2005年12月11日日曜日

話の途中

 雨が降ったら、おしまい。
と言って、おじさんは紙芝居を始めた。
うさぎの耳の付いたシルクハットを頭に載せ、右手で紙芝居を、左手で台車に載った大きなオルゴールを操る。
音楽に合わせて調子よく紙芝居を読んだ。
おじさんの瞳は赤かった。この街は、いろんな色の目をした人がいるけれど赤い目を見たのははじめてだった。
 雨はなかなか降らなかった。
おじさんは昼は子供向け、夜は大人向けの紙芝居をした。
子供はきっかり7時で追い出された。
「時間だ!お家へお帰り、坊ちゃん嬢ちゃん。また明日」
大人ではなかったけれど子供でもなかった僕は追い出されずに済んだ。
夜の紙芝居を見る時、僕は自分の顔が赤くなるのを必死で隠さなければならなかった。
そんな時に目が合うと、おじさんの目はピカリと輝いた。
 雨が降ったのはおじさんが来てから8日目の夜中だった。
「雨が降ったからおしまい」
お話の途中だったのに、右手に傘を、左手に紙芝居を持って、オルゴールに跨がって赤い目のおじさんは消えた。