2009年2月7日土曜日

見えない扉

「呪文? 知らないよ」
少女と尻尾を切られた黒猫は往来の真ん中で動けなくなっていた。何もないのに、前に進むことができないのだ。
〔見えない扉を開ける呪文だ〕
「ナンナルに聞けばわかるかな」
〔そんな暇はない〕
少女の手の中の尻尾がやおら動きだした。
尻尾は見えない扉をゆっくりと撫で回し、止まった。
〔キナリ、ここが鍵穴だ〕
「でも、鍵は」
〔ポケットに。さっき拾ったろう〕

少女がビールの王冠を尻尾の指し示す鍵穴に入れる。急いで見えない扉を通る。
ズン、と扉が閉まる音で辺りが揺れた。
「後から来る人が困っちゃうね」
黒猫は黙っていた。見えない扉は黒猫と少女の前にしか現れないことを。