2004年9月4日土曜日

すいむ

ズボンのポケットに手をいれ、中を指でいじりながら、銀座の街を歩いていた。これは私の癖で、どのズボンも、ポケットの内側がほつれている。
「あ」
指が布を突き破った。薄くなったところに穴が空いたのだ。奇妙な感触が足を伝う。
「やだ、あの人おもらししてる」
ポケットに空いた穴から水が流れ落ちているのだ。見る見るうちに私の足元に水溜まりができた。
「これはおもらしではありません!」
思わず叫んだが、ますます周囲の人は避けていく。
「おっさん、長いションベンだな」
若者にからかわれたとおり、ポケットから流れ出る水の勢いは止まらない。
だれが呼んだのか、パトカーと救急車と消防車がやってきた。水は私の足首まで溜まり、近くの宝石店の中にまで流れ込んでいる。
「おい、すぐに来てくれ」
私は携帯で妻を呼び出した。妻が来るまでの四十分間で水は膝下まで溜まった。
いつの間にか、周りには誰もいなくなっている。高い場所に避難したのだろう。
 妻は頭に裁縫箱を載せ、水着姿でやってきた。
「だから、糸と針を持ち歩いて、って言っているのに」
妻の不機嫌な声に返事をすることもできない。水で重たくなったズボンを苦労して脱ぎ、妻に渡す。
妻は未だ溢れ出す水を被ってびしょ濡れになりながらポケットの穴を繕った。水は跡形もなく引いた。