2006年6月30日金曜日

黒猫が指輪を食べた話

黒猫の瞳は緑色だ。
だが、生まれた時からそんな色をしていたわけではない。元々はくすんだグレーの目をしていた。
黒猫がまだ子供の時、指輪を見つけた。大きなエメラルドがついていた。
黒猫は、エメラルドが気に入った。自分に似合うだろうと思った。
「それで、飲みこんじゃったの? ヌバタマ」
少女は驚き呆れる。
〔おいしかった。キナリも食べるといい〕
黒猫の瞳を緑色に変えたエメラルドの指輪は今、少女のポケットに入っている。

2006年6月27日火曜日

サンストーン

「痛!」
頭に落ちたのは、小さなオレンジがかった色の石だった。
どこから落ちたのかと見上げると
太陽がベソをかいていた。

2006年6月26日月曜日

雪模様

雪の晩、旅の黒曜石氏が訪ねて来た。
「一晩泊めてくださいな」
寒かっただろう、ゆっくりしていきなさいと招き入れた。
頭や肩に雪を積もらせていたから、風呂に入るように勧め、茶漬けとポテトチップスを用意して、私は寝た。
翌朝、少し遅く起きた黒曜石氏は、体に雪模様が残っていた。
「風呂に入っても取れなかったんです。役所に行って来なくては……戸籍をスノーフレーク・オブディシアンに変える手続きをしてきます」

2006年6月24日土曜日

透明な世界

水晶の中は心地いい。
光は明るく輝き、水はどこまでも透明だ。
水晶の中で暮らしはじめてどれくらいだろうか。
クォーツ時計は、元いた世界よりゆっくり回る。
心まで透明になるから、一日は長い。
仕事は水晶を採ること。家も食べ物も水晶だ。
最近はロボットが水晶採掘をすることも多いから、のんびり喋っているだけ、とも言える。
たまに外の世界を眺めようとするけれど、光が眩しすぎてよく見えない。

2006年6月23日金曜日

目覚め

夢の中で孔雀がくれた石の名前は「クリソコラ」と言うらしい。
手の中の緑色の石と本の写真を何度も見比べた。
きっとこれだ。
図書館は涼しくて、静かだ。
朝起きたら僕は孔雀の羽根と同じ色の石を握りしめていた。
その石を持って、僕は二か月ぶりに外に出た。
石も綺麗だけど、空も綺麗だ。
石は夢の中の孔雀がフンとして出してくれた。
石を排泄する孔雀は少し苦しそうで、僕は見ていられなかった。
石を出した孔雀は、少し笑って消えた。
僕は目覚める。

2006年6月21日水曜日

ウサギのビーズ

ウサギが「身体が重い」と言ってグッタリしている。
私はウサギにブラシをかけた。
するとポロポロと小さな小さな白いビーズが落ちてくる。
身体中にブラシをかけたら、床が真っ白になった。
「身体が重いのも当然だよ」
と私が言うと、ウサギは落ちたビーズをしげしげと眺め「ハウライトが毛皮に生えた」とニヤリと呟いて礼も言わずに出て行った。
私はビーズに糸を通して、ネックレスを四十本作った。

テディベア

「サファイアが盗まれた」
と友人が言う。
サファイアはテディベアの名前で、宝石ではない。
ずいぶん大事にしていたからショックも大きいのだろうと思っていたら、間もなくテディベアは友人の元に帰ってきた。
「あぁ、ぬいぐるみなんかにするからいけないんだ」
とテディベアを抱きながら友人は言った。
「元の姿に戻そう」
友人はテディベアを洗面所に持っていき、水を流して洗い始めた。
少しずつテディベアは溶け、宝石のサファイアが顔を出す。
「おい、何でできてるんだ?このぬいぐるみ」
水音が大きくて友人には届かない。

2006年6月19日月曜日

ソーダ

娘の髪はソーダライトのようなまだらの群青色をしていた。
どんな触り心地だろう、どんな匂いだろう、ずっと眺めていたい。
「少しその毛を分けてはくれないか?」
気付くと掠れた声で言っていた。
我ながら信じられない頼み事である。気味の悪い依頼に、娘は顔色一つ変えなかった。
娘はぐっと髪から毛束を握り取り、鋏でジョキジョキと切った。
「そんなにたくさんでなくてもいいのに」
と言いおうとしたが、娘が鋏を動かす光景に見とれて声が出ない。
差し出された髪の毛を受け取ろうと伸ばす手が震える。
私の手の平に載った群青色の毛は、シュワシュワと泡を立てて溶けた。
私は慌てて手の平を舐める。

2006年6月18日日曜日

鼓動

まばたきもせずにマリアは血の涙を流しはじめた。
「どうしたんだい?マリア」
マリアの涙を一滴足りとも逃すまいと、僕はガラスの器で涙を受け止める。
マリアの朱い涙は、器の中で震え、結晶となった。
小さなカーネリアン。
僕はマリアの胸に、カーネリアンを埋める。
カーネリアンは鼓動を始めた。
マリアは初めての瞬きをした。
もう人形だなんて呼ばせない、僕のマリア。

2006年6月12日月曜日

指輪が香る

ブッと葡萄の種を出したら、輝く紫色の粒だった。
「アメジスト?」
と呟くと、それはいっそう輝いた。
「なぜ、こんなところに?」
と聞くが、さすがにそれには答えない。
私は葡萄の種だったアメジストを水で洗った。
洗っても洗っても葡萄の香りは消えなかった。

アメジストは指輪にした。私の手が動くとアメジストが香る。
レジでお金を払えば、店員は不思議な顔した。
子供は喜んだ。「ブドウのにおいだ」

恋人は唇にキスしなくなった。
犬のように私の手を舐め回す恋人を見下ろしながら考えた。
指輪ではなくネックレスにすればよかったかしら、
それともピアスにすればよかったかも。
悔しいので指輪を唇で挟んでキスをねだる。
葡萄の香りが鼻腔を擽る。
いつのまにか私は夢中で指輪をしゃぶっていた。

緑の傘

老人はあざやかな緑の傘を差して歩く。雨の日も、晴れの日も。
「どうして傘を差してるのさ?こんなにいい天気なのに」
と若者に問われて、老人は皺をさらに深くして笑った。
 次の春、老人はすでにこの世にはいない。だが、老人の歩いた道には色とりどりの花が咲いている。老人の歩みそのままに、小さな花がぽつりぽつり。
 花が途切れたところに、老人が差していた緑の傘はあった。柄には札が付いている。
「あなたの最期の花道、作ります」

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500文字の心臓 第59回タイトル競作投稿作

2006年6月11日日曜日

小さな錬金術士

「金はまだ誰も作ったことがない。作り方もわからない。だが菫星石の作り方は、はっきりわかっている。教えて欲しいか」
と錬金術士は言った。子供は目を輝かせた。
「名前の通りだ。すみれの花に星を食べさせればいい」
錬金術士は続ける。
「お前は空の星を取れるか? すみれの花の口はどこにあるか知っているか?」
子供はニコッと笑った。

2006年6月10日土曜日

砂漠

ターコイズのペンダントは、砂漠に到着した途端に大騒ぎを始めついに鎖を切って跳んで行った。
しばらく跳ね回ったターコイズは、さらさらと砂漠の砂に埋まっていく。
どうしよう、お気に入りのペンダントなのに。
「気が向いたら帰ってくるさ」とラクダが慰める。

2006年6月7日水曜日

口封じ

「私はヘタマイト。異星から来た」
とヘマタイトは言った。地球上の鉱物のくせに何をおっしゃる。
「ヘマタ・イトはヘ・マタイト系第三惑星で、ヘマタ・イトを構成するのがヘマタイ・ト……」
ヘマタイトは私の手に弄ばれながらも、延々と喋っている。
黒光りしてすべすべしたヘマタイトは、重みがあり手の中で転がすのが、楽しい。
「神のヘマタイトから数えて私は2396代目、正真正銘の由緒正しいヘマタイトの血が……」
血なんか流れてないだろう、鉱物なんだから。
私はおしゃべりなヘマタイトに飽きてきた。
赤い油性ペンでヘマタイトに唇を描いた。そこに口紅を塗ってやった。
おかげで、鉱物とは思えないおしゃべりなヘマタイトはすっかり黙ったけれど赤い唇を輝かせるヘマタイトはやっぱり鉱物らしくない。

2006年6月5日月曜日

想いの色

あなたに恋焦がれるほどに、胸元に揺れるローズクォーツはばら色を濃くするから
ますます私の頬は朱くなる。

2006年6月1日木曜日

睨めっこ

タイガーズアイが付いた鏡が誕生日に届いた。
古ぼけたエスニックな枠に丸いタイガーズアイが二つ埋め込まれている。
鏡の中の私に向き合おうとすると虎の目がギロリとこちらを睨む。髪のセットもままならない。
やがて虎の目は、鏡に向き合っていない時にも、私に視線を寄越すようになった。
力強いその視線に負けじと、私も睨み返す。
ある時キッと睨み返すと、虎の目はふにゃりと笑った。
私は鏡に駆け寄った。そこには、三十男の自分ではなく褐色の瞳の少女が映っていた。