2009年9月7日月曜日

螺旋街

 螺旋上の坂道を歩いて、円錐ビルディング32号棟の最上階の部屋へ。ここが僕の仕事部屋だ。
「カメラ作りをしているなら、仕事がたくさんあるよ」
 酒場で出会った縮れ髭のお爺さんに誘われるままやってきた海沿いの街。この街の建物は、渦巻きだった。
 円錐型の建物に巻きつくようにぐるりとスロープが付いている。手すりもなにもないこの坂道を、腰の曲がったおばあさんも、よちよち歩きのちびちゃんも、平気で上り下りしている光景には、心底魂消た。何しろ、階段がないのだ、この街には。

 僕はピンホールカメラを作っている。精巧な螺鈿細工を施した箱を使ったカメラは、そんなに売れるものじゃないけれど、僕はこの仕事に誇りを持っていた。僕のカメラを気に入ったカメラマンや好事家から、ぽつりぽつりと注文が入る。僕の作ったカメラで撮った写真とカメラを並べて、個展を開いたりもする。材料集めからすべて一人でやっているから、ひとつのカメラを仕上げるのには時間がかかる。だから注文が少なくても、暇で困るということはなかった。
 けれど、この街に来てから、カメラの注文は倍になった。海沿いの街だから、材料には困らない。箱に使う流木も、螺鈿に使う貝殻もすぐに拾い集めることができた。けれども、時代遅れのピンホールカメラを皆が欲しがる理由がわからない。

 夕方、仕事が一段落した僕は自分のカメラを抱えて部屋の窓から街を見下ろした。円錐型の建物がにょきにょきと伸びた街が、夕陽に照らされて美しい。ピンホールの蓋を開け、ゆっくり四十五秒数えた。蓋を閉じる。すぐに暗室に入る。
 そういえば、この街に来てからまだ撮影をしたことがなかった、と思いながら定着液から印画紙を引き出した。
 そこには螺旋に捩じれたグレーの街が映っていた。透明な巻き貝のレンズで覗き込んだような光景。そうか。この街は、街ごと螺旋に捩じれている真っ只中にあるのだ。
 妙に納得しながら、出来あがったばかりの写真と、窓から望む街の景色を見くらべてみる。今日の晩ご飯は何にしよう。

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