2004年2月29日日曜日

ピーマン

「ここのピーマンは肉詰め専用です」
とピーマン農家のおじさんが言った。
「肉が詰まった品種なのです。突然変異でできました。わが家はピーマンの肉詰めをよく食べるので大助かりですよ」
ピーマン農家のおじさんは愉快そうに笑ったがちっとも愉快ではない。
収穫した肉入りピーマンでピーマンの肉詰めを焼く。
焼くだけでいいから、楽と言えば楽だが、切るときの感触はなんともグロテスクである。
そうしてできあがったピーマンの肉詰めの並んだ大皿を眺めていたらアレをやりたくなった。
神経衰弱。

2004年2月27日金曜日

白菜

「白菜、もっと入れようよ」
「今入れたばっかりだよ」
「でも、入ってないぞ。んじゃ、おまえ全部食べたな」
「違う、違う。俺も白菜食べたいと思ってたところなんだ」
「わかったわかった。また入れればいいんだから」
「おい、白菜誰か食ったか?」
「俺じゃねぇ」
「おれも違う」
「でも、なくなってるぞ」
「本当だ。さっき残り全部入れちまったぞ、白菜」
「おれ、全然食べてないのに」
「俺だって」
「じゃあ、どうしてなくなってるんだよ」
「しらねぇよ」
「まぁまぁ、幽霊が食べたものと思って」
「犯人はおまえか!」
「裏切り者」
「ち、違う。誤解だ」
当たり。私が食べました。だから喧嘩はやめてね。

2004年2月26日木曜日

サラダ

まずはレタスの飛沫の洗礼を受けるべし。
ブロッコリーの森でマヨネーズとドレッシングのどちらかを選ぶ。
アスパラガスをすべて登り
キュウリを渡ってトマトに辿り着くことができれば
オニオンの輪を授かるだろう。

2004年2月25日水曜日

トマト

「トマトジュースを浴びなさい」
恋に破れた僕に、その子は言った。
4才くらいのその男の子は
公園のベンチで呆然としていた僕に近寄ってきて
「よしよし」と頭を撫でトマトの缶ジュースを差し出しながら、そう言ったのだ。
トマトジュースなんか浴びたら大変なことになる。髪も服も赤くベトベトになってしまうではないか。
「さぁ、早く」
有無を言わさぬその声に僕は半ば諦めて缶を開けた。

その後どうなったかって?ニコニコしながら家に帰ることができたよ。

2004年2月24日火曜日

とうもろこし

あなたの美しい薄緑の衣も、長く豊かな髭も太くて強い芯も
簡単に捨てられるこの現実が
不思議で仕方ないのです。

2004年2月23日月曜日

さといも

さといもの煮物ですよ、と母が父に言う。
振り返った母は
「お供えしてもねぇ。食べるわけでもないんだけど」
と苦笑する。
だいじょうぶだよ、母さん。父さんは確かに喜んでる。
だって僕が今食べているさといもは父さんだらけだ。

2004年2月22日日曜日

にんにく

彼の妙なる香と秘めたたくましさは世界放浪の末に身につけたものである。
幾年月をかけ、あちらこちらの大地を踏みしめ風を吸い込み、日の光を浴びてきたのだ。
ゆえに人々を魅了、あるいは嫌悪される

2004年2月21日土曜日

みかん

「みかんの缶詰」
誕生日プレゼントはなにが欲しいか聞かれたからそう言った。
「変な奴」と言われたけど。
甘くてかわいいみかんの缶詰。まぶしくて粒のそろったみかんの缶詰。
あなたから貰うのは甘いものだけ。酸っぱいのはいらないのよ。
ひたすら甘くなくちゃいけないの。それ以外はNOサンキュー。
どういうことかわかる?それだけの存在なの、あなたは。

2004年2月20日金曜日

バナナ

皮は四つ股になるように全部むく。
それを広げてテーブルに置く。タコウインナーの巨大なやつみたいだ。
白いスジを取ってこれまテーブルに並べる。一直線に。
そして真っ白なバナナを手掴みで食べる。
やってみる?
ただ面倒なだけさ。

2004年2月18日水曜日

ぶどう

スーパーにぶどうを買いに行くとボショボショザワザワ小さいが姦しい声がする。
だが周りの人はみな黙って買い物をしている。
よく耳を澄ませて声のする方を探すと
そこには巨峰が並んでいた。
「ちょっとあんた狭いんだから押さないで」
「痛い痛い」
「落ちる、はずれる」
思わずこそっと「なに喧嘩してるの」と言ったら巨峰は大声で喋り出したので
買い物客が皆振り返った。
仕方ないのでうるさい巨峰を買って帰った。
でも、ぶどうを買いに来たのだから仕方なくはない。

2004年2月17日火曜日

ゴボウ

ゴボウが伸びるので付いていった。
どんどん伸びるので歩き疲れてゴボウにまたがった。
するとゴボウは太くなり、速度も速くなった。
新幹線を抜かし、ジェット機と競争した。
「ドラゴンみたいだね!」と言ったらゴボウはとても嬉しそうだった。
あちこちぐるぐると七周したら、地球がゴボウに締めつけられて苦しそうだったので
「そろそろ夕飯にしなくちゃ」と言った。

2004年2月16日月曜日

さくらんぼ

あまりにも綺麗で、部屋へこっそり持っていったのです。
私はそれをビンに入れました。
勉強机の一番上の引き出しにしまい、しょっちゅう取り出してはうっとりと眺めました。
見ていると時間を忘れるので、学校のテストはいつも赤点スレスレでした。
いまでも毎日見ています。
もう四十年経ちましたが、美しさはあの時のままなのですよ。

2004年2月14日土曜日

レンコン

レンコンの穴に魅せられた弟はもう二年も行方不明だ。
蒸発前、弟は「穴はすべて違うんだ。」と言っていた。
もしかしたら弟は自分の穴に辿り着いたのかもしれない。
そうならば私は何も言うべきことはない。
レンコンを食べるたびに私は祈る。
弟がいませんように、と。

2004年2月13日金曜日

タマネギ

タマネギを切るときの涙を集めてまわる妖怪がいる。
奴らは涙の池に住んでいるのだ。
池の水位が下がると若い衆が手分けしてタマネギに憑いてその時を待つ。
いつもにまして涙が出るときには、妖怪が憑いていると思っていい。
そんなときは大いに涙を流して欲しい。
なぜタマネギを切るときの涙じゃないと駄目なのかって?
それは他の涙では情が溢れ過ぎてるから。
彼らはとても繊細なのだ。

2004年2月12日木曜日

ナス

茄子を研く。乾いた布で埃を拭い、なめした鹿皮でキュッキュッと磨く。息を吹き掛けて磨く。
旅にでたときには、その土地ならではの茄子を買い、せっせと磨く。
丸いの黒いの細いの青いの。
茄子きゅっきゅっ。

2004年2月11日水曜日

大根

大きなボウルに山盛りの大根おろしを前に途方にくれている。
実は私はイライラすると大根をおろしてしまうのだ。
単純動作の繰り返しと、おろし金の感触と音が、私の気を休めてくれるらしい。
大抵は大根半分もおろせば気が済むのだが、今日は気が付くと五本もおろしていた。
大したことがあったわけではない。
ただ張り切ってミニスカートで、デートに出かけたら、某巨大交差点の真ん中でカエルのように転んでしまい、
その瞬間をたまたま来ていたテレビカメラに生放送で流されてしまった、というだけだ。
大量の大根おろしをどうして食べていいのか、わからない。
「なます」にしても食べきれないかもしれない。
大根おろしを「おすそわけ」するわけにもいかない。
だんだんトゲトゲしいものが胸に溢れてきた。
私は財布に手をのばした。まだ八百屋は開いているはずだ。

2004年2月10日火曜日

ネギ

「こっちが下仁田、これは深谷。いろいろあるよ、奥さんひとつ買ってぇな」
鴨がネギを売りにきた。
「そうね、アンタと一緒に鴨鍋にしようかしら」
「ほいきた!」
鴨はネギを背負って台所で出汁の支度を始めた。
「わい、羽をむしるとこまでは自分でできますけんど、あとはよろしゅう」
「十分よ、おいしい出汁作っておいてね。私は包丁研いでるから」

2004年2月7日土曜日

メロン

メロンの網目を迷路に見立てて指でなぞっていたら
絡め捕られて迷いこんだ。
実際のメロンの中は、味と裏腹に居心地が悪いので、よい子は真似しないように。

2004年2月6日金曜日

すいか

「こりゃ。勢いよくプッとやらんか」
おいらがスイカの種をちまちま取りながら食べていると
じーちゃんが言った。
「うまく飛ばせないんだよ」
「何度もやるうちにできるようになる。ほれ、こうだ」
じーちゃんはスイカにかぶりつき庭に向かって種を飛ばした。
「ご先祖さまに失礼のないようにな」
「え?ご先祖さま」
「そう。スイカの種の一粒づつがご先祖さまのなごりなのだよ」

2004年2月5日木曜日

アスパラガス

アカリは魔女。まだ修行中の11歳。
アカリの一族は身の回りのものを食べ物に変える術を大切にしているんだ。
この地方では昔、「キキン」と言って、畑の作物が取れなくて、おなかをすかせて死んだり、病気になることがよくあったんだって。
だから村の人を助けるために、食べ物に関係のある魔法がたくさんあるんだよ。
あたしがいま一番得意なのは「ロウソクをアスパラガスに変える術」。
火のついたロウソクに呪文をかけるの。
呪文は覚えにくいし、あんまりカッコよくない。
「つけにせひのほげらっぱ」
そうするとロウソクは緑のアスパラガスに変わっちゃう。
大きくておいしいのよ。今度ごちそうしてあげるからね。
でもさ、アスパラガスも大事だけど、ロウソクも大事でしょ。
だからちょっと困ってるの。

2004年2月4日水曜日

ブロッコリー

ブロッコリーは考える。
あんまり考えすぎて、マヨネーズをかけられたのにも気付かなかった。
それを食べたマユミちゃんは次の日の算数のテストで百点を採った。
マユミちゃんのテストに一役買ったとは知らずに
かつてブロッコリーだったものは考える。
何を考えていたのか考える。

2004年2月3日火曜日

ほうれん草

「もう、限界なの」
私は相手の顔を見ずに言った。
視線の先にはほうれん草のおひたし。
小さな陶器に盛られたおひたし。
この器はふらりと寄った陶芸作家の個展で見つけたのだった。
ちょっと高いけど、ひとめで気に入った。
目の前の男と私の分、へそくりで買った。
それ以来、おひたしはこの器、すっかり食卓の定番になった。
別れてもこの器は手放さないようにしなくては。
私はそんなことを思いながら、ほうれん草に向かって静かに別れの訳を語り続けた。
「言いたいことはよくわかった」
男もまた、私の顔を見てないだろう。
男は未練がましくいいわけをしているようだ。
黙ってほうれん草のおひたしを食べる。
話を聞いてくれたのは、ほうれん草。

2004年2月2日月曜日

もやし

夜中、台所からガサゴソと音がするので起きあがった。
ブルッとしてトイレに行く。
用を済ませてからおそるおそる台所に行くが、ゴキブリはいない。
しかし、依然音は続いている。
よく耳をそばだてると冷蔵庫から聞こえるようだ。
野菜室を開けると、もやしが袋の中で踊っていた。
「元気のいいことで」
寝室に戻った私は顔がにやけていた。
朝食に作るもやし炒めが楽しみだ。

2004年2月1日日曜日

衝撃

オレはやわらかいトンネルの中にいる。匍匐前進。ゆっくりゆっくり進む。
もう何十時間もこうして少しづつ進んでいる。どこへ向かっているのか、わかっている。でも、わかっていないのかもしれない。
頭が窮屈で痛い。とにかく狭いトンネルなのだ。頭でトンネルを押し広げながら進むしかない。
時折、トンネル全体がひずみ、身体中が締め付けられる。こんな痛みは初めてだ。気が遠くなる。それでも進むのをやめるわけにはいかない。
前方にかすかな光を感じ、オレはやや元気を回復した。とにかくあそこまで行けばいいのだ。
だんだんと光は大きくなってきた。しかし、それに伴い頭痛もひどくなっていく。「もう、だめだ」
今度こそ本当に気を失う、と思ったそのときオレは光の射す方へと一気に押し出された。強い光と冷たい空気がオレを突き刺す。さっきまでオレがいた、薄暗く暖かな世界とは大違いだ。
オレはこれからこんな世界で生きていくのか! 
恐れ戦いたオレは、あらんかぎりの大声で泣き叫んだ。
オレの渾身の叫びを聞いて喜んでいる女がいる。


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500文字の心臓 第34回タイトル競作投稿作
○1