2004年11月30日火曜日

旅の果て

 苦労して鋼鉄の扉を開けると、強く冷たい風に身体を押し戻された。扉の向こうには無彩色の世界が広がっている。俺は足元の感触を確かめながら踏み出した。
 もはや当初の目的が何であったか、忘れてしまった。しかし、この場所に立った今、俺は確かに満足している。ゆっくりとあたりを見回しながら深く息を吸い込み、途端に嘔吐した。風は冷たいのに、吸い込んだ空気は熱く生臭い蒸気のようだ。嘔吐は長い間止まらず、緑色の粘液が灰色の大地にボダボダと落ちる。
 どうにか吐き気が治まると臭気を吸い込み過ぎないよう慎重に呼吸しながら歩き始めた。彼方に一羽の鳥が延々と旋回をしている。それを目指してひたすらに歩いた。いくら歩いても景色は変わらないが、少しづつ大きくなる鳥の姿で前進を確認する。鳥の足元には人がいるに違いない。そう確信すると胸が激しく高鳴なり声が漏れる。「母さま…!」その言葉を口にした自分自身に何より驚きながら、俺は堪らず駆け出した。

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500文字の心臓 イラスト超短篇投稿作

私の部屋の障子越しに柿の木が見える。白い障子に映るその姿は墨絵のようでなかなかの風情である。
この木は毎年多く実をつけるが、なぜか実によって甘かったり渋かったりで、近所の子らを惑わせて喜んでいる。
私も時々、子らに交ざり実を採る。この柿の木は誰の所有でもないから怒られはしない。
そして甘いものはそのまま、渋いものは干し柿にする。干し柿ができると痛い目に合った小僧にやる。
甘い渋いを見立て間違うことはない。
部屋の障子越しに見ると、渋い実は影のように黒く、甘い実は朱く見えるのである。

2004年11月28日日曜日

雪国では影も冬支度をはじめています。

2004年11月26日金曜日

影踏み

「影踏みするもの、このゆびとまれ」
 公園にいた子供たちがわらわらと集まりました。
「オニ決めしよう」
「ちょっと待って。影がないよ、みんな」
 影たちは影踏みを嫌がって木陰に隠れていたのです。散歩中の私の飼い犬がそれに気付きました。
 犬は盛んに吠えながらぐるぐると木の周りを回り、オシッコをしました。影たちが堪らず木陰を出ると子らは目ざとくそれを見つけ、影を追い始めました。
 踏まれた影は悲鳴をあげます。子供は容赦なく力任せに踏み付けますから、影とは言えども、その苦痛は相当なもののようです。
 私はいたたまれなくなってまだ興奮している犬を無理矢理引っ張り公園を後にしました。


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2006.6 犬祭3(sleepdogさん主催)参加作

2004年11月25日木曜日

住宅街の夜

バスを降りると、もどかしそうにコートのポケットから煙草とライターを取り出す。
焦っているのか、手がかじかんでいるのか、なかなか火が着かない。しくじる度に「チッ」「チッ」とせわしなく舌打ちする。
そのみすぼらしい背中を照らしながら、バスは去る。
「やーね、重症のニコチン中毒オヤジ」
あたしは心の中で毒づいた。
必要以上に多い街灯は、影は増やすが星を減らす。
オヤジの影はあちらこちらにいくつも伸び、忠義な影たちはオヤジの動きを模倣する。
やっと火が着いたオヤジは「ふう~」とも「はあ~」ともつかない声をあげ、煙を吐いた。
煙は後ろを歩くあたしの肺を汚した。煙の影はキラリと光って街灯に吸い込まれた。
オヤジの影は一層濃くなった。

2004年11月24日水曜日

朝が来るまで

「朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。」
日が暮れてまもない午後五時半。
「朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。」
さっきまでの夕焼けの色をそのまま影にして引きずって歩くお婆さん。
「朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。」

2004年11月22日月曜日

迷子になった影

日が暮れてしばらくした時、中学生の女の子がやってきた。
お巡りさんは信じてくれないかもしれないけど、と前置きして話始めた。
「お散歩の帰り道の赤ちゃん、お母さんにおんぶされて気持ち良さそうに寝ていました。
私は学校の帰り道で、二人の少し後を歩いていたんです。
あかく眩しい太陽がちょうど目の前に見えていました。
二人の影は私の方に長く長く伸びていました。
私はそれをなんとなく眺めながら歩いていました。
突然、赤ちゃんの影が、するりとお母さんの背中を降りたんです。
私は視線を上げて前の二人を見ました。さっきと変わらず、赤ちゃんはお母さんの背中におぶさっています。
影だけが、お母さんの背中から離れてしまったんです。
お母さんの影は慌てていました。でもちょうどそこで角を曲がってしまいました。
私は赤ちゃん影に付いて行きました。
でも、すぐに暗くなって来てしまって、赤ちゃんの影は見えなくなってしまいました。
お巡りさん。赤ちゃんの影、捜して下さい。」

私は中学生の話をメモを取りながら聞いた。
「教えてくれて、ありがとう。赤ちゃんの影は必ず見つかるよ。実はおじさんの息子の影も小さい時によく迷子になったんだ」
そう言うと、彼女はとてもびっくりした後、ケタケタと笑った。
見つかったら連絡するよ、と言うと手を振って交番を去っていった。

2004年11月20日土曜日

WhiteChristmas

暖炉の炎の揺らめきに合わせて、影は歌を唄う。
それはあなたには聞こえないけど、月にはしっかり届く。
だからクリスマスには月から影へのプレゼント。
一晩だけ白い夢を見られるのさ。

2004年11月19日金曜日

送る

「苦しい」と言って影はマフラーを取ってしまった。
影がマフラーを取っても僕のマフラーは僕の首に巻かれたままだけど、影マフラーは北風に乗って飛んでいった。
マフラーが影マフラーに付いて行きたいがるのを、僕は必死で抑えた。だって僕はマフラーをひとつしか持っていないから。
次の日、マフラーは凍ったように冷たかった。
僕はマフラーをもってビルの屋上に上がった。
影マフラーと一緒になれることを願いながら、マフラーを投げた。

2004年11月18日木曜日

TWILIGHT DANCE

影は長く伸びた自分が愉快らしく、僕にいろんな格好をさせます。道端でくねくねと踊っているのは、そんなワケがあるのです。

2004年11月17日水曜日

長い長いお話

長い下り坂を歩いていました。
目の前の西日がまぶしくて後ろを向いたら、のっぽの影が輝いていました。

2004年11月15日月曜日

枯葉

積もった落ち葉の中を掻き分けて歩く。
「焼き芋な気持ち」
と影は言った。