2006年4月28日金曜日

ザクロ

割れたザクロから一粒、実を取出して、彼は空を仰ぎ見た。
目に汁を搾り垂らす。一滴づつ。
私は顔を背ける。あんなに酸っぱい実の果汁を、目に注したら……! ああ、なんということだろう。
彼はうめき声ひとつあげずに耐えているのに、私のほうがずっと混乱している。
「もう、大丈夫だよ」
と声がして恐る恐る振り向くと
ガーネットのような硬い赤い瞳になった彼がいた。
彼の瞳が赤いうちに、契りを結ばなくてはならないのだ。子を成すために。
それを自覚した私は、赤い瞳に吸い込まれた。

2006年4月26日水曜日

苦労する梟

老人と梟は苦悶のため唸っている。
彼は柵に座り、毒づきながら苦い麦酒を飲み干す。
それですっかりさわやかになった老人と梟。

There was an Old Man with a owl,
Who continued to bother and howl;
He sat on a rail
And imbibed bitter ale,
Which refreshed that Old Man and his owl.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫より

2006年4月24日月曜日

永久の休暇

西に住みたる老人は、どうしても休息を得ることができなかった。
そこでアゴと鼻を軸にして、老人を急速回転してみたら、無事変人老人は急死した。

There was an Old Man of the West,
Who never could get any rest;
So they set him to spin
On his nose and chin,
Which cured that Old Man of the West.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫より

2006年4月23日日曜日

雨と血

「あなたはどんな雨よりいい香りがするわ」
とマダムは僕の腕の中で呟いた。
マダムは雨を収集している。
マダムの部屋に入ると、濃厚な雨の香りが充満していて、吐き気がする。
所狭しと並ぶ趣味の悪い派手な瓶を見ると、いよいよ吐き気は酷くなる。
マダムは犬のように僕の腋の下を舐めている。
僕は腋の下にナイフを突き刺すことにする。
匂いさえしなければ、マダムは僕への興味を失うはずだ。
土砂降りの日がいい。むせるような甘い雨の香りが、僕の忌まわしい匂いを少しは掻き消してくれるだろう。

2006年4月21日金曜日

ノミの心臓

ディー川のジィサンは蚤に足を乗っ取られた。
「痒くてたまらん!」
鑿を差し出されて足のみならず心もほじくり返されて飲み潰れたディー川のジィサン。

There was an Old Man of the Dee,
Who was sadly annoyed by a flea;
When he said, 'I will scratch it,'
They gave him a hatchet,
Which grieved that Old Man of the Dee.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫より

2006年4月19日水曜日

眼球

僕たちは貧乏だったから、ボール遊びの時には、眼球をよく使った。
僕の眼球は小さかったので、手や板っ切れを使ってピンポンをした。
キャッチボールにはヨシオの左目が重宝した。
サッカーをしたい時には、アキラの眼球を使った。
アキラはとても嫌がったけれども、頼み込んで右目を借りた。
右目を外してがらんどうになったアキラの大きな眼窩を
そこにいるべき眼球を胸に抱えながら覗くと、僕はいつも小便がしたくなった。
慌て茂みを探して、アキラの眼球を傍らに置いて、その視線を感じながら立ち小便をした。
外した眼球が見る風景は、アキラには見えない。
でもそれは、紛れも無くアキラの視線だった。
小便を終えた僕は、わざと勢いよく眼球を蹴った。
今も時々、眼球を外してみる。
ピンポンをした跡が微かに残っている。
アキラの眼球にも、僕の足跡がまだ付いているのだろうか。

2006年4月16日日曜日

はげます

頭髪の薄いヒトの男がハゲウアカリと一緒だと安心するといった。
何故かと問えば、ハゲであることが当然のように思えるからだ、という。
しかし君、頭髪をバーコードのように撫で付ける者はハゲウアカリにはいないぞ、という言葉は飲み込んだ。

【オマキザル科ハゲウアカリ ブラジル 絶滅危惧ⅠB類】

2006年4月14日金曜日

ウサギの憂さ晴らし

ウサギを喰らう慣わしのおじさんは、十八番目のウサギを平らげて血の気が引いて以来、胡散臭いその慣わしを放棄した。

There was an Old Person whose habits,
Induced him to feed upon rabbits;
When he'd eaten eighteen,
He turned perfectly green,
Upon which he relinquished those habits.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年4月13日木曜日

四月十三日 眼鏡の拭き方

少年は眼鏡を掛けたまま眼鏡拭き。
まったく器用にやるもんだ。白い布が眩しくないかい?

2006年4月11日火曜日

四月十一日 消える言葉

落書きというは、一度目に付くと気になって仕方ないものだ。
落書きというのは、猥褻な言葉が書いてあることが多いものだ。
そのわりに、ちっともそそらない。
落書きを消すための、この除光液の匂いのほうが、ずっとクラクラする。

鼻先と爪先

詮索好きのお嬢さんは、あちこち嗅ぎ回るものだから鼻が伸び、ついに爪先に届いてしまった。
そこで彼女は花持ちの婆さんに鼻を担がせることにした。
鼻持ちならない長鼻のお嬢さん。

There was a Young Lady whose nose,
Was so long that it reached to her toes;
So she hired an Old Lady,
Whose conduct was steady,
To carry that wonderful nose.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年4月10日月曜日

蝿を蝕む

トロイの娘さんは巨大な蝿に虫酸が走った。幾つかを泥に埋め、幾つかを蒸し殺し、幾つかを筵に巻き、それを担いでトロイに帰った。

There was a Young Lady of Troy,
Whom several large flies did annoy;
Some she killed with a thump,
Some she drowned at the pump,
And some she took with her to Troy.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年4月9日日曜日

保育園

エンペラータマリンの男性に仕事を尋ねと「保育士」と返ってくることが多い。
事実、エンペラータマリンが園長や理事をつとめる保育園や幼稚園が近頃人気だ。
彼らはヒトの子供よりもずっと小さな身体だが
長い尻尾にさらに長い紐をつけ、子らに握らせて行列で散歩をしているエンペラータマリンはヒゲがピンと伸びている。実に誇らしげだ。


【マーモセット科エンペラータマリン アマゾン 絶滅危惧Ⅱ類】

2006年4月6日木曜日

待ち合わせ注意

クロザルが渋谷での待ち合わせによく使うのはモヤイ像である。
こだわりがあるらしく、ハチ公は絶対に使わない。
時々ヒトがクロザルとモヤイ像を間違えると、クロザルは怒り狂う。
こっそり写真を撮ろうとすれば、素早く飛んできて足に噛み付かれる。
もしクロザルがモヤイ像のそばに佇んでいたら
迷わず待ち合わせ場所をハチ公に変えることを恋人に提案するべきだ。


【オナガザル科クロザル スラウェシ島 絶滅危惧種】

2006年4月1日土曜日

絶品のあご

ピンととがったあごを持つお嬢さんは、
自慢の顎をさらに鋭く磨き上げて
チントンシャンとハープを顎で弾きました。

There was a Young Lady whose chin,
Resembled the point of a pin;
So she had it made sharp,
And purchased a harp,
And played several tunes with her chin.

エドワード・リア「ナンセンスの絵本」より