2009年5月29日金曜日

クラゲの詩

僕の恋人は小さなクラゲを胎内に飼っていた。
「やさしくしてね」
抱き合う度に真剣な眼差しでこう訴えるのは、奥に棲むクラゲを驚かせたり傷つけたりするな、という彼女の命令。だけど僕にはクラゲがいる感触などわからない。

ある朝、彼女は突然海に行くと言い出した。クラゲの命が終わりに近づいているという。最後に海に帰してやりたい、と。
僕は、涙を浮かべながらお腹を撫で続ける彼女を助手席に乗せ、海に向かった。

誰もいない浜辺で、僕の恋人は裸になる。まだ冷たい海に入り、クラゲを産み落とすのだという。
独りになりたいから帰って欲しいと彼女は言った。
僕は逆らえない。彼女を海に残し部屋に戻る。

あれから一週間経つのに、僕の恋人は戻らない。まだクラゲを産めずにいるのだろう。きっとそうだ。

(329字)