2006年3月29日水曜日

老猿の独り言

近頃、テングザルの男が人気らしい。
テングザルのポスターを見掛けるし、テレビコマーシャルにもテングザルのタレントがよく出てくる。
テングザルに倣って鼻を大きくする輩も出てきた。整形というやつだ。
本人は喜んでいるようだが、特にヒトには似合わない。
近所に住むテングザルの青年は、恋人に鼻を撫でられて照れている。
最近テングザルっていうだけで人気でしょう?浮気しないか心配なの。
と彼女は拗ねて見せた。
ほほえましい光景ではないか、と私は少し萎んだ自分の鼻を撫でながら独りごちた。


【オナガザル科テングザル ボルネオ島 絶滅危惧種】

2006年3月28日火曜日

炙るなら炭で

スミュルナの娘は、祖母に火炙りにしてくれるわと脅された。
娘は猫を奪い取り「ババア! 炙るならこっちだ」と反撃した。
フキョウワオーンと猫が鳴く。

There was a Young Person of Smyrna,
Whose Grandmother threatened to burn her;
But she seized on the cat,
And said, 'Granny, burn that!
You incongruous Old Woman of Smyrna!'

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より

2006年3月27日月曜日

耳年増な驢馬

マドラスの老いた男は、クリーム色のお馬鹿な驢馬の、玉のような臀に跨がる。
驢馬の長い耳が彼のトラウマを増長し、マドラスの男は逝ってしまった。

There was an Old Man of Madras,
Who rode on a creamーcolored Ass;
But the length of its ears
So promoted his fears,
That it killed that OldMan of Madras.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より

2006年3月26日日曜日

気配りする鼻

このご老体の鼻は鳥の止まり木である。
夜の帳が降り、鳥たちが飛び立つと、ご老体とその鼻は、ようやく一息つくのである。

There was an Old Man on whose nose
Most birds of the air could repose;
But they all flew away
At the closing of day,
Which relieved that OldMan and his nose.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より

2006年3月23日木曜日

ペンキ屋

「いらっしゃいませ」
キンシコウがペンキ屋にやってきた。
「オレの顔をピンクに塗ってくれ」
と言う。
「せっかく素敵な青い顔をお持ちなのに」
と店主が言う。
「構わないから、やってくれ。なるべく派手で目立つピンクで」
店主は棚からたくさんのピンクのペンキの缶を持ってきた。
一口にピンクと言っても20色以上のペンキが用意されている。
「どちらがお気に召しますか?」
キンシコウの恋愛事情もなかなか大変だな、と店主は思う。
昨日も別のキンシコウの若者が、緑色に顔塗って帰っていった。


【オナガザル科キンシコウ 中国 絶滅危惧Ⅱ種】

交渉

組んだ足の毛並がやけにいい。
兎はコーヒーを飲みながら言った。
「極めて難しい。だが、不可能ではない」
不可能ではない、と言った時に長い耳がぴくりと動くのを、私は見逃さなかった。
私は神妙な面持ちを作って「よろしくお願いします」と頭を下げた。
兎は今度こそ、耳を動かして
「コーヒーをもう一杯頂こう。ブラックで。うまいコーヒーを出す依頼人に弱いんだ、私は」

2006年3月21日火曜日

ナイルに流れる爪

ネイルケアに念入りなナイルの爺さんは、やすりで親指を研ぎ続ける。
「やすりで研ぐとこんなに鋭くなるのだ」
とナイルの爺さんネイルのない手で語る。

There was an Old Man of the Nile,
Who sharpened his nails with a file,
Till he cut out his thumbs,
And said calmly, 'This comes
Of sharpening one's nails with a file!'

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より

2006年3月19日日曜日

当然のトゲ

愚行を極める年寄りの婦人が
ヒイラギに腰掛け、トゲに引っ掛け、ドレスを引き千切った。
急転、彼女は落胆する。

There was an Old Lady whose folly,
Induced her to sit on a holly;
Whereon by a thorn,
Her dress being torn,
She quickly became melancholy.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より

2006年3月18日土曜日

モノクロームはレモン

「カメレオンみたい、このカメラ」
と、マモルは言った。マコトは首を傾げる。
 マコトは父から譲り受けた古いカメラを持ち歩いている。フィルムは自動巻きではないし、ピントも合わせなければならない。いつのまにか現像も自分でやるようになった。手間はかかるが、その手間がマコトには面白い。
 ほとんどの被写体はマモルだ。街中で撮ることもあるが、裸になってもらうことも多い。マモルは自身の全裸姿の写真を何のためらいもなくめくりながら、カメレオンみたい、と言っている。
「カメラがカメレオン?ダジャレか?」
マコトが問う。
「カメレオン。マコトのカメラで撮った、わたしの身体。一枚づつ色が違う。だからカメレオン」
マコトの撮った写真は、モノクロだ。
「これは、赤い。これは、青い。これは緑だし、これは黄色」
「ぼくには、わからないよ」
「鈍感だなあ。自分で撮ったくせに、わからないの?」
じゃあ今から撮ってよ、とマモルは言いながら服を脱ぐ。裸になったマモルは、カメラを向けるとスッと近付いてきてレンズをぺろりと舐めた。
「撮って」
ぺろり・カシャリ、またぺろり・カシャリ。
「なんで、舐めるの?」
「レンズってすっぱいんだね。すっぱくて、おいしい」
ファインダーを覗くマコトの視界いっぱいに、マモルの舌が素早くうごめいて去っていく。
 出来上がった写真の中のマモルの肢体には、淡い色の靄がかかっていた。これは桜色、こっちは山吹色、それは菫色……。
「ほらね、わたしの言った通りでしょう?」
「舐めたから、色が出たのか?」
「さあ、どうかな。すっぱいレンズ、おいしかったし」
「マモル」
「なに?」
「舐めて」
マモルは笑いながら、あかんべえをした。

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千文字世界「禁断の果実」投稿作

砂漠で眼玉を拾いました。

砂漠で眼玉を拾いました。右眼を外して(ちょっと厄介だったけれど)拾った眼玉を入れました。
新しい右眼は、とてもよく見えた。
シャボン玉を吐き出して走る汽車とか、膨らみ続けて破裂したペンギンが見えました。
僕はあちこち飛んで見てまわることにしました。頭にプロペラを載せてね。
右眼は、もっと素敵なものを見たがっていたんだもの。
放射能に汚染された牛や、くしゃみする入れ歯は親切でした。
ムンクはいつでも叫んでいるし、鳥の羽の木は温かい。
「なかなか見物だった」
「きみのおかげさ」
そんなこんなで、右眼は砂漠に帰っていきました。僕は公園の石像になりました。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
佐々木マキ「輕氣劇、砂漠の眼玉」1970年をモチーフに

2006年3月15日水曜日

快適な髭

髭が自慢の男が叫ぶ。
「なんたる悲劇だ。夜更かし中年と早起き熟女、悪戯小僧が四人と若い娘、みんなおれの髭の中に居座っちまった」

There was an Old Man with a beard,
Who said, 'It is just as I feared!
Two Owls and a Hen,
Four Larks and a Wren,
Have all built their nests in my beard!'

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より

2006年3月14日火曜日

まどろみを強いる者

神父は、息継ぎもせずに聖書を読み続けた。ゆっくりと話しているのに、早口言葉のようにも聞こえる。
一体いつ息をしているのだ?とじっと観察してみるが
御堂に静かに響くその声は、どんな子守歌より心地よくて私は眠ってしまう。

どれくらい時間が経ったのだろうか、私はにわかに覚醒した。
見渡すと、御堂にいるすべての人が皆、眠っていた。神父本人も、例外でない。胎児のように身体を丸めて眠っている。
だが、神父の声は響き続けている。
途絶えることなく、静かに、だがはっきりと。
私はキリストをちらりと見遣ると、再び眠りに沈んだ。

《Trombone》

禁断の果実

チリに住むこの爺さんの愚かな行いには、まったくうんざりだ。
階段に座り込んでまで、林檎チャンやら梨子チャンにむしゃぶりつく。
どこまで往生際が悪いのだ、このチリの爺さんは。

There was an Old Man of Chili,
Whose conduct was painful and silly,
He sate on the stairs,
Eating apples and pears,
That imprudent Old Person of Chili.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年3月12日日曜日

不完全燃焼

男は、マッチを山に植える。
マッチが十年かけて二十メートルの高さにまで育つころ、木の先端はいよいよ赤く膨らみ、その時を待つ。
風でしなり、側の木と触れ合った時、或いは火の粉を浴びて
マッチの木は一気に炎の葉を繁らせる。
素裸の男は風に揺らめく赤い葉を見上げる。
急激に葉の勢いが衰え、表情を曇らせた男は、途端に息が荒くなる。
もうずいぶん前から酸素が足りないのだ。本来なら、男は倒れていなければならない。

2006年3月9日木曜日

ゴキブリの断末魔

ケベックの老人の首すじに、ゴキブリがご機嫌伺い。
だが、老人は「串刺しの刑を執行する!」
ケベックの老人は語気が荒い。


There was an Old Man of Quebec,—
A beetle ran over his neck;
But he cried, "With a needle I'll slay you, O beadle!"
That angry Old Man of Quebec.

2006年3月7日火曜日

夕暮れの遊び

ニシに吸い込まれそうな太陽を相手に、子供は鞠で遊ぶ。
どんなにはしゃいでも、素早く鞠をついて見せても
太陽は留まることはできず、どんどんニシが吸い込んでいく。
けれど子供はニシが憎いわけではない。
ニシに吸われる太陽の色が、子供は一番好きなのだ。

《笛子》

中国の竹製の横笛。

2006年3月6日月曜日

情け

水溜まりで溺れているところを助けてやったぜんまいがえるはやたら饒舌だった。
「やや、忝ない。有り難きき幸せ。ああ、助かった。痛み入りますでござる。ご恩は忘れん。あ、そんなことまで。恐縮。感謝感激」
「おまえ、漫才でもやれば?」
と皮肉を言うと
「滅相もない」
を二本足で歩きながら36回繰り返した。

《Marranzanu》

マランザヌは、イタリアの口琴

2006年3月5日日曜日

エイリアン

私が学生時代、もっとも親しくしていた男は、異なる星の人だった。
「なんと言う名の星なのだ?」
と尋ねと友は歌うように発音したが、何度真似てもその銀色の声は出なかった。
私は声を聞きたくて、いろいろと質問した。
両親の名は? 兄弟の名は? 好きな食べ物は? Good morning.はなんと言う?
今思うと、なんて失礼なことをしたのだろう。
しかし彼は、嫌な顔せずに答えてくれた。
彼は今、病院にいる。まもなく死ぬだろう。
銀色の血液をした人は、地球にいない。

《Buzok》

ブゾックはレバノンのギター系の弦楽器

2006年3月4日土曜日

満足なクジラ

ウェールズの娘が鱗のない巨大魚を捕まえた。
獲物にウインク、「九時だ!」と叫び、潮を吹いたウェールズの娘。

There was a young lady of Wales,
Who caught a large Fish without scales;
When she lifted her hook,
She exclaimed,"Only look!"
That ecstatic Young Lady of Wales.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年3月3日金曜日

短くなった舌

熱帯にお住まいの鰐口長舌のじいさんは、山盛り魚を皿ごと一気に飲み込んだ。
長い舌もついでに飲み込み、咽喉を詰まらせた熱帯のじいさん。

There was an Old Man of the South,
Who had an immoderate mouth;
But in swallowing a dish,
That was quite full of fish,
He was choked, that Old Man of the South.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より