った者

チャイムが鳴り、玄関に出ると、老いた猫がいた。「ちょっといいか」
部屋にあげ、ミルクを出すと「温めろ」という。
ほんの少しだけ温めて出すと「熱い」という。
この老猫にはしっぽがない。昔昔、鋏で切られた話を延々と語って聞かせる。
声が枯れるとミルクを舐め、同じ話を三度ずつした。
帰るときに老猫はこうなげいた。
「近頃のしっぽがない猫ときたら、実にだらしない。きっとしっぽを切った人間が軟弱だったのだ、そうに違いない」
知らんぷりで老猫を見送る。

2010年10月18日月曜日

ポケットの中の月

お月さまが「明日の晩は、ポケットに入れてくれ」などというのだ。
明日は新月だから。
お月さまはそういうけれど、それならば街に来なければよいのに。
「理由を聞きましょう」
と言うと、お月さまはもじもじし始めた。
「逢いたい……いや、見たいものがあるのだ。どうしても、明日の晩でなければ」
次の晩、どういう仕業かわからないが、巧い事ズボンのポケットに収まったお月さまはモゾモゾと動くからくすぐったい。
「ちゃんと行きますから、おとなしくしていて下さい」
そう言いながら着いたのは、月下美人の花畑だった。いくつもの白く大きな芳しい花が、月のない夜に輝いている。
ポケットの中のお月さまも身を乗り出して輝く。外に出て大丈夫なのだろうか。思わずズボンのポケットを押さえる。月光が漏れないように。
深呼吸したら、あまりの芳香に気を失ったから、その後、お月さまがどうしたのか、わからない。

2010年10月14日木曜日

霧にだまされた話

一歩進むごとに霧が濃くなるようだ。家を出た時には、乾いた夜空だったのに。
まっすぐ歩いているのかもわからなくなってくる。もういい、霧の深いほうへ歩こう。
しっぽのない黒猫がふわふわと飛んでいる。
すぐ前を歩く女の人はスカートが捲れあがっているが、尻がない。
「そうだ、明日はハンバーグを食べよう」
指をパチンと鳴らしたその瞬間、霧が晴れた。
黒猫はカナブンだし、前を歩く女の人は、髪の薄い小父さんだった。

2010年10月9日土曜日

キスした人

「キスしてもいいですか?」
夜の散歩中、どこから現れたのか、目の前にきれいな女の人がいて、そんなことを言う。
「キスしてもいいですか?」
こちらが「イヤです」と答えても、キスをしてくるかもしれない、そんな表情。
「あの、キスをするのはいいのですけど、なぜキスをしたいのですか?」
彼女の話は、どうにも要領を得ない。いろいろと聞き出した話をまとめると、流星にぶつかった時に唇を奪われてしまったので、どうせならちゃんとキスをしてみたい、そういうことらしいのだ。
「それは、もっと、あなたが好きな人とするのがいいと思うのです。通りすがりの男なんかじゃなくて」
「だって、あなたはお月さまでしょう?」
ああ、この人は、見ていたのだ、押し出されて月から街を見下ろしていた時のことを。
「いや、違うのです。あれはちょっとした事故でした。本当のお月さまはこの人です」
ちょうどよくお月さまが通ったので、彼女に差し出すと、ためらいもなくキスをした。
それはあまりにもうっとりとしたキスだったので、夜空は慌てて雲で月を隠した。

再三お知らせしている豆本カーニバルが、明後日11日に迫りました。
出展者のブースのほかに、展示コーナーがありまして、そこで出展者のレア豆本や、コレクターズアイテムが並びます。
私は、「豆本はじめまして展」の時に一度だけ展示した「赤裸々」をこのコーナーに出します。それを主催の田中栞さんのブログで紹介していただきました。
記事中に出てくる細川書店というのは、戦後すぐの物のない時期に瀟洒な本を出していた出版社。もったいないお言葉で、ちょっとドキドキしています。