2004年12月30日木曜日

もし、お前さん

下ばかり見て歩いていると影に蹴り上げられて、後頭部強打でナンマイダ、ですよ。

2004年12月29日水曜日

だれのせい?

影が滲むのは、雪のせい。
雪が解けるのは、犬のせい。
犬が吠えるのは、影のせい。

犯人は誰?

目が覚めると、影が白い血をあちこち滲ませていた。ところどころ赤い血も見える。
「一体何があったんだ、ぼくの寝ている間に」
絆創膏を貼ってやりながら問い質す。影に無茶されれば、結局はぼくが困るのだ。
「通り魔を追い掛けた?それでちゃんと捕まえたのか?え?殺しちゃった?!死体は家の前?おいおい魂消(タマゲ)たねえ、こりゃ」
やっばり警察に行かなくちゃいけないかなあ。もしかしてぼくの影の罪はぼくの罪?でもぼくは寝てただけで。かといって影だけ牢屋に入るのもおかしな話だ。まったくなんてことをしてくるんだ、影は。ぼくと違ってずいぶん乱暴な性格だとは思ってたけど、まさか人殺しをするなんて。やっぱりここは知らんぷりをキメるしかないな。だってぼくはなにもしていないんだし。
パトカーのサイレンが近付いてきた。

2004年12月27日月曜日

仁義なき戦い

「怪しい奴め。まったくけしからん」
おじいさんは気に入らない。
いつも付いてくる黒い輩。杖で何度も戦いを挑んだが、敵はまったく堪えない。

2004年12月24日金曜日

WhiteChristmas2

クリスマスイヴの晩、影たちは、サンタクロースを迎えに行きます。
サンタクロースがよく見えるように、月は影たちを一晩だけ白くしてくれます。
影がいないので、子供達はぐっすりと眠ります。
子供達がどんなにサンタクロースに会いたくても起きていられないのは、そんな秘密があるのです。

2004年12月23日木曜日

忍び寄る影

長く伸びた男の影が歩いていた。
「どこに行く?」
私の影が話し掛ける。
「おまえらには関係ない」
私は大きく息を吐く。
「まもなく日が暮れる、そうやってひとりでいると、朝になるまでに死んでしまう」
「【本体】のもとに戻ったほうがいい」
「気持ちはわかる。しかし、一人になってもいいことはない」
私の影は説得を始めたようだ。
「…そうやって心配してくれたのはあんた達がはじめてだ」
影は私に近付き、すっと足に触れた。
私の影は、16体になった。

2004年12月21日火曜日

表裏一体

影の裏には影がある。

2004年12月19日日曜日

そんな昼下がりの公園

フケを撒き散らしながらうろつくおじさんの
溜息を煙草に託すおねえさんの
ブランコよりバイクに乗りたい高校生の
昼寝する猫の
あと50mが辛いおばあさんの
ゴミ置き場を突く鳩の
週刊誌のアイマスクが似合うおじさんの
影たちが仲良くはしゃぎまわる。

2004年12月18日土曜日

ミドリちゃんと赤い影

ミドリちゃんの影は赤い。
ほかの人は影が一人で黒を背負わなくてはならないけれど
ミドリちゃんは緑だから、影は赤だけで黒くなれる。
ミドリちゃんとミドリちゃんの赤い影は、それで上手くいっていた。
ところが、ミドリちゃんが、強姦されて血を流して倒れていた時、誰も気がつかなかった。

2004年12月16日木曜日

黒い電話を見つけたら

はて、こんなところに公衆電話なんてあったかな。
老女が入っていた電話ボックスには見覚えがなかった。
よく磨かれた透明ガラスの中には、黒一色のプッシュフォン…まさか。
「おばあさん、かけちゃだめだ!」
扉を開けた時には、もう遅かった。
「ヨシオかい?母さんだよ、ちょっと膝が痛くてね、ちかご…」
老女の身体は頭から闇になり、足元まですっかり闇化すると、受話器に吸い込まれた。
垂れ下がった受話器が揺れているのを見ながら、俺は電話ボックスを離れた。

黒い電話はさらに黒くなり、満足そうに受話器が元に戻る。
強がりな影の弱気な「穴」に紛れる、影電話。
あなたの影にも電話が潜んでいるかもしれない。

2004年12月14日火曜日

あなたは知らないでしょうけれど

眠れない夜、あなたの影が子守歌を歌いにくる。
私はその声に包まれて、眠りに落ちる。
次の日あなたは元気でもあなたの影は欠伸ばかりしているから、ゴメンね、と小声で言う。
あなたの影はピースサインをして見せる。

2004年12月13日月曜日

ちょっと聞いてもいいですか

影まんじゅうを食べたい、と言って、じいさんは死んだんです。影まんじゅう、どこで売っているか、知ってますか?

初恋

麗しの君は、黄色い影の持ち主でした。

2004年12月10日金曜日

交通事故

「やった!」
俺は路肩に停めて、車から降りた。スッと猫が飛び出して来たのだ。
恐る恐る横たわる猫に近づく…あれ?
道路に倒れているのは、猫の影だった。
「おい、猫。おまえは影だけの猫じゃないか。車に轢かれたからってどうってことないだろ」
俺は猫の影をつついた。指にはアスファルトの感触だけ。
「おい、起きろよ、猫の影。起きないとなぁ…」
俺は辺りを見回し、ジーンズのジッパーを下ろした。「…こうしてやる!」
たちまち猫の影は動きだし、身震いしてしぶきを盛大に撒き散らし去った。
俺は、出始めたものを途中で引っ込めるわけにもいかず、道路の真ん中でむなしく立ち小便を続けた。

2004年12月9日木曜日

 アケミちゃんはアンドーナッツを食べます。アケミちゃんはアンドーナッツより甘納豆のほうが甘いから好き
なのだけれど、あいにく甘納豆は朝市で売っていませんでした。
 アンドーナッツを食べ終わってあくびをしていたアケミちゃんは足元にアリが集まっていることに気付いきま
した。「あー!」と声をあげるとアリたちはアケミちゃんを見上げて
「アンドーナッツをありがとう、アケミちゃん。」
と言いました。アリたちはアンドーナッツのおこぼれにあずかったのです。アケミちゃんのお行儀は目に余るも
のがあるようですね。
 あきらめの悪いアケミちゃんはアリに負けじとアンドーナッツのカケラを集めました。あまりにも浅ましいの
で茜色のアゲハチョウも呆れています。
 茜色のアゲハチョウというのは雨上がりの朝の空き地にしか現れません。アケミちゃんはそれを見つけて
「あ!茜色のアゲハチョウだ」
と網を振り回しました。
 あっという間にアゲハチョウを捕まえたアケミちゃんはアキラくんに挨拶に行きました。
「アキラくん、茜色のアゲハチョウを捕まえました。」
アキラくんは茜色のアゲハチョウが欲しくなって、アケミちゃんと争いました。
 荒っぽく扱われたアケミちゃんは穴に埋められ、茜色のアゲハチョウは明くる日に泡になりました。あしから
ず。

きららメール小説大賞投稿作

2004年12月7日火曜日

ないしょばなし

影の涙は酸っぱいんだってさ。

2004年12月5日日曜日

某国の格言

「皿は割れても皿の影は割れない」

2004年12月4日土曜日

ゆきのゆめ

ぼくの影の恋の相手は雪だるまだった。
近所の子供が作ったであろうその雪だるまの前を通り掛かかったその時
影は僕からすっと離れ、雪だるまに寄り添い、染み込んだ。
雪だるまは白ではなくなり、影は黒くなくなった。
僕はその光景を見てドキドキした。恋愛映画を見ているように。
翌日から雪だるまは溶け始め、四日後に雪だるまとは呼べない形になり、その二日後には跡形もなくなった。
僕はアスファルトに、僕の影の痕跡を求めたが、見つけることはできなかった。

2004年12月3日金曜日

雪の洗礼

初めて雪国へ行ったのは小学五年の冬だった。
僕は興奮し、ただただ一人で駆け回っていた。
しばらくはしゃいでいると、突然とパキリと動けなくなった。
「おとーさーん!」
どうしていいかわからず父を呼ぶが、積もった雪は声を吸い取った。
「影が凍ったな」
そばを通り掛かったおじいさんが言った。
「そこへ倒れとけ。じきに溶けるすけ」
ぼくは雪の上に仰向けに倒れた。
大の字になって灰色の空を眺めていると、じんわりと背中が暖かくなった。
背中が痒くなったので起き上がった。
ぼくはまた、駆け出した。

2004年12月2日木曜日

小春日和

影が眠ってしまったので、抱えて歩く。寝息を立てる影はお日さまの匂いがする。

2004年12月1日水曜日

イキハヨイヨイ カエリハ…

散歩にでかけた。道が分かれ、どちらに行こうか迷っていると影が指を指した。
「影の言うとおりに行ってみるか」
影は辻にくる度にビシッと指を指した。
僕は影の指図を見逃さないように下ばかり見て歩いた。
少しづつ影が長くなり、すぐに暗くなった。
しばらくは街灯を頼りに影は動いていたが、まもなく真っ暗になった。
はじめて辺りを見回した。暗くて何も見えないが、知らない場所であることは間違いない。
足が棒のように疲れていた。のども渇いた。冷たい風が吹いた。
でも僕は財布もコートも持っていない。ほんの少し近所を廻るつもりで家を出たのだから。
僕はその場にしゃがみ込み、目を閉じた。朝になれば影が家まで連れていってく れる さ…

2004年11月30日火曜日

旅の果て

 苦労して鋼鉄の扉を開けると、強く冷たい風に身体を押し戻された。扉の向こうには無彩色の世界が広がっている。俺は足元の感触を確かめながら踏み出した。
 もはや当初の目的が何であったか、忘れてしまった。しかし、この場所に立った今、俺は確かに満足している。ゆっくりとあたりを見回しながら深く息を吸い込み、途端に嘔吐した。風は冷たいのに、吸い込んだ空気は熱く生臭い蒸気のようだ。嘔吐は長い間止まらず、緑色の粘液が灰色の大地にボダボダと落ちる。
 どうにか吐き気が治まると臭気を吸い込み過ぎないよう慎重に呼吸しながら歩き始めた。彼方に一羽の鳥が延々と旋回をしている。それを目指してひたすらに歩いた。いくら歩いても景色は変わらないが、少しづつ大きくなる鳥の姿で前進を確認する。鳥の足元には人がいるに違いない。そう確信すると胸が激しく高鳴なり声が漏れる。「母さま…!」その言葉を口にした自分自身に何より驚きながら、俺は堪らず駆け出した。

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500文字の心臓 イラスト超短篇投稿作

私の部屋の障子越しに柿の木が見える。白い障子に映るその姿は墨絵のようでなかなかの風情である。
この木は毎年多く実をつけるが、なぜか実によって甘かったり渋かったりで、近所の子らを惑わせて喜んでいる。
私も時々、子らに交ざり実を採る。この柿の木は誰の所有でもないから怒られはしない。
そして甘いものはそのまま、渋いものは干し柿にする。干し柿ができると痛い目に合った小僧にやる。
甘い渋いを見立て間違うことはない。
部屋の障子越しに見ると、渋い実は影のように黒く、甘い実は朱く見えるのである。

2004年11月28日日曜日

雪国では影も冬支度をはじめています。

2004年11月26日金曜日

影踏み

「影踏みするもの、このゆびとまれ」
 公園にいた子供たちがわらわらと集まりました。
「オニ決めしよう」
「ちょっと待って。影がないよ、みんな」
 影たちは影踏みを嫌がって木陰に隠れていたのです。散歩中の私の飼い犬がそれに気付きました。
 犬は盛んに吠えながらぐるぐると木の周りを回り、オシッコをしました。影たちが堪らず木陰を出ると子らは目ざとくそれを見つけ、影を追い始めました。
 踏まれた影は悲鳴をあげます。子供は容赦なく力任せに踏み付けますから、影とは言えども、その苦痛は相当なもののようです。
 私はいたたまれなくなってまだ興奮している犬を無理矢理引っ張り公園を後にしました。


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2006.6 犬祭3(sleepdogさん主催)参加作

2004年11月25日木曜日

住宅街の夜

バスを降りると、もどかしそうにコートのポケットから煙草とライターを取り出す。
焦っているのか、手がかじかんでいるのか、なかなか火が着かない。しくじる度に「チッ」「チッ」とせわしなく舌打ちする。
そのみすぼらしい背中を照らしながら、バスは去る。
「やーね、重症のニコチン中毒オヤジ」
あたしは心の中で毒づいた。
必要以上に多い街灯は、影は増やすが星を減らす。
オヤジの影はあちらこちらにいくつも伸び、忠義な影たちはオヤジの動きを模倣する。
やっと火が着いたオヤジは「ふう~」とも「はあ~」ともつかない声をあげ、煙を吐いた。
煙は後ろを歩くあたしの肺を汚した。煙の影はキラリと光って街灯に吸い込まれた。
オヤジの影は一層濃くなった。

2004年11月24日水曜日

朝が来るまで

「朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。」
日が暮れてまもない午後五時半。
「朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。」
さっきまでの夕焼けの色をそのまま影にして引きずって歩くお婆さん。
「朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。朱い影はいらんかね。」

2004年11月22日月曜日

迷子になった影

日が暮れてしばらくした時、中学生の女の子がやってきた。
お巡りさんは信じてくれないかもしれないけど、と前置きして話始めた。
「お散歩の帰り道の赤ちゃん、お母さんにおんぶされて気持ち良さそうに寝ていました。
私は学校の帰り道で、二人の少し後を歩いていたんです。
あかく眩しい太陽がちょうど目の前に見えていました。
二人の影は私の方に長く長く伸びていました。
私はそれをなんとなく眺めながら歩いていました。
突然、赤ちゃんの影が、するりとお母さんの背中を降りたんです。
私は視線を上げて前の二人を見ました。さっきと変わらず、赤ちゃんはお母さんの背中におぶさっています。
影だけが、お母さんの背中から離れてしまったんです。
お母さんの影は慌てていました。でもちょうどそこで角を曲がってしまいました。
私は赤ちゃん影に付いて行きました。
でも、すぐに暗くなって来てしまって、赤ちゃんの影は見えなくなってしまいました。
お巡りさん。赤ちゃんの影、捜して下さい。」

私は中学生の話をメモを取りながら聞いた。
「教えてくれて、ありがとう。赤ちゃんの影は必ず見つかるよ。実はおじさんの息子の影も小さい時によく迷子になったんだ」
そう言うと、彼女はとてもびっくりした後、ケタケタと笑った。
見つかったら連絡するよ、と言うと手を振って交番を去っていった。

2004年11月20日土曜日

WhiteChristmas

暖炉の炎の揺らめきに合わせて、影は歌を唄う。
それはあなたには聞こえないけど、月にはしっかり届く。
だからクリスマスには月から影へのプレゼント。
一晩だけ白い夢を見られるのさ。

2004年11月19日金曜日

送る

「苦しい」と言って影はマフラーを取ってしまった。
影がマフラーを取っても僕のマフラーは僕の首に巻かれたままだけど、影マフラーは北風に乗って飛んでいった。
マフラーが影マフラーに付いて行きたいがるのを、僕は必死で抑えた。だって僕はマフラーをひとつしか持っていないから。
次の日、マフラーは凍ったように冷たかった。
僕はマフラーをもってビルの屋上に上がった。
影マフラーと一緒になれることを願いながら、マフラーを投げた。

2004年11月18日木曜日

TWILIGHT DANCE

影は長く伸びた自分が愉快らしく、僕にいろんな格好をさせます。道端でくねくねと踊っているのは、そんなワケがあるのです。

2004年11月17日水曜日

長い長いお話

長い下り坂を歩いていました。
目の前の西日がまぶしくて後ろを向いたら、のっぽの影が輝いていました。

2004年11月15日月曜日

枯葉

積もった落ち葉の中を掻き分けて歩く。
「焼き芋な気持ち」
と影は言った。

2004年10月18日月曜日

テレビのあなた

液晶テレビを買った。
家族会議を重ねること八回、最後まで反対していた母も、そわそわしている。
「よし、これで全部繋がったはずだ」
父の言葉を合図に電源を入れると、中折れ帽をかぶった紳士が現れた。
口元に笑みをたたえ、お辞儀をした。
チャンネルを変えても、紳士は現れる。
紳士は喋らない。中折れ帽を手に取り〔さあ、どうぞ〕と言わんばかりにお辞儀をし、画面の隅に控えている。
番組が面白ければ静かに笑い、難しい話には頷き、下品な話には顔をしかめた。
気味悪がっていた家族もいつのまにか、テレビの紳士に挨拶するようになった。母などはすっかり紳士に夢中で、一日中テレビを見ている。

2004年10月15日金曜日

真夜中の思考

机の上に置かれた帽子を起こさないようにかぶると、帽子の夢が見える。
帽子の考えはオレにはわからないが、あえて言葉で表せば
「黒い大木の森の、びなよらや」とか
「地下の海の珊瑚礁が、なはもぬこに」というような
とにかく壮大で哲学的な夢だ。
ちなみにオレの帽子は近所のファッションセンターで買った730円の黒のキャップだ。
翌日、知らん顔して帽子をかぶるが、テキは何もかもお見通しなのではないかと、内心怯えている。

2004年10月14日木曜日

本末転倒?

彼の帽子には触角がついていて、かわいい女の子が近づくとピルピル震える。
「便利だなぁ、これ。ちょっと貸してよ」
「痛い目にあっても知らんよ」
帽子をかぶると、途端に巨大なピンクのマシュマロに埋まったような心地になり、息は絶え絶え、足はガクガクになった。
「なんだよ、これ!」
「やっぱりおまえには刺激が強すぎたな。これに堪えるには坊主並の修行を必要とするのだ。心を落ち着け、女の子のことは一切忘れる!」
「そこまでしたくないよ……」

2004年10月13日水曜日

交渉成立

四度に渡るニワトリとの交渉の結果、ぼくのスイミングキャップと彼のトサカを交換することになった。
はじめは泳ぐとぷやぷや揺れて違和感があったが、意外に心地よい。
タイムもあがってきたぞ、とコーチに褒められた。
ニワトリもご機嫌で毎朝元気よく鳴いている。
一件落着。

誘える風

口笛みたいな風に誘われて、わたしの帽子は飛んでいった。
笛は草の匂いで豚の匂いで、帽子はグリーン。
口笛はやがて寝息に変わり、シチューの匂いで、母乳の匂いで、帽子はアイボリーになり、わたしの頭に帰ってきた。

2004年10月11日月曜日

降り積もるのは

赤い毛糸の帽子を拾った。
真夏にふかふかの帽子が落ちているなんて、どういうことだろう。
そう思ったら、しゃがみ込んで帽子を掴んでいた。
ほっときゃいいのに、とクールな自分が非難するが、一度拾ったものを、捨てることはできない。
―そうだ。交番に持っていこう―
交番に届け物をするなんて、生まれて初めてだ。
新しい遊びを思い付いた時のように、興奮した僕は駅前の交番に急いだ。

交番ではお巡りさんが、毛糸の帽子に囲まれてふぅふぅ言っていた。
いっそ雪でも降ればいいのに。暖かい帽子には困らないぞ、とお巡りさんは毒づく。
一週間ほど前から毎日数十の毛糸の帽子が届けられるようになった。
持ち主が現れる可能性はまずない。
それはわかるだろうのに、意気揚々と届けにくる人が後を断たない。
ほら、また赤い帽子を持った若者が嬉しそうに駆け足でやってきた。

2004年10月9日土曜日

透明な理由

ガラスの帽子が届いたのは、誕生日の八日前だった。
と言っても、その帽子が本当に誕生日のプレゼントなのかどうかわからない。
箱を開けて、首を傾げ、しばし唸り、もうすぐ誕生日だということを思い出した。
だから、誕生日プレゼントだということにしておく。

帽子は緑色のガラスでできていた。
見た目ほど重くはない。
僕は帽子をかぶった。
ガラスの帽子など、聞いたこともなかったが、かぶる以外の帽子の使用方法を僕は知らない。
普段は帽子をかぶらないが、この帽子の心地はよいとすぐにわかり、気分のよくなった僕はそのまま外にでた。
「あら、素敵なお帽子ね」ベレー帽のおばあさんに声をかけられた。
野球帽の子供がゆび指して笑った。
小さな白い帽子をかぶせられた赤ん坊にじっと見つめられた。
なかなかどうして、悪くないじゃないか。
「よう!」
友達に背中を叩かれて振り向く。
「お、偶然だな。ちょっと見てくれよ、この帽子。珍しいだろう?」
「は?帽子?帽子なんかかぶっていないじゃないか」帽子をかぶっていないのは、キミだよ。

2004年10月4日月曜日

午睡

公園のベンチで帽子を目深にかぶってうたた寝ている男がいる。
真昼の日差しはどんなに帽子を深くかぶっても遮ることはできないだろう。
にもかかわらず帽子は男の呼吸に合わせて、すやすやと揺れる。
「おじさん、何してるの」
子供が近寄り尋ねる。帽子は男にかわって答える。
「おじさんはお昼寝」
「お昼寝?ぼくはもう大きくなったからお昼寝しないよ!」
「おじさんは、もうずいぶん前からおじさんだが、とても疲れている。だからお昼寝」
子供はベンチに座り、男に寄り掛かる。帽子はまたすやすやと揺れる。

先に目覚めた子供は、男の帽子を自分の頭に乗せ、男の頭を撫でると、歩き出した。
帽子は、あまりにも小さな頭に少し戸惑ったが、黙っていることにした。

2004年10月3日日曜日

さかさながれ

「何をしてるの?」
「帽子を切っている」
じゃくじゃくじゃくじゃくじゃく
「なぜ?」
「忘れそうだから」
じゃくじゃくじゃく
「何を?」
「子供の頃の出来事。この帽子はいつもかぶっていたから覚えているはず」
切り刻んだ帽子を手づかみ食べる。
「次に忘れそうになっても、もう帽子はないんだよ、いいの?」
恍惚の表情。返事はない。

2004年10月1日金曜日

おつれあい

おじいさんは、帽子をかぶる。
おじいさんは、二つ、帽子をかぶる。
おじいさんは、おばあさんの帽子をかぶる。
おじいさんは、おばあさんの帽子の上におじいさんの帽子をかぶる。
おじいさんは、おばあさんの匂いがする帽子をかぶる。
おじいさんは、おばあさんの匂いがする帽子の上におじいさんの匂いの帽子をかぶる。

象を捨てる

「ルイード、さあ行こう。」
私の言葉を合図に、象は静かに立ち上がり、歩き始めた。
大通りに出ると人々はおしゃべりをやめ、我々をさっと避けた。遠慮のない視線が突き刺さる。
我々が出れば、この街に象はいなくなる。街はそれをお望みだ。
いつから人々は象を疎むようになったのだ。象が何をしたというのだ。そんな疑問をぶつけられる相手も、もういない。
街を出て、砂漠を越えた。冷えた月明かりは私と象をひとまわり小さくさせた。河を渡り、森を見つけ、私と象はそこに留まった。豊かな森だった。象は鼻を使い薪を集め、私は象の背中に乗り果実を集めた。
いつのまにか私は白髪になり、足を痛め、象の背中から降りられなくなった。
「ルイード、出かける時がきたようだ。」
森を抜け河を渡り砂漠を越えた。やがて見えてきた街の明かりで、私の胸はいっぱいになった
「ああ。ルイード、あれが私たちの故郷だ。」
街に入ると、大歓声に包まれた。


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500文字の心臓 第42回タイトル競作投稿作

マーチ

僕の野球帽は、えらいお調子者で
僕が歩くのに合わせて頭の上で跳ねる。
ゆっくり歩けばのんびり低く跳ねる。
ダッシュで走ればせわしなく高く跳ねる。
ぽんぽん跳ね続けるから、日差しも防いでくれない。
帽子をかぶる意味がないような気がするけど
なんだか相棒みたいで、いつもかぶって出かけるんだ。

2004年9月29日水曜日

河童・ド・キャアにて(主水くんの日記より)

湯舟に入っていると麦藁帽子をかぶったおじさんが入ってきた。
受付のケンさんが「帽子は脱いで下さい」と叫びながらおじさんを追い掛けてきたけど、おじさんは構わない。
鞠子おばちゃんはすぐに近寄って「背中を流しましょうか?」と言った。
おじさんが「ついでに頭も」と言うので
「では帽子を取ってもよいかしら?」と言った。
風呂にいた人がみんな注目した。
「わしは帽子なぞかぶっておらん」
鞠子おばちゃんはやりにくそうに麦藁帽子を洗っていた。
あんなに困っている鞠子おばちゃんははじめてみた。

2004年9月26日日曜日

名人芸

ひょいと投げた帽子はブーメランのように少年の手に戻ってきた。
「何が入っていると思う?」
私は答える。
「なにも」
だって少年は帽子のツバをつまんでいるだけだもの。何かが入っていても落ちてしまうはず。
「さーてお立会い。みなさん驚いちゃいけませんよ」
みなさん、って私しかいないのに。驚くな、って私が驚かなければ少年は不機嫌になるでしょう。
少年はイタズラをしたときのような顔で私を見ながら帽子をひっくり返す。
「キャ!」
「これ、解剖して自由研究にするんだ。んじゃ」
少年は蛙を頭に載せ、帽子をひらひら振りながら去った。

2004年9月25日土曜日

フジオさんご挨拶

「こんにちは、フジオさん」
「はい、こんにちは」
喜寿をだいぶ昔に迎えたフジオさん、帽子を脱いで深々とお辞儀をする。
禿頭のフジオさん、還暦のお祝いにもらった毛糸の帽子がいたくお気に入りで一年中かぶっている。
「おはようございます、フジオさん」
「はい、おはよう」
米寿を迎えたフジオさん、相変わらず毛糸の帽子をかぶってる。毎日二十回も挨拶して、その度に禿頭を披露するものだから帽子はボロボロ。
「いらっしゃい、フジオさん」
「どうもどうも、はじめまして。おしゃかさま」
あちらに行ったフジオさんの頭に毛糸の帽子はないけれど、やっぱり深々とお辞儀をする。

2004年9月24日金曜日

二人はいつも二人

黒い帽子をかぶっている透明人間、名前はブラック、
赤い帽子をかぶっている透明人間、名前はレッド。
二人は双子。
ブラックが赤い帽子を冠ればレッド、
レッドが黒い帽子を冠ればブラック。
名前なんて、そんなもの。

2004年9月23日木曜日

甘酸っぱい妄想

帽子が似合いそうだな、とまだ青いみかんを食べながら思った。

2004年9月22日水曜日

墓参り

急に思い立ち、夜中に墓地へ出掛けたら、あちこちの墓石の上に帽子が載っていた。なんだか墓石がかわいく見えた。
我が家の墓には帽子がなかったので、翌日、祖父が愛用していたハンチングを持って行ったら、墓の中に吸い込まれた。
これでウチの墓石もチャーミングになるわ、と満足した。

2004年9月21日火曜日

野球帽育ち

あれは小学一年の時だった。
俺は歩道の真ん中で五つの大きな球根が並んでいるのを見つけた。
その光景はとても不自然だったが、拾わないのはもっと不自然な気がして、かぶっていた野球帽に入れて持ち帰ることにした。
家に帰る間に球根からは芽が出、根が伸び、茎が伸び、つぼみが膨らみ、「ただいま」を言うと花が咲いた。チューリップだった。
今も野球帽は部屋の明るい場所に置いてある。
あれから二十年経つが、チューリップの花はそのままだ。

2004年9月19日日曜日

やっぱりマジシャンだった

私はシルクハットをテレビの中でマジシャンが持っているのしか見たことがなかった。
たぶんそれは私だけではないと思う。
 シルクハットを被った人を見たのは、学校からの帰りだった。
シルクハット氏はジーンズにTシャツという、恐ろしくシルクハットの似合わない格好で、シルクハットをかぶっていた。
私はちょっと身構えた。相当、いや、絶対に、変わり者に違いない。声など掛けられたくない。
私はシルクハット氏の視界に入らないように、氏の真後ろを静かに歩いた。
気付かれないようにするのに夢中になりすぎて、いつのまにか家を通り越していた。
「ねえ?きみ、いつまでぼくの後をつけるつもり?」くるりと振り返ったシルクハット氏は思いの外、若かった。
全く想像していなかったことに、とてもカッコよかった。
私の胸はキュンとなった。
シルクハットは消えた。

2004年9月18日土曜日

帽子をかぶった猫の話

向こうから黒猫のエスターがやってきて茶トラのゲイリーは声を掛けた。
『やあ、エスター。きみの頭に乗っている赤い物はなんだ?』
『こんにちは、ゲイリー。これ?拾ったの。温かくてとてもいいよ』
『ぼくも欲しい!どこで拾ったのか教えてよ』
ゲイリーはエスターに聞いた場所までやってきた。
大きい人間と小さな人間がベンチに座っている。
『あれだ』
ゲイリーは思った。
大きい人間はしきりに手を動かしている。
その中には色は違うがエスターの頭の物と同じようなふかふかしたものがあった。
「あ!ねこだ」
小さな人間がこちらに気付いた。
ゲイリーは少し迷ったが、近づくことにした。
「ママ、それ、このねこの帽子にしようよ」
「また?きのうもねこにあげちゃったじゃない。これはあなたの帽子なのよ」
「また作ればいいんだよ」かくしてゲイリーは毛糸の帽子を手に入れた。
明くる日、ゲイリーはギルバートと出会った。
『やあ!ゲイリー。なんだい?その頭に乗っている青いものは』

2004年9月16日木曜日

帽子たちの行方

祖母は二十四時間帽子を被っていた。
朝起きるとすぐに、たくさんの帽子の中からひとつを選び、頭に載せる。
風呂に入る時は気分に合わせたシャワーキャップを、寝る時は寝巻に合わせたナイトキャップを。
いつだか夜中に、ずり落ちそうになったナイトキャップをイビキをかきながらしっかり直すのを見た時には、驚きを通り越して呆れたものだ。
そんな祖母が死ぬと後には大量の帽子が残った。
本当に膨大な数で、どのように処分してよいか、途方に暮れた。
 ある日「帽子商」と名乗る男が訪ねて来て、祖母の帽子を引き取りたいと言ってきた。
「おばあさまの意志を尊重し、一番相応しい人に帽子を受け継いで頂くのです」
暗い感じの男で、信用したわけではなかったが、困っていたので、了承した。
 以来、毎日帽子の写真のついたカードが届く。
祖母とよく似た筆跡で帽子の由来や思い出、新しい持ち主の紹介が書かれている。
祖母の帽子は軽く千を越えていた。
あと三年は毎日カードが届くのだろう。

2004年9月15日水曜日

画学生のいた日

ベレー帽を被った髪の長い女の人が公園に来るようになったのはいつのことだっただろうか。
その人はサッカーをしている僕たちのすぐ傍にしゃがみこんでスケッチをしていた。
遊んでる僕たちとその人とは、とても近いのに違う時間の中にいるようだった。
僕はスケッチをしている人もベレー帽を被っている人も見たことがなかったから、その女の人が特別なのか、ベレー帽を被りスケッチする人が皆そんなふうなのか、わからなかった。
母さんにその人の話をすると「きっと画学生ね。あんたたち、からかったり邪魔してないでしょうね」と睨まれた。
ガガクセイ。初めて聞く言葉だった。
 僕は中学生になり、公園でサッカーはしなくなった。ベレー帽を被った女の人も見掛けることはなくなった。
時々、夜中の公園に一人で行き、彼女がスケッチしていた場所に座ってみる。
何が残っているわけではないけれど。

2004年9月13日月曜日

チロリアンハット

少年は静かに弓を降ろした。
「うまいもんだね」
私はヴァイオリンケースに硬貨を投げ入れながら言った。
「ありがとう」
「その帽子もいいね。年季が入っている」
少年はボロボロのチロリアンハットを被っている。
「これはヴァイオリンよりも大切なんだ」
「どうして?」
「これがないと、上手く弾けない」
「帽子がないとダメだなんて、インチキだろう。さっきのコインは返してもらうよ」
「待ってよ、おじさん。帽子が特別なわけじゃないんだ」
私は疑り深い。あんなに汚れた帽子には、なにかがあるはずだ。
「そうか・・・じゃあ、私にもヴァイオリンの心得がある」
私は少年から帽子と楽器を奪いとった。
しかし、ヴァイオリンから出てきた音色は大したことはなかった。うまくもなく、へたでもない、私のいつものヴァイオリン。冴えないヴァイオリン。どこの楽団からもお呼びがかからない、私のヴァイオリン。
「ほらね」
少年はヴァイオリンだけを私から取り返し、一節弾いてみせた。
先と変わらないすばらしい音色が響く。
「帽子はね、お守りみたいなものだよ。じいちゃんも、とうちゃんも、これを頭に乗っけて稼いだ」
少年はチロリアンハットを私の手からもぎ取り、ヴァイオリンをケースにしまうと、走って行った。

回れ右

バス停に着くと既にひとりおじいさんが並んでいた。
おじいさんは、麻のシャツを着て、パナマ帽を被り、ビシッとまっすぐ立っていた。まさに直立不動。
なんとなくおじいさんの意識をこちらに向けたくなかったので
僕はなるべく静かにさりげなく、その後に並んだ。
早くバスが来てくれないかしらん。
「やあ!」
突然、声が響いた。かわいらしくて元気な声。
でも、ここにはおじいさんと僕しかいない。
なのに、おじいさんは相変わらずビシッと立っていて驚く様子はない。
「やあ!今日も暑いよねー」
また声がした。やっぱり子供のような高い声。
おじいさんはそっと帽子を脱いだ。
白髪頭の上には白髪と同じ色をした小さなぬいぐるみが載っていた。
ぬいぐるみはぴくぴくと体を震わせながら言った。
「ねえねえ、どこ行くの?あ、バット持ってるんだ!野球?いいなー」
おじいさんは「回れ右」をして僕に言った。
「まっすぐ立っていないとコレが落ちるのでね」

2004年9月10日金曜日

「これ、やるよ。もういらないから」
ポケットから出てきたのはすみれ色の鼻だった。
「いらないよ。持ってるもん」
ポケットから黄色い鼻を出して見せる。
「そっか…」
なんだか腑に落ちない顔をしている。
「持ってればいいじゃん。今はちょっとじゃまっけかもしれないけどさ。捨てることないよ」
そうだ、それは一度捨てたらそれきりなのだ。
「いつかまた、大切になるのかな…」
「うん。ほら、鼻水垂れてるよ。早くしまいな」
すみれ色の鼻はグッとポケットに押し込まれた。

2004年9月9日木曜日

ポトポトポケット

おばあさんがポトポト落とした淋しさを拾ってポケットに入れる。
僕は少し淋しくなったので、おばあさんに話し掛けた。
おねえさんがポトポト落とした恋しさを拾ってポケットに入れる。
僕は少し恋しくなったので、おねえさんに話し掛けた。
あかちゃんがポトポト落とした怖さを拾ってポケットに入れる。
僕は少し怖くなったので、あかちゃんに話し掛けた。
おじいさんがポトポト落とした退屈を拾ってポケットに入れる。
僕は少し退屈したので、おじいさんに話し掛けた。
おじさんがポトポト落とした憂愁を拾ってポケットに入れようとしたけど
少し考えてやめにした。

2004年9月7日火曜日

服装は主張する

ポケットがうるさい。勉強しろだの、うがいをしろだの、ネクタイが曲がっているだの、スカートが短いだの、化粧が濃いだの。
制服のブレザーの左ポケットはせわしなくパクパク動きながら小言を言う。
中学に入った途端、始まった。
ステキな制服を着るんだ、と張り切って受験して入った学校。
でもママはずーと、「制服のない学校にしたら?うるさいよ、制服は」と言い続けていた。
ステキな制服を着ることがなにより大事だと思ってたから、ママの説得は聞かなかった。
でも、ちゃんと聞いておけばよかったみたい。本当うるさいよ、制服は……。

2004年9月6日月曜日

運の尽き

ぼくのズボンのポケットはいつもパンパンに膨れていて、しょっちゅう人に「一体なにが入っているんだ?」と聞かれるけれど
何が入っているのか、実はさっぱりわからない。
丸めたハンカチや鼻水のついたちり紙が入っているわけではない。ポケットは本当にカラなのだ。
 昨日、ポケットが全然膨れていないことに気付いた。
ぼくは気分がよかった。いい大人がズボンの両ポケットを膨らませて歩くなんて、だらしがないことこの上ないもの。
ぼくは堂々と歩いた。
そして、石につまずいた。自転車にぶつかった。切符を無くした。痴漢に間違えられた。
ぼくのポケットには一体何が入っていたんだろう。

2004年9月5日日曜日

注意書き

『お買い上げ誠にありがとうございます。お買い上げいただきました商品には多数のポケットがついており、稀にオバケが住み着いていることがありますが、オバケは人体に無害で、品質にも問題ありませんので安心してお使い下さい。なお、オバケがいない、というお問い合わせにはお答えできかねます。ご了承ください。猫印鞄』

2004年9月4日土曜日

すいむ

ズボンのポケットに手をいれ、中を指でいじりながら、銀座の街を歩いていた。これは私の癖で、どのズボンも、ポケットの内側がほつれている。
「あ」
指が布を突き破った。薄くなったところに穴が空いたのだ。奇妙な感触が足を伝う。
「やだ、あの人おもらししてる」
ポケットに空いた穴から水が流れ落ちているのだ。見る見るうちに私の足元に水溜まりができた。
「これはおもらしではありません!」
思わず叫んだが、ますます周囲の人は避けていく。
「おっさん、長いションベンだな」
若者にからかわれたとおり、ポケットから流れ出る水の勢いは止まらない。
だれが呼んだのか、パトカーと救急車と消防車がやってきた。水は私の足首まで溜まり、近くの宝石店の中にまで流れ込んでいる。
「おい、すぐに来てくれ」
私は携帯で妻を呼び出した。妻が来るまでの四十分間で水は膝下まで溜まった。
いつの間にか、周りには誰もいなくなっている。高い場所に避難したのだろう。
 妻は頭に裁縫箱を載せ、水着姿でやってきた。
「だから、糸と針を持ち歩いて、って言っているのに」
妻の不機嫌な声に返事をすることもできない。水で重たくなったズボンを苦労して脱ぎ、妻に渡す。
妻は未だ溢れ出す水を被ってびしょ濡れになりながらポケットの穴を繕った。水は跡形もなく引いた。

2004年9月2日木曜日

なにを入れる?どこに入れる?

「青いポケットにはさくらんぼ、黄色いポケットにはハッカ飴、赤いポケットには消しゴム、緑のポケットにはひまわりの種よ、まちがえないでね」
ぼくはまず八百屋に行ってさくらんぼを買い、青いポケットにしまった。
つぎに駄菓子屋に行きハッカ飴を一つ買うと、緑のポケットに入れた。
駄菓子屋のとなりが花屋だったのでひまわりの種を貰い、黄色いのポケットに入れる。
文房具屋は少し遠かった。なんとか文房具屋に着き、消しゴムを買うと、店のおばさんに「間違いはないんだね?」と聞かれてうなずき、赤いポケットに入れる。
「あれほど注意したのに違ってる。黄色いポケットにはさくらんぼ、赤いポケットにはハッカ飴、緑のポケットには消しゴム、青いポケットにはひまわりの種、だよ」

2004年9月1日水曜日

ポケット屋へようこそ

いらっしゃいまし。
どんなポケットがお望みで?
ええ、こちらのズボンは何の変哲もないように見えますが
このポケットは、「いれこ」になっておりまして。
マトリョーシカ、ええ、さようでございますね。
こちらでございますか?貴方はお目が高こうございますね。この帽子、非常に人気がありまして。
このようにてっぺんにポケットがついております。傘を入れておくと便利だと評判でございます。
こちらはいかがでしょう。
寝袋でございますが、びっしりポケットがついています。
ほら、内側にも。寝袋はヒトが入るポケットでございますから当店でも仕入れに力を入れております。
 あちらの部屋には、珍しいポケットが展示してございます。
あらゆる有袋類のポケットはもちろん、世界一大きなポケット、ポケットの化石、穴が開いているのに中の物が落ちないポケットなどをご覧になれます。
ええ、お金は頂戴いたしません。ごゆっくりどうぞ。
 お気を付けて…目には見えない時空のポケットが落ちていますから……

魔法

『隣家の主婦、口笛で火事を消し止める』
あなたはとんでもないと思うでしょうけど、その時の私にはなんでもないことだったのよ。

********************
500文字の心臓 第41回タイトル競作投稿作

2004年8月31日火曜日

ご満悦ションヴォリ氏

「今日も暑いなあ、モンドくん」
「暑いですねぇ、博士」
レオナルド・ションヴォリ氏と主水くんは暑さを持て余していた。
「バナナミルクが飲みたい」
「またですか、博士。22分17秒前に飲んだばかりですのに」
「バナナミルクが飲みたい」
「わかりました」
主水くんは仕方なくキッチンに向かい、12分36秒戻らなかった。
「ほーい、モンドくん。バナナミルクはまだかね!」
「はいはい、ただいま」
主水くんは、大量のバナナミルクが入った瓶と長い長いストローを持ってきた。
「はい、博士。おまたせしました」
長いストローを挿した瓶はションヴォリ氏のスボンのポケットに入れられた。
黄色いスボンは瓶の重みでビヨンとだらしなく伸びてしまったがションヴォリ氏は気にしない。
「どうでしょう?博士」
「大変結構」
ションヴォリ氏は長い長いストローをくわえて、チュウゥとバナナミルクをすすった。

2004年8月29日日曜日

Dancer In The Pocket

「八ヶ月ぶりになるかな、元気だった?」
ぼくはオーバーのポケットにそっと左手を入れて呼び掛けた。
舞姫の動きは、まだ眠たいのか、けだるそうだ。
その動きはぼくの手に優しく伝わる。
ぼくはこの舞姫を見たことがない。
ぼくの手の周りを時に激しく、時にゆったり舞う。
ぼくは何度も掴もうと試みたが、小さな小さな舞姫は見透かしたように指の間を擦り抜けてしまう。
 手に感じる動きで舞姫が目覚めてきたのがわかる。
はらりひらり、と舞姫の衣の裾がぼくの指を掠めていく。薬指、人差し指、小指……。
だんだんと左手が熱を帯びてきた。
 今年も悩ましい冬がやってくる。

2004年8月28日土曜日

気合いを入れろ

ぼくのポケットにはナイフが忍ばせてある。
刃はむきだしのままだ。
緊張したとき、頑張らなくてはいけないとき、ぼくはポケットの中のナイフをぐっと握りしめる。
手に汗握る代わりに刃を握る。
「さあ、行くぞ。大丈夫、きっとうまくやれるさ…」
ぼくは一歩踏み出した。青信号の横断歩道。
渡り終わるまでナイフは握ったままだ。
でも手を怪我することはない。
ただ掌に錆が付くだけ。

2004年8月26日木曜日

受胎命令

妻が編んだセーターは焦げ茶色の毛糸で丁寧に編まれ、申し分なかったが、なぜか腹に大きなポケットが付いていた。
「なんだい、これは?まるでカンガルーじゃないか。せっかくだけど着られないよ」
「気に入らなかった?でも無理にでも着てもらわなくちゃいけないのよ」
 私たちは深い夜を過ごした。珍しく妻からの要望で。
受精に初めて成功した。
胎児はあなたが育ててね、と妻は言った。
「はい、このセーターで大丈夫に育ててね」
「タツノオトシゴじゃあるまいし」
私の嘆きをよそに、妻は幸せそうだ。

2004年8月25日水曜日

ポケットアート

「いいものを見せてあげるよ」
とあなたが言う。
「あら、何かしら」
とわたしは聞く。
「世界の名画」
とあなたは言う。
「ミュージアムに行くお金なんてないでしょう」
とわたしが笑う。
「ゴーギャン」
あなたはズボンのポケットから絵を引っ張り出して広げる。
「まあ!」
「セザンヌ」
あなたはズボンのポケットから絵を引っ張り出して広げる。
「まあ!」
「次は誰の作品が見たい?」
とあなたが尋ねる。
「ピカソ」
とわたしが答える。
「あーダメダメ。今日はポールとしか契約していないんだ」
とあなたが言う。
「クレー」
とわたしが言う。
「パウル・クレー……オッケー、問題ない」
あなたはズボンのポケットから絵を引っ張り出して広げる。

2004年8月23日月曜日

シニザマ

「お昼にしましょう!」
先生の掛け声を聞くや否や、各々好きな場所でお弁当を広げはじめる。
わたしもちょっと大きな石に座り場所を見つけてリュックを降ろした。
あれ?
リュックの左脇にある小さなポケットが膨らんでいる。
ここにはちり紙しか入れていないはずなのに。
「あ゛~窮屈であった!」
「誰?いつからここにいるの?」
「見ればわかるだろう、鬼だ」
「でも、小さい…」
「鬼にもいろいろいるのだ。人間もそうであるように。」
鬼は死に場所を探しに来たのだ、と言った。
鬼は若く見えた。角は立派だし、赤い肌はスベスベだ。それでも寿命なのだという。
運んでいただき有り難う存じます、と最後に深々と頭を下げ歩きはじめた。
鬼は、学級委員の田口くんに踏まれて死んだ。
わたしは絶叫した。でも、声にならなかった。

2004年8月21日土曜日

朝の光景

駅前に着くとあちらこちらでサラリーマンのスーツのポケットからサラリーマンが出てくる。
「お世話になりまして、どうも」
「いえいえ、明日はこちらがお願いします」
ポケットに入っていたサラリーマンとポケットにサラリーマンを入れていたサラリーマンが
あちらこちらで深々とお辞儀をしあっている。
僕も早くサラリーマンとやらになりたいものだ、と学生服の襟を緩めながら思う。

2004年8月20日金曜日

かっぽう着

それはジュンの家から帰る途中だった。
少し遅くなって、早足で家へ向かっていた。
突然、足がすくみ、一歩も動けなくなった。
夕暮れをすぎた町は、なにもかもが違って見えた。
車の音も、遠くで鳴っている踏切の音も、作り物みたいに聞こえた。
家で待っているのは、ぼくの知っているお母さんではないのではないか。
ココハボクノシラナイマチダ
そう思ったら、動けなくなった。
一体どれくらい立ち尽くしていたのだろう。
何の前触れもなく真っ白なかっぽう着を着たおばさんが現れた。
「おやまあ」
ぼくは逃げ出したかった。
誰にも話し掛けられたくなかった。
おばさんはかっぽう着のポケットからみどり色のビー玉を出した。
「これをあげるから早く帰んなさい」
ビー玉を渡されたぼくは、弾けたように走り出した。

2004年8月18日水曜日

敵わないよ

きみが時々ぼくのパジャマのズボンのポケットに入って悪戯をするから、ぼくもポケットに入る練習をこっそりしているんだ。いつか仕返ししてやるぞ。
でも本当は。
いくら練習したってポケットに入るなんて芸当はとてもできそうにない。
軽々とやってのけるきみに惚れ直しちゃうんだよなあ。

2004年8月16日月曜日

女王蟻

「えーん」
「どうしたんだい?」
泣いている子供、三歳くらいだろうか。辺りにこの子の親らしき人はおろか、僕と子供以外は誰もいない。
仕方なく声をかけたが、うわずってしまった。子供と話すのには慣れていないのだ。
子供はパッと顔を上げ、言った。
「おなかすいた」
黒い瞳をまっすぐ向けたその顔は妙に大人びて、ますます焦る。
僕は嫌な汗が流れるのを感じながら、ポケットを探る。食べる物など入っていないのに。
しかし、手は飴玉を掴む。ないはずのものの出現に混乱しながも子供に差し出した。
「これしかないけど食べる?」
「ありがと」
ニヤリと笑って飴玉を口にほうり込み駆けていった。

2004年8月14日土曜日

そんなことってあるのかね

アイツがいつもポケットに手を入れて歩くのは、ポケットの中に落っこちないようにフタをしているからだってさ。

2004年8月13日金曜日

父ちゃんと遊ぼう!

ケンのズボンはビックリ箱だ、と彼のお母さんのアキコさんは思う。
もうじき七歳になるケンくんは毎日ズボンのポケットにおみやげを入れて帰る。
それを翌朝洗濯するアキコさんは、いつも驚きっぱなしだ。
きのうはトカゲの死骸、おとといはセミの抜け殻。
干からびた犬のフンや、果肉のついたままの銀杏が入っていたときには閉口したものだ。
「さぁて、今日は何かな~」
アキコさんはケンくんの半ズボンのポケットを探る。
「あら!」
アキコさんはケンくんを呼んだ。
「これ、どうしたの?」
「きのういっしょにあそんだ子にもらった。オレの名札もあげたんだ。ゆうじょうのしるし、だって」
アキコさんは夫の名前の書かれた名札を持ったまま押し入れをさぐった。
夫のタカシさんの子供のころの品物が入った段ボール箱を引っ張り出す。
「あった、あった。ケン!見てごらん!ほら、ケンの名札だよ」
ケンくんは目を白黒させるばかり。

2004年8月12日木曜日

おかえりなさい

玄関の鍵を取り出そうと、俺はポケットに手を突っ込んだ。
鍵を差し込む。
入らない。
もう一度差し込むがやっぱりダメだ。
俺はあまり意識せず、再びポケットに手をやり驚いた。
もうひとつ現れた鍵。一つ目とそっくりで、もちろん見慣れた我が家の鍵だ。
その鍵を鍵穴に入れる。
またダメ。
今度は意識してポケットに手を入れた。
三度現れる鍵。しかし、ドアは開かない。
結局、そんなことを繰り返し、十八個目の鍵でようやく家に入ることができた。
十八の鍵をテーブルに無造作に置き、一服していてハタと気付いた。
一体俺はどの鍵を使ってドアを開けたんだ……。

2004年8月10日火曜日

ゆらゆら

ぼくはタンスの中をひっくりかえして思案した。
ポケットの中に入るなんて、なかなかできることではない。
慎重に選ばなければ。
ズボンにはみな、四つや五つのポケットがついているし、シャツにも胸ポケットがついているものがある。
全部の服のポケットを勘定すると、三十四あった。
その中からひとつを選ばなければならない。
しかしポケットに入るには、ぼくは少し大きくなりすぎていやしないだろうか。
弟のほうがよさそうだ。
そんな心配をしている暇はない。早く決めよう。
ブルーのシャツか、新しいズボンか……。

2004年8月9日月曜日

恋人たちは

前を歩いていた恋人同士がポケットに入っていった。
無論、この道にポケットなどない。
しかし、それは「ポケットに入っていった」としか言いようがなく、また、それが一番ふさわしい表現だと確信できる。

ぼくはポケットに入った二人の行く末を想像し、すこし笑った。

2004年8月8日日曜日

警告

「一番小さいポケットは開けてはいけません」祖母が贈ってくれた鞄についていた手紙には、そう記されていた。ぼくは鞄をためつ、すがめつ眺める。
「一番小さなポケット……あぁ。これ、か?」
それは鞄の脇についていた。飴玉ひとつ入りそうにない大きさで、その上開けられないように縫い付けられている。これをポケットと呼んでいいものかと思い、笑う。
鞄は通学用に使うことにした。
 使い始めて三年が経ったある日、ポケットを縫い付けていた糸が取れかかっていることに気付いた。何気なく指を突っ込んだぼくは、激痛に悲鳴を上げた。

2004年8月6日金曜日

不思議を不思議と思わない不思議

ずんぐりむっくりで、あるところは茶色く、またある部分は緑色の掃部くんはレオナルド・ションヴォリ氏のおともだち。
耳はダランと垂れ下がり、鼻はもわもわでまんまるい。
太く長いしっぽを引きずって歩く姿はションヴォリ氏の笑いを誘う。
体のあちこちについている十二個のポケットには、いつもチョコレートやキャンディーやビスケットでいっぱいだ。
どうしてポケットが十二あって、チョコレートやキャンディーやビスケットが入っているのか、だれも知らないし、掃部くんもわからない。
でも掃部くんはそれをちっとも不思議に思っていないから不思議だ。

2004年8月5日木曜日

相続

祖父が死んだので着物を整理をする。
こういうのはあまり時間をおかずにサッサと済ませるのがいい。
夏物の入った引き出しを開けると真っ先に甚兵衛が出てきた。
そういえば、夏になるとよく着ていたっけ……。
「ベェーベェー」
甚兵衛が鳴いた。
左前についたポケットからピンクのヤギがひょっこり出てきた。
鳴いていたのは甚兵衛ではなくこのヤギだったか。
ピンクでチビのクセになかなか立派な角をしている。
「ベェーベェー」
私は迷うことなくピンクのヤギを自分のジーンズのポケットに押し込んだ。

2004年8月3日火曜日

まぼろしのうた

たぶんこれはママが若い時に着ていたコートだ。
クローゼットの奥で見付けた深い緑色のコート。
よく見ると少しくたびれているけどレトロな感じが気に入って、貰うことにした。
さっそく次の日着て出掛けた。
とても寒かったから思わずポケットに手を入れようとしたら
左のポケットの口が縫い付けてあった。
なんでかなァと思いながら見ると、糸がかなりゆるんでいたからエイッと引きちぎっちゃった。
「せっせっせーのよいよいよい」
ポケットが歌いだした!
しかもへたっぴ!
 えらいもの、もらっちゃったなあ。

2004年8月2日月曜日

白いワンピースのご婦人でした

「恐れ入りますが、あなたのポケットに入ってもかまいませんか?」
「結構ですよ。どちらになさいますか?」
「では……右の胸のポケットでお願いします」
「よろしゅうございます。あまり動かないでくださいませね。こそばゆいですから」

2004年8月1日日曜日

喫茶店にて

斜め前のテーブルでアイスコーヒーを飲むビジネスマンのYシャツの胸ポケットから一つ目小僧の小人がこちらを伺っている。
小さくアカンべーをして見せると小僧もアカンべーを返した。
目をくるくる回すと、やっぱり真似をした。
最後にウィンクをしたら小僧は混乱し癇癪を起こした。
オレは笑いを堪えすぎて涙が出たよ。
すると、それまで黙々と手帳に書き物をしていたビジネスマンがキッと顔をあげ、最高の笑顔でウィンクをした。

2004年7月31日土曜日

まだまだ

お隣のおヨネばあさんたら夏は涼しそうな顔してるし、冬はぬくぬくそうな顔してるし。
でも家にエアコンなんかないんだよ。
「ねえ、ヨネちゃん」
「なあに?まゆちゃん」
年の差八十の会話。
「ヨネちゃんさ、なんで涼しそうな顔してるの?今日は三十八度もあるんだよ。なんかヒミツがあるんでしょ」
おヨネさんは声にならないこえでヒッヒッと笑い着物を脱いだ。
しなびたおっぱいよりすごいものが出てきた。背中についたポケット。
「ここにひゃっこい水が入ってるんだ」
「いいなー、まゆも欲しい!」
「八十年早い!!」

2004年7月29日木曜日

台風が来たので

台風が近付いていたあの晩、ぼくは七歳だった。
雨がガラス窓に打ち付けられる様子にぼくは震えた。
ぼくは布団から這い出て大きなポケットのついたズボンを履き、ベランダに出た。
風雨はまたたくまに全身ずぶぬれにした。
窓に強くぶつかり、すでに事切れている者もいくつかあった。
ぼくは雨にまざって時折落ちてくるそれをすぐに見分けられるようになった。
落ちてくるそれを握り潰さないように掴み、ズボンのポケットに入れていく。
助けてもタカが知れているのはわかっていた。
でも見殺しにはできなかった、七歳の夏の夜。

2004年7月28日水曜日

ソフトクリーム

「あの、落としましたよ」
「これはこれは。ご親切にありがとう」
ぼくがおじさんの背広のポケットから落ちたものを拾って渡すと、おじさんはとてもうれしそうに笑った。
「変だと思うかい?坊や。こんなおじさんが人形をポッケに入れて歩くなんて」
ぼくはうなずく。
おじさんがポケットから落としたのは赤茶色の毛糸を三つ編みにした、綿入れのお人形だった。
「お礼にごちそうしよう」
おじさんはソフトクリームを三つ買ってひとつをぼくにくれた。
そしてひとつをお人形が入っているポケットに突っ込み、最後のひとつを自分で舐めた。

2004年7月27日火曜日

朝の日課

ぼくのポケットにネコが出没するようになって十日になる。
初めて出たのはいつも使っているカバンのポケットだった。
朝起きると、部屋の中でネコの声がするので、捜し回ったところカバンのポケットに入っていたのだった。
翌日はジーンズの左前のポケット、その次の日はジャンパーの右のポケットから出てきた。
現れるときも唐突だが消えるのも唐突で
ミルクを飲んでいる最中や撫でている途中にフッと消えてしまう。
ぼくはこのネコをポケと呼ぶようになった。毎朝、家中のあらゆるポケットをチェックするのがぼくの新しい日課だ。

2004年7月26日月曜日

地図

新しいジーンズを履いたらお尻の右側がもぞもぞと動く。おまけになんだか湿っぽい。
慌てて脱ごうとしたが、新品のジーンズは硬くてきつい。
やっとのことで脱ぐと、右後のポケットから小さな雨雲が出てきた。
雲はすこしずつ大きくなっているようだった。
「そうだ、おまえに仕事をやろう」
私は世界地図を持ってくると水不足の地域に赤鉛筆で印を付け、クルクルと丸めて雲に突き刺した。
「ここに行って雨を降らせておくれ」
しかしその瞬間、雲は霧になって消滅した。丸まった地図が床に落ちた。

2004年7月25日日曜日

チョコレート

最寄り駅に着いたぼくは定期券を出そうと背広の内ポケットに手をやり、ぎょっとした。
恐る恐る見ると手には溶けたチョコレートがべったりついていた。
「あ、おいしそう」とそばにいた高校生の女の子が近付いてきて、ペロペロとぼくの手を舐めはじめた。
ぼくはそのまま女の子に手を舐められながら電車に乗ったが、まわりの人はみな知らんぷりをしていた。
ようやくチョコレートを舐めおわった女の子が「ごちそうさまでした」と丁寧に言うので
思わず「おそまつさまでした」と言ってしまった。
車内にホッとした空気がながれた。

2004年7月23日金曜日

追跡

男の子の影が一人で歩いているので付いていくことにする。
年は8つくらいだろうか、と推測する。しかし顔がまったくわからないので、まったくの見当違いもありうる。
陰に入った時に見失わないように気をつけながら追い掛ける。
 男の子の影はビジネス街に向かっているようだ。
急いでいるらしく、段々と早足になり、ついに駆け出した。わたしも走る。
そしてついに大きなビル群の陰に入ってしまった。
私は陰の終わりで一時間待った。滅多に吸わない煙草をふかして待ったが、とうとう男の子の影は出てこなかった。

2004年7月21日水曜日

泣く女

 26歳、男、独身。
服装は黒。黒いスーツに黒いサングラス、黒い帽子。
見るからに怪しい彼は探偵である。ただし、影専門の、である。
行方不明の影を探したり、不審な影を追い掛けるのが主な仕事だ。
黒い服装なのは彼自身が影になるためで、つまり仕事中の彼には影がない。
 彼は今、若い女性からの依頼で犬の影を追い掛けている。
依頼が来たとき、これはチト厄介だ、と探偵は思った。
飼い主である彼女の影もないのだ。女はそれに気づいていない。
 犬の影はすぐに見つかった。女はどうしたと問い詰めても犬は答えない。



+++++++++++++++++++++++++
2005.5 犬祭2(sleepdogさん主催)に参加

2004年7月19日月曜日

天使の影

 天使の影を踏んでしまった。
 ずいぶん年老いた天使のようだった。アスファルトに映った黒い翼はボサボサだったし、しわがれ声で「痛い……」と言うのが聞こえた気がする。
 天使の影を踏むとどうなるかなんて、ぼくは知らない。なにか災いが起こるかもしれないと思って、図書館にも行ったし、町の物知りにも訊ねた。
 でも何もわからなかった。つまり、それは何も起こらないということを意味するんだ、たぶん。ぼくは安心してベッドに潜った。
 翌朝、ぼくの影には翼が生えていた。
悪くない災いだ。

2004年7月18日日曜日

Shadow's number

旅人は影を数える。
旅人は出会った人の影をノートに書き残した。
酒場で出会った無口な男の影はおしゃべりだったし、口の悪い雑貨屋の女主人の影は平心低頭だった。
100歳を超える人々の影は決まって緑色だったし、金持ちの影は薄かった。
鷹と同じくらい、子供は自分の影のことをよく知っていた。
分厚いと思っていた旅人のノートは、もう残り四頁しかない。
ずいぶんたくさんの影に出会ったものだ、と旅人は思う。
しかし旅は終わらない。
次は星を数えよう。それが済んだら石ころを数えよう。

2004年7月17日土曜日

影地蔵

ふと見つけた路地に入っていった。
ここに暮らして八年経つが、こんなところに道があるとは、まったく気づかなかった。
道の両側は家の外壁が迫っており、狭い道をますます狭く感じさせる。
夕食の支度をしているのだろう、焼き魚の匂いがした。
しばらく進むと少し開けた場所に出た。
地蔵が立っている。
私は足がすくんだ。長い時間、目を逸らすことができなかった。
これといった特徴もない、どこにでもあるようなお地蔵さんだ。
私は「これが欲しい」と思ったのだった。
強く激しい衝動だった。
少し考えて、私は地蔵の影をいただくことにした。
やはり地蔵を家に持ち帰るわけにはいかない。
地蔵を担いで歩いたら人目につくし、重いし、おそらく犯罪になる。
暮れかかった影は長く伸びているが、それでも構わない。
地蔵の影の頭からゆっくり慎重にめくりはじめた。
慌てて破くと大事だが、急がなければ日が暮れてしまう。
端が剥がれると、あとは早かった。
剥がした地蔵の影を丸めて持ち、家路を急ぐ。
持ち帰った地蔵の影は、部屋で一番広い壁に張り付けた。
あつらえたように、ぴったりと収まった。
私は満足し、地蔵の影を肴に酒を飲み、布団に入った。

2004年7月16日金曜日

介錯

 夢の中でぼくは、ぼくの影だった。
影になったぼくは、ぼくと光を注意深く観察し、姿を変えることに撤した。
影になったぼくは、ぼくの媚びた仕草、みっともない動作、無駄な足踏み、いやらしい手つきに心底あきれ、蔑んだ。
そして、それをすべて写し取らなくてはならない己を激しく嫌悪した。
 目が覚めた時、ぼくはまっさきに自分の影に目をやった。
起き上がると鋏をつかみ、絨毯に映る影を切り取った。
「今、ラクにしてあげるよ」
身体中から、血が吹き出るのも構わずに。

2004年7月15日木曜日

なまけもの

山田さんとは仕事の関係で知り合った。
「山田、と申します……」
差し出された名刺、添えられた手、お辞儀の角度で彼の人柄はすぐにわかった。
それに気付いたのは見送りのエレベーターだった。生真面目な彼はこちらに向いたまま後ずさりでエレベーターに乗り込んだ。エレベーターの鏡には真っ黒なシルエットしか映っていなかった。「
山田さん!」
私は閉じかけた扉を無理矢理開け乗り込んだ。
「ご心配なく。これは私の影です。地面を歩くのも光の角度で伸び縮みするのも面倒だと言って、等身大の私の姿で背中に張りついておるのです」

2004年7月13日火曜日

影工場

影工場は大忙し。
今日は曇りですから、影を修繕する絶好の日和りです。
回収係は、汚れた影を見つけてペロンと剥がします。
工場に持ち込まれた影は洗浄の後、粉砕、加熱されます。
やわらかくなった「影の素」はテニスボール大に丸められ、炭の粉をまぶして仕上げます。
配給係ができあがった影の玉を持ち主にぶつけると…きれいな影があらわれました。ほら、影もうれしそうでしょう?
この間、約九秒。
曇りの日なら、九秒くらい影がなくても目立ちやしません。
影工場がどこにあるか、それはもちろん秘密です。

2004年7月12日月曜日

自転車に乗れるよ

五歳になったユウは自転車に乗る練習を始めた。
「よう、ユウ。どれ、練習手伝ってやろうか」
「ううん、もうひとりで乗れるよ!見てて!」
ユウは不安定ながら、確かにひとりで乗れるようになっていた。
まもなくスイスイ走り回れるようになるだろう。
「すごいなぁ。もっと見せてみろよ」
ユウは大真面目に自転車を漕ぐ。倒れそうになっても寸前でグッと堪える。
おや?よく見ればユウの影が、自転車の影を後から支えながら走っているではないか。どうりで転ばないわけだ。
私は腹を抱えて笑う。ユウはひたすら自転車を漕ぐ。

2004年7月11日日曜日

影喰う人

「腹が減りましたな」
と特急列車内で隣合わせた老紳士が言った。
「はぁ」
私はそれほど腹が減ってはいなかったが、否定もできず、そう答えた。
「あなたのを戴いてもよろしいかな」
「あの、私は弁当もつまみも持ち合わせていないので・・・車内販売を探してきましょうか」
紳士はさも愉快そうに、顔だけで笑った。
「あなたは若くて健康そうだから」
「ええ?私はまずいです」
「頭もよさそうだ。でも、あいにく私は人喰いの趣味はない。
私が戴きたいのは、あなたの影だ。ひとくちでよいのだが」
私は結局、断ることができなかった。
なんとなく、影を食べる様子を見てみたい気になったのだ。
紳士は大きめの箸を持ち、屈み込むと、私の左腕の影を綿飴のように絡め取った。
「酒が欲しくなりますな」と言いながら箸に巻き取られた黒いモヤを
とても旨そうにしゃぶった。
別れ際、紳士は欠けた影は数日で元通りになるはずだ、ごちそうさま、
と言って丁寧にお辞儀をした。
明日、大きめの箸を買に行こう。

2004年7月9日金曜日

Shadow Conductor

強い日差しの中、バスを待っていた。
汗を減らせるわけではないが、じっと下を向いていた。
急に、影が踊りだしたのだった。
私は自分がじっと動かずに立っていることを確かめなければならなかった。
影が踊っているからには、自分も踊っているはずだ。
暑さにやられて体が勝手に動いたのかもしれない。
しかし、やはり私は下を向いて立っているだけだった。
「影が退屈してたからね」
しゃがれた声に振り向くと黒いタクトを持った老人がいた。
「動きたくてウズウズしてたよ」
「どうもご親切に…」
老人がタクトを振ると影はくるりとお辞儀をした。

2004年7月8日木曜日

ピエロのデュエット

夏の夜、寂しい道化師が街灯の下で唄い踊る。
街灯の灯りに照らされて、道化師は影とのデュエットを始める。
少年とマヌカンの愛の唄。
集まる観客は蛾ばかりだ。
でも、かれらは小さな声で唄う道化師と、もっと小さな声で唄う道化師の影のお客に
ふさわしい。
それに道化師は知っている。月が彼の踊りを見守っていてくれることを。
ほら、唄い終わった道化師の足元にジンジャーエールの瓶が転がっている。

2004年7月7日水曜日

占い通り

大通りの路地を入ったところに通称「占い通り」はある。
よくも悪くも不審な人々が小さな机を道の両側に並べ、多い時は50人ほどの占い師が集まる。
各々「占」の文字が入った提灯や、大きな蝋燭を出し、狭い通りを妖しく照らしている。
オレは占いなどに興味はないのだが、アパートに帰るにはその道を通るのが一番の近道なので、毎晩のように彼らの間を歩く。
そのなかにひとりだけ、気になる人物がいる。
この通りの中では新参者の男だ。目付きは鋭いがこざっぱりとした服装で、よく客が入っている。
「手相」の提灯に照らされた彼の影は、どう見てもウサギなのだ。

2004年7月6日火曜日

ルミちゃんとハナちゃん

ちょっとおかしいのかしら、といつもはのんきなお母さんが心配するほど
四歳になる娘のルミちゃんのお人形遊びは熱が入っていました。
ルミちゃんは、ルミちゃんのおばぁちゃんがプレゼントしてくれたお人形を「ハナち
ゃん」と呼び、毎日のように遊んでいます。
ルミちゃんは、ほかの子と違い「ハナちゃんのセリフ」を決して言いません。
ルミちゃんはハナちゃんに何やらお伺いをたてたり、意見を述べたりするだけです。
もっとおかしいことがあります。
ルミちゃんはまったく、ハナちゃんの顔を見ないのです。
ルミちゃんはうつむいたり、どこか遠くを見ているような顔つきで、ハナちゃんに話しかけています。
お母さんは、注意深くルミちゃんがハナちゃんと遊ぶ様子を見てみることにしました。
「ハナちゃん、ルミは今日幼稚園で、お花の絵を書いたよ」
ルミちゃんはハナちゃんを小さな椅子に座らせ、部屋の白い壁に向かって話しかけています。
お母さんは壁をよく見ました。何もありません。
「あら」
白い壁にはハナちゃんの影がくっきり映っています。
ハナちゃんの影は生き生きと動き、ルミちゃんとおしゃべりしているのがわかります。
お母さんは安心しました。ルミちゃんはどこもおかしくなんかありません。

2004年7月5日月曜日

電信柱と過ごした一日

ぷくぽわーんぽよーんふわん
電信柱の影の先っぽから丸い影が飛び出しているのに気づいたぼくは、飽きもせず道
に佇んでいた。
通行人はいぶかしげな顔していたかもしれない。
時々老人が話しかけてきたが、愛想の悪すぎるぼくにあきれて去っていった。
飛び出した丸い影は地面をさまよい、あるものは弾け、あるものは建物の陰に入って
見えなくなった。
電信柱は動かないが、電信柱の影は少しずつ移動するので、ぼくも一緒に移動しなけ
ればならなかった。
丸い影は大きかったり小さかったり、風に合わせてゆがんだり揺れたりした。
電信柱の影は、日没と同時にしゃぼん玉を止め、おなかがすいたのでぼくも家に帰る
ことにした。

2004年7月4日日曜日

からだなくとも

じぃちゃんとばぁちゃんは大恋愛をして一緒になった、と何百回となく聞かされていた。
死ぬ時もふたり仲良く、なんて言っていたけど、そんなのは心中でもしなくちゃ、叶うわけがない。
そしてばぁちゃんが先に逝った。
じぃちゃんは少し寂しそうだ。
明るくしているつもりのようだけど、ご飯の量も減ったし、口数も減った。
ぼくはちょっと迷っている。じぃちゃんに伝えるべきか、どうか。
どんな未練だかしらないけれど、じぃちゃんの影にはばぁちゃんの影が寄り添ったま
まなのだ。
ばぁちゃんがじぃちゃんに惚れていたのはよくわかった。
でも、それを知ったらじぃちゃんは自分の影にヤキモチを妬くかもしれない。
それとも三人?で仲良くやってくれるかな。うん、きっとそうだ。
「ねぇ、じぃちゃん。ちょっと見てよ……」

2004年7月3日土曜日

エミちゃんの願い事

エミちゃんはピンクが大好きです。
ハンカチも傘も長靴も帽子もぬいぐるみもピンク。
ある日エミちゃんは考えました。
「影もピンクならどんなに素敵だろう!」
エミちゃんは毎晩願いました。「どうか影がピンク色になりますように」
そしてとうとうエミちゃんの願いは叶ったのです。
お日さまもお月さまもエミちゃんの影をピンク色にしてくれます。木陰にいてもピンク色の影ははっきりとエミちゃんの姿を写します。
明日はエミちゃん96歳のバースディ。
お友達みんなにピンクの影を自慢するつもりです。

2004年7月2日金曜日

風の透き間に

日常、我々は他人にぶつからぬよう歩く。
だが、人間同士がぶつからなくても影同士は頻繁にぶつかっている。
彼らは痛くも不快でもないが、影には影の礼儀作法があるので、挨拶を交わす。
彼らは、歓声をあげ、口笛を吹いて挨拶をする。
影の世界はなかなか賑やかであるらしい。
風向きか変わる、ほんの透き間に、影の挨拶は聞こえてくる。
もしも聞こえたら、陽気な気分になるだろう。私がそうだから。

2004年7月1日木曜日

赤と黒

わざとらしくバサバサと大きな音をたてて、カラスがオレの目の前に降り立った。
カラスがオレを睨む。
オレはカラスの影を睨む。
なぜって、カラスの影は赤いから。
赤いカラスは、おどけた目をしている。
オレが「あっかんべー」とやるとアーアーと笑い
赤い影カラスは単なるカラスの影になった。
黒いカラスと赤いカラス。
どちらにせよ、油断ならねぇ。

金属バット

役目を終えたタケシくんの金属バットは玄関先に立て掛けられたまま。
ある夏ある朝、朝顔のツルが巻き付いた。
朝顔はバットにしっかり絡まり土の中へ引きずり込む引きずり込む引きずり込む。
バットは土にめり込むめり込むめり込むめり込む。
それを覗き見する近所の高校球児。自分のバットを握り締め、硬くなる硬くなる硬くなる。


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500文字の心臓 第39回タイトル競作投稿作
△2

2004年6月30日水曜日

まるでビーチパラソル

ビーチで使うパラソル並の大きな日傘だ。
それを持って歩くのを想像してほしい。
まず、狭い道を歩くのに不自由だ。
人とすれ違えば嫌な顔をされる。
とても重たくて、少しの風でバランスを崩す。
好きでそんな大きな日傘を持っているわけではない。
すべてわがままな影のせい。影の言い分はこうだ。
「暑い、眩しい。日焼けする。夏はわたしがはみ出さない大きな日傘を使いたまえ」
日焼けする影がどこにいるというのだ。
しかし、影に逆らうことができない。
影がついてこなければ外は歩けない。
だから今日も汗だくになりながら巨大日傘を差して歩く。

2004年6月29日火曜日

白い影とリンゴジュース

白い影を持つ猫に導かれ、ぼくは一軒の家の前に立った。
「黒田医院 黒田幸之助」
小さな文字の表札だ。
扉を開けると机に向かっていた老人が振り向いた。
「久しぶりの患者だね」
老人の影もまた、白かった。
この人が黒田幸之助でおそらく医者なのだ、とぼくは思った。
そんな当たり前のことを確認している自分が滑稽に思える。
「君は気づいていないかもしれないが、君の影は治療を必要としている」
ぼくは足元に目をやった。よく目を凝らすとギザギザにささくれだっている、ぼくの影。でもギザギザなのは、影だけではない。
いいえ、先生。ぼくは薄々気づいていました。ぼくの影によくない事が起きているのを。だから、白い影の猫がやってきても、ちっとも驚きませんでした。
ぼくは声を出さずに答えた。
「それなら話は早い。君は賢いね。影もそう言っているよ。さあ、喉が乾いただろう。冷たいリンゴジュースだ。ゆっくり飲みなさい。おなかをこわすといけないから」

2004年6月28日月曜日

キャラメル

突然、影が立ち上がって僕の首を絞める。
「や、やめ…いま……や……る」
ようやく影から解放されると、僕は激しくむせた。全く容赦のない影だ。
僕はポケットからキャラメルを取り出して影に与える。
難しいことではない。影の口元のあたりにキャラメルを落としてやればいい。
地面に落ちたキャラメルは、少し柔らかくなり、スッと吸い込まれるように消えた。
キャラメルがほしくなる度に影は僕の首を絞める。
「首を絞めるのだけは勘弁してくれよ。僕が死んだらキャラメルを食べられなくなる
んだぞ。ま、その前におまえも消えるか」
フンッと影が鼻息で返事をした、ような気がした。
やれやれ、残りのキャラメル、あと一つだよ。買っておかなくちゃ。

2004年6月27日日曜日

さもありなん

レオナルド・ションヴォリ氏はじいさんだ。
どのくらいじいさんかというと、年がわからないくらいのじいさんだ。
レオナルド・ションヴォリ氏の影は赤ちゃんだ。
どのくらいの赤ちゃんかというと、這い這いがようやくできるくらいの赤ちゃんだ。
いい塩梅だこと。

2004年6月26日土曜日

影踏み

僕は彼女の影ばかり見ている。
活発でよく気がつく彼女は、男女関係なくクラスで人気だ。
秘かに想いを寄せているヤツがいるのを知っているし、年下の女の子からプレゼント
を貰っているのも見たことがある。
なのに、どうしたわけか、彼女の影はいつも揺らめいて儚げなのだ。
僕は、ドキリとした。いや、ギョッとした、というべきかもしれない。
それ以来、彼女の影から目が離せない。
「ねぇ?Q君、最近下ばっかり見てるよ?どうしたの?」
ほら、もう彼女は僕の様子に気がついている。
僕は、影になりたい。影になってあの子の影に近づきたい。
「どうして震えているの?」と聞いて、そっと肩を抱き寄せたい。
いまのままじゃ、ちょっと踏んでみることしかできない。
それは、なんだかイケナイことのような気がして、いつも僕は後悔するんだ。

2004年6月11日金曜日

源九郎じいさん

源九郎じいさんの影絵を見たことがない?大いに問題だね。
たいがいの人は知ってるはずだ。
源九郎じいさんは、影絵遊びをしている時にふらりとやってくる。
「キツネ」、そう、人差し指と小指を立ててつくるアレだ。
そのキツネをコンコンさせていると、いつのまにか影のキツネはひとりでに動きだし、お話を語り始める。
源九郎じいさんのお出ましだ。
ほら、アンタも思い出してきただろ。
大人になってからでもあえるはずだ。アンタが影絵遊びに夢中になれれば。試してみるといい。

2004年6月10日木曜日

雨のあとは

雨上がりの朝、アスファルトはまだ黒く濡れている。
駅から学校までの道、ぼくは下ばかり見て歩く。
隣でユウタがきのうのテレビの話をしている。
適当に相づちを打てばいい。こいつは喋らせておけば機嫌がいい。
ぼくは下ばかり見て歩く。
すぐ前には隣のクラスの女子が三人。
ユカとユイとユウ。
朝からやたら楽しそうに喋りながら歩いている。
ぼくは下だけを見て歩く。
ところどころに出来た大小の水溜まり。
ユカがヒョイと跨ぎ、ユイがエイッと飛び越え、ユウがスッと渡る。
ぼくはその瞬間を見逃さない。
水溜まりにだけ映る影。
いつもは見えないものを少しだけ、見せてくれる。

2004年6月9日水曜日

散歩

初夏の強い日差しの中、遊歩道を歩く。
「ふぅ。木陰は涼しいな。どうだい?木陰の中を歩くのは」
「悪くないね」と影は言う。
「でも、キミの姿はまだらで頼りないよ」
「関係ないね。キミにはわからないだろうけど、草木の影は美しいし、いい香りなんだから」

2004年6月8日火曜日

shadow broker

「影はいらんかね?」と靴磨きの男は言った。
靴磨きがたいていそうであるように、男の顔や手や服には靴墨が染み込み、表情を読み取るのは難しい。
オレは「間にあってます」とだけ答えた。
「いい影がいるんだけどなァ。きっと気に入るよ」
オレは時間がないなどと言い訳をして靴磨きを終わらせ、足早に歩きだした。
「いい影?どんな影?気に入るだって?誰が?オレが?それともオレの影が?」
足元を見ても影は答えない。
明日またあの靴磨きの男に会えるだろうか。

2004年6月7日月曜日

moonlight shadow

「あなたは、あなたの影があなたの寝ている間、何をしているかご存知ですか?」
と伯母は言った。
「知らない」
ぼくは伯母の発する「あなた」という音が嫌いだった。
「影は毎晩あなたと一緒に寝ているわけではありません。満月の晩、影たちは砂浜に集まり、月明かりを浴びて踊るのです」
ぼくはまったく信じなかった。伯母の話はいつも悪い夢のようで気色悪い。
その四日後の真夜中、ぼくはぼくの影だけがないのに気づいた。
部屋には明かりがついており、ぼく以外の物の影は確かに見える。
伯母の話を思い出し、外に出た。満月が眩しかった。
いまごろ楽しく踊っているのだろうか。

2004年6月6日日曜日

御機嫌伺い

「あれ?どうした?」
なんとなく気になって僕は友達にそう声を掛けた。
「いや、オレはいつも通りだよ」
そう言って笑う彼の顔は確かにいつも通りだ。
「そうか、よかった。こっちへ向かってくる時、なんとなく元気がないように見えたんだ。なんでだろう」
「おまえ、よく気づいたな。元気がないのは、オレじゃなくて影だよ。昨日の雨で風邪をひいたようだ」
彼の足元に向かって「おだいじに」と言ったら、影の影はピースサインをして見せた。

2004年6月5日土曜日

ボクはここにいる

ボクはただ、「ひとり」になってみたくなっただけなんだよ。
キミを嫌いになったわけではないし、いずれちゃんと戻るから待っていてほしい。
さっき猫に会った。似たようなことをする影はいるもんだね。
猫は「淋しくなってきちゃったんけど、相棒が見当たらないんだ」と言っていたから
キミの居場所を教えておいた。
ボクの代わりにキミの隣や前や後を歩いてくれるはずだ。
ちょっとおかしいかな?かわいいと思うけど。

2004年6月4日金曜日

サンタさんのお仕事 後編

三太は、オムツの保管場所を確認したあと、台所に向かい、ミルクの支度をして寝室に戻った。
「ふぇ……」
「来たでござんすよ」
目が覚める寸前を捉え、赤ん坊を抱き上げ、寝室の外に出る。
「よしよしでござんす」
赤ん坊はそれほど大声で泣くこともなく三太の作ったミルクを飲んでいる。
「いい子でござんすなぁ」
そう、三太は夜泣きを盗みに来たのである。
どういうわけか、これだけは中井はまったく駄目で、赤ん坊がいよいよ大声で泣くものだから、危うく家人に見つかりそうになったのに懲りて、ついに夜泣き盗みは三太一人の仕事となった。
この晩、こうしたミルクやりやオムツ替えを何度か繰り返した三太は、明け方メッセージを残して佐藤邸を後にした。
「息子の夜泣きはすべて頂戴した。子守、託児のご用命は、大泥棒サンタまで」

2004年6月3日木曜日

サンタさんのお仕事 前編

「三丁目の佐藤氏に長男が生まれた」
「本当でござんすか、親分」
「嘘をつく必要があるだろうか。佐藤は中井自動車の社員である」
「では、今晩盗みに参るでござんす」
この盗みは三太の仕事で、中井は参加しないことになっている。
真夜中、三太は佐藤宅の寝室に忍び込み、夫婦と赤ん坊の様子をよく観察した。
すやすやと眠る赤ん坊を見て三太はにっこりとした。
「まだ大丈夫でござんすね」

2004年6月2日水曜日

ニコニコロード掃討作戦

「スキヤキを食したい」
「スキヤキですか、親分。そんなら、スキヤキ鍋と牛肉が入り用でござんすな」
「卵も野菜もである」
「そんなにたくさんの店に盗みに入るのは難儀でござんす」
「ニコニコロードで一度に盗めばよい」
三太と中井は唐草スカーフを鼻の下で結び、明け方前のニコニコロード商店街に向かった。もちろん人通りはなく店のシャッターはすべて閉まっている。
「三太は電灯の埃を盗みたまえ。拙者はシャッターの埃を盗む」
「承知いたしやした」
木登りが得意な三太がスルスルと電灯に登り電灯に積もった真っ黒な埃を盗んでいく。
一方の中井は、シャッターの埃を一軒づつ盗み終えると道路を丁寧に掃いた。
「できたてほやほやのピカピカ商店街になりやしたね、親分」
「よし、メッセージを残さなければ」
さらさらさらのさらり
「ニコニコロードの埃はすべて戴いた。ついては本日夜7時半、スキヤキパーティーを催す。大勢の参加を期待している。大泥棒 サンタとナカイ」
そうしてその夜ニコニコロードの店主たちが持ち寄った材料でスキヤキパーティーが和やかに開かれた。

2004年6月1日火曜日

ボロボロ

茶けた紙が風に舞いながらこちらに近付いてくる。
空中で掴み取り、思わずニヤリとした。手を伸ばした瞬間、福沢諭吉が見えたのだ。
拳を開くと、それは真ん中から破れかけ、角はなくなり、手垢に塗れ、毛羽立ちもひどかった。
壱万円札としての威厳は完全に失われている。
 家に帰り、庭に小さな穴を掘った。満開の椿の根元に。
そこへ前日に生を終えたハムスターを壱万円札だった紙で包んで埋めた。
 埋め跡を隠すかのように落ち、色褪せていく椿と涙


********************
500文字の心臓 第38回タイトル競作投稿作
○2△1

中井の独白

拙者は「中井自動車」の会長である。
創業は祖父。拙者は会社を継ぐために幼少から勉学に励んだ。
放蕩癖があった父はそんな拙者を見て笑っていた。もう少し遊ぶことも大事であると。
そんなことにも耳を貸さず、学校を出た拙者はまじめに働いた。社長になることは皆承知済みであるから、妬みもあった。
会長になったのは33才の時である。社長を通り越して会長になった。父が急死したためである。
三太が拙者の家に忍びこんだのは、拙者が会長になって三年三ヶ月と三日たった午前三時のことであった。
拙者が声を掛けたら驚愕し、付近にあった花瓶を割った。
その時の三太は大変な痩躯だった。
故に夜食を与えた。
三太は夜食を食べながら泥棒稼業がうまくない、と漏らしていた。
拙者は退屈な会長生活の刺激になると考え、三太の仕事を補佐することを決定した。
「拙者に手伝うことがあるか」と言ったら三太は泣いて喜んでいた。
これが拙者が大泥棒になった経緯である。

2004年5月31日月曜日

三太の問わず語り

おいらは由緒正しい泥棒の家の生まれでござんす。
親父もそのまた親父もコソドロでござんした。
忘れもしない、三年前のお月さんの綺麗な晩でござんした。
おいらは親分の家にコソドロしに行ったんでござんす。
ほんの一万ポンドル札を頂こうと。エエ。
親分の財布は膨らむほど金が入ってござんした。
おいらは悩みました。
「もう一枚、盗んでいこうか」と。
その様子を親分は全部ご覧になっていたんでござんす。
親分は「気の小さい泥棒である。財布ごと持っていけばよいものを」と言いやした。
おいらは言い返すことができやせんでした。
「せっかくだから一杯やろうではないか」
おいらと親分は意気投合して、飲み明かしやした。
親分は泥棒に興味があるようでござんした。
「おいらが泥棒のイロハを教えましょか」と言うと
親分は頭を深々と下げて「お願いする」と言ってござんした。
これがおいらと親分の運命の出会いでござんす。

2004年5月30日日曜日

ダイヤを手に入れろ!! 後編

「あった、これである。2222年度ダイヤ改訂表」
「……やりやしたな、親分」
「さっそくメッセージを」
さらさらさらのさらり
翌朝。
「駅長、三太と中井が来たらしいですよ」
「なになに?『ダイヤはたしかに頂戴した。ついては2222年2月22日午後2時22分発の特急ニシキ、二号車に-2席の切符の便宜を図られたし。大泥棒サンタとナカイ』だとさ。ちゃんと代金が入ってるぞ」

2004年5月29日土曜日

ダイヤを手に入れろ! 前編

「三太、拙者はどうしても手に入れたいものがある」
「当ててご覧にいれやしょう。……ダイヤ。やっぱり大泥棒を名乗る者としてはダイヤは外せねえ」
「その通りである。計画はすでに綿密に立ててある」
「さすが親分」
「ダイヤをいち早く手に入れれば、アレをとるのも可能である」
「ダイヤの他にも何か盗るんでござんすか」
「見ていればわかる」
午前一時、三太と中井は駅に向かった。もちろん唐草スカーフは忘れない。
「親分、駅に来てどうするんでございやすか」
「駅でいただくのが確実だからである」
「ダイヤと言ったら金持ちか宝石店と相場が決まっているでござんしょ」

2004年5月28日金曜日

狙うは大邸宅! 後編

「へい、親分。・・・まいごのまいごのこねこちゃん♪」
「おい三太」
「へい」
「他の歌はないのか」
「おいらはこの歌のほかは子守歌しか知りませんで」
「ならよい。拙者も歌おう」
わんわんわわーん わんわんわわーん
「枯れ葉、全部盗っちまいやしたね」
「では、メッセージを残しておこう」
さらさらさらのさらり
翌日驚いたのはお手伝いさん。
「奥様!ご覧になってくださいませ。お庭が」
「まぁ。ずいぶん綺麗になったこと。一体どなたが?」
「置き手紙がありますわ、奥様」
「枯れ葉はすべて頂戴した。ついては午前11時から焼き芋の宴を催す。是非参られたし 大泥棒サンタとナカイ」
「ぜひ参りましょう。おきぬ、あなたも支度して。昨日届いたさつまいもを持っていきましょう」

2004年5月27日木曜日

狙うは大邸宅! 前編

三太と中井は大泥棒を名乗っている。
スーツ姿に地下足袋を履き、唐草模様のシルクスカーフを頭にかぶって、あっちさんやらこっちさんやらの家に入る。
今夜の狙いは大邸宅。広い庭つきのお屋敷に、おばあさんと忠義なお手伝いさんだけが住んでいる。
「失敬する」
「おじゃまでござんす」
三太と中井は礼儀正しいので挨拶をして家に入る。
もちろん小声でだけれども。
「さて、今日は何を頂戴いたすでこざんすか。中井の親分」
「そうだな・・・枯れ葉だ」
「承知いたしやした」
ガサガサガサガサガサガサ
「おい三太」
「へい親分」
「盗みは静かにやらねばならぬ、と教えたのはおまえではないか」
「でも親分、枯れ葉は音が出るでござんす」
「左様か。ならば枯れ葉の音を隠すために歌を歌いたまえ」

2004年5月26日水曜日

鰐の登場に湾岸は沸いた。
そこにいる男も女も皆、ワクワクとしているようである。
わたしには訳がわからず、ワトソンくんに聞くと僅かに顔を歪曲させた。
わたしにはワトソンくんが笑ったのかどうかもわからなかった。
鰐が通ってできた轍に鷲が群がるさまは、なぜか猥雑な光景だった。
男も女もこれを期待していたのか。

2004年5月25日火曜日

ローマ ロサンゼルス ロンドン ロッテルダム ローザンヌ ロードス島
世界地図の上で蝋燭を傾け、ロウが落ちた六箇所。
ローラースケートを履いたロックフェラー老人は
その地の路地で狼藉をはたらく。
おかげで牢屋は大繁盛。

2004年5月24日月曜日

レギュラー缶コーヒーにレモン型のレッテルが貼られ、レッドで何か書かれている。
解読できるのは「れたす」。
レタス?それとも、0+?
これには何か歴史的意味があるのだろうか?それとも僕は何かの黎明期の最中にいるのか?
だれかレクチャーしてくれよ。違う、呼ぶのはレスキューだ。
ダ レ…タス ケテ

2004年5月23日日曜日

流刑囚の留守宅に累累とルビーと瑠璃が積もっている。
それを見つけたのは近頃涙腺のゆるいルンペンだった。彼はルーペでルビーと瑠璃を観察すると、涙を浮かべながら
「ルビー(るびぃ)と瑠璃(らぴすらずり)を見つけました」
とルビを振った手紙を付けてルクセンブルグにあるルーブル美術館に送り付けた。
ルーマニア人の館長は「ルネサンス期のルミノール反応が認められる」と大喜びだ。

2004年5月21日金曜日

利発なリーダーは理想の陸橋を造ろうと力んでいた。
力学立体立面図、リスク利点料金領収。
タイムリミットはリンゴの収穫期。
なのに、理屈を力説するばかりのリーダーにみな御立腹。

2004年5月20日木曜日

落語の好きなライオンはランドセルに落花生をつめて楽園を目指していし、羅生門でラッパを吹くラクダはランチのラザニアを食べる。だから乱暴者はラメ入りの一張羅を着てラッキョかラーメンを食べればいい。

2004年5月19日水曜日

よりによってヨーグルトとヨダレで汚れたのを寄越すなんて。
たしかに一番若いのって、要求したよ?
こっちは余所行きの装いでよろしい夜を過ごす予定だったのに。
淀んだ目で見るな、よちよち歩くな、横にくるな、パパって呼ぶな。
よっこらしょ。よしよし、よい子だ。

2004年5月18日火曜日

ゆゆしき事態だ、とユキダルマは思った。
夕暮時、家々から漏れる湯気に当たっても
歪みも緩みもしないだなんて。そろそろ融解してもよいのに。
ゆっくり雪解けとともに溶けていくはずだのに。
ユキダルマはゆりかごに揺られながら夢をみている。

夕焼け小焼け

夕焼けのお空が食べたい、と言うと祖父は古びたカメラを空に向けた。
「明日のおやつまでの辛抱だ。できるかい?」
と祖父は笑い、ネガを載せたガラスの器は冷凍庫にしまわれた。

茜色したアイスキャンデーの味はとうに忘れた。
あのときの祖父のカメラはいくら探しても出てこない。
おいしそうな夕焼け空を最後に見たのは、いつのことだったろう。


+++++++++++++++++++++
突発性企画「こおる」参加作品

2004年5月17日月曜日

やわらかいヤドカリに体をあずけて休むと、闇がやってくる。
ヤドカリはヤキモチ焼きだから、やきもきするかもしれないが
やがて疫病神も野次馬もやり過ごせるようになるはずだ。
やっぱりふたりきりで山羊を焼くのはやりがいがあるからね。

2004年5月16日日曜日

もしも もっと もう一度
毛布に潜り問答を繰り返す木曜日の真夜中

2004年5月15日土曜日

迷惑な迷宮へようこそ。わたくしめを召使と思ってお使いください。この眼鏡をかければ迷宮を目一杯楽しむことができます。めまいがひどいのが面倒ではございますが。迷宮内には珍しい品がめくるめく現れます。その命名をあなたは任されます。さあ、まずはこの品物ですよ。
私は命名した。
「メランコリックなメロディーを瞑想するメザシ」

2004年5月13日木曜日

むっつのムカデの足をむしり、皮を剥き、結び、蒸す。
それをむしゃむしゃと食べた息子はムカムカとむせてお迎えがきた。
なんて無茶なことを。

2004年5月12日水曜日

見栄が未練となり、未練が道となり、道は未来を見限る。
水を満たした桶に蜜柑を三つ浮かべれば、それは御輿となって見限られた未来、或いは未知の世界へと導いてくれる。

真夜中の摩天楼の間に間にまんべんなく饅頭が蒔かれている。
まやかしなどではないよ。
だけど、まばゆい朝日にまたたくまに巻き上げられるのは眩しすぎる光景だから
マントヒヒでも目の当たりにすることができないだけさ。

2004年5月11日火曜日

ぼんやり坊やは帽子に乗って冒険にでかけた。
ボタボタと雨に打たれたり、ほのぼのと日の光を浴びたり、ボサボサと風に飛ばされたり、傍若無人にボコボコにされたりもした。
ついに坊やは某寺に到着した。
菩薩像の衣にボタンを一つ縫い付けると「ボチボチだな」と呟いて没した。
墓石には「釦菩薩紡帽子坊」とある。

2004年5月9日日曜日

別居中の便器に弁当の弁償をせまられ、ベトベトとベソをかく弁護士。

2004年5月8日土曜日

ブリーフを穿いた豚は武器を捨て舞踊を始めた、と鰤見聞録にある。鰤の文は不細工なので不審である。

2004年5月7日金曜日

ビスケットを噛り微笑するビキニの美人をビンの中に入れて持ち歩く比丘が一人。

2004年5月6日木曜日

博打打ちのばあさんがバイクをバキバキ言わせて向かったのは化物の墓場。
化物の魂がバサバサ飛んでるからばあさんの心臓バクバク。
あぁ、そうか。バンド仲間だったバクの墓参りに来たんだね。
ばあさんは墓の前でバチンと手を叩いてバクが好きだったバナナをバクバク食べてバイバイって言ったあと、今度は本当にバッタリ倒れた。
あの世で獏に馬鹿されて爆笑したってさ。

2004年5月5日水曜日

ホウキボシってのは、放浪星だ。ほどけた包帯をぶら下げたままほっつき歩いてるのさ。
捕獲するときには包帯を掴んじゃいけないよ。
包帯が全部ほどけて骨がむき出しになると星は滅びちまうんだ。
もしうまく捕獲できたら保存にも気をつけなきゃいけない。
方形の法螺貝に入れて北西の方角に保管する。
そうすればホイッスルが鳴って放出、なんてことはないからね。

2004年5月2日日曜日

まがったヘソと理屈っぽい屁と偏した頭痛とへっぴりな腰と下手な糞がひとつの部屋で隔てなく平穏に暮らしている。

2004年5月1日土曜日

不眠症の覆面男が布団を踏んづける。「ふざけるな」
踏まれた布団の中では芙蓉の顔が太いフランスパンを振り乱しフラフラになっているよ。
なんて不埒な。

2004年4月30日金曜日

冷えた秘密を拾いに飛行機がひらひらとヒマラヤを飛ぶ。
冷えた秘密は、飛行機を見つけてひそやかな光を放ちはじめる。
飛行機は低く飛んで秘密の光を引き上げる。
秘密を拾い終わった飛行機は翻り柊の里へ帰る。
柊の里には冷えた秘密を溶かす緋色の火が控えているのだ。
溶けた秘密は秘密でなくなるのか?
日暮れの里に姫の秘め事の響き。

2004年4月28日水曜日

春の晴れた日、ハミングしながら原っぱを走っていると、ハシゴがありました。
果てしなく続きそうな長いハシゴを昇りきると旗がありました。
旗を取ると初恋の人が現われて「おめでとう。一着だよ」と言ってくれました。
初恋の人には羽が生えていました。
二人でハラハラしながら墓に入りました。
墓に入るのは初めてだったので恥ずかしかったです。

2004年4月27日火曜日

のろまな野良猫蚤だらけ。残さず飲めや、爪伸ばすな、海苔巻きに乗るなと罵られたのろまな野良猫、のそのそ軒下に逃れる。

2004年4月25日日曜日

ネオン街は眠らない。
ネグリジェ姿のねえさんのねっとりな願いを叶えるために。
ネズミがネコに狙われるのを見届けるために。
嫉みにまみれた誰かさんの螺旋がゆるむように。
ネオン街は眠らない。

2004年4月24日土曜日

沼の主はヌエと呼ばれている。
ヌエの体は濡れ、ぬらぬらとしている。
その正体が盗人の縫ったぬいぐるみであることは、周知の事実。
盗人はしばしばヌエという名のぬいぐるみを沼から抜き、濡れた布で拭っているが、それは糠に釘かもしれぬ。

2004年4月23日金曜日

忍者は人魚の匂いを感じて逃げる。
刀傷沙汰は忍者に似合わない。
西へ西へ。
人魚の匂いは人形の匂いに似ている。
が、人形は偽物だ。人魚には苦みがあるが人形にはない。
忍者は憎憎しい人魚から逃げ切ると、賑やかな町に出た。まもなく日没だ。
我が家に戻り、ニシンの煮込みと握り飯を食べ日記をつける。
入浴の後には、乳液で肌を整え、妊娠中の女房と睨み合って眠る。

2004年4月22日木曜日

なにもなかった。波も渚も。
この星に夏はもうこない。涙も流れない。
底のない奈落になだれ落ちる。

2004年4月21日水曜日

「どれにしようかな」
泥棒が選んだのはどっしりとした銅像。
「どっこいしょ・・・・アタタタ」
ドジな泥棒ギックリ腰。
ドシンと銅像落っことした。
ドタバタ家の者が出てきた。
「どちらさまで」
堂々とした家の主。
「泥棒です」
泥棒ドキドキ。
「どうやらそのようですな。どうしてもその銅像がご入り用で?」
「ど、どうしてもというわけでは、へっへっへ」
「どうでしょう?ドリアを食べて行きませんか?」
どうやら腹が減っていた泥棒と、泥棒されそうになった主はドリアをどっぷり食べた。

2004年4月20日火曜日

できそこないででくのぼう、でっぷりでっかい出っ歯の丁稚が電波デビュー。
後に伝説となる電気炊飯器の宣伝が、デジタル電波で流れたよ。
「丁稚の電気炊飯器はデパートで!」
「丁稚とのデレデレデートはディスコで!」
でも、丁稚を溺愛しすぎて溺死しないでね。

2004年4月19日月曜日

彼のダラリとしたダンスとだらしない濁声は大不評だった。
彼は人々に駄目男と言われた。
だが、大王はこのダンスが一目で大好きになった。
「大胆なダンスは断然だ」
その途端、男は誰にも駄目だのださいだのと言われなくなった。
それどころか「伊達男」と呼ばれるようになった。
男のダンスは相変わらずダラリとしているし、濁声のままなのに。
やがて大王が荼毘に付された。
伊達男はダサ男に戻った。
男のダンスはダラリとしたままだし、濁声は相変わらずだ。

2004年4月18日日曜日

友達の乏しい年老いた虎は空飛ぶトナカイにときめいた。
吐息混じりにトナカイに問う。
「時にトナカイや、この虎の富とトナカイのトキメキを取り交わすことは可能といえるかね?」
トナカイは虎の遠吠えに戸惑い、空高く飛び去る。虎の心は届かない。
トナカイが姿が遠くなってもなおも虎は問い続ける。
とっくに虎はトナカイの虜だったわけだ。
虎は東西南北トナカイを追い掛けて止まることはなかった。
とうとうトナカイは故郷に到着した。虎は凍死した。
トナカイは言う。
「この唐変木が」

2004年4月16日金曜日

「てめぇはてっとりばやく鉄砲で撃ってやるから、テキーラ飲んで待ってな!帝王より」
天才哲学者は揺れる鉄道のカフェテリアで、てろてろになった手紙を畳む。その手には長く黒い手袋。手負いの跡だろう。
「てめぇ!てっきり死んだものと思ってたのに」
かつて帝王と呼ばれた男が哲学者に迫る。
しかしその顔は天真爛漫そのものであった。
「天国に行くんだよ、おまえもわたしも」
哲学者は車窓に広がる天界を眺めた。

2004年4月15日木曜日

お月さんがつれない。
連れ合いのお鶴さんがツンツン突いても、つねってもつっけんどん。
次から次へつまらないものが作られていくことにお月さんは疲れていた。
次の日お月さんはツクシを、お鶴さんはツバキを見付けた。
つまり、つらいことはなくなった。
愛を貫く辻褄は整ったのだ。

2004年4月14日水曜日

乳飲み子、ちっぽけな地球に近づき力も入れずにチクリとやったら、地球血塗れ。

2004年4月13日火曜日

例えば黄昏時に滝に落ちた卵を短時間で助けたいなら
太鼓とタンバリンを叩きながら滝壺に降りればいいのだが
タンコブだらけになるからたやすいことではない。
たとえたくましくタンコブに耐えたとしてもたぶん逮捕されるから大変だ。
逮捕にためらわず、ためしにやってみると
卵はたちまち魂になって高く昇り大気圏に達して竜巻になったのでたまげた。

2004年4月12日月曜日

しょ

しょうがなく、ショウガを処理する。
消費の仕方が承知できないのだ。
商店街の懸賞の賞品だったショウガだ。
食欲をそそらない、しょうもないショウガ。
しょっぱいニオイがするショウガ。
賞味期限が正月に切れているショウガ。
ジョボジョボと醤油をかけたら食べられるだろうか。

2004年4月11日日曜日

じょ

嬢ちゃん 、上空で上手に乗馬 。
常連の乗客はジョッキ 片手に上等な蒸留酒をジョボジョボ。
情報は状態を現さない。
ジョークな冗談という冗談は序の口。
如雨露の条件は常識でしょ。

2004年4月10日土曜日

しゅ

週末。囚人の子供が宿題の手裏剣をしている脇で
酒乱の囚人はシュロの葉に座って祝杯をあげている。
「せがれが手裏剣を習得した祝酒じゃーい」
その側で、頬を朱に染めた囚人の細君が趣味の手芸をしている。
細君のしゅるしゅると動く手つきを見つめているのは、この囚人一家を監視している守衛さん。

2004年4月8日木曜日

じゅ

巡査の数珠には呪文がかけられていた。
受話器を取る度寿命が縮み、潤沢にあった純金は減っていった。
巡査の呪縛に気づいた獣医は数珠が樹海の樹木で作られていることを突き止めた。獣医は呪縛を破るジュエリーを10個、作ろうとした。しかし、準備は間に合わなかったのだ。巡査は銃に蹂躙されて事切れた。あとに残ったのはじゅるじゅるになった数珠だけ。

2004年4月7日水曜日

しゃ

右手に三味線、左手にしゃもじを持った社員がしゃなりしゃなりと歩いている。
向こうからは借金とシャチに追われて遮二無二の社員がやってくる。
社長の私はシャワーを浴びてシャチホコに跨り、二人の社員に向けてシャボン玉を吹きかける。

2004年4月6日火曜日

じゃ

じゃんけんで負けたオレは邪魔者だからジャングルに行くよ。
蛇の目の傘さしてジャックナイフ持ってジャンパー着てジャガイモ背負ってジャンボジェットに乗ってさ。
じゃあね。

2004年4月5日月曜日

象に乗ったゾンビがぞくぞくとやってきた。
ゾンビがぞろりと勢ぞろい。
ゾンビ達は象の上でもぞもぞしている。
懐から雑巾を出したゾンビ達は、冷蔵庫に保存してある秘蔵の蔵書に雑巾をぞんざいに掛け始めた。
なぜゾンビが象に乗って蔵書の雑巾掛けをするのかは謎である。

2004年4月4日日曜日

ぜえぜえ息を切らせ税務署に全員集合。
これは全市民の絶対の義務である。
絶妙の量の贅肉を納める。
絶命することがあってはならないから全部の贅肉を納める事は是が非でも禁止されている。
あなたも是非、贅肉税を納税しよう。絶筆

2004年4月3日土曜日

図鑑に載せたいずいぶん杜撰なこの恋心。
図体のでかいあなたにずるずると骨の髄まで吸い取られ、心はずたずた、頭に頭巾。
お礼に、ずるむけして頭陀袋に入れてずっと持ち運んであげる。
ずっこけるくらいにずうずうしい二人。

2004年4月2日金曜日

じわじわと迫ってきたなぁ。さあ時間だ。じりじりしても仕方がない。慈悲?そんなもんないよ。自業自得だ。着いたぜ、ジジイ、ここが地獄だ。

2004年4月1日木曜日

引き算

これで最後のひとり/恋をするたび/ページをめくると
[ケガレが]
[指先で操る]
[止められない]
[心臓を貫き]
[物語の終わり]
[やがて快感となり]
[増えるけれど]
[痛みは]
あなたが消えた。


********************
500文字の心臓 第36回タイトル競作投稿作

座敷の座布団にザリガ二が座しているざます。
ざっと三千匹いるざます。
ざわざわと騒がしいざますね。
ざんぎり頭になったあなたは、この座敷に通されるざます。
ここは懺悔の座敷ざます。
あなたの犯した残酷な殺人沙汰をざくざく白状するざます。
罪悪に気付いてさめざめと泣いても駄目ざます。
あなたは斬罪ざます。ザマミロ

2004年3月31日水曜日

空は蒼白に染まっている。
ここにはそっくりな塑像がいくつも揃っている。
そびえたつ塑像は騒々しく、そよ風の損傷は底知れない。
それゆえ空模様はそぞろで争乱は絶えないが、総帥はそっけない。
某は爽快な蒼穹の下で即席の素麺が食べたいだけなのに。

2004年3月30日火曜日

セルロイドのゴーグルつけて、セメントのセスナ機で世界を席巻するぜ。
どう?精悍な青年だろ?
世界は狭いんだ。
迫りくる世紀末と背比べしよう。
切羽詰まった時には接着剤をつかえばいい。
生還できるさ。きっと世界は静穏になる。
星座が精彩を放つ日がくると誓言するよ。

2004年3月27日土曜日

スニーカーで掬った砂がするすると水面に吸い込まれていく。
すべすべ透き通る素肌、すっぱいすもも、すいかが好きな水夫、
スイッチのないステレオ、吸いつきの悪いするめ、救いようがない睡魔、
すべてすっかりすすいでしまえ。
涼風にスカートの裾がなびくように。

「師範!獅子の尻が痺れています。締め緒で縛っておきましたが、システムに支障がでています」
「しくじったか!仕組みは慎重に仕上げたのだが。原因を至急調べろ」
「調べました!白い下着の刺激によるものでした」
「しまった!塩こしょうが少々すぎたか!」

2004年3月26日金曜日

寒い朝、山菜を肴に最高の酒を呑みながら
三歳のサムライは月代をさする。
寒い昼、サンドイッチを肴に山椒のサワーを呑みながら
三歳のサムライは砂漠を散歩する。
寒い夜、刺身を肴に冷めた白湯を飲みながら
三歳のサムライはサンタクロースを探す。
さもありなん

2004年3月25日木曜日

ごっそりと五臓六腑にしみわたるごちそうにゴキブリは極楽気分である。
誤解しないで欲しい。ゴキブリにとってのごちそうはゴミである。
語弊があるならば、こう言おう。
我々ゴリラのゴミがゴキブリのごちそうである。
ごめんなさい。

2004年3月24日水曜日

玄翁を持ってげんなりしている原始人と現代人。
下痢気味なんだって。
さぁ、二人とも元気を出して芸術的な下駄を作りましょう。

2004年3月23日火曜日

偶然、愚息に会ったんだ。
久々に見る愚息は相変わらず愚鈍そうで、具足を身につけているもののグロテスクな姿だった。
グリセリン塗った頭はグニャグニャでグズグズ鼻をすすりながら「ぐへ」とも「ぐひゃ」ともつかないグウの音を出していた。
「グミ」とグリグリした手をぐいと差し出すので
仕方なくグミをやった。
愚息は礼も言わずにぐんぐん歩いていった。
おっと、愚痴が過ぎたようだね。グッドバイ

2004年3月22日月曜日

ギャングの目がギラリと光る。
ギリギリと鳴っているのは機械仕掛けの義手だ。
ここは銀座の銀行の前。二人のギャングは議論の真っ最中。
通行人をぎょろりと睨みながらの議題は
「疑似恋愛における儀式の義務の有無について」

2004年3月21日日曜日

外国製のガウンを着た学生と、ガーターベルトのガールがガチンコ対決。
ガンガンガツガツ頑張ってる。
二人を崖から眺める画家の名は、ガリレオ・ガレ。
画家はガムを噛んで我慢我慢。
がっぽり儲けた画材屋が、ガソリン撒いたら
画家はガスの害で骸骨化、ガムが画布にくっついた。
ガリレオ・ガレと画材屋の合作完成。
画材屋、ガッツポーズ。
画竜点睛とはこのことなり。

2004年3月20日土曜日

あちこち航海している国際的な乞食が興奮して告白するには、
こんにゃくが腰抜けなのは、
混雑したコンクリートの小道で小石につまずき、
恋人への心遣いでこっそりこけたら、肥溜めに転んだ後遺症。

健康な家来は景色を見物していた。
けったいな気配を検知して振り向くと毛虫にけつまずいた。
けたたましい警報音。
けれども、ここで警察を呼べば計画が消される。
結局、けなげな家来はけむくじゃらのまま、けむたいゲップを検査している。

2004年3月18日木曜日

黒眼鏡の組長は臭い靴を食い散らかす癖があった。
九月のある日暮れ、黒眼鏡の組長は鎖で首をくくられくたばった。
くよくよ悔やんでもしかたない。
組長が雲の上で苦しんでるよ。
供養してやりな。それが功徳ってもんだ。

2004年3月17日水曜日

気むずかしい金魚屋は体を鍛えて筋骨隆隆。気合十分、金魚を売る。
「きんぎょー!!えー!きんぎょー!!」
生真面目な貴婦人は金魚売りの気管支を危惧したのだが、それが金魚売りの気に触った。
気まずい気分の君たちの、キューピットになってあげよう。
きゅっときつく抱き合ってキスしてごらん。

2004年3月16日火曜日

神様の隠れ家は海王星にある。
神様はそこで買ったばかりの開襟シャツを着て、カステラをかじりながら蚊取り線香を作り、金を勘定して過ごす。
近頃の神様の関心は、戒名である。
かっこいい戒名を考え、紙に書き出すのが快感らしい。
神様は神の価値を顧みない。
神の加護がありますように。

2004年3月15日月曜日

大きな扇がお家騒動の追い風となった。
逃げおおせた王家だが、落ち武者に追い剥ぎされた。
その上、お世辞にも男前とは言えない王子が女に犯され、穏和な王妃は嗚咽。
ついに横暴な王は掟を破り、落ち武者に折り詰めをお裾分け。
落ち武者たちは大喜び。
王に恩を感じてオバケになっても追いかけた。
おいおい、怨念の恩返しだよ。
おしまい

2004年3月14日日曜日

駅長が駅弁を笑顔で届けると絵師は会釈を返す。
その映像は衛星放送によって映じられた。
駅弁の中身は海老と枝豆。絵師の栄養はこれがすべて。
エプロンをつけ、エメラルド色の絵の具を絵筆に取ると、絵師はエレベーターで円盤に乗り込んだ。
えっへん、絵空事のはじまりだ。
絵師の影響は永久に永遠。

2004年3月13日土曜日

うすのろ浦島は麗しの海亀に胡散臭い歌を歌う。
海亀、卵を産む。噂によると初産である。
通りかかったウイスキーを飲むうろんな植木屋。
海亀打って憂さ晴らし。
うかつに手を出すと憂き目に合うぜ。
植木屋の薄汚い上着に蛆虫うようよ。
呻く植木屋のウイスキーを浦島が奪う。
浦島、旨いウイスキーを飲んでウハウハ。

2004年3月12日金曜日

井戸の中の椅子に居座る医師はいつまでもいなくならないイガグリ頭の居候に苛立ち、いつも威嚇用の雷をいじっていたがいつしか居眠り、いびきをかきはじめた。
居候は意気軒昂いきり立った。
医師を虐めようと委員会で言い放つ。意義なし。居候の以外にだれもいないのだから。
居候は急いで井戸を這い出し井戸の入り口から石を入れる。
命乞いむなしく医師は一瞬で生き埋め。
医師の遺志により遺骨は田舎の池のイグアナの餌になった。
なんて卑しく忌まわしいこのイガグリ頭の居候。

2004年3月11日木曜日

秋のある暑い朝、青空に赤い雲が現れるころ
あたしはあいつの足に「アイシテル」と挨拶した。
朝顔と紫陽花が「あらまあ、あこぎなこと」とあしらったので
あたしとあいつは雨宿りと相なった。
あいつの網にかかった虻の味は甘かった。

2004年3月9日火曜日

パプリカと

その町に入ってまもなくのことだった。
信号機から赤い物がゆっくりと落ちてくる。
「おい、ありゃなんだ」
私はブレーキを踏み込みながら助手席の友人に言った。
「ピーマンだ」
赤ピーマンは信号機の赤ランプの真下一メートルのあたりで下降をやめ、プラプラ風に揺れている。
まもなく赤ピーマンは上昇を始めると同時に緑ピーマンが降りてきた。
車を発車させる。
「黄色ピーマン見損なったな」
「あぁ」
 しばらくすると遮断機にさしかかった。
カンカンカンカンカンカン
繰り返し光るライトからはグレープフルーツが飛び出していた。

2004年3月7日日曜日

サクランボ

子供の頃から少しずつ小銭を入れていた貯金箱が重くなったので開けると、
中身はすべてサクランボのタネだった。
かなり危険な賭けではあったが、銀行に持っていくことにした。
窓口でそれを出すと若い行員は小さく「アッ」と声をあげ
「少々お待ちください」と奥へ行ってしまった。
まもなく偉そうなオッサンが現れ「どうぞどうぞ」と小部屋へ通された。
事情を話すとおっさんは深く何度もうなずいた。
サクランボのタネの値打ちを知りたければ試してみるといい。
但し小銭がサクランボのタネに変わるには64の条件が揃わなければならない。

2004年3月6日土曜日

タクシー運転手の見事な禿頭の上で苺がクルクル踊っていた。
釣銭に受け取った二枚の十円玉はほのかにストロベリーの香りがした。
以来、苺を見るたび禿頭を思い起こすのですこし困っている。

2004年3月5日金曜日

かぼちゃ

「かぼちゃ風呂か。珍しいな」
他に客はいなかった。
気ままな一人旅で、温泉や浴場を見つけては入った。
「いらっしゃいまし」
「え?」
「かぼちゃですよ、旦那」
「ひぇー、かぼちゃが口をきいた」
「まま、そんなに驚かないで。不思議な体験も、一生に一度くらいようござんすよ」
かぼちゃはなかなかいいテノールの声だった。その声に誘われて湯に浸かった。
かぼちゃはどこからか酒を持ってきて、私に勧め、その声でこの風呂の歴史を語った。
その後、私の背中を流した。
私がそろそろ上がる、と言うと、お土産が外に置いてあるから、と言った。
脱衣所のカゴには私の荷物の上にパンプキンスープの缶が載っていた。
寂れかけた風呂屋に似合わないハイカラな品に、吹き出してからハッとした。
風呂場に戻ると、かぼちゃは居なくなっていた。

2004年3月4日木曜日

リンゴ

ターンテーブルにリンゴを置き針を落とす。
カチ……ウィーン
"mother nature's son"に合わせてクルクル回りながらスルスル皮が剥けていく様は何度見てもうっとりする。

2004年3月3日水曜日

白菜

「ただいまぁ」
出迎えてくれたのは、立派な白菜だった。
「わっ。ちょっと、母さん。なんで玄関のド真ん中に白菜があるのよ」
「え?」
母は「あら。こんなところに置いた覚えはないんだけど」と白菜を台所に抱えて行った。

「ただいま……おーい白菜があるぞ」
父の声に私と母はあわてて玄関に行くと、確かに白菜が父を出迎えていた。
「変ねぇ、この白菜、足が生えてるのかしら」
陽気な母はおかしそうに白菜を抱えて台所に戻った。
その白菜は翌日キムチになった。
以来、家に帰るとキムチの瓶が出迎えてくれる。

2004年3月2日火曜日

マツタケ

出勤時間に遅れそうだったわたしはバタバタと運転席に乗り込んだ。
「ひぃ」
恐る恐る扉を開き外に出てシートを見るとマツタケが生えていた。途方にくれた。遅刻確実になっていたが、どうでもいい。
滅多に食べられるわけじゃない、このままかじりついてやろうかと思ったがマツタケは焼いたほうが美味いに決まってる。
そこでエイヤと引っこ抜こうとしたらマツタケはひどく痛がった。
結局、マツタケが運転してくれることになった。
なかなか運転が上手いマツタケだ。

キウイ

キウイは線路に立ち、ポーラスターに向かって誓う。「北へ行こう」と。
「もうこの地に見聞きするべきものはない」
キウイは考える。「北は寒いと言うのは本当だろうか」
しかし決心は揺るがない。「私には毛皮があるではないか。この毛皮で寒さがしのげるはずだ」
キウイは、おのれの希望と毛皮を信じて線路沿いを静かに歩きだした。
寒さをしのげなかったのは言うまでもない。

2004年3月1日月曜日

密室劇場

当劇場は、酸欠者続出により本日を持って閉館いたします。館主


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500文字の心臓 第35回タイトル競作投稿作
○2△1

枇杷

お骨だけになつたおばあちゃまのおへそのあたりには枇杷がありました。
よく熟れたそれを、家族みんなで一口づつ食べました。
とてもおいしかったのに、誰も何も言ひませんでした。
あとに残つた大きな種を庭に植ゑました。
おばあちゃまが生まれた百年後の年、初めての実をつけるでせう。

2004年2月29日日曜日

ピーマン

「ここのピーマンは肉詰め専用です」
とピーマン農家のおじさんが言った。
「肉が詰まった品種なのです。突然変異でできました。わが家はピーマンの肉詰めをよく食べるので大助かりですよ」
ピーマン農家のおじさんは愉快そうに笑ったがちっとも愉快ではない。
収穫した肉入りピーマンでピーマンの肉詰めを焼く。
焼くだけでいいから、楽と言えば楽だが、切るときの感触はなんともグロテスクである。
そうしてできあがったピーマンの肉詰めの並んだ大皿を眺めていたらアレをやりたくなった。
神経衰弱。

2004年2月27日金曜日

白菜

「白菜、もっと入れようよ」
「今入れたばっかりだよ」
「でも、入ってないぞ。んじゃ、おまえ全部食べたな」
「違う、違う。俺も白菜食べたいと思ってたところなんだ」
「わかったわかった。また入れればいいんだから」
「おい、白菜誰か食ったか?」
「俺じゃねぇ」
「おれも違う」
「でも、なくなってるぞ」
「本当だ。さっき残り全部入れちまったぞ、白菜」
「おれ、全然食べてないのに」
「俺だって」
「じゃあ、どうしてなくなってるんだよ」
「しらねぇよ」
「まぁまぁ、幽霊が食べたものと思って」
「犯人はおまえか!」
「裏切り者」
「ち、違う。誤解だ」
当たり。私が食べました。だから喧嘩はやめてね。

2004年2月26日木曜日

サラダ

まずはレタスの飛沫の洗礼を受けるべし。
ブロッコリーの森でマヨネーズとドレッシングのどちらかを選ぶ。
アスパラガスをすべて登り
キュウリを渡ってトマトに辿り着くことができれば
オニオンの輪を授かるだろう。

2004年2月25日水曜日

トマト

「トマトジュースを浴びなさい」
恋に破れた僕に、その子は言った。
4才くらいのその男の子は
公園のベンチで呆然としていた僕に近寄ってきて
「よしよし」と頭を撫でトマトの缶ジュースを差し出しながら、そう言ったのだ。
トマトジュースなんか浴びたら大変なことになる。髪も服も赤くベトベトになってしまうではないか。
「さぁ、早く」
有無を言わさぬその声に僕は半ば諦めて缶を開けた。

その後どうなったかって?ニコニコしながら家に帰ることができたよ。

2004年2月24日火曜日

とうもろこし

あなたの美しい薄緑の衣も、長く豊かな髭も太くて強い芯も
簡単に捨てられるこの現実が
不思議で仕方ないのです。

2004年2月23日月曜日

さといも

さといもの煮物ですよ、と母が父に言う。
振り返った母は
「お供えしてもねぇ。食べるわけでもないんだけど」
と苦笑する。
だいじょうぶだよ、母さん。父さんは確かに喜んでる。
だって僕が今食べているさといもは父さんだらけだ。

2004年2月22日日曜日

にんにく

彼の妙なる香と秘めたたくましさは世界放浪の末に身につけたものである。
幾年月をかけ、あちらこちらの大地を踏みしめ風を吸い込み、日の光を浴びてきたのだ。
ゆえに人々を魅了、あるいは嫌悪される

2004年2月21日土曜日

みかん

「みかんの缶詰」
誕生日プレゼントはなにが欲しいか聞かれたからそう言った。
「変な奴」と言われたけど。
甘くてかわいいみかんの缶詰。まぶしくて粒のそろったみかんの缶詰。
あなたから貰うのは甘いものだけ。酸っぱいのはいらないのよ。
ひたすら甘くなくちゃいけないの。それ以外はNOサンキュー。
どういうことかわかる?それだけの存在なの、あなたは。

2004年2月20日金曜日

バナナ

皮は四つ股になるように全部むく。
それを広げてテーブルに置く。タコウインナーの巨大なやつみたいだ。
白いスジを取ってこれまテーブルに並べる。一直線に。
そして真っ白なバナナを手掴みで食べる。
やってみる?
ただ面倒なだけさ。

2004年2月18日水曜日

ぶどう

スーパーにぶどうを買いに行くとボショボショザワザワ小さいが姦しい声がする。
だが周りの人はみな黙って買い物をしている。
よく耳を澄ませて声のする方を探すと
そこには巨峰が並んでいた。
「ちょっとあんた狭いんだから押さないで」
「痛い痛い」
「落ちる、はずれる」
思わずこそっと「なに喧嘩してるの」と言ったら巨峰は大声で喋り出したので
買い物客が皆振り返った。
仕方ないのでうるさい巨峰を買って帰った。
でも、ぶどうを買いに来たのだから仕方なくはない。

2004年2月17日火曜日

ゴボウ

ゴボウが伸びるので付いていった。
どんどん伸びるので歩き疲れてゴボウにまたがった。
するとゴボウは太くなり、速度も速くなった。
新幹線を抜かし、ジェット機と競争した。
「ドラゴンみたいだね!」と言ったらゴボウはとても嬉しそうだった。
あちこちぐるぐると七周したら、地球がゴボウに締めつけられて苦しそうだったので
「そろそろ夕飯にしなくちゃ」と言った。

2004年2月16日月曜日

さくらんぼ

あまりにも綺麗で、部屋へこっそり持っていったのです。
私はそれをビンに入れました。
勉強机の一番上の引き出しにしまい、しょっちゅう取り出してはうっとりと眺めました。
見ていると時間を忘れるので、学校のテストはいつも赤点スレスレでした。
いまでも毎日見ています。
もう四十年経ちましたが、美しさはあの時のままなのですよ。

2004年2月14日土曜日

レンコン

レンコンの穴に魅せられた弟はもう二年も行方不明だ。
蒸発前、弟は「穴はすべて違うんだ。」と言っていた。
もしかしたら弟は自分の穴に辿り着いたのかもしれない。
そうならば私は何も言うべきことはない。
レンコンを食べるたびに私は祈る。
弟がいませんように、と。

2004年2月13日金曜日

タマネギ

タマネギを切るときの涙を集めてまわる妖怪がいる。
奴らは涙の池に住んでいるのだ。
池の水位が下がると若い衆が手分けしてタマネギに憑いてその時を待つ。
いつもにまして涙が出るときには、妖怪が憑いていると思っていい。
そんなときは大いに涙を流して欲しい。
なぜタマネギを切るときの涙じゃないと駄目なのかって?
それは他の涙では情が溢れ過ぎてるから。
彼らはとても繊細なのだ。

2004年2月12日木曜日

ナス

茄子を研く。乾いた布で埃を拭い、なめした鹿皮でキュッキュッと磨く。息を吹き掛けて磨く。
旅にでたときには、その土地ならではの茄子を買い、せっせと磨く。
丸いの黒いの細いの青いの。
茄子きゅっきゅっ。

2004年2月11日水曜日

大根

大きなボウルに山盛りの大根おろしを前に途方にくれている。
実は私はイライラすると大根をおろしてしまうのだ。
単純動作の繰り返しと、おろし金の感触と音が、私の気を休めてくれるらしい。
大抵は大根半分もおろせば気が済むのだが、今日は気が付くと五本もおろしていた。
大したことがあったわけではない。
ただ張り切ってミニスカートで、デートに出かけたら、某巨大交差点の真ん中でカエルのように転んでしまい、
その瞬間をたまたま来ていたテレビカメラに生放送で流されてしまった、というだけだ。
大量の大根おろしをどうして食べていいのか、わからない。
「なます」にしても食べきれないかもしれない。
大根おろしを「おすそわけ」するわけにもいかない。
だんだんトゲトゲしいものが胸に溢れてきた。
私は財布に手をのばした。まだ八百屋は開いているはずだ。

2004年2月10日火曜日

ネギ

「こっちが下仁田、これは深谷。いろいろあるよ、奥さんひとつ買ってぇな」
鴨がネギを売りにきた。
「そうね、アンタと一緒に鴨鍋にしようかしら」
「ほいきた!」
鴨はネギを背負って台所で出汁の支度を始めた。
「わい、羽をむしるとこまでは自分でできますけんど、あとはよろしゅう」
「十分よ、おいしい出汁作っておいてね。私は包丁研いでるから」

2004年2月7日土曜日

メロン

メロンの網目を迷路に見立てて指でなぞっていたら
絡め捕られて迷いこんだ。
実際のメロンの中は、味と裏腹に居心地が悪いので、よい子は真似しないように。

2004年2月6日金曜日

すいか

「こりゃ。勢いよくプッとやらんか」
おいらがスイカの種をちまちま取りながら食べていると
じーちゃんが言った。
「うまく飛ばせないんだよ」
「何度もやるうちにできるようになる。ほれ、こうだ」
じーちゃんはスイカにかぶりつき庭に向かって種を飛ばした。
「ご先祖さまに失礼のないようにな」
「え?ご先祖さま」
「そう。スイカの種の一粒づつがご先祖さまのなごりなのだよ」

2004年2月5日木曜日

アスパラガス

アカリは魔女。まだ修行中の11歳。
アカリの一族は身の回りのものを食べ物に変える術を大切にしているんだ。
この地方では昔、「キキン」と言って、畑の作物が取れなくて、おなかをすかせて死んだり、病気になることがよくあったんだって。
だから村の人を助けるために、食べ物に関係のある魔法がたくさんあるんだよ。
あたしがいま一番得意なのは「ロウソクをアスパラガスに変える術」。
火のついたロウソクに呪文をかけるの。
呪文は覚えにくいし、あんまりカッコよくない。
「つけにせひのほげらっぱ」
そうするとロウソクは緑のアスパラガスに変わっちゃう。
大きくておいしいのよ。今度ごちそうしてあげるからね。
でもさ、アスパラガスも大事だけど、ロウソクも大事でしょ。
だからちょっと困ってるの。

2004年2月4日水曜日

ブロッコリー

ブロッコリーは考える。
あんまり考えすぎて、マヨネーズをかけられたのにも気付かなかった。
それを食べたマユミちゃんは次の日の算数のテストで百点を採った。
マユミちゃんのテストに一役買ったとは知らずに
かつてブロッコリーだったものは考える。
何を考えていたのか考える。

2004年2月3日火曜日

ほうれん草

「もう、限界なの」
私は相手の顔を見ずに言った。
視線の先にはほうれん草のおひたし。
小さな陶器に盛られたおひたし。
この器はふらりと寄った陶芸作家の個展で見つけたのだった。
ちょっと高いけど、ひとめで気に入った。
目の前の男と私の分、へそくりで買った。
それ以来、おひたしはこの器、すっかり食卓の定番になった。
別れてもこの器は手放さないようにしなくては。
私はそんなことを思いながら、ほうれん草に向かって静かに別れの訳を語り続けた。
「言いたいことはよくわかった」
男もまた、私の顔を見てないだろう。
男は未練がましくいいわけをしているようだ。
黙ってほうれん草のおひたしを食べる。
話を聞いてくれたのは、ほうれん草。

2004年2月2日月曜日

もやし

夜中、台所からガサゴソと音がするので起きあがった。
ブルッとしてトイレに行く。
用を済ませてからおそるおそる台所に行くが、ゴキブリはいない。
しかし、依然音は続いている。
よく耳をそばだてると冷蔵庫から聞こえるようだ。
野菜室を開けると、もやしが袋の中で踊っていた。
「元気のいいことで」
寝室に戻った私は顔がにやけていた。
朝食に作るもやし炒めが楽しみだ。

2004年2月1日日曜日

衝撃

オレはやわらかいトンネルの中にいる。匍匐前進。ゆっくりゆっくり進む。
もう何十時間もこうして少しづつ進んでいる。どこへ向かっているのか、わかっている。でも、わかっていないのかもしれない。
頭が窮屈で痛い。とにかく狭いトンネルなのだ。頭でトンネルを押し広げながら進むしかない。
時折、トンネル全体がひずみ、身体中が締め付けられる。こんな痛みは初めてだ。気が遠くなる。それでも進むのをやめるわけにはいかない。
前方にかすかな光を感じ、オレはやや元気を回復した。とにかくあそこまで行けばいいのだ。
だんだんと光は大きくなってきた。しかし、それに伴い頭痛もひどくなっていく。「もう、だめだ」
今度こそ本当に気を失う、と思ったそのときオレは光の射す方へと一気に押し出された。強い光と冷たい空気がオレを突き刺す。さっきまでオレがいた、薄暗く暖かな世界とは大違いだ。
オレはこれからこんな世界で生きていくのか! 
恐れ戦いたオレは、あらんかぎりの大声で泣き叫んだ。
オレの渾身の叫びを聞いて喜んでいる女がいる。


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500文字の心臓 第34回タイトル競作投稿作
○1

2004年1月31日土曜日

じゃがいも

男爵と女王がまた言い合いをしている。
俺のポテトサラダに関する議論らしい。
二人はある日突然台所に現れ、そのまま居ついてしまった。
男爵と女王はそれぞれ「男爵である」「女王である」名乗ったので、そう呼ぶことにしているが、あまりそのような高貴なものに馴染みがないので、本当は少し困っている。
「おい、男爵」とか「女王、ちょっと」などと呼びかけるのはどうにも気がとがめる。
男の一人暮らしの狭い部屋にわけのわからぬ男女が住み着くのは妙なので、初めの数日は出ていくように丁重に頼んだが、
「おぬしが呼んだのではないか」
と言って埒があかない。
彼らはどういうわけか、俺が好物のじゃがいもを食べる度に大騒ぎする。
ところが夜は二人でゴソゴソやっているらしい。
身分が違うのにいいのかな、などと思いながら俺は寝る。
そのうち「王子」なんてのが出てくると困るので、俺は今、当分じゃがいもを食べるのを止めようと思っている。

2004年1月30日金曜日

レモン

レモンを丸ごと絞って飲む。
「おいしいですか?それ」
同居人が言う。
「おいしいですよ」
まずけりゃ飲んでません。
「酸っぱいでしょう?」
同居人はいかにも酸っぱい顔をして言う。
「レモンだから、もちろん酸っぱいです」
毎朝、起きるとレモンが産まれている。
布団の中にレモンが一つ。
産んだ覚えはないが、寝る前は何もないからやっぱり産んだとしか考えられない。
この身体のどこから産まれるのか知りたくて、徹夜を試みたこともあったが、いつのまにか寝てしまって、気づくとレモンが布団の中に一つ。
とにかく、レモンに不自由はしなくなった。
ありがたいことである。

2004年1月29日木曜日

ピーマン

私はピーマンが嫌いだった。
それはもう病的に。
自分でもどうかしてると思うくらいに。
ピーマンを食べて具合が悪くなったこともなければ、味や匂いがイヤなのでもない。
でも食べられない。
ピーマンを食べるということは、恐ろしく、汚らしく、忌まわしい。
拒絶、嫌悪。ただそれだけ。
ある日、道で女に声を掛けられた。
近寄ってくる女に、なぜだかいい香りを感じた。
「あなた、ピーマン食べられないでしょ」
「え?はぁ。そうですけど」
「私たち、同士ね」
「どういうことですか?」
「私はピーマン星の生き残りの子孫よ。そしてあなたも」
原始、私はピーマンだった。

2004年1月28日水曜日

タマネギ

ムズムズとタマネギが動くので
一枚一枚ゆっくりと剥いでいった。
どうせハンバーグのために微塵切りにするのだから構わない。
小さくなるにつれてムズムズは大きくなった。
「おとなしくしてないと、むけないよ」
と声を掛けると静かになった。
だんだん温もりが伝わってきた。
とっくに確信していたが、何かいることが実感された。
「もう大丈夫。出られるよ」
と聞こえたので、まな板の上に小さくなったタマネギをそっと降ろした。
ムズムズはやがてグラグラになりメリメリになってそれは生まれた。
「剥いたタマネギね、おれっちが養分吸っちゃったから、おいしくないよ。んじゃ」
それはあっさりと消えた。
残されたタマネギの欠片の一つををかじってみたら、
本当に何の味も辛みもないので
もう一つタマネギを出してこようとしたが、ひとつも残ってないのを思いだし、ため息とともに財布を手にした。

2004年1月26日月曜日

きゅうり

きゅうりに味噌をつけてかぶりついている河童。
「すみません、すみません」
「そーいう時はありがとう、って言えよ」
「ありがとう、ありがとう」
河童は迷子の息子を探しているうちに自分が迷子になってしまったらしい。
うちの玄関先で干からびかけていたのだ。
水を掛けるとみるみるうちに元気になった。
「実は、わたし未亡人で。夫は息子が生まれてすぐに死にました」
河童は潤んだ瞳でそう言った。
「はぁ」
「息子が見つかったら……私たち親子を飼ってください。きゅうりと水さえあればいいのです」
「うーん。飼うってのは気にいらねえな」
「そんな……」
「結婚、にしよう」

2004年1月25日日曜日

かぼちゃ

おたきさんは、パンプキンパイを焼く名人だ。
今日もおたきさんは特大パンプキンパイを焼き上げた。
「うーん、いい香り!さっそくご近所に配らなくちゃ。」
おたきさんのパイを楽しみにしている人は16人。
だからとびきり大きなパイを焼く。
ところがどっこい、パンプキンパイは逃げ出した。
テーブルを飛び降り、窓から飛び出し、ごろんごろん。
庭を横切りごろんごろんごろんごろん。
「だれかー。そのパイを捕まえてー」
おたきさんの叫びを聞いてみんなが出てきた。
「こりゃ大変、おたきさんのパンプキンパイが逃げ出したぞ」
村一番の早足が追いかけていったが、しばらくしてすごすごと帰ってきた。
「今年最後のかぼちゃだったのよ」
おたきさんの言葉を聞いて、みんながっくり。
そのころパンプキンパイは森の小人の村にいた。
小人は大喜び。こんなおいしいパイははじめてだ。
小人たちがたらふく食べてちょっぴり欠けたパンプキンパイ、さよならして走り出した。
ごろりんごろ ごろりごろん ごろんごろり ごろごろ
帰ってきたパンプキンパイ、おたきさんも村人も大喜び。あぁよかったね。

2004年1月24日土曜日

ふき

蕗を煮た。
まな板の上でゴリゴリして。
至るところでハルノカオリがする。
穴から向こうを覗いたら、吹雪だった。
ブルッと身震いしたら
「だからハルノカオリだよ」
と蕗が言った。
明日はふきのとうを食べよう。
明後日はたんぽぽを食べよう。
その次はたらの芽を食べよう。
たくさんハルノカオリを吸い込もう。
いろんなハルノカオリを身に纏おう。

2004年1月23日金曜日

いちご

いちご狩りで64個のいちごを食べた晩、
いちごが尋ねてきた。「夜分恐れ入りますが、あなたさまを大量虐殺の罪で連行します。」
「は?」
「世界苺連盟条約第9条において『ヒトに一度に食われても赦すのは48まで』と決められております。あなたさまにおかれましては16の過剰ですので…極刑は免れないでしょう」
というわけで、おれはいちご裁判にかけられることになった。
いちごへの愛を訴えるつもりだが、形勢はよくならないだろう。
「極刑」がどんなものかはわからないが
いちご弁護士からは親しい人へ手紙を書くように勧められている。

2004年1月22日木曜日

さつまいも

「これからどこにいくの?」
「土に還るだけさ。みんなそうだよ。もちろん、アンタもね」

2004年1月21日水曜日

にんじん

「ねぇ?ぼくのしあわせって何?」
にんじんがそういうので振り上げた包丁のやり場に困った。
「馬に食べてもらう」
「ヤダ」
「兎だ」
「もっとやだ」
「ハンバーグの添え物」
「ちがう」
「ゴボウかなんかと一緒に煮物」
「やーだぁー」
にんじんは泣きだした。
「うるさいなーもう。おまえはカレーの具になるの!」
「あ、それでいいや」
「んじゃ、そういうことで」
トントントントントントン

2004年1月20日火曜日

キャベツ

レオナルド・ションヴォリ氏はまるごとキャベツに箸を突き刺し塩を振りかけ、かぶりつく。
むしゃむしゃむしゃむしゃ
「あ!ションヴォリめ。これはオレさまのキャベツだぞ」
と、あおむしが言えば
「フン!知ったことか!」
と、お構いなし。
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ
哀れあおむし退散する。
むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ

夏だというのに、この町の海岸通りは閑散としていた。
むこうから娘が歩いてくる。
ビーチサンダルに切りっぱなしのデニムの短パン、よれよれのタンクトップ。
髪はばさばさ。年は15にも25にも見える。
娘は歩きながら桃にむしゃぶりついていた。
ボタボタと汁を滴らせて。
すれ違いざまに感じたむせかえりそうな甘い匂いは、果して桃のものだったか、女のものだったか。

2004年1月19日月曜日

セロリ

『なあ、せろり』
『サトウくんに呼び捨てにされる覚えはないんだけど』
『んじゃ。せろりちゃーん♪』
『……せろりでいい』
せろりの言うラ行が舌足らずな「せろり」が聞きたくてどうしてもからかってしまう。
……嫌われてるかな。
おれはセロリにかじりついた。
「アンタ、最近セロリばっかり食べてるじゃないの。あんなに嫌いだったのに」
「母ちゃん、おれはオトナになるんだ。見てろよ、せろり!」

2004年1月18日日曜日

トマト

目の前に赤いものか゛落下してきた。
トマトは潰れた。
「なにすんのよ、馬鹿」
アパートの二階でニタニタしている女を睨み上げた。
「ねぇ?アンタはトマト投げて見たいと思ったことないの?」
そうね、否定はできないわ。

2004年1月17日土曜日

くたびれた主水くんのこと

「健気な若者だった。なあ?モンドくん」とションヴォリ氏。
「やっぱり愛だよな」と摩耶。
「人殺しはよくないと思う……」
と百合ちゃん。
「ぼく、にんじゃになる。あんちゃん、ちゃんばらしよう!」
と掃部くん。
主水くんは「おいしい山菜が食べたいな」と思っていたが、口には出さなかった。
もし言えば、このまま山に行くことになるだろうから。

主水くんはちょっと疲れている。
レオナルド・ションヴォリ氏は相変わらずじいさんで主水くんも少し前からじいさんだ。
「ほれ、モンドくん」
「はい、博士」

2004年1月16日金曜日

父の真実

長助は刀を振り回しながらいつしか涙を流していた。
そして、刀を降ろした。

長助の父、長吉も、父の仇討ちを狙う為に、隣国のスパイを監視する忍者になった。
監視を続けるうちスパイの女と長吉は恋に落ちた。
それが知れ渡り、やむなく自害することとなったのだ。
父は殺されたように見せかけるため、女に斬らせた上で、転げ落ちるようにして川へ飛び込んだのだ。
長助の初めて知る父の姿だった。
奥から娘が出てきた。7,8歳だろうか、色の白い子だ。女は言った。
「あんたの妹さ。あたしは自分の国に帰らなきゃいけない。どうか、この子を養ってやってください」

父の死の真相は明らかになった。
もう、長助に恨む者はない。
三代続いた父の仇のための忍者ごっこはおしまいだ。
いや、終わりにしなければならぬ。
これ以上戦ってもまたお互い仇を生むだけだ。
長助は忍者の看板を降ろした。
そもそも隣国のことなんて何一つしらないのだ。
長助は鍛冶屋に専念し、山菜売りは母と妹が継いだ。
長吉16の秋のこと。



2004年1月15日木曜日

父の仇

そしてついにその機会はやってきた。
山菜を買う奥さんの輪の中に鋭い目をした女がいたのだ。
若くないが身体が引き締まっているのが着物の上からでも見て取れる。
なんともないようで隙のない身のこなし。
長助は時間をかけて女を追った。ここで焦ってはいけない。

やっとのことで女の住まいを見つけだした。
「ごめんください。山菜のご用はありますか?」
「悪いね、うちは間に合ってるよ。」
長助は背中に隠した刀を取り出し、声色を変えた。
「ここであったが百年目、盲亀の浮木、うどんげの花・・・」
「長吉つぁん?」
女は父の名をつぶやいた。
「やはり、おぬしが父の仇。覚悟致せ。」
長助は女に切りかかった。
女はひらりと身を翻し、戸の脇に常備していると見える刀を手にした。
激しく刀を交えながら女は喋り続けた。
「あんた、長吉っつぁんの倅だね?あたしの話を聞いとくれ。」
「問答無用」
「そんなら勝手に喋るわ」

2004年1月13日火曜日

忍者になった長助のわけ

長助は隣国のスパイの噂を聞いた。
父の長吉はスパイの諜報活動を目撃してしまい、「消された」のでは、という内容だった。
そして長助は父の仇を討つために忍者としての修行をつみ、望み通り隣国のスパイを監視する役を仰せつかったのである。
与えられた仕事は監視することのみ。しかし長助は心に決めていた。
スパイと接触し、父の殺しと関係があるとわかれば、仇を討つと。
そのために長助は父の作品である大小を念入りに手入れしていた。
小刀はいつも懐に忍ばせ、いざという時には刀を持参するつもりだった。

長助のこと

山菜売りの長助は毎朝早くに山へ入り、山菜を取り、昼前には町に出て売り歩く。
若い割に愛想のいい長助は町の奥さん連中にも人気があって、売り上げも安定していた。
贅沢さえ望まなければ、十分満足な暮しだった。
しかし、それは世を忍ぶ仮の姿であったのだ。
長助は隣国のスパイを探す一流忍者。
山を歩きながら、商売をしながら、夜の町を徘徊しながら、
スパイの気配が現れやしないかと全神経を研ぎ澄ませているのだ。
長助は特別な人間ではなかった。
真面目で優しい両親のもとで野山を駆け回って育ち、
将来は父の後を継いで鍛冶屋になるつもりでいた。
ところがその父が何者かに殺されたのである。長助10歳の秋のことだった。

2004年1月12日月曜日

叱り叱られた主水くんのこと

ションヴォリ氏一行は開演分秒前に劇場に入った。
売店でジュースとポップコーンを買う。
ションヴォリ氏はチョコレートを欲しがったが、主水くんに止められて諦めた。
ションヴォリ氏、摩耶、百合ちゃん、掃部くん、主水くんの並びで席に付いた。
客席はガラガラだ。
ションヴォリ氏たちの他は親子連れが4組いるだけである。
それもそのはず、274人しか住民がいない町にある、500席の劇場なのだ。
「まだ?」
掃部くんは主水くんに聞く。これで八回目だ。
呆れた主水くんがちょっと怖い顔で睨むと
「もう少しだからね」
とにっこり百合ちゃんが言い、膝をぽんぽんとたたいた。
掃部くんは主水くんに「あかんべー」をしてみせた。
ブーーーーーーーー
開演のブザーがなり照明が落ちる。
「ほ! ほーい!」
ションヴォリ氏は喜びの声をあげた。
「ちょっと博士、やめてください。他にも見てる人がいるんですよ」
「大人四人、子供四人。たったのこれっぽちではないか」
「人数の問題じゃないでしょう」
「あんちゃん、うるさい」

2004年1月11日日曜日

敏捷な火付け人について歩いた一行のこと

一行は火付け人の後に付いて劇場まで歩いた。
火付け人の様子はいつまで見ていても飽きなかったのだ。
火付け人は狭い通路の中を反復横跳びのごとく、左右の壁に寄りながら火を付けるので忙しい。
しかし、彼の動きはすばやく一行の歩みは遅くはならなかった。
掃部くんは火付け人に合わせて「あいせっふぁいあ と きんど」と大きな声で言っていた。
「こら、掃部。仕事の邪魔をしちゃだめじゃないか。すみません、うるさくて」
と主水くんは謝ったが、火付け人は気にしてないようだった。
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」

2004年1月9日金曜日

あいせっふぁいあ と きんど のこと

主水くんがなかなか戻ってこないので皆、様子を見に来た。
「あ、博士。この人が 壁の蝋燭を付けてまわっている人です。」
「そりゃご苦労なことで」
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」
「千本もあるんですって、蝋燭」
「それは前に数えたから知ってる」
「はぁ、そうですか。この蝋燭、一時間持つそうですよ」
「じゃあ、千本目の火を付けたころ、一本目はもう消えてるんじゃないかしら?」
百合ちゃんが言ったが、火付け人は聞こえなかったらしい。
「千本目の火を付けるときには、一本目はどうなってるんですか?」
「右壁、左壁かわりばんこにえっほ、えっほ。全部終わるのに45分後、戻ってくるのに15分。あいせっふぁいあ と きんど」
火付けはこの科白を何度も言っているのだろう、よどみなく歌うように口にした。
「すごい。ちょうど一時間だ。でも、それじゃぁ休む時間がないじゃない!」
摩耶が大きな声を出した。
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」

2004年1月8日木曜日

火付け人のこと

ひょっこひょっこと背の低い男がぶつくさ歌いながら歩いていた。
「きゃんどる、ろうそく、えっほ、えっほ」
壁の蝋燭の前に来ると今度はインギンに低い声を出した。
「あいせっふぁいあ と きんど」
禿びて消えかかった蝋燭に手をかざし息を吹きかけると、たちまち蝋燭は甦った。
主水くんは合点した。
おそらくこの人が地下通路の唯一の明かりである蝋燭の管理をしているのだ。
「こんにちは」
「どうでっしゃろ」
「あのう、おじさんが蝋燭をつけて回ってるんですか?」
「わしがやらなきゃだれがやる。あいせっふぁいあ と きんど」
「この蝋燭、どのくらい火が持つんですか?」
「一時間。あいせっふぁいあ と きんど」
「蝋燭、何本あるんですか?」
「千本。あいせっふぁいあ と きんど」
「そんなに!」

2004年1月7日水曜日

耳を澄ます百合ちゃんのこと

コツン コツンコツン コツンと後方で不規則な足音がすることに気づいたのは百合ちゃんだった。
言い忘れていたが百合ちゃんは耳がいい。摩耶の歌声を耳栓なしで聞くことができるのだ。
自分の声がよく聞こえるせいか、百合ちゃんの声はやや小さい。
「ねぇ、主水くん、後に誰かいるみたい……」
「ん?なに?」
「うしろに」
「誰かいるの?シネマを見に行く人じゃない?」
「ううん、変な歩き方してるし……おかしな歌を歌ってるみたい……」
「見てきたほうがいい?」
「うん……」
主水くんはだいぶ前を歩いているションヴォリ氏と摩耶に声を掛けた。
(掃部くんの歩調に合わせていた主水くんたちは、ションヴォリ氏たちと離れてしまっていたのだ。)
「博士!少し待っててください」
「どうかしたのか、モンドくん」
「ちょっと後の様子を見てきます。時間はまだ32分44秒ありますから」
「ほいほい」

2004年1月6日火曜日

落とし穴のこと

大通りの花屋と靴屋の間には大きな四角い穴がある。
店舗がぴっちり立ち並ぶ大通りにあってその隙間はあきらかにテンポを乱している。
余所の人がそうと知らずにのぞき込み、足を踏み外して怪我をする事故も後を断たない。
ゆえに通称「落とし穴」。
実はこれが劇場への入り口なのだ。
石でできた長い階段を降りて暗い地下通路を15分ほど行くと、劇場だ。
掃部くんがここに入るのは初めてである。
通路は三人歩くのがやっとくらいの幅で、天井も低い。
両側の壁には6尺ごとに蝋燭が灯されているが、それでも相当に暗い。
五人の足音がカン カンと響きわたる。

2004年1月5日月曜日

主水くんの胸に冷たい風が通り抜けたこと

翌日、ションヴォリ氏と主水くんと掃部くんが10時00分2秒に噴水前に到着すると、すでに百合ちゃんは待っていた。
「おはよう、百合ちゃん。早いんだね」
「掃部ちゃん」
「あー、ゆりちゃーん」
「久しぶりね、掃部ちゃん」
掃部くんは百合ちゃんの手を取ってブンブン振り回している。主水くんはちょっと寂しい。
10時4分23秒に摩耶がやってきた。
「おはよう、レオナルド、みんな」
「さぁ、行こう。シネマは10時45分の開演なんだ」
ションヴォリ氏と摩耶はしっかりと腕を組んでずんずん歩き始めた。
へんな動物の皮を着た掃部くんは百合ちゃんに手を引かれて歩き出した。
主水くんは、とても寂しい。
仕方ないのでちょっと強引に、空いている掃部くんの右手を取った。
「あんちゃん、おてていたいよー」
「うるさい」
「?」

2004年1月3日土曜日

思惑がはずれた主水くんのこと

そういえば主水くんと百合ちゃんがこうしてゆっくり顔を合わすのはひさびさだ。
主水くんは思い切った。
「百合ちゃん明日は時間ある?シネマに行かない?明日の10時きっかりから10時4分59秒の間で待ち合わせよう。噴水のところで」
主水くんは一息にしゃべった。
「いいねぇ!行こう行こう」
答えたのは百合ちゃんではなく、摩耶だった。
「ほっほーい!シネマ!久しく見とらんな。リリィ、何が見たい?」
「あの、別に博士たちは……」
「掃部も一緒でしょ?やっぱりヒーローものかなー。百合はイヤ?」
「ううん、そんなことない。楽しみ」

2004年1月2日金曜日

パフェに取り付くションヴォリ氏のこと

結局、ションヴォリ氏と主水くんと百合ちゃんの三人は摩耶の歌う喫茶店でチョコレートパフェを食べている。
「博士、こんな巨大なパフェでいいんですか?しかも、おやつの時間を47分23秒過ぎています。あとで食事が入らなくてもしりませんよ」
「だいじょうぶ。クリームがたっぷりで大変結構」
「わたし、お金持ってきてないよ……」
「気にしないで、百合ちゃん。お代は博士か゛ぜーんぶ持つからね」
「うん……ありがと、ションヴォリさん」
「リリィはやせっぽちだからなー。顔色も悪いの。たんとお食べ」
「博士、なんてこと言うんですか。百合ちゃんがもともと色白なのは博士だって知ってるでしょう」
「おーこわいこわい。モンドくんは何でそんなにご機嫌ななめなのかね」
「博士!」

2004年1月1日木曜日

察しの悪いションヴォリ氏のこと

「百合ちゃん!」
「あ、主水くん……」
「ほほーい、モンドくんでないか?どうした?マリーと一緒じゃなかったか?」
「どうしてって。博士こそ、どうして百合ちゃんと一緒にいるんですか」
「リリィか?久しぶりに会ったらかわいくなってたから声を掛けた」
「そんな……あー、もう!」
改めて百合ちゃんの姿を見た主水くん、そそくさと出ていってしまった。
「ん?なんで怒ってるんだモンドくんは」