2003年8月31日日曜日

絵葉書

「……は、のどかで良い所だ。昨日は市場で出会った老夫婦の家に泊まった。初めての経験だよ。もしも、この旅に出なかったら一生なかったことだろうな」
あてのない旅に出た友からの絵葉書を読み、俺は深いため息をついた。
辛い事が重なっていた彼に対し、俺は自分では気付かぬ内に優越感を持って接していた。
なのに写真からも文面からも青い空が溢れている。俺は焦った。
あいつは自分を取り戻した。
だが未来は見えないままではないか。
羨望と苛立ちが交じり合う。
彼が旅から帰ったら、俺は一体どんな顔をすればいいのだろう。

2003年8月30日土曜日

DEAR my boyfriend

ねぇ?わかる?
キミへの気持ちは「好き」とか「あいしてる」なんてコトバじゃ、とてもおさまらないんだよ。
でも「好きだよ」って言わずにはいられないのはどうしてだろう。
だから足りない分は、つないだ手から感じてね?お願いよ?

わたしは水色の便箋をビリビリと破って捨てた。
書けば書くほど嘘っぽくなるような気がしたから。
それよりも、お気に入りの服を着て会いにいこう。
わたしはパジャマを脱ぎ捨てた。

2003年8月28日木曜日

ひとり暮らし

ここに暮らし始めて三ヵ月、郵便受けに新聞と広告紙とダイレクトメール以外の物が入ったためしがない。
当然といえば当然だ。
友人たちには住所を知らせなかった。
携帯があれば、わざわざ住所を知らせなくても連絡は取れる。
でもちょっと失敗だったかも。
手紙の入らない郵便受けがこんなに不憫だとは。

翌日、切手の貼られた封筒を見付けて胸が高鳴った。手紙だ。
見慣れた文字だった。
「元気でやっていますか。忙しそうで心配です。何か必要なものがあれば送りますから……」
不覚にも涙が出た。淋しかったことにやっと気付いた。

2003年8月27日水曜日

悪戯

宛先だけの白紙の葉書が届いた。
確かに私宛てだ。その字は力の入りすぎた大きな文字で、字を覚えたばかりの子供が書いたようにも見える。
そのような筆跡の持ち主の知り合いはいない。
白い葉書を見つめているとメッセージが隠されているのではないか?という期待が沸き上がってきた。
私は手を施した。
すかしたりあぶったり真っ黒に塗り潰したり消したり。
何もなかった。しかし悪くない疲労だ。
そういえば、こんなにムキになったのは久しぶりだ。
私は新しい官製葉書を出してきて懐かしい友人の名前を書いた。
グリグリと大きな文字で。

2003年8月26日火曜日

MUR MUR

小さいとき、ぼくは壁の汚れやシミが人の顔みたいに見えるとすごく恐かった。
その話をしたら小父さんは大笑いしたので、ちょっとムッとした。
「実は私は壁抜けができるんだ」
と小父さんは言った。
「壁抜け?」
「そう、壁を通り抜けられる。人に見られると厄介だから滅多にやらないが。その時なぜか、壁に顔の跡が残る」
でも、ぼくはこの話をちょっと疑っている。
だっていくら頼んでも小父さんは「壁抜け」をやってみせてくれないもの。

2003年8月23日土曜日

THERE IS NOTHING

小父さんがくれた本は分厚くて表紙は革でできていた。
ぼくはそれをパラパラとめくって、ちょっと考えた後に言った。
「日記帳?」
「へ?」
小父さんはすっとんきょうな声を出した。
「何も書いてないから……」
「え?」
小父さんには、その本の文字が読めるのに、ぼくには何も見えないのだった。
フクロウの提案で、本とそっくりな日記帳に書き写すことにした。
小父さんが本を読み、ぼくが書く。
三週間かけて完成した本は、小父さんには白紙のままに見えるらしい。
ためしにピーナツ売りに二人の本を見せた。
両方とも、読めた。

2003年8月22日金曜日

フクロトンボ

あれ、行き止まりだ。
ピーナツ売りが書いた地図、間違ってるのかな。
ぼくはピーナツ売りの手品の師匠を訪ねるところだった。
ピーナツ売りの先生だからぼくにとっては大先生だけど
手品を教わりに行くわけではなくて、今日はただのおつかい。
ぼくは交番で聞いてみることにした。
「この地図のここ、行き止まりになってて」
おまわりさんは、変な顔をして言った。
「地図は合ってる。キミが間違えたんだろ」
再びさっきの場所まで来た。
やっぱり行き止まりだ。涙が湧いてくる。

ぼくはハタと気付いた。
相手は悪戯な老魔術士なのだ。

2003年8月21日木曜日

思ひ出

「そういえば、そんなこともあったな!懐かしいなあ」
ピーナツ売りと小父さんが、ぼくの知らない話をしている。
「お、少年、ゴキゲンナナメではないか」
「子供は昔話にヤキモチを妬くもんだ」
「そんなことないよ!……ねぇ、二人はいつ知り合ったの?」
すると二人とも考えこんでしまった。
「さて、そう言われると……参りましたな」
「思い出をさかのぼってみようではないか!一番古い記憶まで」
小父さんの提案で二人は次々と思い出をひっぱり出しはじめた。

夜明けまで語り合ったけど、話はまだ一昨年の六月だ。

2003年8月19日火曜日

辻強盗

‘辻強盗出没! チョコレートの管理は厳重に’
町の至るところに貼り紙が出ている。
ピーナツ売りがいつも出店を広げるビルの壁にも貼ってある。
それがちょうどピーナツ売りの頭の上にくるので
まるで彼が強盗みたいでちょっと笑った。

「笑い事じゃないぞ、少年。これはひょっとすると……」
「ひょっとすると?」
「私かもしれない」
予想もしなかった答えに驚くぼくに構わず小父さんは続けた。
「月が流れる雲に隠れる間、私の記憶は途切れる。
盗まれた物がお菓子ばかりというのも、私ならありうる!」
小父さんなぜか嬉しそう。

2003年8月18日月曜日

THE GIANT-BIRD

初めてその巨大な鳥が夜空に出現したのは三日前だった。
それ以来、人々は夜の外出をしなくなった。
ぼくとピーナツ売りは頭を抱えていた。
その巨大な鳥は寂しい道化師の新しい友達なのだ。
どのようにして鳥と道化師が出会ったのかはわからない。
町の人が恐がっているからには、どうにかしなければいけないけれど
二人を引き離すことはできない。

小父さんに相談すると笑って答えた。
「地上から見えなければいいんだろう?
月影が出ない飛び方を教えてやろう」

町の騒ぎはぴたりと止んだ。
巨大な鳥は今夜も町の上空を飛んでいる。

2003年8月17日日曜日

停電の原因

街燈が遊びに来た。
部屋に入れないので廃ビルの屋上へ行くことにした。
めずらしいお客さんだからおいでよ、と言ったら
寂しい道化師もやってきた。
ピーナツ売りは街燈がピーナツを食べられるかどうか悩みながらもいつもの倍、持ってきた。
屋上で、ぼくたちはオニゴッコをして、しりとりをした。
その後、満月を後に道化師と街燈は踊った。
小父さんは自分の姿とダンスに大満足みたいだ。

屋上から静かすぎる町を見下ろして
これ以上停電を長引かせるわけにはいかない、と
ピーナツ売りは言った。
嫌がる街燈を帰すのは大騒動だった。

2003年8月16日土曜日

どうして彼は喫煙家になったか

「それ、何の香り?」
「ん?キャラメルだな」
小父さんの煙草はピーナツ売りの特製だ。
タバコの葉は入ってないから本当は煙草じゃないんだけど。

次の日ぼくは、ピーナツ売りのところに手品を習いに行った。
「小父さんはなんであんな煙草吸うのかな」
「お月さんは、甘党なのさ。
こっちにいるときは香りだけでも始終味わっていたいんだよ」
「ふーん。でも、それなら食べればいいのに」
ピーナツ売りは笑って言った。
「そのうち煙草の作り方も教えてやらなきゃならんな。
背があと10センチ伸びたら教えてやる。手品より難しいぞ」

A MOONSHINE

よく晴れた満月の晩、白い傘を差して歩く御婦人を時々見かけた。
ハテナと思ってはいたんだ。
それから、満月の夜に傘を差す人はだんだん増えていった。
はじめは女の人ばかりだったのに、男の人にも傘を差す人が出てきた。
ぼくはマネキンに聞いてみることにした。
「アレね、月傘っていうらしいわ。ずいぶん流行ってるわよ。月夜に傘差して歩くのがオシャレなんですって。あとね、月明かりは体に毒だって言う人もいるわ。」
なんてこった!小父さんが知ったらショゲちゃうよ。
‘月光はカラダにいい’ってうわさを流さなくちゃ。

2003年8月14日木曜日

はたしてビールびんの中に箒星がはいっていたか

ピーナツ売りがビールびんをぶら下げてやってきた。
「ビールが入っていないのだよ」
ピーナツ売りは自分と、ピーナツを買うお客のためにビールをケースで買う。
その中にからっぽのびんがあったというのだ。
「よく見てごらん。中で何か飛び回っている」
「ほんとうだ。虫……ではないね。」
ぼくには見当がついていた。これはたぶん箒星だ。
「よし、ちょっと早いけど小父さんを呼ぼう」
ピーナツ売りも真剣な顔で頷いた。
「ラングレヌス」
なぜだか、とても低い声になった。

「やぁ。ピーナツ売りも来ていたのか、お。ビールだ」
小父さんは、ぼくとピーナツ売りが怒鳴り散らして止めるのも聞かずびんを開けてしまった。
ヒュン と音がしたような気がしたけど、はたしてビールびんの中に箒星がはいっていたかどうかは、わからないままだ。

2003年8月13日水曜日

星と無頼漢

激しくドアを叩く者があった。
「助けてくれ」
飛び込んできたのは流星だった。
「無頼漢に追われている」
と流星は言った。
「無頼漢は、そっちだろう」
そう言うと流星は泣きついてきた。
ぼくは流星を部屋に残し表へ出た。
怖そうな人など見当たらない。
「……だれもいないじゃないか」
ぼくはわざと声に出して言った。
無頼漢と聞いて本当は少し怖かったのだ。
「ニャ」
「やぁ、見かけない顔だね」
木陰から出てきたネコを抱いて部屋へ戻ると流星は叫びながら出ていった。
「おやおや、無頼漢はおまえだったのか?」
ネコはぼくが作ったミルク粥を六皿も平らげた。

2003年8月11日月曜日

お月様が三角になった話

夜になるのが待ち遠しかった。
寂しい道化師もめずらしく自分から遊びにきてそわそわしている。
そう、今夜は花火が上がるのだ。
日が沈むのに合わせ、ぼくたちは黒猫の塔のてっぺんに上がった。
特等席だ!
高いのが怖い小父さんも、ぼくや道化師の誘いに負けてやってきた。
ヒュー ドーン
一発目を合図に次々と色とりどりの花火が満月の真下で開く。
小父さんは「ドーン」のたびにビクッとしている。
そしてひときわ大きな花火のひときわ大きな「ドーン」と同時に
真上の満月は三角形になった。
小父さんは、と言うと 気絶していた。

2003年8月10日日曜日

お月様を食べた話

ビスケットのかけらが落ちていたので
拾って食べたら案の定小父さんにコツンとやられた。
「少年、いやしいぞ」
「ゴメンナサイ。でもこのビスケットかたくて・・・」
ぼくは口からビスケットを出した。
小父さんはそれを拾いあげるとひぃっと息を飲んだ。
「おい、飲み込んでないだろうな」
「うん、たぶん」 「これは私の・・・」
「?」
「あー、一部だ。どんな味がした?」
「香ばしくて甘かったよ」
小父さんはなぜか機嫌がよくなって、ハッカ水と本物のビスケットを買ってくれた。

2003年8月9日土曜日

土星が三つできた話

今夜は仮装パレードだ。
ぼくはずっと前から土星になろうと決めていた。
ずいぶん苦労して頭にかぶる輪っかを作ったんだ。
通りに出ると仮装した人でいっぱいだった。
「あ」
「どうした?」
ピーナツ売りはマジシャンの格好だ。
いつも手品をやってるから仮装ではないような気もするけど。
「あの人見て」
少し前を歩いている背の高い男の人がぼくと同じような輪っかを頭につけていた。
とても目立ってる。
「いやー」
ぼくのすぐ後ろで小さい子の泣き声がして振り向いた。
その子も輪っかをかぶっている。
ぼくとおそろいなのがお気に召さないらしい。
やれやれ土星が三つだ。
でも、月の仮装をした人は28人もいたんだ。
あちこちお月さんだらけでピーナツ売りは大笑いだった。
でもこのことは小父さんには内緒。

2003年8月6日水曜日

赤鉛筆の由来

寂しい道化師は、両手にのるくらいの木箱をもって来た。
「たからばこ」
「見てもいいの?」
道化師は大きくうなずく。
箱の中はすてきなものでいっぱいだった。
ビー玉やビンの王冠、セミの脱け殻や新聞の切り抜き
外国の切手に、まつぼっくり、石ころ
ガラスのかけらとボタン、壊れた真空管。
道化師はよろこぶぼくを嬉しそうに見ていた。
その中に小指の先ほどにちびた赤鉛筆を見付けた。
「これはなに?」
おしゃべりが苦手な道化師は身振りを交えて語る。
まるですばらしい芝居を見ているようだった。
それは小さくて悲しい恋物語。

2003年8月4日月曜日

月夜のプロージット

「乾杯!」
ぼくたちは、夜風の中、乾杯した。星の降り積もった廃ビルの屋上で。
ぼくはハッカ水、小父さんはジンジャーハッカ水。
ピーナツ売りはビールで、寂しい道化師はアイスレモンティー。
ひょっこりついてきた、ねこのトーマにもミルクをやった。
ピーナツ売りが、それはそれはたくさんのピーナツを持ってきたのでツマミの心配はない。
「はたしてお月さん、今夜の乾杯のわけをお聞かせ願いましょう」
ピーナツ売りがまじめに聞いた。
そう、ぼくやピーナツ売りや道化師(と、ねこのトーマ)は誘われるまま、ここに集まったのだ。
小父さんは気取ってこう答えた。
「まだわからないのかね、諸君。見よ、こんなにも月が美しい!」

2003年8月3日日曜日

黒い箱

久しぶりに訪ねた寂しい道化師のアトリエはすっかり片付けられていた。
大きな黒い箱ただひとつを残して。
「どこに行ったんだろう」
「旅に出たんだろう。路上で芸をしながらなんとかやっているさ」
小父さんはそう言いながらも心配顔だ。
「旅に出るなら教えてくれればいいのに……」
ぼくは黒い箱に近付き、重い蓋をずらし覗きこんだ。
「小父さん、来て!」
ぼくは小声で叫ぶ。
中を見た小父さんとぼくは顔を見合わせ静かに蓋を戻した。
道化師は膝を抱えて寝息を立てていた。

三日後、道化師は新しい芸を見せてくれたんだ。

2003年8月1日金曜日

A ROC ON A PAVEMENT

石が落ちていた。
不自然なくらいまんまるなそれをそっと拾い上げた。
ぼくはすぐに気づいたのだ。
小父さんの石によく似ている、と。
ぼくは小父さんではなく、フクロウにその石を見せることにした。
なんとなく、小父さんに見せるのは気が引けたから。
{これは・・・火星であろう}
「火星!」
{おそらく近くまで来たついでに散歩でもしているのであろう}
「返さなきゃ!」

火星はまだ見つからないので、チラシを作った。
[尋ね人Mr.MARSMANー丸き もの、当方で確かに預かりし。
すみやかに取りに来らるるべし]