2003年3月31日月曜日

午前零時

ラジオの時報とまったく、まさしく、同時にベルは鳴った。
胃が縮みあがった。
あまりに驚いて、受話器を取ることができない。
だがベルは鳴り続ける。10回、20回……夜中の電話ほどイヤなものはない。
不幸を知らせる警報に聞こえる。
実際そんなことがこれまで三回あった。
ベルはもう34回目。
出なければ朝まで鳴り続けそうだ。
深呼吸をひとつして意を決した。
「もしもし……」
「HAPPY BIRTHDAY!!」

2003年3月29日土曜日

ワインを飲みながら惑星は、わははと笑う。
詫び状を読みながら若殿は、わなわなとわななく。
侘助を眺めながらワニは、わんわんと喚く。
わいわいと猥談をしながら我輩は、悪知恵を働かす。
みんなわくわく
みんなわっしょい

2003年3月28日金曜日

ろくに路銀も持たずに出掛けたのは六月の晴れた朝だった。
路面電車の車内は、ガラガラだった。
私は炉端で聞いた老人の昔話にロマンを掻き立てられて、飛び出したのだ。
大事な荷物は露天で買ったロイド眼鏡だけだった。
路面電車の次は、ロケットに乗った。
金はなかったが、ロケット内で働くことを許された。
私は労働者として優秀らしい。
以来、六百年間こうしてロケット内でロバの世話とロゴスの論考をしている。
論敵は魯鈍なロボットだ。
まったくこの私がロボットなんぞと論争するなんて……。

2003年3月27日木曜日

レンタルのレモンのスイッチを入れると
冷蔵庫になり、その扉は霊界の入り口。
そこは玲瓏とレクイエムが鳴り響き、烈日降り注ぐ冷寒世界。
麗麗しく着飾った人々が蓮歩している。
フェイクレザーを着込んだ私は沸き上がる劣等感を無理矢理抑えつけながら礫土を歩く。
これからもずっと

2003年3月25日火曜日

留守番の類人猿はルーズリーフに家計簿を付ける。
累増してきた黒字にニンマリ。
「ルビーをルパンに頼みましょう、それとも、瑠璃がいいかしら」
ルネサンスをはた目に流浪するイタリア人、
ルンペンのくせに羸弱で類火から逃げ遅れる。
ルクセンブルクで死んだルンペン、焼け残った誄詩も類

2003年3月24日月曜日

リュックを背負った竜は流木に掴まって、リアス式海岸に辿り着いた。
竜を見付けたのはリアリストのリスだった。
筋骨隆々の竜はリスに尋ねた。
「理想郷というのはここですか?」
律儀なリス、「いいえ、違います」と喨喨とした声で言い放った。
竜が蓼蓼となったのは一目瞭然だった。
気を取り直した竜は流木にしがみ付き離岸した。
流行歌を口ずさみ、おのれの旅情を慰めながら。
背中の小さなリュックに
リベラルな理想郷への夢を詰めて。
リスはそれを稜稜たる視線で海岸を見下ろし見送った。
彼の有名な竜宮は理想郷ではないのか……。

2003年3月21日金曜日

重いラバーソールを引きずって螺旋階段を降りると、そこは楽園だった。
春爛漫、らんちき騒ぎ。
小さなランタンがたくさんが灯っている中、
人々は思い思いに乱舞していた。
ぼくはちょっと考えて、赤いラジオのスイッチを入れラッパを吹いた。
それはララバイで、なんだか春の夜には似付かわしくなかったけど
だれも落胆してなかった。そんなもんさ。

2003年3月20日木曜日

夜明けの町
酔っ払いが歌うよ。夭逝した息子の歌。
朝がきたよ、喜びな
宵越しの麻雀は朝焼けが目に染みる。
夜がくるよ、用心しな
欲情にかられて夜這を企んでるヤツがいるよ。妖光を放ってる。
抑制ってコトバは知ってるかい?
夜が更けた
夜泣きのよちよち赤ちゃん、夜なべのおばちゃん、よぼよぼじいちゃん。
ほら、夜汽車が駅についた。
陽光は今日も燦燦と降り注ぐ。

2003年3月19日水曜日

湯上りに夕涼みする幽艶な

 女を悠然と覗き見するひとりの遊侠。
その夕影に気づいた女は男の色濃い幽愁にハッとした。
 雪女は勇者を誘惑し、その白い浴衣を落とす。
残ったのは雪煙と紅く染まった弓矢だけ。
 夢物語のあとに遊女は抱く。
湯に浸かり、豊かな乳房と憂悶を。

愉悦と憂愁は ゆらゆらと 悠久に

2003年3月18日火曜日

屋根に上って夜陰に溶け込む。
ヤカンに茶を入れて、月明かりに浮かぶ向かいの山を眺める。
あの山には八百屋をやっているヤマンバがいる。
ボクは夜行列車に乗って山を降りると薬局によって薬を買ってヤマンバに届ける。
するとヤマンバはたくさんの野菜をくれるんだ。
ヤマンバの娘は柳腰の美人で、これはボクの彼女ね。
柔肌で山吹色の着物がよく似合うんだ。
ボクの山小屋で夜半過ぎまでふたりで休んでいるとやっぱりヤマンバに
怒られちまって自棄酒飲むと彼女にも怒られてサ……。
実はややが生まれたんだ。
やんちゃな山男になりそうだんだ。

2003年3月16日日曜日

もう森には入らないと申し出を受けたときには、やはりショックだった。
猛虎のようなじいさんにも耄碌する日が来ると頭ではわかっていたのに。

じいさんは猛勇なだけでなく、魑魅を手懐け魍魎とよく話をした。
森守としての才能をすべてもっていた。そしてそれは彼しか持っていないのだ。
もはやこれまでだ。
じいさんは黙々と最後の仕事の準備をする。
最後の守が最後の森を、燃やす時がきた。
燃え上がる、朦朧とする、

2003年3月15日土曜日

明月の晩、冥土への旅が始まった。
こころは誠に明澄である。明鏡止水とはよく言ったものだ。
とりあえずは冥王星を目指せばよい
と死の瞬間に名僧が囁いたので、星々を愛でながらいこう。
ところが冥王星にはあっという間に到着してしまった。
目下迷霧の中である。
目星はない。明答は、瞑想によってのみ得られるのだろう。
生前の面倒をひとつづつ滅却していかなければならぬ。
名実ともに冥界人になるには、しばらくかかりそうだ。

2003年3月14日金曜日

無意識のうちに難しいことをあれこれ考え始めることがよくあって
どうにかならないかと思っていた。
まもなく、無理に考えまいとすれば、容易にできることに気付いた。
それは無意識ではないからだ。
私は無意識を意識するあまり、無我夢中状態と夢遊病状態の繰り返しの生活になった。
いつでもむっつりしているかむにゃむにゃしているかのどちらかである。
結局は、「無意識」という難しいことを我を忘れて考え続けていたのだ。
むちゃくちゃである。

2003年3月12日水曜日

そんなに見つめられると身動きできないわ。
いつでも身綺麗にして、髪は三つ編み、ミニスカートは穿かなかったの。
操を守るためよ。

水仕事で荒れた手を撫でてくれるのね。
耳元で淫らなことを囁くのはよして。
こんなに乱れたらみっともないわ。どうしましょう。

魔王は参っていた。迷子になったのだ。
まったく魔界の町は曲がりくねっていて
たびたび小道に紛れ込んでしまうのだが、今回はもう三日も迷ったままなのだ。
魔王が行方不明で今頃騒ぎになっているだろう。
負けず嫌いの魔王が迷子だとは間違っても言えない。
焦るばかりで魔術も効かず、ついに目を回して倒れてしまった。

翌日、町の人が発見したのは一体のマヌカンだった。
摩可不思議、幻の魔王のお話。

2003年3月11日火曜日

望郷の念にかられた北極星は芒洋な宇宙を彷徨し始めた。
驚いたのは船の帆を揚げていた水夫である。
彼らは呆然となり、天の神に宝物を納め奉拝した。

北極星は吠えた。芒芒たる宇宙にむかい母星を求めて。
彼は誇りを持っていた。
人々の指針として感謝される星は他にいないという自負である。
しかし、本拠の方角も分からなくなった今、誇りは崩壊した。
ぽつんと佇んでいただけの日々は程遠くなってしまった。
このままぼんやりと星屑になる日を待とう。

翌日、水夫たちはほっとした。北極星はいつものように輝いている。

2003年3月9日日曜日

ヘソマガリはヘアピンをたくさん付けて塀を歩く。
「へっちゃらさ。」
すれ違う人にぺこり。

ヘリクツはペガサスにまたがり平野を翔る。
「まったく、辟易するね」
ひどいペシミスト。

ヘナチョコはヘリコプターで四国遍路。
「へとへとだよ」とへたりこむ。

ペテンシはへんちくりんな変装でへらへら笑ってる。
年中へべれけ。

ヘイタイはぺろぺろべたべたベッドの中で別世界。
へなへなでぺちゃんこでへっぴりごし。

2003年3月7日金曜日

ふわりふわり風船が降り積もり、ついに富士山が見えなくなった。
膨れた風船が次々と不時着しているのだ。
長い間風雨にさらされた風船たちは皆ファニーフェイスだ。
不器用なのや複雑すぎるのは、どこにでもいるもので膨れすぎて自爆したりぶつかって破裂する風船も後を断たない。
風雲児は数が少ない上に、不運な目に合うか、口先ばかりで腑甲斐ないかのどちらかで実に頼りない。
一方で風癲や風来坊もいて、こちらは気持ちよさげに浮流を続けている。

不条理だって?ふざけちゃいけねぇ。
古い文献にも書いてあるよ。たぶんね。

2003年3月6日木曜日

火を暇そうに弄んでいる美少女。
「それ、熱くないの?」
「冷えてる」
「火花が飛んでるよ」
「飛沫は飛んでる」
「火だるまになるよ」「びしょぬれ」
「火種は何?」
「秘密」
そう言うと美少女は瓶に火を入れて振って見せた。
ぴちゃんぴちゃん

2003年3月5日水曜日

歯抜けの番人はパントマイムが好きでパラパラと奇妙な動きで働いている。
番人の仕事は旅籠屋の腹黒く嫌われ者の経営者の屋敷の蝿取りと
晩鐘を打つことだけ。
が、番人はとても楽しく働いた。
そしてどこかの芝居の端役のように何事か話ながらパラパラと動いた。
町の人は番人を白眼視した。
そして旅籠屋の事もますます悪く言った。
「旅籠屋は白痴か発狂人を雇っている」
「馬鹿が屋敷を徘徊してる」
だが禿の旅籠屋は馬耳東風、実は彼らは莫逆の友なのだ。
確かに番人は賢くはない。だが蛮力にも白面があることを知っている。

2003年3月4日火曜日

のんきなのんちゃんは野遊びが大好き。
野バラを摘んで野道をずんずん歩きます。
野ウサギの巣を覗き込んだり、伸び上がってキツツキの穴をつついたりします。
小川の水をごくごく飲んだり、野蒜をかじったり
野原に寝転がってのんびりします。
ボロ屋の軒下で野宿したり、野武士に襲われてのたうち回ったりします。
のんちゃん野垂れ死に。

2003年3月3日月曜日

寝癖頭のネコは願い事をします。
「ネズミに値引きされませんように」
寝坊助ネコは練り餡屋さんです。
大事な練り餡を安く売っていては好物のネギが買えません。
ネズミは念力使い。念力で熱雷を作ります。
砂漠の水不足を解決しようと粘り強く修業しました。
ネズミの念力には練り餡が欠かせません。
大量の練り餡と一本のネジからネズミ花火を作り、それを大きくして熱雷にし、雨を呼ぶのです。
頻繁に雨が降り、おいしいネギがたくさん採れるようになりました。
ネコには内緒。妬まれてるけど、内緒です。

2003年3月1日土曜日

盗人が抜き足差し足で盗んだのは、ぬいぐるみだった。
盗人は、抽んでた技術を持っていた。
主の興味がなくなった…つまり忘れられたぬいぐるみだけを間違いなく抜き出して盗むのだ。
万事抜け目なくやりとげる。
そして家に帰り、ほつれた縫い目を修繕し、温い湯にゆっくり浸かった後、ぬくぬくとぬいぐるみを抱いて眠るのだ。