2010年2月27日土曜日

やさしい時計

目覚まし時計は毎朝きっかり午前7時に僕を起こしてくれるものと信じていた。様子がおかしくなったのは月曜日からだ。
月曜日、目覚ましが鳴って、カーテンを開けるとお日さまは高かった。
火曜日、目覚ましが鳴って、カーテンを開けると夕日が眩しかった。
水曜日、目覚ましは鳴らなかった。
木曜日、目覚ましは鳴らなかった。僕は電池を取り換えた。
金曜日、目覚まし時計は寝室になかった。冷蔵庫の中にいた。

僕は冷蔵庫の中で背を向けている目覚まし時計に話し掛けた。
「何故、起こしてくれないんだ?」
「だって、きみがあんまり気持ちよさそうに寝ているから。きみ、最近とても疲れているだろう?」
心優しいこの目覚まし時計を、僕はどうしたらいいだろう?

2010年2月25日木曜日

レジスタンス

ハンカチを丸めてポケットに突っ込んでいるのかと思ったら、「時計なんだ」だってさ。
そんなふうに丸めたら、時計、怒るだろ? って言ったけど、彼は相変わらず、時計を丸めてポケットに入れる。
ついに時計は、ポケットの中で暴れて、目覚まし時計なんかじゃないくせに、朝の5時55分きっかりにギャーギャーと大騒ぎを始め、彼は毎朝早起きになった。

大丈夫、書いてる本人もわけわかってない(笑)。

2010年2月24日水曜日

無題

電車と高所に怯えながら、陸橋の線路を渡る。
夥しく赤すぎる鳥居。
親切な女は狐に憑かれてた。
従妹だと思ってたら子猫だった。

2010年2月23日火曜日

寝息

恋人が時計の中で眠ることを知ったのは、いつだっただろうか。
「狭くない?」
と、つい何度も訊いてしまう。
彼が眠るのは、古くて、壊れた螺子式の懐中時計。
どうやって入るのかは、見せてくれない。
「ちょっと目を瞑っていて」
顔を背けて、ぎゅっと目を瞑る。
まもなく、秒針が動き出す音が聞こえる。
チクタクが一秒より少し長いのは、彼の寝息だから。
私は、時計に長くて細い鎖を付けた。首に掛け、時計を胸に抱き、眠る。
深く深く、眠る。

2010年2月18日木曜日

うたかたの舞

小さな硝子に閉じ込められ、レーナは睫毛を動かすこともできない。一体どれくらいの時が経ったのか知らずに。
レーナは砂時計の砂とともにある。人の手によって、限られた短い時を流れる。
レーナは小さな体をやわらかに回転させながら、流れる砂の中を舞う。何度も舞う。
レーナの記憶は、それが過去なのか未来なのか、わからない。
砂時計が返される瞬間まで、レーナは生きずに生きていく。

2010年2月17日水曜日

無題

まだ煙も出てないのに消火器持って歩いていたら、骨折り損のくたびれ儲け。クタビレを売った金でカタビラを買ったら、重たくてくたびれた。クタビレは売らずにズクナシになる。めでたしめでたし

2010年2月16日火曜日

ラムレーズン同盟

海賊たちを、褐色の薄い布を纏った踊り子たちが歓ばせる。
逞しい腕に絡みつく魅惑の芳香、やわらかく噛めば甘く弾ける。
ほんの僅かに酸味が感じられるならば、それはかつて瑞々しい果実だった頃の名残だろう。
海賊たちよ、踊り子が気に入ったかい?
握手をしよう。同盟だ。調印は必要ない。
踊り子たちよ、踊りはもう仕舞いだ。タルトやアイスクリームのベッドで眠りなさい。



2010年2月15日月曜日

無題

大変だ、大量の仔鹿に車を乗っ取られる!

2010年2月13日土曜日

無題

兎の毛皮を洗浄。

2010年2月12日金曜日

偽物の世界

僕は或日、気が付いたのだ。
この世界は全て、僕を貶めるためのものだと。
母は宇宙人で、父はクローン人間だ。
鏡は綺麗事しか映さないし、友達は偽善をプログラムされている。
大好きだと勘違いしていた音楽は洗脳用の音でしかない。

食べ物がまずいのは、試験管の中で作られたからだ!
日の光があたたかくないのは、打ち上げられた人工の太陽だからだ!
これで、産まれてから抱いていた違和感のすべてが腑に落ちた。

いまや僕が信じられるのは、僕が書いた小説の中の世界だけだ。
友達に読ませたら、ある者は「素敵なおとぎ話だ」と言い、別の者は「SFだ」と微笑んだ。
「ありがとう」。
彼らの背中をぽんぽんと叩く。僕の背中と同じ、小さな螺子を探る。
あきよさん
いさやん
砂場しゃん
三里さん



2010年2月9日火曜日

さびしい海で泳いでいると、女の子が砂浜を一人で歩いているが見えた。うろうろと、砂を足でいじってみたり波間を覗きこんだりしている。
僕はもう少し泳いでいたかったけれど、陸に上がって聞いてみた。
「何か探しているの?」
海水が耳に入ってしまったのだろう、自分の声がくぐもっている。
「時計を失くしてしまったの」

女の子の時計は見つからなかった。僕たちは、夕日が沈むのを眺めてから、さよならした。

翌朝になっても、耳の水は抜けていなかった。こんなことは初めてだ。僕は潜水は下手だけれど、耳抜きは得意なのだ。
耳の中で水がぴちゃんぴちゃんと小さく波打つのがわかる。どうにも煩わしいので、ベッドから起き上がることができない。目を開けていることもできず、かといって眠るでもなく、耳の中の水のことばかりを気にしていた。
そうしているうちに、ぴちゃんぴちゃんが、チクタク、になった。

もう一度、海に行ったら女の子に逢えるだろうか。
あの子ならきっと、僕の耳の中の時計を取り出せるはずだ。

2010年2月8日月曜日

ばぁちゃんが死んだ後、荷物を片付けていたら、台所の大きな甕に、多量の腕時計が入っていた。
梅干しが入っているとばかり思った甕に、そんなものが入っていると知り、少なからず驚く。
時計は全て止まっているようだが、時折何かの拍子で「カチ」と音がする。背中を急に叩かれたかのようにギクリとする。
一体、ばぁちゃんはこの夥しい時計をどうやって手にいれたのだろう。いくらばぁちゃんが大往生だったからといっても、生涯に使った腕時計だけでは、こんな数にはなるまい。そもそも、ばぁちゃんが腕時計をしている姿を思い出せないではないか。
恐る恐る、ひとつ腕時計を持ち上げてみると、梅干しの匂いがした。

六本木ヒルズ、森美術館「医学と芸術展」を見てきた。
洋の東西を問わず、胎児と骸骨への興味は並々ならぬのだな。

象牙の小さな人体模型と、河鍋暁斎の骸骨がユーモラスで、特に気に入った。

古い時代の症例写真や術後写真なども少しあった。
私も赤ん坊のときに大きな外科手術を受けたので、子供の頃は毎年のように手術跡の写真を撮られていたのだけど、あれはまだどこかに資料として残っているんだろうか。一度も見たことないなぁ。

なかなか盛りだくさんで、こんな内容ゆえ刺激的な展示物もあり、最後のほうは「うぃー、お腹いっぱいー」だったのだけれど、ゆとりあるディスプレイで、土曜の午後にも関わらず見やすかった。

2010年2月7日日曜日

無題

夜道。電柱の下に、何かしゃがみ込んでいるものがある。それの正体は、なんてことない、ただの大きな雪玉である。だが、見る度に汚れ、縮んでいくそれは、雪だるまの末路を見るより何故か哀しい。

2010年2月6日土曜日

無題

ホームから線路を眺めていると、雲が太陽の前を通り過ぎるのがよくわかる。線路を走るように影が伸び、縮むのを不規則に繰り返している。

来年咲く花

幼稚園に入ったばかりの妹が熱心にどろんこ遊びをしている。まだきれいな砂場遊びの道具を持ち出して、庭にしゃがみこんでいる。
いつもは「どろんこ遊びはおててが汚くなるから、イヤなの」と澄ました顔で言うのに、どうしたことだろう。妹は、憎たらしいほど子供らしくないのだ。
「何して遊んでいるの?」
「お花をうえたの」
へえ、花か。
「何の花?」
「わからない。きいろい花」
「いつ咲くの?」
「らいねん」
まだ文字の書けぬ妹にせがまれて、私は「来年咲く花」と書いたプレートを庭の一角に刺した。

芽が出て、茎が伸びて、つぼみが膨らむ。妹は先月、初潮を迎えた。
「やっと咲くのね、この花」
「ううん、来年よ」
妹は澄ました顔でそう言った。
私が書いた「来年咲く花」のプレートは、奇妙に新しいままだ。

あきよさん
いさやん
砂場しゃん
武田のお方
三里さん


読み比べてみたり。(呼び名の五十音順)
(リンクがいやんだったら、言ってね)

2010年2月3日水曜日

しっぽの次

どういうわけか、白くてふわふわなしっぽが生えたので、懐中時計はそのうち四本の足が生えて歩けるようになるかもしれない、と思っているのだが、短い針が三十周してもまだ足が生える兆候はない。



2010年2月2日火曜日

おやすみなさい

壁掛け時計のチクタク音が気に障って仕方がない。眠れずにイライラする。
電池を外すとまた時刻を合わせるのが手間だ。
壁から外してタオルに包み押し入れに入れたけれど、駄目だった。耳をそばだてるまでもなく、やはりチクタクチクタク音がする。

ところが、君が泊まりに来た夜、思わぬ現象が起きた。
君の寝息と時計の音が、近寄ったり離れたり、合わさったり崩れたり。
それが何故だか心地よく、聞いているうちに、ぐっすりと眠っていた。

以来、時計の音だけでもよく眠れる。