2004年6月30日水曜日

まるでビーチパラソル

ビーチで使うパラソル並の大きな日傘だ。
それを持って歩くのを想像してほしい。
まず、狭い道を歩くのに不自由だ。
人とすれ違えば嫌な顔をされる。
とても重たくて、少しの風でバランスを崩す。
好きでそんな大きな日傘を持っているわけではない。
すべてわがままな影のせい。影の言い分はこうだ。
「暑い、眩しい。日焼けする。夏はわたしがはみ出さない大きな日傘を使いたまえ」
日焼けする影がどこにいるというのだ。
しかし、影に逆らうことができない。
影がついてこなければ外は歩けない。
だから今日も汗だくになりながら巨大日傘を差して歩く。

2004年6月29日火曜日

白い影とリンゴジュース

白い影を持つ猫に導かれ、ぼくは一軒の家の前に立った。
「黒田医院 黒田幸之助」
小さな文字の表札だ。
扉を開けると机に向かっていた老人が振り向いた。
「久しぶりの患者だね」
老人の影もまた、白かった。
この人が黒田幸之助でおそらく医者なのだ、とぼくは思った。
そんな当たり前のことを確認している自分が滑稽に思える。
「君は気づいていないかもしれないが、君の影は治療を必要としている」
ぼくは足元に目をやった。よく目を凝らすとギザギザにささくれだっている、ぼくの影。でもギザギザなのは、影だけではない。
いいえ、先生。ぼくは薄々気づいていました。ぼくの影によくない事が起きているのを。だから、白い影の猫がやってきても、ちっとも驚きませんでした。
ぼくは声を出さずに答えた。
「それなら話は早い。君は賢いね。影もそう言っているよ。さあ、喉が乾いただろう。冷たいリンゴジュースだ。ゆっくり飲みなさい。おなかをこわすといけないから」

2004年6月28日月曜日

キャラメル

突然、影が立ち上がって僕の首を絞める。
「や、やめ…いま……や……る」
ようやく影から解放されると、僕は激しくむせた。全く容赦のない影だ。
僕はポケットからキャラメルを取り出して影に与える。
難しいことではない。影の口元のあたりにキャラメルを落としてやればいい。
地面に落ちたキャラメルは、少し柔らかくなり、スッと吸い込まれるように消えた。
キャラメルがほしくなる度に影は僕の首を絞める。
「首を絞めるのだけは勘弁してくれよ。僕が死んだらキャラメルを食べられなくなる
んだぞ。ま、その前におまえも消えるか」
フンッと影が鼻息で返事をした、ような気がした。
やれやれ、残りのキャラメル、あと一つだよ。買っておかなくちゃ。

2004年6月27日日曜日

さもありなん

レオナルド・ションヴォリ氏はじいさんだ。
どのくらいじいさんかというと、年がわからないくらいのじいさんだ。
レオナルド・ションヴォリ氏の影は赤ちゃんだ。
どのくらいの赤ちゃんかというと、這い這いがようやくできるくらいの赤ちゃんだ。
いい塩梅だこと。

2004年6月26日土曜日

影踏み

僕は彼女の影ばかり見ている。
活発でよく気がつく彼女は、男女関係なくクラスで人気だ。
秘かに想いを寄せているヤツがいるのを知っているし、年下の女の子からプレゼント
を貰っているのも見たことがある。
なのに、どうしたわけか、彼女の影はいつも揺らめいて儚げなのだ。
僕は、ドキリとした。いや、ギョッとした、というべきかもしれない。
それ以来、彼女の影から目が離せない。
「ねぇ?Q君、最近下ばっかり見てるよ?どうしたの?」
ほら、もう彼女は僕の様子に気がついている。
僕は、影になりたい。影になってあの子の影に近づきたい。
「どうして震えているの?」と聞いて、そっと肩を抱き寄せたい。
いまのままじゃ、ちょっと踏んでみることしかできない。
それは、なんだかイケナイことのような気がして、いつも僕は後悔するんだ。

2004年6月11日金曜日

源九郎じいさん

源九郎じいさんの影絵を見たことがない?大いに問題だね。
たいがいの人は知ってるはずだ。
源九郎じいさんは、影絵遊びをしている時にふらりとやってくる。
「キツネ」、そう、人差し指と小指を立ててつくるアレだ。
そのキツネをコンコンさせていると、いつのまにか影のキツネはひとりでに動きだし、お話を語り始める。
源九郎じいさんのお出ましだ。
ほら、アンタも思い出してきただろ。
大人になってからでもあえるはずだ。アンタが影絵遊びに夢中になれれば。試してみるといい。

2004年6月10日木曜日

雨のあとは

雨上がりの朝、アスファルトはまだ黒く濡れている。
駅から学校までの道、ぼくは下ばかり見て歩く。
隣でユウタがきのうのテレビの話をしている。
適当に相づちを打てばいい。こいつは喋らせておけば機嫌がいい。
ぼくは下ばかり見て歩く。
すぐ前には隣のクラスの女子が三人。
ユカとユイとユウ。
朝からやたら楽しそうに喋りながら歩いている。
ぼくは下だけを見て歩く。
ところどころに出来た大小の水溜まり。
ユカがヒョイと跨ぎ、ユイがエイッと飛び越え、ユウがスッと渡る。
ぼくはその瞬間を見逃さない。
水溜まりにだけ映る影。
いつもは見えないものを少しだけ、見せてくれる。

2004年6月9日水曜日

散歩

初夏の強い日差しの中、遊歩道を歩く。
「ふぅ。木陰は涼しいな。どうだい?木陰の中を歩くのは」
「悪くないね」と影は言う。
「でも、キミの姿はまだらで頼りないよ」
「関係ないね。キミにはわからないだろうけど、草木の影は美しいし、いい香りなんだから」

2004年6月8日火曜日

shadow broker

「影はいらんかね?」と靴磨きの男は言った。
靴磨きがたいていそうであるように、男の顔や手や服には靴墨が染み込み、表情を読み取るのは難しい。
オレは「間にあってます」とだけ答えた。
「いい影がいるんだけどなァ。きっと気に入るよ」
オレは時間がないなどと言い訳をして靴磨きを終わらせ、足早に歩きだした。
「いい影?どんな影?気に入るだって?誰が?オレが?それともオレの影が?」
足元を見ても影は答えない。
明日またあの靴磨きの男に会えるだろうか。

2004年6月7日月曜日

moonlight shadow

「あなたは、あなたの影があなたの寝ている間、何をしているかご存知ですか?」
と伯母は言った。
「知らない」
ぼくは伯母の発する「あなた」という音が嫌いだった。
「影は毎晩あなたと一緒に寝ているわけではありません。満月の晩、影たちは砂浜に集まり、月明かりを浴びて踊るのです」
ぼくはまったく信じなかった。伯母の話はいつも悪い夢のようで気色悪い。
その四日後の真夜中、ぼくはぼくの影だけがないのに気づいた。
部屋には明かりがついており、ぼく以外の物の影は確かに見える。
伯母の話を思い出し、外に出た。満月が眩しかった。
いまごろ楽しく踊っているのだろうか。

2004年6月6日日曜日

御機嫌伺い

「あれ?どうした?」
なんとなく気になって僕は友達にそう声を掛けた。
「いや、オレはいつも通りだよ」
そう言って笑う彼の顔は確かにいつも通りだ。
「そうか、よかった。こっちへ向かってくる時、なんとなく元気がないように見えたんだ。なんでだろう」
「おまえ、よく気づいたな。元気がないのは、オレじゃなくて影だよ。昨日の雨で風邪をひいたようだ」
彼の足元に向かって「おだいじに」と言ったら、影の影はピースサインをして見せた。

2004年6月5日土曜日

ボクはここにいる

ボクはただ、「ひとり」になってみたくなっただけなんだよ。
キミを嫌いになったわけではないし、いずれちゃんと戻るから待っていてほしい。
さっき猫に会った。似たようなことをする影はいるもんだね。
猫は「淋しくなってきちゃったんけど、相棒が見当たらないんだ」と言っていたから
キミの居場所を教えておいた。
ボクの代わりにキミの隣や前や後を歩いてくれるはずだ。
ちょっとおかしいかな?かわいいと思うけど。

2004年6月4日金曜日

サンタさんのお仕事 後編

三太は、オムツの保管場所を確認したあと、台所に向かい、ミルクの支度をして寝室に戻った。
「ふぇ……」
「来たでござんすよ」
目が覚める寸前を捉え、赤ん坊を抱き上げ、寝室の外に出る。
「よしよしでござんす」
赤ん坊はそれほど大声で泣くこともなく三太の作ったミルクを飲んでいる。
「いい子でござんすなぁ」
そう、三太は夜泣きを盗みに来たのである。
どういうわけか、これだけは中井はまったく駄目で、赤ん坊がいよいよ大声で泣くものだから、危うく家人に見つかりそうになったのに懲りて、ついに夜泣き盗みは三太一人の仕事となった。
この晩、こうしたミルクやりやオムツ替えを何度か繰り返した三太は、明け方メッセージを残して佐藤邸を後にした。
「息子の夜泣きはすべて頂戴した。子守、託児のご用命は、大泥棒サンタまで」

2004年6月3日木曜日

サンタさんのお仕事 前編

「三丁目の佐藤氏に長男が生まれた」
「本当でござんすか、親分」
「嘘をつく必要があるだろうか。佐藤は中井自動車の社員である」
「では、今晩盗みに参るでござんす」
この盗みは三太の仕事で、中井は参加しないことになっている。
真夜中、三太は佐藤宅の寝室に忍び込み、夫婦と赤ん坊の様子をよく観察した。
すやすやと眠る赤ん坊を見て三太はにっこりとした。
「まだ大丈夫でござんすね」

2004年6月2日水曜日

ニコニコロード掃討作戦

「スキヤキを食したい」
「スキヤキですか、親分。そんなら、スキヤキ鍋と牛肉が入り用でござんすな」
「卵も野菜もである」
「そんなにたくさんの店に盗みに入るのは難儀でござんす」
「ニコニコロードで一度に盗めばよい」
三太と中井は唐草スカーフを鼻の下で結び、明け方前のニコニコロード商店街に向かった。もちろん人通りはなく店のシャッターはすべて閉まっている。
「三太は電灯の埃を盗みたまえ。拙者はシャッターの埃を盗む」
「承知いたしやした」
木登りが得意な三太がスルスルと電灯に登り電灯に積もった真っ黒な埃を盗んでいく。
一方の中井は、シャッターの埃を一軒づつ盗み終えると道路を丁寧に掃いた。
「できたてほやほやのピカピカ商店街になりやしたね、親分」
「よし、メッセージを残さなければ」
さらさらさらのさらり
「ニコニコロードの埃はすべて戴いた。ついては本日夜7時半、スキヤキパーティーを催す。大勢の参加を期待している。大泥棒 サンタとナカイ」
そうしてその夜ニコニコロードの店主たちが持ち寄った材料でスキヤキパーティーが和やかに開かれた。

2004年6月1日火曜日

ボロボロ

茶けた紙が風に舞いながらこちらに近付いてくる。
空中で掴み取り、思わずニヤリとした。手を伸ばした瞬間、福沢諭吉が見えたのだ。
拳を開くと、それは真ん中から破れかけ、角はなくなり、手垢に塗れ、毛羽立ちもひどかった。
壱万円札としての威厳は完全に失われている。
 家に帰り、庭に小さな穴を掘った。満開の椿の根元に。
そこへ前日に生を終えたハムスターを壱万円札だった紙で包んで埋めた。
 埋め跡を隠すかのように落ち、色褪せていく椿と涙


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500文字の心臓 第38回タイトル競作投稿作
○2△1

中井の独白

拙者は「中井自動車」の会長である。
創業は祖父。拙者は会社を継ぐために幼少から勉学に励んだ。
放蕩癖があった父はそんな拙者を見て笑っていた。もう少し遊ぶことも大事であると。
そんなことにも耳を貸さず、学校を出た拙者はまじめに働いた。社長になることは皆承知済みであるから、妬みもあった。
会長になったのは33才の時である。社長を通り越して会長になった。父が急死したためである。
三太が拙者の家に忍びこんだのは、拙者が会長になって三年三ヶ月と三日たった午前三時のことであった。
拙者が声を掛けたら驚愕し、付近にあった花瓶を割った。
その時の三太は大変な痩躯だった。
故に夜食を与えた。
三太は夜食を食べながら泥棒稼業がうまくない、と漏らしていた。
拙者は退屈な会長生活の刺激になると考え、三太の仕事を補佐することを決定した。
「拙者に手伝うことがあるか」と言ったら三太は泣いて喜んでいた。
これが拙者が大泥棒になった経緯である。