2004年6月29日火曜日

白い影とリンゴジュース

白い影を持つ猫に導かれ、ぼくは一軒の家の前に立った。
「黒田医院 黒田幸之助」
小さな文字の表札だ。
扉を開けると机に向かっていた老人が振り向いた。
「久しぶりの患者だね」
老人の影もまた、白かった。
この人が黒田幸之助でおそらく医者なのだ、とぼくは思った。
そんな当たり前のことを確認している自分が滑稽に思える。
「君は気づいていないかもしれないが、君の影は治療を必要としている」
ぼくは足元に目をやった。よく目を凝らすとギザギザにささくれだっている、ぼくの影。でもギザギザなのは、影だけではない。
いいえ、先生。ぼくは薄々気づいていました。ぼくの影によくない事が起きているのを。だから、白い影の猫がやってきても、ちっとも驚きませんでした。
ぼくは声を出さずに答えた。
「それなら話は早い。君は賢いね。影もそう言っているよ。さあ、喉が乾いただろう。冷たいリンゴジュースだ。ゆっくり飲みなさい。おなかをこわすといけないから」