2007年1月31日水曜日

一月三十一日 歯医者に行く

時間があったので、本屋で雑誌を立ち読みした。
ついつい占いのページを見てしまう。読んでも覚えていられないのに。
雑誌を置いて、歯医者に向かった。
「恋愛運がイイらしいな」
とウサギに声を掛けられた。
そうだったっけ? と思わず笑顔で返してから思い出した。
ウサギのせいで歯医者に通っているのだ、耳を引っ張って歯医者に連れていった。
歯医者にお尻を叩かれているウサギを見て、歯の痛みが少し和らいだ。

2007年1月30日火曜日

一月三十日 眠る子供たち

少女は、すうっと突っ伏して眠ってしまった。
つられて、少年も瞼を下ろした。
二人の発する甘い眠気が狭い部屋に充ちた。
わたしは、深く息を吸い込む。
ミルキーみたいだ、と思った。

2007年1月29日月曜日

一月二十九日 眠たい子供

ぐったりと疲れた少年の声は、思いの外低く響いた。
けれども、身にまとった眠気は子供のそれで、わたしは少し笑う。
眠い目をこするうちに、少年は猫になった。
膝の上でまるまって、ぐっすりと寝てしまったから、わたしは動けない。

2007年1月28日日曜日

一月二十八日 欲望

いろんな欲望に耐えながら、ノートに文字を刻んだ。悶々とする、深呼吸をする、その繰り返し。
なんだか受験生みたいだなぁ、と思う。
段々と字が雑になってきて、もうやめよう、と思った瞬間に
ノートに猫の足跡が付いた。
慌てて透明猫を探すけれども見つからない。
またひとつ欲望が増えた。
「猫と遊びたい」

2007年1月27日土曜日

一月二十七日 思い出に耽る

思い出に酔いしれながら、フワフワと過ごした。
昨日のこと、先週のこと、十年前のこと。
あんまりフワフワしているから、ウサギが親切に足に重りを付けてくれたけども、役に立ったとは言い難い。
重りをしていても、全く「心ココニアラズ」だったのだから。
心は足には入っていないと、わかった。

2007年1月26日金曜日

一月二十六日 折り紙を折る

女の子にせがまれて、奴さんを折った。
折り紙なんて、久しくしていないから細い細い記憶を辿りながら折った。
出来上がった小さな白い奴は、よく喋った。
女の子は、おしゃべりのうまい奴に夢中だ。
女の子と、女の子の掌の上の奴を見送りながら、奴が女の子に悪戯しないか心配になった。
なにしろ私の作った奴だ、助平に違いない。

2007年1月25日木曜日

一月二十五日 詩を読んだら

詩を書くのは難しそうだ、と思う。胸のうちを全部吐き出してしまいそうだ。どうしても胸のうちを吐き出したくなったら、詩には書かずに井戸に行こうと思う。井戸にこっそり少しだけ打ち明けよう。
そんな話をしたら、ウサギが言った。
「井戸に打ち明け話をしたら酷い目に合うぜ」
ウサギいわく、「水とカエルは噂話が大得意」。
じゃあ、暖炉にするよ、と言うと
「そりゃもっとまずい」と真面目な顔をする。
「煙とカラスの言うことは針小棒大、世界中にあることないこと広まっちまう」そうだ。
それなら小さなノートに小さな字で詩を書いたほうがマシかもしれない。でも文字に残ってしまう。どうしたらよいのか。

2007年1月24日水曜日

一月二十四日 歯が痛い

歯医者に言ったら「あ~、ウサギの仕業ですね」と言われた。
虫歯じゃなく、ウサギのせいで歯に穴が開いた。
そのことにとても腹が立った。ますます痛くなった。
「穴は塞ぎましたが、怒ると痛くなりますから気をつけて下さいね」
そんなこと言われても。

2007年1月23日火曜日

虫媒恋

あぁ、とうとう全身に虫が回ってしまった。
こんなに虫が沸くのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
湯舟に浸かりながら、身体から溢れ出てくる小さな虫をつまみあげ、しばらく玩んでから湯で流すことを繰り返した。
鎖骨、腋の下、膝の裏、こんなところからも出てくるものだった?
乳房の下、足の指のあいだ、耳たぶのうしろ、そうそう、ここが虫の沸くところ。
リングをした指の先からは夥しい。とくとく、とくとく、と虫が次から次へと出てくる。
いつになくのぼせてしまったのは、長風呂のせい?虫のせい?それとも恋のせい?

一月二十三日 米研ぎ

米を研いでいると、ウサギが現れた。
「握り飯を食わせろ」
「これは、私が夕飯に食べるんだ、アンタにやる飯はない。」
というと、ウサギはならば、と自分も米を研ぎはじめた。
ウサギは水が冷たいからと言って、湯で米を研ぐ。
たちまちよい香りがしてきて、ウサギの米は飯になった。
うらやましくて、真似をしたけれども、飯にはならなかった。
いつのまにか、ウサギはいなくなっている。

一月二十二日 月にありがとう

「月がきれいだったよ」と少年が言った。
そうだ。今夜の月は、鋭く尖っているくせに、折れそうに細い。君の心とそっくりだよ。
でも、きっと大丈夫。月を愛でる気持ちがあるなら。
「うん、今日の月は本当にきれいだ」
と言って、少年をしっかりと見つめ返した。
ほんの少しだけ穏やかな顔になる少年を見て、お月さまに感謝する。

2007年1月21日日曜日

一月二十一日 チョコレート日和

昼過ぎにようやく目覚め、もそもそとベッドから出てココアを作った。
パンはチョコレートクロワッサン。
遅すぎる朝食はチョコレート&チョコレートになってしまった。
目覚める寸前までチョコレートのようなホロ苦い、でも甘い夢を見ていたから、ちょうどよかったかもしれない。

一月二十日 おしゃべりな雪

わずかに降る雪を駅で眺めていると、雪の声が聞こえた。
雪ってしんしんと降るものだと思っていたのに、ピーチクパーチクうるさかった。
「いやー寒いよね」
「あのカップル、ひっついちゃって」
「妬けるねぇ」
「あー寒い寒い」
……寒さのシンボルが何を言うか。

2007年1月19日金曜日

一月十九日 ウインクする少年

落書きをしている少年たちを叱ると、ひとりを残して逃げていった。
残ったひとりは素知らぬ顔で落書きを続けるのでもう一度注意すると、彼はウインクをした。
あまりにも慣れたウインクだと思ったら、少年はたちまち正体を現した。
ウサギだった。やっぱり。

一月十八日 郵便局にて

郵便局でおばあさんが、新しい暗証番号を登録していた。
おばあさんが声に出して数字を言うから、郵便局の人は焦っていた。
「声に出してはダメですよ!黙ってこの機械のボタンを押してください。今言った番号は使えませんよ」
「それじゃあ変えます。5・9……」
耳が遠いのか、大声だった。
おばあさんは数字を唱えながら居眠りを始めた。
郵便局の人は顔が真っ青になっていた。
私も頭がくらくらした。数字が頭の中で意味なく飛び交って、自分の暗証番号を呟きたくなるのを必死に堪えた。

2007年1月18日木曜日

一月十七日 縞馬人間に遭遇する

全身、ゼブラ柄の人に出会った。
ゼブラ柄のハット、ゼブラ柄フレームの眼鏡、ゼブラ柄のシャツにジャケット、ゼブラ柄のズボンと靴。そこから覗く靴下もゼブラ柄。もちろん鞄もゼブラ柄。
なんと彼は身につけるものはすべてゼブラ柄。物心付いて以来、ゼブラ柄しか着たことがないという。
「最近、悩んでいるんです」
と彼は言った。
「もしかしたら僕は本当にシマウマなのかも、って。でもどう確かめればいいのか、自分じゃわからない」
私は彼をホテルに誘うことを妄想した。
そうすれば、彼がシマウマなのか、シマウマ的なのか、シマウマ好きなだけなのか、すべてわかるんじゃないかと思うのだ。

2007年1月17日水曜日

一月十六日 電話で内緒話

電話に出たのは、声の小さな男だった。
「チケットを下さい」
と言うと男はひそひそと値段の確認や支払い方法を説明した。
だんだんとこちらも小さな声になり、しまいには内緒話をしているようだった。
電話で内緒話をしてもどうにもならないのに。

2007年1月16日火曜日

一月十五日 瞳に宿る舞姫

森鴎外っていいよね、と無邪気に語る少女の瞳の奥で、娘が舞っている。
思わず見とれそうになったのを現実に引き戻してくれたのは、明る過ぎる蛍光灯だった。

2007年1月14日日曜日

一月十四日 黒いものたち

黒い紙の黒さについて考える。
黒い紙はツヤがあってはならない。
黒い紙はスキがあってはならない。
黒い紙はソリがあってはならない。
段々わからなくなる。
「黒猫の足跡が見えなきゃいいんだろ、要するに」
ウサギは白いが時々ブラックなことを言う。

2007年1月13日土曜日

一月十三日 A感覚な肉まん

日が暮れたバス停で、高校生の女の子が肉まんを食べていた。
肉まんは、ふはふはと稲垣足穂の『一千一秒物語』を唱えていたが
女の子は気にする様子もなくおいしそうに食べていたから、ちょっと安心した。

2007年1月12日金曜日

一月十二日 ウサギの足跡

ウサギに蹴られた。痛くはないが黒いスーツに大きな白い足跡が付いた。
いくら払っても落ちない。さすがウサギの足跡だ。
ウサギの足跡をくっきりと浮かび上がらせ、夜の町を歩いた。

2007年1月11日木曜日

一月十一日 切手を風呂に入れる

今日も切手達がわらわらと徘徊するので釜茹での刑にした。
切手達はゆらゆらと湯の中を泳ぎ、さっぱりとした顔であがってきた。
これではただ風呂に入れてやっただけではないかと悶々としながら、切手たちを順番に拭いてやった。

2007年1月10日水曜日

一月十日 切手達の散歩

大勢の古切手が部屋の中をあちこち歩き回っていた。
時々、切手同士ぶつかって何事か会話を交わしているが、ドイツ語なので何を言っているかわからない。
喧しいのでうろちょろする切手を摘みあげ、アクセサリーケースに押し込んだ。
ずいぶん手間がかかった。

2007年1月9日火曜日

一月九日 鯰の神様

ハヤシライスを食べていると、地震がきた。
慌てて外に出ると、鯰の神様が新年会から酔っ払って帰るところだった。
「お水頂戴」と鯰の神様がいうので、コップ一杯の水を差し出した。
鯰の神様を見送って家に戻るとハヤシライスがなくなっていた。
まだ三口しか食べていないのに!

2007年1月8日月曜日

一月八日 ベッドの下

ベッドの下を片付けようと潜り込んだら、床に穴があいていた。
覗いてみると、小さな線路が通っている。
しばらく見ていると、蒸気機関車が通った。
通りで布団が黒くなるわけだ。

2007年1月7日日曜日

一月七日 闇おにぎり

味噌焼きおにぎりがおいしそうに出来た。
「いただきます!」と叫んだら、電球が切れた。
電球は、味噌の香りにたまげたらしい。
真っ暗な中で、もそもそと焼きおにぎりを食べる羽目になった。
おいしかったけれど。

2007年1月6日土曜日

一月六日 雪の朝

朝起きると雪が積もっていた。早速、庭で雪うさぎをつくる。完成したと思ったら、見る見るうちにウサギになった。
「あ~あ」と大きな欠伸をし、ブルッと震えて「さぶっ」と叫び、
私のセーターの胸の中に潜り込んでしまった。全くウサギらしくないことである。

2007年1月5日金曜日

一月五日 浅間山にご機嫌伺い

浅間山が雪を被ってブルブル震えているので、カイロをプレゼントしたいが、一体何枚贈ればよいのだろう。
とにかく、浅間山にくしゃみはしないで欲しいのだ。
浅間山のくしゃみは、とても困る。

2007年1月4日木曜日

一月四日 煮え切らない透明人間

高円寺には、そこかしこに透明人間がいた。路地という路地にいるけれど、派手でなマフラーや手袋、帽子を被っているので、すぐわかる。
彼らは皆、それでも自分が見えてないと思っているらしい。ぐにゃぐにゃと奇妙な踊りを踊ってこちらにアピールしてくる。
見えてほしいのか、ほしくないのか。

2007年1月3日水曜日

一月三日 箱詰めキャンディ

荷物が届いた。ウサギが入っているに違いない、と恐る恐る開けてみるが、ウサギではなく色とりどりのキャンディがぎっしり入っていた。
「ウサギじゃなくてよかった」
と呟くとキャンディを6個頬張ったウサギが現れて
「黒猫親子の仕業だな」
と言った。

一月二日 箪笥の中に

箪笥のひきだしから黄ばんだYシャツが次から次へと出てきて止まらない。
部屋の中に古いYシャツが山となる。
三回前の冬に死んだ祖父のものだ。
祖父が死んで間もなくに服は全て片付けたはずなのに。
そもそも、溢れ出てきたYシャツはひきだしの容量をはるかに超えている。ブラックホールか四次元ポケットか。
私が仏壇の前に言って文句を言うと、遺影の祖父は舌を出した。

2007年1月1日月曜日

一月一日 壊れたプリンター

いつも年始の挨拶にくるウサギが現れない。
どうしたのかと思っていたら昨日壊れたプリンターから、ぺちゃんこになったウサギが出てきた。
ぺちゃんこウサギに「あけましてありがとうございます」と印刷されていた。
プリンターが壊れたのはきっとウサギのせいだ。
プリンターはウサギもろとも電機屋に引き取ってもらった。