2003年4月30日水曜日

午後六時

私は仕方なく台所に立つ。
自分が食べたい物だけを作るわけにもいかず
「今日のおかずは何かな?」とワクワクして待つこともできない。
家族の時間と好みに合わせるだけの、事務的な料理。
作る楽しみも食べる楽しみもすっかりなくしてしまった。
今日のように体調がいまいちの時はなおさらだ。
食欲がないのに肉料理を作るなんて……。

カチャカチャカチャ
食器棚から音がして私は振り向いた。
すると棚の扉が音を立てて開き、グラスや皿がぽこぽこ飛び出てきた。
踊る皿たちは食事中も止まらなかった。
夫も子供も見えないみたいだ。うふ

2003年4月27日日曜日

17:00

学校からの帰り道、僕はいつも一人だ。
学区のほとんどは四年前にできた新興住宅地で、そこから離れた僕の家は一番遠いのだ。
家の周りには田んぼがあって、そのあぜ道を通学路にしている。
はじめての友達は、たいてい驚いて僕を田舎者扱いするんだ。
自分んちがほんの数年前まで田畑だったことも知らないで。
カエルも触れないヘナチョコのくせに。
「まぁまぁ、落ち着いて。町の子にだっていいとこがあるって
キミはよくわかってるじゃないですか」
え?周りには誰もいないのに。何の声だろう?
「下を向いてください。ゲコ」

2003年4月26日土曜日

16時

私は大きなトートバッグに財布を入れて家を出た。
早めに買物を済ませてしまおう。
スーパーはまだそれほど混んでいない。

あちこち店内を回ってレジに並んだところで腕時計に視線を落とすと、四時だった。
私は食料品をバッグに入れる。レジ袋は貰わない。
レジ袋を持つ姿は素敵じゃないから。
店を出ても外はまだ明るかった。
ついこの間まで四時過ぎれば夕暮間近、という空だったのに。
その時、バッグの中で何かが動くのがわかった。
覗き込んだバッグの中ではヒヨコが生まれ、鰹のタタキは鰹の姿で跳ね回り、大根は花を咲かせていた。

2003年4月22日火曜日

午後三時

退屈。
眠くないけど、遊ぶとすぐ疲れるし、ママに叱られるし。
明日は学校行けるかな。席替え、どうなったかなー。
たかが三日やそこいら休んだだけなのに、ちょっと緊張する。
ママ、アイス買ってきてくるかなー。
時計の秒針って結構うるさい。
コッチンコッチンコッチンコッチン
ドッキンドッキンドッキンドッキン
心臓の音もうるさい。
コッチンドッキンコッチンドッキン
ドッキンコッチンドッキンコッチンドッキンコッチンコッチンコッチン
綺麗だなー。小川が流れてる。花が咲いてる。

あ、ママが帰ってきた。アイスアイス。

2003年4月21日月曜日

午後二時

午後二時って空白の時間だよなぁ。
眠い午後の授業中、時計を見上げてフトそんな思いがよぎった。
子供の時は昼寝や遊んでいるうちに過ぎ去ってしまっていた。
小さい子はおやつの三時がメインで、その前は印象が薄いんだよね。
出掛ける支度とか、待ち合わせとか、見たいテレビとか、
そーいう意識しなきゃいけない時間にも、あんまりあてはまらないし。
実際、午後二時に気付かない日って多いよなー。なんかかわいそー、二時って。
その時見たんだ、時計の針がすごい速さで回るのを。
そうか、二時は本当に早く進むんだ!
大事にしよっと。

2003年4月19日土曜日

13時

昼休みになるのが待ち遠しかった。
今日は朝からK屋の「ハムチーズサンド」が食べたくて仕方なかったのだ。
私はほとんど小走りでK屋に向かい、無事ハムチーズをゲット、グレープフルーツジュースも一緒に買った。
このハムチーズはチーズがカマンベールで、とっても贅沢な気分になれる。
ああ、早く戻って食べよう。
仕事場へ戻る足取りはフワフワに軽かった。
お昼ご飯を買っただけでこんなにウキウキするなんて、ほんと安上がり。
お腹が空いてるからだけじゃ、こんなに身体が軽いわけないよね。
気付けば町はおもちゃのように小さくなっていた。

2003年4月18日金曜日

正午

まだ花に水をやってないことに気付いた私は庭に出た。
きのうまで元気だったチューリップたちが一斉に落ちてしまい庭は幾分静かになっている。
ァアーーーーー
正午のサイレンが聞こえてきて、私は少し顔をしかめた。
なんだか焦燥感というか、追い立てられているような気がして聞くたびに心が波立つのだ。
サイレンが鳴り止むと私は小さく深呼吸をしてから
ブリキの如雨露を再び傾けた。
シャワーは虹を作った。
私は飽きもせず、小さな雨の行方を見守る。
雨はいつのまにか、赤黒い血に変わっていた。
遠くでサイレンが聞こえる。

2003年4月16日水曜日

AM11:00

「うわっ!」
私はブレーキを踏み、息をついた。
渋滞の時でなくてよかった…・・・。
ここは都内の環状線。
先頭で信号待ちになった私は、カーラジオに耳を傾けながら赤信号を睨んでいた。
十時台最後のニュースが終わり、十一時の時報…
ピ・ピ・ピ・ポーン
それとぴったり同時に信号は青になった。
私はほとんど反射的にアクセルを強く踏み、車は急発進…・・・というわけだ。
私はもう一度呼吸を整えしっかりと前を見て驚いた。
今度こそ急ブレーキをかける番だった。

浮世絵でしか知らない、江戸の町が今ここにあるのだ。

2003年4月15日火曜日

10時

雨の日の二時間目、国語、とくれば退屈の極みだ。
時計はなかなか進まない。
私は頬杖をついて、結露越しにぼんやりとグラウンドを眺めてた。
雨はいい降りで、もちろん体育なんかやってない。
グラウンドも空も、ひたすらどんよりとしていた。
それでも棒読みで教科書を読むセンセーよりはマシな気がする。
私は、校庭の真ん中にもやもやしたものがあるのに気付いた。
くねくねしている。少しづつ見えてきた。
……ピエロだ。
踊るピエロ。
なんだかゴキゲンになってきた。
もう雨の日も退屈しない。

2003年4月13日日曜日

朝九時

リ、リリリーンリリリーン
朝の家事は忙しい。
手を抜いても気合いを入れても、毎日仕事がある。
私は家事が嫌いではない。掃除も料理も洗濯も、それなりに楽しみを持ってやってる。
でもやっぱりバタバタしてる時に電話がなるのは嬉しくない。私はイライラしたまま受話器を取った。
「はい」
「もしもし、まぁちゃん?」
相手は私を子供時分の呼び方で呼んだ。
「あの、どちら様で……」
「覚えてないんだね。あんなに遊んだのに」
「えっ…と」
「にゃんたん、だよ」
ぬくぬくとした感触と匂いが甦る。私の最初のともだち。

2003年4月12日土曜日

午前八時

朝八時。オレは走ってる。朝練だ。
毎日変わらない景色。変わらないタイム。もはや惰性だ。
やれやれ次の角を曲がれば終わりだ。
オレはその時初めていつもと雰囲気が違う事に気付いた。
景色は変わりない。学校の裏門前の道。
だが、実はよく見えない。
いつのまにか霧が異常に濃くなっているのだ。
こんな濃い霧は初めてだった。
なんだか、夢の中にでもいるような、心許ない感じだ。
すぐ前にいたはずの先輩も見えない。
50m程で着くはずの門になかなか辿りつけない。
オレは急に不安になった。
オレ、ひとりぼっちじゃん。

2003年4月11日金曜日

AM7:00

「起きなさーい」母さんの声に続いて目覚ましもピーピーと鳴る。そしてさっきより尖った母さんの声
高校生になったオレは目覚めが悪くなった。
学校は遠くて疲れるし……好きだったMちゃんには会えない。しかも高校は男子進学校。
そう、起きる動機が非常に乏しい。
それでも学校に行かない訳にはいかず、母の声はますます狂暴になりオレは無理矢理身体を起こした。
窮屈な洗面台に立ち、半ばヤケクソになって冷たい水を何度も顔にかける。
ようやく腰を上げて驚いた。
鏡にネコが映ってる。
「おはよう。ボク、キミがかぶってるネコだよ」

2003年4月9日水曜日

朝六時

まだ暗い冬の朝、六時。
いつものように駅に向かっていた私は、妙にウキウキとしていた。
楽しみな予定などないのだが。
駅までの景色は相変わらずだ。
それに定年間近の身体には、朝の寒さがマフラーを巻いても堪えるというのに。
私は自分を訝しく思った。
「どうしたオレ?気持ち悪いくらい心がおどってるぞ?」
胸の高鳴りは、ホームに電車が入ってきた時に最高潮となった。
プーシュー

早めの通勤電車の乗客たちが私を見て一斉に叫んだ。
「久しぶりだな!元気だったか?」

2003年4月8日火曜日

午前五時

朝飯前の犬の散歩は十年来の日課である。
コースは近所の中学校を廻る1キロ強だ。
夏の早朝は気分がいい。
学校の正門までくると少しストレッチをしてから、犬と走り始める。
あれ。いつのまにか子供が一緒になって体操していた。
「おじさん、たまには違うコースにしようよ。」
「なんでいつも同じだって知ってるんだ?」
少年は答えない。
そして我々は走りだした。
少年は目的地でもあるかのようにズンズン進む。
「おじさんこっちこっち」
そこはジョンの実家だった。
ジョンの母とその飼い主の老婆は、無言の出迎えをしてくれた。

2003年4月5日土曜日

午前四時

ジャンパーとオーバーパンツを着込む。星図、双眼鏡とホットコーヒーもオッケ。
竜座流星群の観測に出掛けよう。
……というのは建前で。もちろん観測はする。
それよりもこれは年に何度かの「独りになれる」貴重な機会なのだ。
妻との関係は悪くないが、仕事に追われる毎日だ。
自分だけの時間を作るのは年々難しくなってきている。
誰にでも独りになる時間は必要だろ?

僕は秘密基地を持っていて星の観測はいつもそこからする。
本当に秘密の秘密基地だ。
流星の観測は明け方がいい。
急ごう。基地には僕が手に掛けた愛しい人が待っている。

2003年4月3日木曜日

午前三時

コンビニまで歩いて四分。
それは徹夜仕事の気分転換兼、夜食の買い出し。
毎晩決まって三時頃である。
すっかり寝静まった住宅街から、表通りに出ると眠らない蛍光灯のカタマリが出現する。
安堵と拒絶が同時に沸き起こる。
ガラスドアを押す。
「いらっしゃいませ」
おや、ずいぶん老けた声だ。
数分後、酒と弁当を抱えてレジの前に立つ。
老店員は小さな声で言った。
「……をお忘れではありませんか?」
その瞬間、僕は幻を見た。涙が独りでに流れた。

あれからその店員は見ていない。
今夜も僕はコンビニへ行く。

2003年4月2日水曜日

丑三つ時

勉強の手を休め時計を見る。
[02:00]
……こんなに遅くまで起きているのは初めてだ。
勉強しすぎちゃったなー。明日も朝練あるし、早く寝ないと。
いそいそと布団に潜り込んだ。
二時だよー。人生14年の夜更かし記録更新だぜー。
二時。丑三つ時?丑三つってなに?ゆーれーとか出るん?
20回くらい寝返りしても人恋しさは消えず、ついにテレビのリモコンに手を伸ばした。
闇に慣れてきた目にテレビは眩しすぎる。ちょっと顔をそらす。
「どうした?眠れないか?どれ、じーちゃんが昔話をしてやろう」
もう聞けないと思っていた声が

2003年4月1日火曜日

AM1:00

ブ、ブブブ……
携帯が身悶えるのは午前一時。
仕事を始める合図。
寝ている家族に気付かれぬようにそぉーとドアを開け夜の住宅街へ繰り出す。
物音が響かないようにしなくちゃ。街灯の下を通ると、自分の影に怯えたりして。
僕は一軒の家の前で足を止め二階を見上げる。鼓動が速くなる。
あの娘の部屋の明かりはついていない。
昼間だったらこんなジロジロ見れないよな。
明日は学校でオハヨって言いたいな。よし、絶対言うぜ。
再び歩きだす。軍手の手にゴミ袋を提げて。
収集日前の秘密の仕事。