2002年12月30日月曜日

黒い箱

黒い箱を届けに来たロボットは、なかなか帰ろうとしなかった。
「もうキミの仕事は終わったただろう?」
それでもロボットは完全な笑顔のまま動かない。
私は無視して部屋に入り、箱を開けようとした。
だが、それはできなかった。
箱には隙間がなく、ナイフを当てても、床にぶつけても、何の変化もなかったのだ。

私は諦めて再び玄関に向うことにした。予想通り配達ロボットはそこにいた。
「この箱を開けてくれ」
ロボットは黒い箱を食べ、数十秒後に排泄した。出てきたのは手紙だった。

2002年12月27日金曜日

A ROC ON A PAVEMENT

いつもの道にちょっと大きな石があった。
道のまんなかにわざと置いたようで気になった。
翌日もまったく同じ場所に石はあった。
しかし、同じ石がもう一つ積んであった。
何度も確かめたがやっぱり同じ石が二つ重なっている。
一日ごとに石は高くなっていき、一月もすると人の背丈をはるかに越えた。
町は大騒ぎになったが、何をしても石は崩れなかった。
ある日、石は跡形もなく消えていた。
そのかわり、町にはウサギが大発生した。
もちろん、みんな同じ顔をしている。

2002年12月26日木曜日

どうして酔よりさめたか?

あんまり酔っ払って公園のベンチで寝てしまった。
「もし、あなた。こんなところで寝ていると、連れていってしまいますよ」
「……誰が?」
「わたしが」
「アンタだれ?」
「わたし死神」
それが冗談でないことは、彼の足元を見れば明らかだった。私はいっぺんに目が覚めた。
「規則違反ですから、私はすぐ帰ります」
「はぁ、どうもご親切に」
死神なんてもう会いたくないな、と呟いたら
「嫌でももう一度会いますよ」
と言われた。その声は、なぜだか懐かしくて、あと一度だけなら会ってもいいような気がした。

2002年12月24日火曜日

月の客人

「明日は、友人を連れてきます」
『スターダスト』に現れたお月さまは昨日の言葉通り、老人と一緒だった。
私が初めてお目にかかります、と手を出すと老人は愉快そうに笑った。
「私は初めて、ではないよ」
お月さまもおかしそうに笑いながら言った。
「昨日は年に一度の彼の大仕事でね、翌日に私はご馳走するんですよ」
「へぇ……」
私はまじまじと年老いた男の顔を見た。白い髭がよく似合う……あ。

2002年12月23日月曜日

ニュウヨークから帰ってきた人の話

新婚旅行から帰ってきた友人は言った。
「アメリカはもう懲り懲りだ」
「なにがあったんだい?」
「……月まで英語をしゃべりやがる」
私はなんて答えればよいのだろう。

2002年12月21日土曜日

真夜中の訪問者

話し声で目が覚めた。
声は居間から聞こえてくるようなので
私はそっと起きだして居間のそばまで行った。
だが、何を言っているのかはわからなかった。
聞いたことのない言葉と、聞いたことのない動物の声。
何やら言い争いをしているようで声はどんどん大きくなっていった。
私は近所に迷惑がかかるのではと不安だったが
なぜか覗いてはいけないような気がしてそのままベッドに戻った。

翌朝、居間には袋が落ちていた。
中には私が欲しかったものが入っていた。
あぁ、靴下をぶらさげておくのを忘れていたっけ。

2002年12月20日金曜日

自分によく似た人

「あのー。落としましたよ」
振り返ると中年の男が私の財布を差し出していた。
「あぁ!どうもありがとうございます。……あの、何か?」
彼は私が礼を述べても半ば放心したようにつっ立っていたのだ。
「これは失敬、あなたが私の知り合いによく似ているもので……」
「はぁ。そんなに似ていますか?」
「ええ」
彼は困ったような泣きそうな笑顔で去っていった。

その表情が印象的で長いこと忘れられずにいた。
近ごろは鏡の前に立つ度に思い出す。
鏡の中から私を見つめ返す顔は、二十年前に財布を拾ってくれた男にそっくりなのだ。

2002年12月18日水曜日

THE WEDDING CEREMONY

友人の結婚式の招待状が届いた。
招待状に書いてあった通り、夜の八時に出掛けていった。
夜の教会というのは、寂しく荘厳で、不気味でさえある。
十字架が大きくなるにつれて気分は沈んでいった。
なかに入ると薄暗く、ほかの人の顔を確認することはできなかった。
月明かりはまっすぐ、神父だけを照らしていた。
神父が眩しそうに目を細めると、新婦は新郎の首にくちびるを寄せた……。

はじめのうちは憂鬱な気分だったが、なかなか良い式だったと思いながら家路についた。
最後まで友人の妻となった人の顔は見えなかったけれど。

2002年12月16日月曜日

銀河からの手紙

ウサギが持ってきたのは手紙だった。

「DEAR Sir.
You can around the space the trip begin with a kiss.
Have a good trip!」

「キス?誰と?」
ウサギは自分の胸をトンと指で叩いた。
宇宙旅行には行きたかったが、ウサギとキスするのは御免だったのでやめておいた。

2002年12月15日日曜日

HOLD UP

「手を挙げろ!」
小さな通りに入ると待ち伏せしていたらしいソイツは私に銃を向けた。
ソイツの気迫に負けて私は素直に両手を挙げた。
私の腰にプラスチック銃を突き付けてソイツは言った。
「ボクをお月さまのところに連れていけ」
やれやれ
「小僧、お月さまに会ってどうするんだい?」
「お願い事をするんだ!」
「どんな?」
「おじさんには内緒だよ。お月さまにしか言わないもん」
いくら私でも内緒にされては何もできないよ。
子供の頑固は月をも悩ます。

2002年12月14日土曜日

AN INCIDENT IN THE CONCERT

クリスマスの電飾が賑やかな家の角に黒ヘルメットを被った人がいた。
私が角を曲がると黒ヘルメットはついてきた。
「何の用だ?」
「あれは何だ?あのピカピカは何だ?」
子供の声だった。私はなるべく平静に答えた。
「あれはクリスマスの飾りだよ。今日はクリスマスイブだからな」
「クリスマス……サンタが来るのか?おれにも来るか?」
黒ヘルメット以外ひどく貧しいことに気付き少し迷ったが私はこう言った。
「いい子にしてればな。そうだ、おじさんの家に来るかい?」
「行く」
こうして私は子持ちになった。

2002年12月12日木曜日

見てきたようなことを云う人

『スターダスト』で見知らぬ男に声をかけられた。
「ドーナツの穴に入ったことはありますか?」
彼は物静かな口調で問うてきたが
私は応えようがなくて黙っていた。
「あれは、素晴らしい世界の入り口です。そこは甘く切ない香で満ちていました。人々はみな笑顔です。夢のような光景が広がっていました。そして空には青い宝石のような地球!」
段々芝居掛かってきた。
「ああ!誰もが心ときめく世界!あなたもきっと行けるはず!ラララ ワンダフルワールド!」
最後は歌いながら去っていった。

それ以来、ドーナツが食べられない。

2002年12月11日水曜日

友だちがお月様に変わった話

友達の家に遊びに行った。
チャイムを鳴らし、まもなく出てきたのはお月さまだったので
「やぁ、お月さまも来ていたんですか!」
と言った。
「何言っているんだよ?」
とお月さまは友達の声で言った。
彼は鏡を見てショックを受けていた。自分の姿が月なのだ。
とにかく本物のお月さまに会いに行くことにする。

『スターダスト』に行くとお月さまもひどく驚いたようだった。
店の中でも店を出た後も我々はジロジロと見られ、私は複雑な心持ちがした。
注目を浴びたのは、お月さまになった彼ではなく、お月さまに挟まれた私だったのだ。

2002年12月10日火曜日

THE BLACK COMET CLUB

「旦那、黒彗星クラブに入りやせんか」
ウサギが突然訪ねてきてそう言った。
「なんだい?そのクロナントカっていうのは」
「月に対抗する集まりですわ。例えば新月祭り、満月の外出禁止、月を好む人を迫害……」
私は唖然とした。
「メチャクチャじゃないか!第一そんなことをしてもお月さまはちっとも困らないぞ」
ウサギは私の剣幕に驚いてか、すごすごと帰っていった。

数時間後、あちこちの貼り紙を見てクックと笑ってやった。
《ウサギにご用心。当THE BLACK COMET CLUBは天体観測サークルです。黒彗星クラブとは一切関係ありません》

2002年12月9日月曜日

散歩前

真冬の真夜中の散歩に出掛けるにはちょっとした決心がいるものだ。
第一に、この暖かい部屋で、これから冷たい風の中に出ていくことを思うのは苦しみでしかない。
私は大の寒がりなのだ。
そして、夕食を済ませた後に外套や襟巻や手袋を身に付けるのは誠に億劫である。
それでも散歩に行くには訳がある。
夜でなければ会えない旧い友人と景色があるのだ。
だれだって大切な人に会うのなら多少の無理は厭わないだろう?私もそうだ。
しかし、今日のように雪が降った日は用心しなければ。
子供の歓声があちこつに残っているからね。

2002年12月8日日曜日

コウモリの家

引っ越したばかりの家に帰り、明かりを点ける。だが、部屋はうす暗い。
よく見ると天井という天井にコウモリが張りついているのだった。
「これはどうしたものかな」
「心配は無用です、旦那様」
「旦那様?私のことか?」
「はい、旦那様。新しい旦那様にご挨拶を申し上げます。旦那様が起きる頃我々は眠り、旦那様が眠る間に我々は活動します。我々はこれから食事に出掛けます」
「あ、あぁ」
コウモリは消えた。
それ以来、コウモリには遭遇していない。
かすかな気配で彼らが出掛けるのを感じるだけ。なかなか素敵な共同生活。

2002年12月7日土曜日

黒猫を射ち落とした話

「あの電信柱のてっぺんにいる猫を狙ってください」
言われた通り弓矢を持って駆け付けると
お月さまはかなり焦っていた。
はやくとせかされ、八本も外してしまう。
ようやく九本目、猫に矢が刺さった。
血は流れず、矢にもやもやとしたものが集まるのが見えた。
やがて矢は猫の体から抜けて空へ飛んでいった。
「悪い星に取りつかれたんです。手遅れにならなくてよかった」
落ちてきた黒猫は傷もなく、幸せそうに寝ていた。
「明日には目覚めるでしょう」
黒猫はお月さまに抱かれて行ってしまった。

2002年12月6日金曜日

A TWILIGHT EPISODE

いつもより二時間早く家を出た。
夜明けの町を歩くのはスクリーンの中にいるようで気恥ずかしい。
靴音とともに背筋も伸びる。
前からやってくるのは牛乳配達ロボットだ。
「オハヨーゴザいます」
「やぁ、おはよう」
今度は新聞配達の異星人だ。
「おはよう」
「……」
なかなか愛想がいい。角が青く光ったから。
あれは俺の親父だ。
「父さん、おはよう」
無視。まぁ仕方ない。幽霊だし。
あ、お月さまだ。
酔っ払っている。すれ違わないようにこの角を曲がろう。

2002年12月4日水曜日

煙突から投げこまれた話

お月さまを迎えにいこうと夕暮れの『黒猫の塔』に向かった。
街灯に寄り掛かり煙突を見上げてどれくらいたっただろうか。
だいぶあたりが暗くなってきたと思うと煙突の真上の空で何か光が見えた。
その光はどんどん大きくなり、光に吸い込まれるような気がして目を逸らすことができない。
そのうちに見上げた空は光でいっぱいになり……

「どこか痛いところはありませんか?」
「はぁ……ここは……どこですか?」
「『黒猫の塔』の中ですよ。煙突から落ちてきたので驚きましたよ」
お月さまの目がキラリと光った。まるで猫の目みたいだった。

2002年12月3日火曜日

THE MOONRIDERS

近ごろ「ムーンライダース」なる暴走族が取り沙汰されている。
爆音を撒き散らしながら夜の住宅街を駆け巡る。
ところが住民は大喜びなのだ。
「ムーンライダース」が通った夜から三日は赤ん坊が夜泣きしないという。
その噂を聞き付けた隣町住民は「ムーンライダース誘致作戦」を展開しはじめた。
「ムーンライダース」と関係が深いと見られる男は沈黙を守っている……。

「この『男』っていうのはあなたでしょう?実際はどうなんですか?」
新聞を見せながらお月さまに聞いたが答えはやはり沈黙だった。

2002年12月2日月曜日

月のサーカス

三日月ブランコに乗っている小さな女の子。
毎日練習できなくて寂しいだろうね。
でも満月玉乗りの道化少年はもっと可哀相。
ひと月に一度しか稽古できない。
こればっかりはどうしようもないけどなんだか申し訳なくってね、と話すのはお月さま。
本番は師走の一ヵ月間。
毎晩一種目づつゆっくりとお楽しみいただけます。

2002年12月1日日曜日

電燈の下をへんなものが通った話

「あ、今あそこに何か通った」
「どこ?」
「電燈の下。ほらあそこになんかへん……」
「ほんとだ。へんなものだ」
「なんだろ、あれ」
「へんなものだよ」
「へんなのは、見ればわかるよ」
「だからへんなものだよ」


若人の友情が壊れないかと心配になったが
「通称へんなもの」の正体を教えてやることはできない。
やっかいな約束をしてしまったのだ、お月さまと。

2002年11月30日土曜日

ココアのいたずら

「今夜は冷えますな。暖かいものが飲みたい」
「うちへ寄っていきませんか?ココアでも飲みましょう」
「ココア……それは面白い。お邪魔しましょうか」
お月さまがなぜ「面白い」と言うのか、わからなかった。
なぜならそう言ったお月さまの顔はちっとも「面白い」ように見えなかったのだ。
とにかく家にあがってもらい早速熱いココアを作った。
お月さまは「おいしい」と言ってくれたが震えていた。
私も一口飲むと一度脱いだ外套を慌てて着た。
「暖まるためにココアを飲むと、ココアはひがむことがあるんですよ」

2002年11月28日木曜日

THE MOONMAN

少年は月を眺めるのが大好きだった。
彼の部屋の小さな窓から月が去るのをひとしきり惜しんでから、ようやく少年はベッドに向かうのだった。
ある晩、月から一本のロープが垂れているのに気が付いた。
するとそのロープを伝って男が下りてくるのが見えた。
それは一瞬の事だったけれども、彼は疑いは微塵も持たなかった。
「あのおじさんはどこに行くのだろう。ぼくに会いにきてくれないかな」
坊や、月のおじさんはこれからお酒を飲みにいくんですよ。
坊やに「目撃」されたことを肴にね!

2002年11月27日水曜日

月をあげる人

「では、おやすみなさい」
『スターダスト』からの帰り、いつもの場所でお月さまと別れる……振りをする。
今夜はこっそりお月さまの後を尾行しようと決めたのだ。
お月さまはこちらには気付かない様子でスタスタと歩いていた。
しばらく歩くと小さな家に入っていった。
『黒猫の塔』だ。
家の前で待っていると、なんと煙突からお月さまと知らない小男が出てきた。
小男は手に何か持っている。パチンコだ。
私は街灯の蔭に隠れ見守った。
お月さまは小男のパチンコから飛んでいった。
小男はこちらに向かって小さなVサインをして見せた。

2002年11月26日火曜日

水道へ突き落とされた話

悪臭と轟音に目覚めた時、自分がどこにいるのか分からなかった。
見上げると満月が明るく、まだ夜中なのだと思った。
数秒もしない内に現実に気付く。
月なんかじゃない!あれはマンホールだ!ここは水道だ!
そうだ。あのマンホールから何者かに突き落とされて気を失っていたのだ。

「マンホールからの光を私と間違えた、ですと?けしからんな」
夢の話だと言っているのに、なかなかお月さまは許してくれなかった。

2002年11月25日月曜日

はたして月へ行けたか

「さてと。では行ってくるよ」
行き先は?と聞いたら「ちょっと月まで」なんて便所にでも行くような口振りで友が出て行った日は、今日と同じような落葉も濡れる秋の雨の晩だった。
「月、出てないじゃないか」としか言えなかった俺も馬鹿だったがお前はもっと馬鹿だったよ。

となりで飲んでるお月さまにお前の消息を聞けずにいる俺は二十年経っても、やっぱり馬鹿なままだな。

2002年11月23日土曜日

星におそわれた話

外に出るといきなり羽がい締めにされた。
相手の顔は見えないがすごい力だ。
「おい、おまえ。昨日オレの友達を食べただろう」
「何のことだ!」
「……チッ。月に聞いてみるんだな」
強く背中を殴られ、苦しんでいるうちに相手は消えてしまった。

「申し訳ない。奴らの中には気が荒いのもおるのです」
「では、本当にきのうのパンに入れた星の仲間だったんですか!」

2002年11月22日金曜日

星でパンをこしらえた話

「食べてみてください。私が作りました」
お月さまは紙袋からパンを取り出した。
私と『スターダスト』のマスターは興味津々で手を伸ばした。
パンを食べて驚く我々を見てお月さまは得意気に言った。
「作り方をお教えしましょう。材料は私が用意しますから」

翌日、開店前の『スターダスト』にお月さまは荷物を抱えてやってきた。
「活きのいい星をたくさん持ってきましたよ!さぁパンを作りましょう!」
新鮮な星は暴れるので粉にするのは難儀だったが、おかげでたくさんのパンが焼けた。さて、このパンを誰と食べようか?

2002年11月21日木曜日

自分を落としてしまった話

家に帰ると部屋に白い箱があった。
中を覗くと、小さな白い箱を覗いている小さな人がいた。
その人を摘みあげるのと同時に自分も宙に浮いた。
恐怖のあまり摘んだ人を落としてしまった。
私は床に強く叩きつけられた。
見上げないほうがいい
見上げてはならぬ。

2002年11月20日水曜日

ガス燈とつかみ合いをした話

「前から気になってたんだが、おたく独り言が多いよ。黙って聞いてりゃ人の悪口ばかり言いおって」
そんな声が聞こえて見回したが誰もいない。
「誰だか教えてやろう、あんたの右側にいるガス燈だよ」
私はガス燈につかみかかったが、びくともしなかった。
明くる朝、白いお月さまにこの話をしたら
「黒猫にはご用心」
とあくびしながら応えた。
すると黒い影がすっと横切った。
「本当だ!」
例のガス燈は三日寝込んだらしい。

2002年11月19日火曜日

星?花火?

「昨日の夜、バーン バーンってうるさくってさあ。こんな寒いのに花火ってことはないと思うんだけど」
そんな話し声を耳にして、昨晩の出来事をよく思い出してみる。
確かに音が聞こえたけれど、もう布団の中で眠りかけていたからあまり気にならなかった。
どこかの若者が、花火でもやっているのかと思ったから。
何時間後かわからないが、そのあとフト目が覚めた時、部屋がやけに明るくて、窓を開けてみたらキラキラ輝くゴミが降っていた。
ちり紙とか、ラジオとか。ちびた鉛筆とか、底抜けの鍋とか。
とても綺麗だったので、そのあと15分くらいそれを眺めた。
「バーン」という音は、ずいぶん遠くで聞こえたから、たぶんそこでも数時間後にゴミが降るのだろう。
そんなイタズラをするのは、流星と黒猫に決まってる。
でも、それは誰にも言わないでおこう。信じてくれる人はいない。
なにせ、降ってきたゴミは朝にはさっぱり消えていたから。

2002年11月18日月曜日

TOUR DE CHAT-NOIR

「黒猫の塔」と呼ばれる場所がある。
しかし、それは「塔」と呼ぶのが恥ずかしいような小さな建物で、なぜそれが「塔」なのかは判らなかった。
「あのうち、何て呼ばれているか、ご存知ですか?」
『スターダスト』からの帰り道、散歩がてらの遠回りお月さまに聞いてみた。
「黒猫の塔、でしょう?もちろん知っていますよ。私がそう呼んだのだから」
私が少し驚いた顔をしたのを見てお月さまは微かに笑った。
「黒猫について入ると、延々階段が続きましてね。それはもう、息が上がってしまって。ひどい目に合いました」
「黒猫がいない時は?」
「ただの空家。 入ってみますか?」
そのとき、ちらりと二つの光が見えた。
「……遠慮しておきます」
今度はとても愉快そうに笑った、お月さま。

2002年11月17日日曜日

AN INCIDENT IN THE CONCERT

いくら照明が落ちていると言っても、突然訪れた闇に観客は少なからず動揺し会場内は騒然となった。
しかし、ピアノは何の躊躇いもなく調べを奏で続けている。
むしろ先刻までより生き生きと。
それに気付いた一部の観客がステージの方を見つめる。
やがてほかの大勢も闇に慣れるにつれて落ち着きを取り戻す。
いつのまにか月明かりを頼りに全員がピアニストを黙って見つめていた。

「あのピアニストは猫なんだって」
「まっくらな中で、確かにしっぽが揺れるのを見たんだとさ!」
小さな町のうわさ話。

2002年11月16日土曜日

星を食べた話

「いらっしゃいませ。今晩は星屑シャーベットをお召し上がりください」
「星屑シャーベット?」
「本物の星屑のシャーベットです。年に一度しか手に入らないので本日限定、です」
そういって『スターダスト』のマスターは小さなガラスの器を出した。
薄暗い店の中でも、キラキラと眩しくほんのり酸味の利いたシャーベット。
「冬にシャーベットじゃあ、嫌がる人もいるでしょう?」
「私も色々と試してみたんですが……温めるとそれはもう、まずいんです。びっくりするくらい」
「へえ! 星屑ってどうやって手に入れるの?」
「これは、秘密なんですが……。うちの冷凍庫に出現するのです」
小さな器に乗ったシャーベットは、ほんの数口で食べ終わった。
「それはすごい!よくこれが星屑だとわかりましたね」
「それはお月さまが、こっそり」
「なるほどね」

マスターはそわそわと口を開いた。
「それで、シャーベットはどんなお味でしたか?」
「え?甘酸っぱくておいしかったよ」
「このシャーベット、食べる人によって味が変わるんです」

2002年11月15日金曜日

箒星を獲りに行った話

ラジオから「箒星情報」が連日流れている。冬になると皆必死だ。
「本日ぽんぽこ山方面に出現するとみられます。捕獲に向う人は火箸を忘れずに。みなさまからの箒星情報もお待ちしています。FMアポロ!05-25#まで」
ぽんぽこ山は歩いて行ける。すぐに重装備で出かけた。

「そんな格好でどちら迄ですか?」
「あ、今晩は。箒星を探しに行くところで」
「箒星!そんなのいくらでも差し上げますよ!あんなものどうするんです?」
「火鉢の火種にするのですよ」
お月さまは最高品質の箒星をくれた。喜ぶ私を怪訝そうに見ていたが。

2002年11月13日水曜日

月光密造者

「今日の満月はいつもに増して綺麗ですなァ」
「いかん。またあいつらの仕業だ。……一緒に来ますか?」
お月さまがそう言うのでわけもわからず付いていくと廃墟のようなビルに着いた。
「静かに。ここがあいつらのアジトです」
お月さまにつられてヒソヒソ声で尋ねる。
「どんな奴らなんですか?」
「まあ、見ればわかりますよ」
音を立てぬよう、革靴を脱いで階段を上り屋上へ。
フライパンような形のものがついた装置を月へ向け巨大な鉛筆のような装置からは光が飛んでいる。
「あれで月光を吸い取り、かわりにニセモノの月光を作っているのです」

2002年11月12日火曜日

雨を射ち止めた話

お月さまが言った。
「今度、雨降りの晩に手でピストルを作って雨を射ってごらんなさい。」
すっかり忘れていたのだが、冷たい雨の日の帰り道にふと思い出した。
腕を伸ばし親指を立て人差し指を空に向ける。
「バーン」

カランコロン
「痛っいなー」
雨降り小僧は小さなビンに入っていた。
「あっれー?照照坊主じゃないんだぁ。あはっ!」
雨は雨のくせに陽気だった。

2002年11月11日月曜日

なげいて帰った者

クタクタな帰り途、黒猫が近寄ってきたと思ったら、それは母親だった。
ひとしきり親不孝をなじられ、また黒猫に戻って垣根の向こうに消えていった。
『スターダスト』に寄ってお月さまにこれを打ち明けたが、聞いてもらえず
月の悪口を言う者がいた、とひどく愚痴っぽいのでうんざりした。
酔ったお月さまを置いて店を出て、帰り道の街灯に泣き付こうと思ったがランプの切れかけた街灯は不機嫌だった。
結局、自分の靴に愚痴を言いながら帰った。
まぁ彼らは、今日の私をすべて承知だけれども黙ってコツンコツンと相づちを打ってくれた。

2002年11月10日日曜日

ポケットの中の月

お月さまに「ポケットに入らせてくれないか」と言われた時は仰天した。
返事をするまでもなくお月さまは、私の外套の右ポケットの中に入り、その途端月明かりはなくなった。
満月の夜空は晴れているのに突然暗くなり、人々は少なからず驚いた。
その様子を察してポケットの中で月ははしゃいだ。
なにやら焦げ臭くなり、ポケットに目をやると煙が出ていた。
右ポケットには煙草とマッチが入ったままだったのだ。
慌ててポケットを叩き火を消すと真っ黒に煤けた月が出てきた。

後日新しい外套を贈ってくれたが、それはとても着られたものではない。

2002年11月9日土曜日

霧にだまされた話

角を曲がると濃い霧がかかっていた。
霧は白い壁のようであまりにも不自然だったので何度も行ったり来たりうろうろとした。
そうするうちに、ついに約束の時間を過ぎてしまった。
古い友人と会うことになっていたのだ。

「そりゃあ君、霧にだまされたんだな。他のひとは普通に通り過ぎてただろう?」
「そんな、馬鹿な」
「正確に言えば、月の仕業だ。黒猫といっしょになって夜のうちにあちこち悪戯をしかけておくのさ」
まったくお月さまのやることときたら!

2002年11月8日金曜日

キスした人

『スターダスト』の前の道で、お月さまが誰かと熱い接吻を交わしているのを目撃してしまった。
とても熱烈だったので、こちらが赤面し、そそくさと店に入り、〔ブルームーン〕を頼む。
しばらくしてお月さまが隣に座った。
「見苦しいところをお見せしました。おや、ブルームーンですな。ではわたしは……〔エンジェルキス〕を」

「ずいぶん甘いのがお好きなんですね」
今のはちょっと嫌味が過ぎた。
「いやいや。実は、先ほどの相手は天使なのです」
「え?」
「彼らは私のキスが必要でしてね」

2002年11月7日木曜日

押し出された話

帰ってくると家の塀に不自然なくらい真ん丸い穴が空いていた。
こどもなら通れそうな大きさである。
「これはどうしたもんかな。とにかく直してもらわなけりゃ」
しゃがみこんで穴をしげしげと観察していたら、後からぐいぐいと押し込まれた。
いくらなんでも大人の私が通れるはずもない。
身体はちぎれそうなのに容赦なく押され気が遠くなりかけた。
ようやく押し出され顔を上げると知らない月が見えた。

「ご苦労さまでした。今夜は私の後ろ姿をお目にかけようと思いまして」

2002年11月6日水曜日

はねとばされた話

「今晩、我が家にいらっしゃいませんか?」
『スターダスト』で顔なじみの男に誘われた。
なにやら珍しいものを見せてくれるという。
店を出てしばらくして
「失敬」
と男が言った。
ハテナと思う間もなくポーンと男に蹴飛ばされた。
頭がぐるぐるとして、弾むように着地した。
蹴られたら本当にボールになってしまったのかもしれない。

「驚かせてしまいました。ここが私、です」
「ああ。ちょっと驚きましたけど……。お邪魔します」
まだ目が回っている。
「ほら、御覧なさい。あなたには珍しいでしょう?」
振り返れば青い星。

2002年11月5日火曜日

突き飛ばされた話

洗濯物を取り込むのを忘れていたので、日が暮れてからベランダに出たらベランダの柵がなくなっていた。
あんまり驚いて立ち尽くしていたら、何者かに突き飛ばされた。
激しい落下感が続いた後、目を開けるとベランダにいるので
「誰だ!」
と言ったらまたドシンと突き飛ばされた。
目を開けたらまたベランダにいたのでもう一度
「誰なんだ?」
と言ったらまたドシンとやられた。
今度は目を開けたままだったので、何も起こっていない事がよくわかった。
つまり何も起きてはいなかったということだ。

2002年11月4日月曜日

黒猫のしっぽを切った話

ふと気配を感じて窓に目をやると黒猫が網戸にへばりついていた。
「わたしのしっぽを切って欲しいのです」
しっぽを切る……?
「……えー。しっぽ切るって、ほらトカゲじゃないんだし痛いでしょう?それにぼくが切らなくても、ねぇ?」
「はさみを持って来て下さい」
震える手ではさみを探し出す。
猫が舐めるとはさみは倍の大きさになった。
「これはこのためのはさみなのです。
さぁ、時間がないのです。急いで!……早く!」
目をつむりエイ!とはさみを閉じた。
豆腐なような感触。目をあけるとしっぽは消えていたが、四十年振りの星空が現われた。

2002年11月3日日曜日

SOMETHING BLACK

「夜はなぜ妙な気分になるのでしょう」
『スターダスト』のマスターがぽつりと言った。今夜は客が少ない。
こんな時は異国の顔を持つマスターとゆっくり話ができる。
「妙な気分というと?」
「人恋しくなったり、心静かになったり、泣きたくなったり」
「夜の種には気分の成分が入っているのです」
そう言ったのは風変わりな、やはり常連の男だった。
パイプを取出し手で擦ると黒い粒がコトンと現れた。
「それが夜の種、ですか?」
「さよう」
黒い粒を両手でぱちん!と潰した。
「孤独の種」

2002年11月2日土曜日

IT'S NOTHING ELSE

「まばたきをするたびにさ、なにかひとつ消えてるんだよ」
「でも、みんなまばたきは毎日何回もしてるじゃないか」
「それでも世の中にはいろんなものがある、て言いたいんだろう?ふふふ ないものまで見えてるのさ。実に都合良くできている」
次の一瞬間、世界の美しかったこと!

2002年11月1日金曜日

ある晩の出来事

『スターダスト』からの帰り道、
月明かりでいつもより影が濃いのに気づいた。
しばらく影を気にしながら歩いていると
「俺を気にするなんて何十年ぶりだろうな」
と影が言った。
「確かに、最近は影なんて気に留めなかった……」
返事をしたのが悪かった。まさかこんなことになるなんて。
終バスの排気ガスで咽た。涙が出た。

2002年10月31日木曜日

月光鬼語

「やあやあ某、武蔵国、山奥に住まう……」
「何をしているのですか?」
「邪魔するない。拙者は月に決闘を」
「なに決闘?それは聞き捨てなりませんな。こんな所では迷惑です。移動しましょう」
「おぬしには関わりのないこと。余計な口出しは無用でござる!」
「何をおっしゃいますか、私に決闘を申し込むのでしょう?」

2002年10月30日水曜日

A CHILDREN'S SONG

お月さまはおおいそがし
お月さまはおおあわて
お月さまはおおさわぎ

2002年10月29日火曜日

A PUZZLE

ジグソーパズルをやっている。
1週間かかってやっと完成に近づいた。
夜空のイラストのパズルで、サイズは小さめだが難しさは一級だ。
なにしろ濃紺の背景と月と星、そしてなぜか黒猫、それだけしか描かれていないのだ。
「よっし……」
最後のピースをはめた。
「おめでとーございマス!」
パズルが喋った……。いや、パズルの中の猫が喋った……。
「お祝いに-流星をプレゼンッしまーす」

バラバラバラバラバラバラバラバラ

2002年10月28日月曜日

A MEMORY

ちっちゃな黒猫を見つけたので、追いかけてみたんだ。
そいつは時々こちらを振り返って「ニャ」って言った。
「ついておいで」と言っているような気がしたんだ。
どんどん周りは知らない景色になった。でも怖くはなかった。
黒猫はいつのまにかいなくなってた。
覚えているのは、ただただ、お月さまがまんまるででっかくて眩しかったってことだけ。
どうやって家に帰ったのか、わからない。
そんな思い出。

2002年10月27日日曜日

お月様とけんかした話

夜道を歩いていたら酔っ払いがやってくるのが見えた。
「参ったな。ありゃ、お月さまだ」
お月さまはフラリフラリと歩いてきてぶつかった。
「おーい。謝れよぅー」
あんまり怖くない。
「ぶつかってきたのはそっちでしょう」
「なんだとぉー」
お月さまは殴りかかってきた。
しかし、そのまま勝手に倒れてしまった。
しばらくするとふらふらと空に昇っていった。

2002年10月26日土曜日

月とシガレット

いつもの自動販売機でたばこを買うと、知らないたばこがでてきた。
大きめの箱は青墨色、「SILVER MAN」と明るい鼠色の文字で書いてあった。
「外国のたばこがまぎれたのだろうか」
怪しいと思いつつ、好奇心もあり、そのまま持ち帰った。

早速たばこを開けようとした時、チャイムがなった。
「あぁ あなたは」
『スターダスト』で顔馴染みの男だ。
「私のたばこを返してください」
「あれはあなたのものでしたか!しかし、せっかくなので私にも味見させて下さいよ」
「それでは、今夜はあなたが月になってください」

2002年10月25日金曜日

ある夜倉庫のかげで聞いた話

近所に大きく古い倉庫があった。よくないウワサ―怪しい男が出入りしている―が流れていて、親には近付くなと度々言われていた。
でも俺たちは構いやしなかった。ほら、ガキが秘密基地にするのに最適だろ?
ある日、俺は一人で倉庫を探険していた。夢中になって日が暮れるのにも気付かず、慌てて帰ろうとしたら声が聞こえてきた。
「お月さま、早く起きて下さい!日が暮れましたよ!まったくねぼすけなんだから」

2002年10月24日木曜日

ハーモニカが盗まれた話

ポケットに入っているハーモニカがなくなった時は、神業だと思ったよ。
何しろポケットに手を入れて歩いていたオレはハーモニカを握ったままだったのだから。
握っていた物が突然なくなれば誰だって気が付く。
「やいやい。たいしたスリがいるもんだ」
そう毒付くと前方でピカリ、猫の目が光るのが見えた。

その夜、言うまでもなく下手クソなハーモニカは一晩中途絶えることがなかった。

2002年10月23日水曜日

流星と格闘した話

満月の晩、公園からなにやら嬌声が聞こえてきた。
行ってみると流星がプロレスの試合をしていた。
「あのー、これはどういう試合ですか?」
傍にいた星に尋ねると彼はひどく狼狽した後ニヤリとし
「おーい、コイツをリングに上げようぜ!」と叫んだ。
あっという間に連行された。
「えー、本日のメインエベントに続きまして、飛び込み試合を行ないます。
チャンピオンミスターハレー!VS通りすがりの人間!」

2002年10月22日火曜日

投石事件

あんまり石が降るので傘を差した。
しばらく歩くと兎が石を投げているのにでくわした。
「原因はキミか。あぶないじゃないか。」
「そんなことないよ。ただのキャッチボールだ。」
「キャッチボール?一人で?石で??なんてこった!」
ガッチャーン!
「コラァ!」

兎の姿は既になく、
雨でもないのに傘を差した背広姿の男が説教されたのだった。
ナンテコッタ。

星をひろった話

見慣れない物をひろったので人に見せてまわった。
「きれいだね」とA が言った。
Bは「盗みはよくない。」と言い
「高く買ってやれるぞ。悪くないだろ。」とCは言った。
「これ、なんだと思う?」と聞くと
皆「わからない」と言って去った。
「ちょっと見せて御覧なさい」
そう言ってきた男はかなり妖しかった。
「星だね」
星と呼ばれた物は、その言葉を待っていたかのように静かに光り、そして消えた。

2002年10月21日月曜日

月から出た人

ときどき独りで飲みに来る男、に気付いたのは『スターダスト』に通うようになって数か月経ってからのことだった。
静かな光を纏った、と言いたくなるような独特な雰囲気があり、しばしば見惚れてしまうのだった。
「いつもお独りですね?」
そう声を掛けると意外にも人懐こい笑顔が返ってきた。
我々は店を出て、秋の夜風にあたりながらゆっくりと歩いた。
「お住まいはどちらで?」
そう尋ねると男はゆっくりと十六夜の空を指差した。

2002年10月7日月曜日

妊婦

「あら奥さん、お腹の赤ちゃん元気そうでなによりね」
「ありがとう。でもせわしなくてこまるのよ」
「手なら、まだいいじゃない。うちの子は口だったのよ。もう、一日中、喋り続けるものだから本当に困ったわ」
「それは堪らないわね。私はジャンケンだけだから、我慢しなくちゃ。そうそう、Sさんは5ヶ月ですって」
「あら、そろそろ出てくるころじゃない」
「そうなの。それでさっき電話して聞いてみたら、髪の毛が生えてきたって」
「まあ!珍しい。それは将来有望よ!」
「でも、大変らしいわ。伸び続ける毛を切ってはいけないんですって」
「でも長ければ長いほどいいんでしょう?」
「そう。膝まで伸びたら、天才らしいわ」

パウル・クレー≪偶像の園≫をモチーフに

2002年10月6日日曜日

ここがイタリア?

異国に来たのは初めてだ。
「なんだか違う世界に迷い込んだようだ」
「SF小説みたいなこと言うんだな。飛行機で半日、海を渡っただけじゃないか。」
連れは町並みを眺めながら簡単に片付けてくれたので、それ以上は何も言いたくない。
しかし、この不安は本物だと確信できる。
空港を出てから、我々の声と靴音以外何の音も聞いていないのだから。

パウル・クレー≪イタリアの都市≫をモチーフに

2002年10月3日木曜日

自画像

空に映ったボクの姿。
それをカンバスにスケッチする。
ある時は太陽とともに、またある時は月とともに。
でも一番多いのは雲なんだよね。

パウル・クレー≪月は昇り、陽は沈む≫をモチーフ

2002年10月1日火曜日

ある時間旅行者の最期

《極秘調査報告》
20XX年10月1日22時ごろ都内某所交差点での
不可解な事故についての調査結果。
彼が轢いた男と彼を轢いた男は同一人物であったとみられる。
以上。

パウル・クレー≪ふたり分叫ぶ男≫をモチーフに

2002年9月29日日曜日

すてきにへんな家

ぼくは家を買った。
中古の小さい家で、とにかく安かった。
下見もせずすぐに買うことを決めた。
そして今日から新しい古い家で暮らす。
家はとにかくボロだった。
さらに、とても効率の悪い作りだった。
台所や風呂はヘンな位置だし、天井ばかり高くて寒かった。
開閉不可能な位置に窓が二つもあるし勝手口は台所ではなく玄関の隣りにへばりついていた。
そして庭には自転車が六台捨てられ、屋根瓦は4種類まぜこぜだ。
ぼくは自転車を引き取ってもらうために電話をかけ、床を磨き、(手が届く)窓を拭き、3時間かけて選んだカーテンを吊した。

パウル・クレー≪回想譜≫をモチーフに

2002年9月28日土曜日

仮面の独白

とにかくオレは仮面だ。
しかーし、オレはそんじょそこらの仮面じゃないぜ?
なにしろこうして人格があるんだから。
普通は、仮面は本面の一部だ。
都合に合わせて出たり消えたり。
だがオレは本面にないモンでできてるし
四六時中前に出てるんだ。
ところが!せっかくオレ様が庇ってやってるのに、本面は疲れ果ててる。
オレが剥がれるのが恐いらしいんだ。
まったく、無理してオレを作るからだよなぁ?
いっそのこと本面を乗っ取ろうかと思ってるんだが、アンタどう思う?

パウル・クレー≪喜劇役者≫をモチーフに

2002年9月24日火曜日

ある無口な男の話

彼は片輪であることを隠さなかったが、その理由を語ることもなかった。
彼の瞳はいつも憂いを帯びていた。しかし、黙って遠くを見据えていた。
町の人々は片輪の理由も憂いの理由も知っていた。
それでも彼を遠巻きに見る者は多かった。

そんな彼を遠方から訪ねてきた者があった。
若い娘とその母親だった。
「ただいま……」
彼の目から憂いが静かに流れていった。

パウル・クレー≪片翼の英雄≫をモチーフに

2002年9月22日日曜日

透明な視線

ぼわぁぁ……
生暖かい感触に包まれて、俺は思わず立ち止まった。
妙に生々しくて急激に血が巡りはじめるのを感じた。
さっきから人は一人も見なかった。
景色は雄大で、それがかえって孤独を感じさせた。
なのに、なぜか視線を強く感じる。
怒りにも似た恥ずかしさ……誰も見ていないのに、ひどく居心地が悪かった。
本当に誰もいないはずなのだ。
家を一軒づつ覗いてみたのだから。
それでも射るような視線を感じるのは何故だ?
誰もいないのにたくさんの家があるのは何故だ?
女に抱きつかれているような、この感触はなんだ?

「隠れて!」
生暖かいものがささやいた。
「え?!」
ざわざわと無遠慮な噂話が聞こえてきた。
「ちょっと、あの人身体が見えてるよ!」

パウル・クレー≪マルクの庭の南風≫をモチーフ

2002年9月20日金曜日

不吉な家の上にのぼった星々

「不吉な家」と呼ばれる家があった。
その家の住人は極めて温厚だったし、それなりに幸せに暮らしていた。
それでも家は「不吉な家」と呼ばれていた。
「不吉な家」はなかなか絵になる家だった。
建物としても、景観としても。
多くの人々が家をスケッチしたり写真を撮ったりしたがった。
その度に、かの住人はそれを承諾した。
そして、その度に人間が消え、星が増えた。
家の壁には何百枚もの家の絵や写真が
消えない染みとなって残っている。

パウル・クレー≪不吉な家の上にのぼった星々≫をモチーフ

2002年9月19日木曜日

WHITE SUN

友人Pの実家に遊びに行った。
そこは温暖な気候で、目に映るもの全てが鮮やかに見えた。
Pが、用事があるというので、俺は一人、彼の家に残された。
窓の向こうに緑濃き世界が広がっている。
降りてみないわけにはいかない。俺は庭に出てみた。
すぐにここが俺の知っている「庭」としては最大級だと気づいた。
広さも、美しさも。俺は心が躍った。
奥の方に大きな木が見える。あの木まで行ってみよう。
俺は早足で歩き始めた。鮮やかな花々に見守られながら。
まっすぐに木を見つめて、どんどん歩いた。
しかし、なかなか木は近づいてこない。俺は焦れてきた。
「どうなってるんだ、この庭は!」
俺はとうとう立ち止まり、手を膝に、呼吸を整えた。
「……ふう。仕方ない、もう戻ろう」
「戻れないよ。」Pの声がした。
南の白い太陽の下で、俺とPが向き合っていた。

パウル・クレー≪南方の庭≫をモチーフに

2002年9月18日水曜日

急ブレーキ

土曜の朝、車を走らせていたら角からヒョイッと
少年が目の前に出てきた。
俺は急ブレーキをかけて車から降りた。
「おい、ボウズ!危ないじゃないか。ケガはないか?」
少年はなぜかニコッと笑って車を指差し「乗る」と言った。
10歳くらいに見えるが、もっと幼いのかもしれない。
服も少し時代遅れに見えた。
俺はそんな少年の姿に少し戸惑いながら、尋ねた。
「え?迷子なのか?どこか行きたいのか?名前は?」
でも彼は人懐っこい笑顔で車を指差すだけだ。
「オジサン、誘拐犯みたいだなぁ。」
と言いつつ、俺は少年を助手席に乗せていた。
少年は車に乗ると、目付きが変わり
「つぎ、曲がる。あっち」
ときっぱりと道を指示し始めた。俺は夢中でハンドルを切る。
いつのまにか町並みは変わり、暖かい色になっていた。
「着いた!あ、お母さんだ!」
「……え?!」
俺は、思いっきりブレーキを踏んだ。
少年の指差す先にいたのは、写真でしか知らない俺の母だった。

パウル・クレー≪赤と黄色のチェニスの家々≫をモチーフに

2002年9月17日火曜日

夕焼けがくれたエジプト

近所にそれは見事な三角屋根の家がある。
屋根は薄汚い海老茶色に見えるのだけど、
古い家だから当初の色が何だったのかはわからない。
さらに言うと、僕はその家の屋根しかみたことがなかった。
普段はその家の前を通るわけではなかったし、
なにより、その家は塀が高かったのだ。
それは、辺りの雰囲気を異質なものにしていた。
特にここ数年、周囲の景色から置いてけぼりにされていく様は
目を背けたくなるほどだった。
ところが、ある日を境に激しく惹きつけられるようになった。
その日、夕焼けの中を歩いていると
突然、宙に浮かぶピラミッドが現れた。
それがあの、三角屋根だったのだ。

パウル・クレー≪エジプトに捧げる小さなヴィネット≫をモチーフに

2002年9月16日月曜日

今日も僕は駅に向かう

これは夢かもしれないなあ。
なんだか周りの景色がフワフワしている。
今日は目覚めが悪かったし。きのう飲みすぎたもんな。
でも、ちゃんとスーツを着て、鞄も持っている。
定期だって……ほらポケットに入っている。大丈夫。
それにしてもどうして夢のようだと感じるんだろう?
ああ、きっと霧のせいだ。
こんなに霧の濃い朝はずいぶん久しぶりだから。
次の角を曲がれは駅だ。
で、駅ってどんな形をしていたっけ?
僕は駅で何をするんだ?それより、駅って何?

パウル・クレー≪パルナッソスへ≫をモチーフに

2002年9月15日日曜日

闇盗人

真っ暗な部屋でレコードを静かにかける。
コーヒーにブランデーを垂らしながら。
聴くものは気分次第。クラシックでもロックでもいい。
今夜も部屋の明かりを消す。
だが、闇は来てくれなかった。
また向かいの家が夜更かししているな。
少しイラつきながらカーテンを閉めようと窓に近付く。
しかし、今夜の闇盗人はお向かいサンではなかった。
カーテンは開けっ放しにしておくよ。
そう呟くと望月が笑った、ように見えた。

2002年9月14日土曜日

風呂上りの夜空に

彼は風呂上がりにアイスコーヒーを飲むのが習慣だった。
人になんと言われようとあまり気にした様子なかった。
ある夏の夜、風呂上がりの彼は裸のままアイスコーヒー片手にベランダへ出た。
しばらくすると、上からストローが伸びてきて、瞬く間に手の中のグラスは空になった。

2002年9月13日金曜日

ラジオ

僕はおじいちゃんから貰った古いラジオをもっている。
ゆっくりとダイアルを回さないと機嫌が悪くなるあたりがおじいちゃんにそっくりだ。
雑音も多いけど、僕はこのラジオが気に入っていた。
ある日、ガールフレンドが遊びに来た。
僕はラジオをつけて、コーヒーを入れた。
おしゃべりの最中、彼女が突然カップを倒してしまった。
コーヒーはラジオにもかかり彼女も僕も焦った。
ところがそれ以来、おじいちゃんのラジオは感度バッチリご機嫌ラジオになってしまった。
そう言えば、おじいちゃんはコーヒーと女の子が大好きだったっけ……。

2002年9月12日木曜日

turn it into rain

コーヒーをこぼしたら、とたんに外で雨が降りだした。
紙コップコーヒーを持ち歩いていたら、人にぶつかってコーヒーが飛び散った。
雨が降った。
それ以来、僕はときどきコーヒーをこぼすようにしている。
わざとらしくないようにね。
そうしないと、深刻な水不足になってしまう。やれやれ!

2002年9月11日水曜日

ポスター

喫茶店で、ふとポスターが目に付いた。
幾何学的に書かれた女の姿。
もう色褪せているけど、とてもモダンな香りがした。
僕はそのポスターに一目惚れした。
それから週に一度はそのポスターに会いに行った。
なるべく空いた時間を狙って、ポスターがよく見える席を陣取った。
「あれは何のポスターなんですか?」
マスターに聞いてみたが、彼もよくわからないらしかった。
ある日、マスターが奥に入った隙に、僕はポスターに話し掛けた。
「ねえ?君は誰?」
ポスターの女の体は一瞬、色鮮やかになり、そして静かに崩れた。

2002年9月10日火曜日

濁った水溜り

水溜まりに入りたくなるなんて俺もまだまだガキだよなあ。
なんて思いながら辺りを見回してバシャバシャとやった。
沈んだ泥が舞い上がる感覚にニヤリとしてしまう。
これって「汚したい衝動」ってやつ?ちょっと違うか。
なんだか頭ン中が独り言だ。
翌朝、母さんがコーヒーを飲むのを見て
昨日の濁った水溜まりを思い出した俺は悪い子でしょーか?

2002年9月9日月曜日

SMOKE GETS IN MY EYES

香を焚いたら、やたら煙が多くて、咳き込んでしまった。
「おっかしいなぁ」
と涙をぼろぼろ流しながら、香立てを見るとお香はコーヒーに変わっていた。
コーヒーは、とてもおいしかった。
空のカップを香立てに載せると、さらさらと灰になった。
僕も灰になった。

2002年9月8日日曜日

消えない十字架

遅い朝食の後、コーヒーを飲んでいた。
彼女は僕のコーヒーをひとくち飲むと、僕のパジャマのボタンをひとつ外した。
ヒトサシユビが僕の胸を静かになぞった。
僕は黙ってその動きを見ていた。
赤い十字が浮き上がり、そして崩れた。
痛くはなかったが、ひどく悲しかった。
彼女は十字架から溢れた血を舐め、「ありがとう」と涙を一粒こぼして消えた。
今でもその十字架は僕の胸にある。

2002年9月7日土曜日

Crying out loud

大人になれば泣くことはないと思ってた。
小さい頃は泣きながらいつも心は冷めていたから。
「もっと大声で泣いてやろうか?飽きてきたから泣き止もうか?」って。
でも本当に喚きたいのは大人になってからだ。
テーブルのコーヒーカップを薙ぎ倒したくなるのは大人になってからだ。
パジャマのまま、どしゃぶり雨に射たれて叫びたい。
でも、それはできないのよ?
連れ戻して頭を撫でてくれるはずの大きな手は消えてしまった。
だからわたし、泣いている。

2002年9月6日金曜日

G・Rain

三日も雨が降り続いていた。
コンクリートの壁はじっとりと汗をかいている。
俺は通りのオープンカフェでコーヒーを飲んでいた。
コーヒーは都会のカビくさいような埃っぽい雨の匂いに負けて、何の風味もしない。
今、俺はここで人を待っている。
あまり愉快な待ち合わせではない。
「よぉ。洒落たカフェでコーヒーなんて、たいそうなご身分だな」

2002年9月4日水曜日

悩み

俺は悩んでいた。
家に居ては絶望するばかりなので、駅前の喫茶店に行くことにした。
幸い、時間は有り余っている。
気の済むまでコーヒーでも飲んでいればいい。
その行き帰りの道のりも運動になっていいかもしれない。
早速出かけようと、靴を履きながらハタと気付いた。
喫茶店では悩みが深まるばかりだ。
俺は今、眠れなくて困っているのだ。

2002年9月3日火曜日

マニキュア

妻にとってマニキュアを塗るという行為は儀式だった。
彼女はまずコーヒーを入れる。
それから、手を念入りに洗って、マッサージする。
そして何十色もある中から一つを選び、
お気に入りのチェアーに掛けて、ライトを点けて
塗りはじめる。右手の親指から。
僕は妻の入れたコーヒーを飲みながらそれを眺める。
僕の見ている前でしか、妻はマニキュアを塗らない。
それは僕にとっても儀式だった。
コーヒーはいつもとなぜか味が違う。
妻の顔も、いつもとはなぜか違う。

2002年9月2日月曜日

おばあさんが話してくれたこと

病院でよく会うおばあさんが
「お茶でも飲みましょう」
と喫茶店に誘ってくれた。
そこは10代の僕は遠慮してしまうような、雰囲気のある店だった。
要するに、古くてボロかった。
おばあさんは生まれて初めてのデートで飲んだ、これまた生まれて初めてのコーヒーのことを話してくれた。
それはブラックコーヒーと同じくらい苦くて寂しくて、でもいい香りがした。
「そんな大切な思い出をなんで僕に?」

おばあさんの微笑みの意味は祖父が持っていた。

2002年8月31日土曜日

左手には黒い傘

帰り道。
彼がいつも買っていた缶コーヒーを飲んでみた。
思いがけず、甘かった。
はじめて、涙が出た。

2002年8月30日金曜日

千円

妹と俺は墓参りの帰りだった。
どこかで休憩しようかと言い合っていたとき、
妹が喫茶店を見つけた。
「ここでいいんじゃない?」
「そうだな・・・。ちょ、待った!コーヒー千円だって。普通、ありえないだろ?ほかを探そうぜ」
コーヒーに千円も出せない。俺たちは母に頼まれ、少しの駄賃で掃除をして線香をあげただけなんだから。
「高いけど、たまにはいいよ。入ろう!」
彼女は言いながらドアを開けた。
ドアの向こうに立っていた人を見て俺も妹も青ざめた。

10年たった今でも、千円は決して高くなかった、と思う。

2002年8月27日火曜日

茜珈琲

夕焼けの中、コーヒーを入れたら茜色のコーヒーができた。
なんだか勿体なくてなかなか飲めなかったけど、猫を膝に乗せて、正座して飲んだ。
一晩中、猫と話し込んだ。なんてすてき。

2002年8月26日月曜日

甘い罠

飲んでも飲んでも減らない極甘コーヒーを「もう飲めません。勘弁して下さい」
と泣きながら飲んでいたらコーヒーカップがぐにゃぐにゃになって、妻になった。
彼女は笑いながら朝食の後片付けを始めた。僕は逃げるように仕事に出かけた。
会社で買った自販機の紙コップコーヒーも笑いだした。妻の声で。
僕は生まれて初めて絶叫した。
自分の声で目が覚めた僕は妻に夢の話をした。

妻が出したコーヒーはいつもより甘かった。

2002年8月25日日曜日

図書館

本を読みながらコーヒーを飲める図書館がある。
え?コーヒーを飲みながら本を読む、の間違いじゃないかって?
いいんだ。もちろん他の人は本が目的だろうけど、
俺はコーヒーが大事なんだから。
だって図書館のコーヒーは駅前のコーヒーショップよりずっと旨い。
いや、実際俺はコーヒーの味なんてよくわからないんだけども。
でも駅前のショップよりも図書館の方が家から近いし、安い。
ついでに俺は見かけによらず読書も割りと好きなんだ。
理由なんてこれだけでジューブンだろ?

2002年8月24日土曜日

マイ・珈琲in魔法瓶

コーヒーを魔法瓶に入れて車で出かけた。
いまどき、自動販売機やらコンビニやらでコーヒーはいくらでも買えるが、
やっぱり自分で作ったコーヒーが一番だし、コーヒーは自分てつくるべきだ。
行き先は決まっていない。
決めないのが決まりだ。
「次の角はどっちに行く?」
「うーん右にしようか?」
魔法瓶が答える。
なんたって俺のコーヒーだからな。

2002年8月22日木曜日

ある街のものがたり

オレは小さな通りを歩いていた。
数メートル先の地面がむくむくと動きだすのが見えた。
またたくまに亀裂ができて茶色い水が吹き出した。
辺りは大騒ぎになり、誰かが「下水道が破裂したんだ!」と叫ぶのが聞こえた。
オレは違うとわかっていた。
あの液体は汚水なんかじゃない、コーヒーだ。
オレは案外鼻が利く。
しばらくすると、ポットを持ってくる者まであらわれた。
駆け付けた消防や警察も戸惑っていた。
マスコミが喜び、学者は首を捻った。

今ではコーヒーの噴水は整備され、たくさんの人が訪れる。
通りは名所になり、街ができた。

2002年8月21日水曜日

SHE IS MINE.

彼女は僕を見つめる。
僕も彼女を見つめる。
それは日曜の朝食後のきまりだ。
コーヒーを飲みながら、彼女と見つめあう。
彼女はまばたきもせずに大きな瞳で僕に微笑みかける。
あぁ、僕はなんて幸せなんだろう。
コーヒーカップを片手に彼女に近付く。
波立つ髪を撫で、ほんのり紅い頬をつつく。
左手だけで彼女を抱こうとして、コーヒーをこぼした。
僕は染みだらけになった人形を床に叩きつけた。

2002年8月20日火曜日

ぼくはコーヒーを飲むたび、溜め息をつく

キミはコーヒーの最初のひと口を飲んだあと、溜め息をついた。
ぼくは、それを見るとバラバラと悲しかった。
「ねえ?どうしてため息なんかつくんだよ?」
「え?ため息?ついてないよ。ナニ泣きそうな顔してるの?」
それは、二人で初めて朝御飯を食べたときだった。

ぼくはコーヒーを飲むたび、溜め息をつく。
キミの写真の隣で
ぼくはコーヒーを飲むたび、溜め息をつく。

映し写す者たち

鏡の前にコーヒーを置いてはいけない。
ばぁちゃんがよくそんなことを言ってたけど、そんなの迷信だと思ってた。
俺はまだ荷物の片付かない部屋で一服していたんだ。
ちょっと用事を済ませにカップを床に置いて立ち上がり、戻って来るときに見たんだよ。
姿見に映るコーヒーカップを。
写真に撮ったから見てほしい。
ほら……ここに……。

2002年8月18日日曜日

Dear Diary

日記帳にコーヒーをこぼしてしまった。
コーヒーがどんどん深く染み込んでいくのを僕はただ眺めていた。
「あ~、新しい日記帳を買わなくちゃ」
なんて思いながら。
遂にコーヒーは白い表紙を汚した。
そして、その瞬間
僕は僕の知っている僕が消えたのを感じた。

2002年8月17日土曜日

さよならはキスの後で

一体、俺は何時間かけてコーヒーを飲んだのだろう。
朔月の空を見上げて自虐的に笑ってみる。
月すら一緒に居てくれないのか、今夜は。
秋の気配を夜風に感じたのは愁いのせいだろう。たぶん、そうだ。

2002年8月14日水曜日

一粒の宇宙

コーヒー豆を一粒づつ挽くとか
みかんを一粒づつ食べるとか
米を一粒づつ磨ぐとか
塩を一粒づつかけるとか
そういうことを想像するのと、宇宙の果ては似てると思わない?

2002年8月13日火曜日

ありえるのならば、それは

眠くて眠くてどうしようもなかった。
朝、ブラックコーヒーを飲んだよなぁ、とトロトロの頭で考える。
俺はカフェインに弱く、コーヒーの効果は絶大なのだ。
朝、コーヒーを飲んで眠くなるなんて、死んでもありえない……。

2002年8月12日月曜日

満月と珈琲と人形のカンケイ

窓から見える満月を眺めていたら玄関のチャイムが鳴った。
こんな夜中に何だ?と注意深くドアを開けると三つ編みの女の子がたっていた。
「さあ、祭りにでかけましょう」
家の前の道は行列だった。仮装しているのかピエロやロボットもいる。
「何の祭りですか?」
女の子に聞くと
「あなたも人形になるのです。コーヒーを飲んでいたでしょう。だから祭りに参加して人形になるのです」

2002年8月11日日曜日

足音

コーヒーを飲みながら、階段を下りていたら、なかなか階段が終わらないことに気づいた。
考え事をしながら降りていたのでいつもより六段多く降りてから、ようやく気づいたのだ。
我が家の階段は十四段。
一階の床は二段下にある。
飛び降りる。まだ二段先。
「最初からやり直すんだ」二階まで昇ってみる。
見下ろして数える。確かに十四段。焦り始める。
数えながら降りる。1、2、3、4……14。
また一階の床は二段下。冷たい汗が背中を流れる。
・・・・・・覚悟を決めて、ひたすら降りることにしよう。

2002年8月8日木曜日

追い駆けっこ

コーヒー豆がなくなったので、瓶を洗ってから新しい豆を入れることにした。
ところが、いくら洗っても匂いがとれなかった。
匂いと言ってもコーヒーの香りだし、また豆を入れるのだから、と思いつつ、なぜか手が止まらなかった。
僕は瓶の中に鼻をつっこみ、蛇口を全開にして、洗剤塗れになって、汗をかいていた。
気付いた時、僕はコーヒー豆に追いかけられて息があがっていた。

2002年8月5日月曜日

ビターチョコレートフレーバー

フレーバーコーヒーという物を妻が買ってきた。
袋にはコーヒー園の農夫と貴族の女の絵が付いている。
「めずらしいでしょ?色々な香りがあってねとりあえずチョコを買ってみたの」
さっそく二人で飲んでみることにした。
それは本当にチョコレートの香りがするが、ほのかに匂いがするだけで普通のコーヒーだった。
「匂いと味がバラバラなのって不思議だね…」
そう言って笑い合った。
「匂いを付けるなんてまやかしだ。無意味な贅沢なんだよ。コーヒーはもとからいい香りがするんだ、これ以上の贅沢はねぇ」
農夫が言った。

2002年8月3日土曜日

砂の城

砂浜で遊んだのは何年振りだろうか。
予想外に上手く出来上がった城をニヤニヤと眺めながら一服していた。
突然、茶色い液体に城は流された。
「果無さが美しいの?美しさは果無いの?」
大きな魔法瓶を片手で軽々と持ち上げながら少女は言い、最後の一滴とともに消えた。
残されたのはコーヒーの染みと魔法瓶。

2002年7月29日月曜日

大好き

大切なランプの火が消えてしまったんだ。
あー困ったなあ。これがないとなんにも見えないよ。
おまけにコーヒーまで飲めなくなるじゃないか。
考えてみると星も食べられなくなるし。
今夜は暑いな、アイスコーヒーと彼女でも頂くか。
しまった、コーヒーが飲めないんだった。
くー、彼女が食べられないじゃん。

2002年7月24日水曜日

缶コーヒーが引き起こしたぬるま湯とは

私が何をしたというのだろう。
自動販売機の前で缶コーヒー片手にしゃがみ込んでいる男に声を掛けただけなのに。
「おつりが転がってしまって」
と言って男は立ち上がり私を縛り上げて車に乗せた。
何故こんなに冷静でいられるのだろう。
今、生まれて初めて鉄の塊をつきつけられているというのに。
ああ、なんだかぬるま湯を浴びているような

2002年7月23日火曜日

桜の木の下で

もう10年ほど続けているだろうか。
天気のよい日には、この桜の木の下でコーヒーを飲む。
ここはほとんど人が通らない小さな道だが、なぜかベンチが置いてある。
いつも、桜に話し掛けながら、ゆっくりとコーヒーを飲む。
「きのうの台風は堪えただろう?どこか痛くないか?」
「今年もきれいな花をありがとう。あと何回、見られるかねえ……」
最近は、桜も話をしてくれるようになって、ついつい日暮れ近くまで居ついてしまう。

「おじいちゃん!またここにいた!なんでコーヒーカップ持って出るのかなぁ……?さ、早く帰ろう」

2002年7月19日金曜日

猫とおじいさんとハムサンドの話

朝から喫茶店でノートを広げるようになって、一ヶ月。
新しい友達ができた。猫と、おじいさん。
猫の友達も、おじいさんの友達も、はじめてだった。
猫は店のカウンターの端でいつも寝ていた。
通い始めて一週間くらいで、ドアを開けると挨拶してくれるようになった。
アイスカフェ・オ・レとハムとチーズのサンドウィッチを頼んで、
彼の後ろのテーブルに座ると、彼は、私の方に向き直って寝る。
そして、毎日この喫茶店で朝食を取るおじいさん。
おじいさんはある日「いつもがんばってるね。何の勉強かい?」と私に話し掛けた。
おじいさんはいろんな話をしてくれた。毎日自転車でこの喫茶店にくること。
絵を書いていること。孫が二人いること。
猫はもう10年もこのカウンターに居座っている、ノラだということ。
そしてこの国でかつて起きた悲しい出来事について……。

通いはじめて5ヶ月、おじいさんと猫にお別れをしなければならなくなった。
私は試験に合格し、遠くの学校へ行くことになったのだ。
猫はいつもよりも甘えてくれた。
おじいさんは、うさぎの絵と筆をくれた。

今はもう、猫は死んでしまったけど、
おじいさんは元気にうさぎの絵を描いている。
私は、この喫茶店で働き始めた。

2002年7月16日火曜日

嵐の晩に

嵐の晩、俺は部屋中の電気を消して、蝋燭を一本つける。
カーテンを開ける。窓もいくつか開ける。
そして外を眺めながら、お気に入りのソファーでコーヒーを飲むのが、
年に数回の楽しみだ。

2002年7月14日日曜日

宝物

ヒョウ太さんは、毎日、一杯のコーヒーを時間をかけて飲んでいました。
いいえ、一杯のコーヒーが一日中、机の上にあるのです。
朝は湯気が立っていたコーヒーも、お昼になるころには
冷たくなっています。でも、夕方にはきちんと飲み終えているのです。
アヤコさんが聞きました。
「コーヒー、好きなの?嫌いなの?」
冷えたコーヒーなんて、とても不味そうに見えるのです。
ヒョウ太さんは言いました。
「好きだからじっくりと味わうのさ。時間をかければ気が付かないことが見えてくる。」
ヒョウ太さんは、カップを覗き込みながら笑いました。
何が見えるのか、とても気になったアヤコさんは翌日からヒョウ太さんの真似をするようになりました。
季節が変わるころ、
やっとヒョウ太さんの言っていたことがわかりました。
それはとてもかわいらしくて素敵だった。
と、おばあさんになったアヤコさんは
おじいさんになったヒョウ太さんに語るのでした。

2002年7月13日土曜日

コーヒーとミルク

看板に「珈琲」の文字。
黒地に白字。
それはなぜ?
コーヒーとミルク。
黒人と白人。
夜と昼。
悪と善。

2002年7月9日火曜日

無題

目覚めると、周りには何もなかった。
俺は裸で布団もなかった。窓の外は霧で何も見えない。
きのうまでの記憶もない。
目の前には、ただ一杯のコーヒーがあるだけだった。
コーヒーは湯気がたっている。そうだ、俺はまだ生きている。

2002年7月7日日曜日

セピア色のタイムマシン

十数年ぶりに一冊の文庫本を取り出した。
すっかり茶けた頁から、古い文庫本の匂いの中に
微かなコーヒーの香りを見つけた。
「ああ、〔La Voie lactee〕だ・・・」
久しぶりに行ってみようか。
あの頃と同じ時刻に、同じ本を持って。
そして、窓際のあの席で待つのだ。

2002年7月6日土曜日

コーヒーゼリー

ママの作ったコーヒーゼリーはいつも僕には苦かった。
だから、僕はいつもたっぷりホイップクリームをのっけて食べた。
ママはそれを見て
「ごめんね、もっと甘くすればよかったね。」
となぜだかちょっぴり悲しそうな声で言うんだ。
ママは甘いのが好きじゃなかったんだね。
コーヒーゼリーは、唯一ママが作ってくれるお菓子だった。

僕はもう大人になって、ママはいなくなって、世界は一度終わりをみた。
嗚呼、最後にコーヒーゼリーを食べたのはいつだろうか?

2002年7月5日金曜日

配達ボーイと看板ガール

私は、毎日この喫茶店に通っている。
もう、40年になる。
ここでは、娘が一人、給仕し、LPを入れ替え、レジを打っている。
床やテーブルを磨く姿を、見かけたこともあった。
とにかく、よく働く。
そして、彼女は十分に人目に付くくらいの容姿は備えている。
加えて喫茶店の看板娘には、「やさしい笑顔」が必要らしい。
私は若干年上の彼女に「憧れ」ている。
そのような感情を持ってはいけないと言われているがどうしようもない。
私は、40年間変わらぬ姿で、毎日この店に品物を届けている。
彼女は今日も、同じ笑顔で「ごくろうさま」と言うだろう。
あと60年は言うだろう。
私たちのタイプは100年の使用期間が定められている。

2002年7月2日火曜日

珈琲はじめて物語

その人は、いつも白いコーヒーカップを覗きこんでいた。
客が飲み終えたカップを洗う前にひとつづつ、滑稽なくらい真剣な眼差しで。
客が少ない時を見計らって尋ねてみた。
「カップを読んでいるんです」
「占いの類ですか」
「まぁ、そんなようなものです」
「何がわかるんですか」
「お客さんは、銭湯のコーヒー牛乳。カップ達は飲んだ人とコーヒーの出会いがわかるのです。私はそれを読むだけ。いいカップでしょう」
そう言って髭がほころんだ。

2002年7月1日月曜日

砂漠珈琲

アフリカに暮らす友人から小包みが届いた。

「お元気ですか。砂漠の砂を送ります。この砂をフィルターに入れてからコーヒーを淹れてみてください。どんな味がするかはお楽しみ。わざわざ街でチャックのついた袋を買ったんだ。くれぐれも湿気には注意してくれよ。日本の湿度は、砂には大敵だから。それからコーヒーの感想をぜひ聞かせてください。それでは」

すぐに感想をエアメールで送ったのは、言うまでもない。

2002年6月30日日曜日

長い一日

まわりを見渡して溜め息をついた。
ここにいる大半の人が不安や気詰まりを感じているのだろうか。
普段なら思いもよらないことを自分に話かける。
病室を出て喫茶コーナーで味のしないコーヒーをすすっている。
見舞いというのは身内の病状とは無関係に、どこまでも手持ち無沙汰なものだ。
さらに、よその患者とその家族の内情が見えてしまうことが、私には切なすぎた。
気を紛らわすため用もないのに院内を歩き回り、お茶を飲む、振りをしている。
さてと、冷めたコーヒーを飲み干して、行かなければ。
新しい死との出会いが待っている。

2002年6月29日土曜日

実験

眼下では、まったく無関係で異なる時間が流れているのではないだろうか。
マンションの最上階から見下ろしていると、はたして本当に自分がこの世界の住人なのかどうか、自信がなくなる。
事実、雲のほうがよっぽど現実的で確固たる存在を私に示している。
ためしに、まだ半分コーヒーの入っているカップを窓から落としてみた。
やっぱり。カップもコーヒーも消えてなくなった。

2002年6月28日金曜日

一服どうぞ

「コーヒー、一服しませんか?」
そう言って連れられた店は薄汚い洋食屋だった。
「コーヒーだけは特別なんですよ」と彼はちょっと悪戯っぽい目をした。
「よーく見ながらミルクを掻き混ぜてください」
渦巻きにコーヒーの小人を見た。

2002年6月26日水曜日

師走の珈琲

ブラックコーヒーを飲みながら、ベランダに出て身震いした。
真冬の真夜中、寒くないわけがない。おかげで目は覚めた。
自分の息とコーヒーの湯気でオレの目の前は霜色になった。
「ちょっとそのコーヒーをひとくち飲ませてくださらんかの?」
白い湯気の中から、これまた白い顔のオッサンがニュっと現れて、そう言った。
オレは相当、面食らったが「どうぞ、寒いですからね」と言ってコーヒーカップを渡した。
彼は実に美味そうにコーヒーを飲み、「メリークリスマス!」と言って、消えた。
ここが二階なのは関係ないんだな、あの白髭のオッサンには。
オレは、クックックとひとしきり笑ったのだった。

2002年6月25日火曜日

カーテンコール

彼女は四十年間、たったひとりでビルの地下にある、この店を切り盛りしていた。
メニューはホットコーヒーとケーキだけ。
店の中は、薄暗いが清潔で、心地よい音量でレコードがかけられていた。
私はかれこれ二十五年通ったことになる。
会社に勤め始めたばかりのころ、ここは唯一、自分に戻れる場所だった。
転職したあとも年に数回は必ず立ち寄って、彼女と二、三言葉を交した。それで充分だった。
若かった私と、中年になった私を融和しに、来ていたのだ。

私は、美味い珈琲より大事なものを今、失った。

2002年6月23日日曜日

学生街の喫茶店

若いお客さんが多いんだ。ここらあたりは三つも大学があるからね。
喫茶店に入るのを、ちょっと緊張してなさるお客さんも多い。
ふぁーすとふーどの店に入るのとは勝手が違うんだね。
お嬢さん方や、ひとりでフラっとくる青年もおるし、恋人同士もある。
私から見れば、みんな、孫のようなかわいらしいお客さんだよ。
だから、私は、なるべくかわいい声を出してお客さんを迎えるんだ。驚かすといけないから。
ゆったりと贅沢な時間をすごしてほしいから、はじめの一声が肝心だ。

そして、お見送りの時には元気な声で「また、おいで」と言うんだよ。
ほんのすこーしだけ大人になった彼らの背中に向かって。

2002年6月21日金曜日

コーヒーひとしずく

「朝、コーヒーメーカーでコーヒーを入れるんです。コーヒーが少しづつ落ちてくるでしょう?それをね、見ている時間が幸せなんです・・・そうやって生まれたコーヒーを綺麗なカップに注ぐと…いとおしくて、なかなか飲めないんですよ。本当に可愛らしくて……」
「それが遅刻の理由かね」

2002年6月20日木曜日

広告機能付自動販売機

夕方、どうしても喉が渇いて、自動販売機の前に立った。
「コーヒー買うんですか。最近はペットボトルが人気ですけどね。やっぱり自動販売機でコーヒー買うなら缶ですよねえ。しかし、缶コーヒーを買ってくれる人は久しぶりだ。ちなみに9日ぶりです。あ、あなたは「20代」「男性」なんですね。ごめんなさーい♪やっぱり缶コーヒーといったら、「親分印のブラックコーヒー」よね?買ってくれなきゃ、困っちゃうの。オ・ネ・ガ・イ あ、待って。そっちじゃないわ。缶コーヒーは『親分印』でしょ。どうして聞いてくれないの? あん、そう、そうソレよ。あぁ、よかった♪ また、遊んでネ」

最近の自動販売機は五月蝿くて困る。

2002年6月18日火曜日

コーヒーをこぼした話

コーヒーカップを落として床を汚した。
こぼれたコーヒーはインスタントだったけれども、「勿体無いな」と思った。
私はインスタントだろうが、コーヒーがとても、好きなのだ。
床を拭くことも忘れて、コーヒーの地図を眺めていたら、突然、その中に足を入れたくなった。
こぼれたコーヒーの中に吸い込まれたら、どんなに素敵だろう。

2002年6月17日月曜日

The flower of milk

「ミルクをわたくしがお入れしてもよろしいですか」
と彼は、ホットコーヒーを頼んだ客に訊く。
カップの中に浮かんだ白い渦は、花になり、蝶になり、そして、すぅっと消えていく。
客に何か尋ねられても、ただ、微笑むだけ。

2002年6月16日日曜日

MUR MUR

7月7日午前7時7分。
ふと、トイレの白い壁に手を付いたら、吸い込まれてしまった。
壁の向うには自分がいた。
それを見て躊躇したら。顔だけが外に出て閉じこめられてしまった。
そうして僕と僕の壁を挟んだ生活が始まった。

2002年6月14日金曜日

THERE IS NOTHING

小さな箱に小さな札が貼りつけてあった。
札には何も書かれていない。
フタを開けると何もなかった。
箱の底もない。白も黒もない。
私もない。

2002年6月12日水曜日

フクロトンボ

その角を曲がると、行き止まりだった。
回れ右をしてから、振り向いたら、
行き止まりではなく扉だった。
戻って扉を開けようとすると
下から水と声が降ってきた。
「注意力が不足している」

2002年6月11日火曜日

思ひ出

「ずいぶん長く話し込んでしまったね……くたびれただろう」
お月様はそう言って口元に疲れを漂わせながら、微笑んだ。
そりゃそうさ!
月の誕生から今日までの身の上話、なんてもんを聞かされれば誰だって疲れるよ。

2002年6月8日土曜日

辻強盗

辻の真ん中を通りかかったら前後左右から男がでてきた。
「おい」
「アレを出せ」
「さもないと」
「撃つぞ」

「出してやってもいいが、アレはふたつしか持ってないよ」

「しまった!」
「どうやって分けようか」
「アレは分けられん」
「だいたい、あんたら何者だ」
四人が揉めている声を背に家路を急いだ。

2002年6月7日金曜日

THE GIANT-BIRD

怪我をしているスズメを拾った。
よく朝、スズメはハトくらいになっていた。
スズメに見えたそいつは、よく見ればスズメとは似ても似つかない、変な鳥だった。
彼は、石を食べるので、庭の石っころがなくなって助かった。
さらに数日後、ダチョウもびっくりなくらいでかくなっていた。
「ギョエー」
と一声鳴いたあと、線路沿いに食事しながら、どこかへいってしまった。

2002年6月6日木曜日

停電の原因

日が暮れて、半刻たった時、突然町が暗くなった。
「電燈が消えたぞ」
と誰かが言うまで、何が起きたのかわからなかった。
電燈の様子を見ようと近づいた男は「わっ」と言ってよろけた。
電燈という電燈に、びっしりと蝙蝠が張り付いていた。
剥がそうと大勢が知恵をしぼったが、一時間後、結局諦めたその時に、一斉に彼らは帰っていった。

2002年6月5日水曜日

A MOONSHINE

「そんな無茶な話あるかい?一体誰が言いだしたんだろう。お月様を溶かしたサイダーを飲むと、自転車で空を飛べる、なんて。できるはずがないし、どうしてそんな話を信じるんだ?大体、お月様をどうやって取ってくるのさ。サイダーに溶かしちまったら、月はなくなるじゃないか。なんで、俺に頼むんだよ?え?」

「……だって、オマエが今、自転車で宙に浮いているから」

2002年6月4日火曜日

どうして彼は喫煙家になったか?

彼がタバコを吸うのを見て、誰もが驚愕した。
彼の視界に灰皿が入っているだけで周囲の人は怯えた。
大体、彼がそこまでタバコを嫌っている訳を誰一人知らなかった。
その彼が、タバコを手に、紫煙を、吐いている。

一人の男が、なるべくさりげなく、なるべく明るく尋ねた。
「やあ、珍しいじゃないか。どういう心境の変化なんだ?」
「月と仲良くなりたかったんだ」

2002年6月3日月曜日

はたしてビールびんの中に箒星がはいっていたか?

「古い物置にあったんだ。ビンといっしょにメモがあった。」
<この壜に箒星を封じたり。開封厳禁。火気厳禁。水気厳禁>
友人の持ってきた古びたビンは曇っていて中を透かしてみることはできなかった。
「なぜ、この中にホーキ星が入っているんだ?」
「どうやって入れたんだ?」
「本当に入っているのか?」

散々二人で悩んだ末、まず水で絞った布で埃だらけのびんを拭いてみることにした。
「しまった!水気厳禁ってこういうことだったのか!」
ビンはショワショワと解けながら、飛んでいった。

2002年6月1日土曜日

星と無頼漢

ある無頼漢はよく星に願いをかけていた。
星に語りかけているのを見た者もいる。
彼の仲間はそれを馬鹿にしていたが、その結末を知ると無頼漢どもはこぞって星に願いをかけるようになった。
町の人々はその姿にたいそう気味悪がったけれど。

2002年5月31日金曜日

お月様が三角になった話

お月様は自分がまるいのを自慢に思っている。
「どうだ!まぁるくていいだろう?マルは美しいのだ」
「こちらではサンカクが重宝なんですよ。ほら、あのタワーを見てごらんなさい。サンカクがいっぱいだ」
「・・・あれは人気があるのか?」
「すごく有名だし、人気だよ」 
十五夜、こちらを見上げた者たちの驚きように、月はご満悦だった。

2002年5月30日木曜日

お月様を食べた話

「白ワイン『ルナ』3587年ものになります」
「『月のサラダ』でございます。」
「『サーモンのムニエル、月光ソース添え』です」

帰り道。
「今日はお月様をいっぱい食べたよ。すごくおいしかった」
月にひどく怒られた。

2002年5月29日水曜日

土星が三つ出来た話

酔った土星がえらく自分の輪を自慢するので、土星にそっくりの輪をかぶった人を二人連れて行ったら、とても喜んでいた。
土星は案外、寂しがりやなのかもしれない。

2002年5月28日火曜日

赤鉛筆の由来

赤鉛筆は、嘘をつけない。
太陽に誠を入れてもらい、さらに通りすがりの赤いホーキ星に真を入れてもらって、やっと赤くなったのだそうだ。
決して、赤いから赤鉛筆なのではない。
赤鉛筆がそういうのだから、間違いないだろう。
赤鉛筆は嘘がつけないのだ。

2002年5月27日月曜日

月夜のプロージット

十三夜の午後十一時ちょうど。
初めて使うお揃いのグラスに、汲み置いた水をいっぱいに注ぐ。
十一時三分、月の光がよく当たる場所に
丸テーブルを置き、その真ん中に二つのグラスを置く。
十一時十一分、「ルナと亀とその他のものに」
と唱えてグラスを合わせる。
どんな味がするのかは、月の気まぐれとあなたの想い次第です。

2002年5月26日日曜日

黒い箱

ある朝、ポストに小さな黒い箱が入っていた。
振ってみると、コトコトと音がする。
鍵穴がついているが、鍵はない。
知り合いの泥棒を呼んでみたが、開かなかった。
投げやりな気持ちで箱をくすぐってみたら、箱はよじれ、開いた。
中から出てきたものに向かって思わず言った。
「なんてこった!開けなければよかった!」

2002年5月25日土曜日

A ROC ON A PAVEMENT

歩いていく先に大きな石が見えた。
それは色がどんどん変わっていった。
目の前まで来たとき、石は紫になっていた。
傘の先でつついたら「ポキョーン」と音がしてどこかへ飛んでいった。
家に帰ると、さっきの石を小さくしたような紫の動物が
「ポキョーン ポキョーン ポキョーン」
と鳴き続けていた。

2002年5月23日木曜日

どうして酔よりさめたか?

黒猫が来た晩、しこたま酔っ払った。
翌日も翌々日も、酔ったままだった。
四日目になって、やっと風呂に入ったら
シャワーが言った。
「ケケケ。ずいぶん久しぶりじゃないのかい?何に溺れてたんだ? 女か?酒か?両方か?」
黒猫のヤツ、なんてことをしてくれたんだ……。
おかげで酔からさめたけれど。

2002年5月22日水曜日

月の客人

今晩、客が来ると言って月が忙しそうにしている。
どんな人が来るのかと訊ねると
「それじゃあ、見に来ればいい」
と言った。
真夜中、指定された場所に出かけてみると、とても賑やかで音楽も流れていた。
ただ、真っ暗で誰の顔も見えなかったけれど。

2002年5月21日火曜日

ニュウヨークから帰ってきた人の話

長い間音信不通だった知人がニュウヨークから帰ってきたと電話してきた。
彼は
「アメリカの月はとんでもないことになっている」
と言った。よくよく聞いてみると
「月が銀色の顔をしているんだ!」
帰ってきて月はどう見える?と訊くと
「ちゃんとうさぎが餅ついてるよ」

2002年5月20日月曜日

真夜中の訪問者

夜中フト目が覚めると、待っていたかのように玄関のチャイムが鳴った。
起き上がろうとすると
「どうぞ、そのままにしていてください。」と声がした。
そのまま何も音がしないので眠ってしまった。
翌日、何か変わったことがないかと、家じゅうを探し回った。
どうやら訪問者は一人ではなかったらしい。
たくさんの吸殻とともに台所で見つかったのは……。

2002年5月19日日曜日

自分によく似た人

自分によく似た人に会わせてやろうと黒猫が言うのでついて行った。
たしかにそこには自分自身がいた。
驚愕し、黒猫を見ると得意そうな顔をしている。
が、決定的な違いに気づき大笑いしてやった。
その自分はいつも見ている自分だったのである。

2002年5月18日土曜日

THE WEDDING CEREMONY

男女が仰向けになっていた。
危うく踏み潰しそうになったので
「ごめんよ」
と言ったら、
「祝い事なので」
と相伴させられた。

2002年5月17日金曜日

銀河からの手紙

「Dear Sir,
 I want to consult about the moon.
 Please meet and talk tomorrow.
 Love is put from that direction of 2,300,000LightYears
Man of the Galaxy A」

翌日、現れた男は、月の悪口を散々言うと、満足そうに帰っていった。

2002年5月16日木曜日

HOLD UP

「手を挙げろ!」
「!」
「・・・…驚かせて悪いな。ちょっとやってみたかったんだ。でもせっかくだから頂いて行こうか。」
お月様はそう言って嬉しそうに去っていった。
何がなくなったのかわからないまま家に帰り、鏡を見て気付いた。
その夜は恐ろしくて月を見ることができなかった。

2002年5月15日水曜日

AN INCIDIDENT AT A STREET CORNER

夕闇のなか、家路を急いでいた。
家につく最後の角を曲がったら、また、曲がる前の道に出た。
もう一度、曲がったら、今度は家の先の道に出た。
「なあ、早く帰りたいんだが、なんとかしてくれよ」
そう言うと、空が歪んで見えた。

2002年5月14日火曜日

見てきたようなことを云う人

「月の裏側は、真っ赤なのだ。黄色が不足したから」
「流れ星っていうのは、パチンコで飛んでるのだ」
「あの黒猫はもう248年も生きている」
そう言いながら向こうから歩いてきた男は、お月様と同じタバコの香りがした。

2002年5月13日月曜日

友だちがお月様に変わった話

友だちと喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
彼がトイレに立ち、戻ってきたのはお月様だった。
「俺の友だちはどうした?」
お月様は、黙って鏡の前に立った。

2002年5月12日日曜日

THE BLACK COMET CLUB

その団体は、とても有名だったが、何をしているのか誰も知らなかった。
皆、黒いマニキュアをして早足で歩くので、黒い彗星のようだ、と人々は噂した。

2002年5月11日土曜日

散歩前

散歩に出かけるため靴を履こうとしたが、靴が嫌がる。
ドアを開けようとするが、押し戻される。
ハテ?何か忘れ物でもしたのだろうか……。
ああ、椅子から立ち上がるとき、伸びをするのを忘れていた。

2002年5月10日金曜日

コウモリの家

その客は、一晩中、酒と花を愛でていた。
ただ、それだけだった。
こちらも、ただそれを見ているだけだった。
そして、彼は誰時になり
「では、失敬」
と窓から飛び出していった。
追いかけると、噂の幽霊屋敷へと入っていった。

2002年5月9日木曜日

黒猫を射ち落とした話

窓から見える塀の上を黒猫が歩いていた。
それはだんだんと巨大になり、しかもこちらに向かってものすごい速さで突進してきた。
銃を向けるとそいつはますます大きくなり、周りの景色は見えなくなった。
バン!
巨大猫は塀から墜落した。見に行くと、そこには大量の砂利が落ちていた。
むこうの屋根に黒いしっぽが見えた。

2002年5月8日水曜日

A TWILIGHT EPISODE

薄暮の街を歩くとき、まるで彼の地にいるような心地になる。
すべてが見慣れない景色になって、普段見えない人たちとあいさつを交わす。
あの黒猫ですら機嫌がよい。
夢でも現実でも構わない。
その中間、ってことはないんだから。

2002年5月7日火曜日

煙突から投げこまれた話

夜遅く、足早に家へ向かっていたら、上の方で、何かが二つ光って
「そんなに早く帰りたけりゃ、手伝ってやろう」と声がした。
襟首を持ち上げられて、家の上空まで運ばれ、煙突にポトリと落とされた。
「おい!痛いじゃないか!しかも身体中ススだらけだ」
「せっかく運んでやったのに。しかたがない」
すると今度は全身をぴちゃぴちゃと舐められた。

2002年5月6日月曜日

THE MOONRIDERS

THE MOONRIDERSは月の明るい晩にしか現れない。
誰にも気づかれることはない。彼らは精鋭なのだから。
それでも彼らを見たいと思ったら、よく晴れた満月の真夜中、自分の影としゃべりながら散歩してみればいい。
風もないのに影が揺らめいたら、それはTHE MOONRIDERが駆け抜けた証だ。
耳を澄ませば彼らの轟きを、鼻を利かせば彼らの煙を、感じられるかもしれない。

2002年5月4日土曜日

月のサーカス

あれは本当に現実に起こったことだと言い切れる。
テントの中で黒猫が火の輪をくぐって、お月様は綱渡りをしていた。
飛び入りで自分も参加した。
……気がついたら公園のブランコで居眠りしていたことは隠さないが。

2002年5月3日金曜日

電燈の下をへんなものが通った話

電燈の下を何かが通ったような気がして振り返ったが、何もなかったので再び歩きだそうとすると、また何か緑色の光がすぅっと通ったのでもう一度見ようとしたが、何も見えなくてあきらめようとしたのに、今度は耳のような形のものが跳ねるのを、確かに見たような気がするのだがよくわからなかった。

2002年5月2日木曜日

ココアのいたずら

熱いココアを作った。香りが部屋を満たす。
ゆっくり味わう。飲んでも飲んでも減らない。
カップを床に叩きつけた。飛び散ったココアで床上浸水。

2002年5月1日水曜日

THE MOONMAN

月の中で住んでいる人のほかに、
月であり、月でない月の男がいる。
地上に現れる月とは彼のことであり
地上での月の仕業は彼の仕業である。

2002年4月30日火曜日

月をあげる人

月をあげる人がいるのを知っているかい?
そう、みんな知らないけど。
月はその人がいないと昇れない。ひとりではダメなんだ。
俺も月をあげることはできない。
彼の休みは大体十五日に一度だ。
俺は時々、彼に報酬の黄いろい粉を渡しに行く。
彼は黒猫を飼っているから、それが必要なんだ。
黒猫はたいそう生意気なヤツだ。
おまけに自分が飼われている、と思ってはいないみたいだけどね。

2002年4月29日月曜日

水道へ突き落とされた話

徹夜明け、洗面所でジャブジャブと顔を洗っていたら、後頭部をコツンと叩かれた。
洗面台に落っこちて、蛇口に吸い込まれた。
流れに逆らうのは、なかなか気分がよい。
そう思った瞬間、下水道まで流された。

2002年4月28日日曜日

はたして月へ行けたか

「月に行くのだ」と言い残し消えた彼の、その後を知る者は誰もいない。

2002年4月26日金曜日

星におそわれた話

星が集まってきていたので、おかしいナ、と思いながら歩いていた。
星たちはどんどん近づいていって、とうとう合体して空に浮かぶ巨大なカメラになった。
「うーん、いいねえ。どんどん逃げてー」
フラッシュが焚かれるたびに、黒くなった星の欠片が容赦なく降りかかってくるので、走り続けなければならなかった。
「そう、もっと逃げるんだ。ずっと追いかけてあげるから」

2002年4月25日木曜日

星でパンをこしらえた話

月が瓶に入った黄いろい粉と星の欠片をくれるという。
「これでパンを焼いてくれ」
さっそくパンをこしらえた。
黄いろい粉をタネに星の欠片をトッピングに。
なかなかうまく焼けた、と満足した。
月は焼きあがったパンを持って帰ってしまった。
その晩の月はおいしそうな湯気を立てていた。

2002年4月24日水曜日

自分を落としてしまった話

月が月を落とした。
彼は落ちるつもりではなかったのでとても驚いた。
彼も落とすつもりではなかったので戸惑い、焦った。
月に向かっていた。「よかった」と思った。
ぶつかる瞬間、月はゆがんだ。

2002年4月23日火曜日

ガス燈とつかみ合いをした話

酔っぱらってあちこち蹴飛ばしながら歩いていたら
「ちょっと君、失礼じゃないか。」と上から声がした。
周りには誰もいないので、もう一度そこを蹴飛ばしたら
それがつかみかかってきた。ガス燈だった。
格闘の末、火口を壊すとガス燈は動かなくなった。

次の晩ガス燈の前を通ると、やはり昨晩の体勢のままだったので
黄いろい粉を火口に蒔いておいた。

2002年4月22日月曜日

星?花火?

なんだか外が騒がしいのでベランダに出てみるとやけに空が賑やかだった。あっちこっちでパチパチしている。
近所の人も皆、空を見上げて
「今日は花火大会でもあったかしら」
「花火じゃないよ。でもこんな星、あるわけないし」
などと口々に言い合っている。
俺はそのショーを一晩中見ていた。
結局、花火なのか、星の仕業なのか、わからなかったけど。

2002年4月21日日曜日

TOUR DE CHAT-NOIR

崩れそうな石の階段を上っていくと黒猫が待っていた。
「ようこそ。どうぞこちらへ」
なんと高い塔のてっぺんに出た。強い風が吹いている。
風は黄いろい粉が混ざっていてキラキラしていた。

黒猫はうにゃーと欠伸をしながら言った。
「どうですか?よい眺めでしょう。では、さっそく仕事に取り掛かってください。この黄いろい粉を集めないと私の命に関わりますのでね……」
「あッ!」黒猫を見て思わず小さく叫んだ。
彼にはしっぽがなかったのである。

2002年4月20日土曜日

AN INCIDENT IN THE CONCERT

ホールはそのピアノを聴きにきた人々でいっぱいだった。
照明が落ち、塵の音もしないほどの静寂と緊張が訪れる。
お月様は開演ギリギリに席についた。
そしてピアニストと観客は〈月の光〉に満たされながら、そのメロディーに身を任せたのだった。

2002年4月19日金曜日

星を食べた話

庭に寝っころがって月を見ていたら星が口のなか目掛けて飛んできた。
思わず噛み砕くと、水色のハッカ味がした。
噛み砕いた欠片のいくつかは口から大慌てで飛び出て行った。

2002年4月18日木曜日

箒星を獲りに行った話

ある人にホーキ星を獲って来てくれと、ボロボロの地図を渡された。
その地図の★が指し示す場所まで行ってみると、古い洋館が建っていた。
ハテナと思いながら、門を開けると、少女が漆黒の瞳でこちらを見つめていた。
少女に案内されたのは、階段だった。

ミルクで磨いているであろう、その階段を、一段づつ上っていく。

2002年4月16日火曜日

月光密造者

なにやらポンプのような機械で、月光を採取している者がいた。
そのまま様子を窺っていると、集めた月光の瓶にスポイトで薬?を垂らしている。
すると突然、男は光に包まれた。
咆哮が聞こえ、目を凝らすと、そこには満足そうなWolfmanが。

2002年4月15日月曜日

雨を射ち止めた話

なかなか止まない雨をどうにかしたいと、試しに矢を空に向けて放ったら雨雲が、ヒエーと音を立てて粉々になった。
すぐに雨が止んだが、かわりに金平糖が降ってきたので、シャリシャリと音を立てながら爽快な気分で家に戻った。

2002年4月14日日曜日

なげいて帰った者

前の晩、月がミルク色に霞んでいたのでホットレモネードを無理に飲ませたが、お月様は納得せず、ブツブツと歎いて帰っていった。

レモネードの効果はわからない。
その晩は重い雨が降ったから。

2002年4月13日土曜日

ポケットの中の月

月は眠っている間、ポケットに入っているらしい。
そのポケットの中はどんな心地なのか、
ポケットとはどういう代物なのか、
どうやってポケットに入るのか、と色々に尋ねてみたが、
お月様はただただ黄色くなって何も答えなかった。

2002年4月12日金曜日

霧にだまされた話

霧深い早朝。
ぼんやりと見える前を歩いていた人についていったら、いつの間にか知らない場所を歩いていた。
「参ったなあ……」
とつぶやいたら、
「霧の日は、もうひとつの世界と繋がる道ができるんだよ。ちょうど、今朝みたいにね……」
振り返って、そう言った前の人は、深紅の瞳をしていた。

2002年4月11日木曜日

キスした人

お月様が珍しく悩んでいるので、理由を訊いてみると
「月にキスしたい、という人がいる」という。
「いいじゃないか、キスくらい。それは誰なんだ?」
「大勢だよ。会う人みんな、ってくらい」

数日後、「とうとうキスされてしまった!」と言ってきた。
「あんまりたくさんの人が集まるので、クジ引きさせた」
「へえ、で、その幸運は誰に降りたんだ?」
「…小さな男の子だったよ!」

2002年4月10日水曜日

押し出された話

庭に、大きな箱が置いてあったので不審に思い、開けてみたら、モワモワと黒い霧が広がって箱の中に吸い込まれてしまった。
箱に入った途端、今度は四方八方からギュウギュウと押し出された。
箱から出て見ると、大きいと思った箱は、手のひらに乗るほど小さかった。
気がつくと、とっくに日は沈んでいた。

2002年4月9日火曜日

はねとばされた話

流星の降る中で散歩していたら、フワリと身体が浮いて部屋の真ん中に墜落した。
身体中に黄いろい粉と氷の粒がついていた。
シャワーを浴びると黄色い粉は煙になって消えた。

2002年4月8日月曜日

突き飛ばされた話

工事中のマンホールに突き落とされた。
突き飛ばされて、サングラスの男にぶつかった。
バシン!また背中を押された。
「今度はなんだよ!」

「やあ、いらっしゃい」
月が目の前で笑った。

2002年4月7日日曜日

黒猫のしっぽを切った話

黒猫がついてくるので、ミルクをやったら、みるみるしっぽが伸びて、ついに月に届いてしまった。
恐る恐る鋏でしっぽをパチン!と切ったら、黄いろい粉が舞い上がった。
「あァ、苦しかった!」
と月が叫ぶと、粉はみんなホーキ星になってあちこちへ飛んでいった。

2002年4月6日土曜日

SOMETHING BLACK

〈黒い何か〉が言った。
「ちょっと失礼して調査させてください。イヤ、調査と言ってもごく簡単なものでしてね」
〈黒い何か〉は拡がって、縮んだあと、こう言って消えた。
「では、良い日常を!」

2002年4月5日金曜日

IT'S NOTHING ELSE

S氏は言った。
「私が生まれる前?なんにもなかったんだ、ナンニモ!」

2002年4月4日木曜日

ある晩の出来事

徹夜で机に向かっていたある晩。
うたた寝をしていたら、ガンガンと揺すられ、部屋が明るくなったかと思うと声がした。
「おい、そんなことしてないで、いっしょに遊ぼうぜ」
そして、蹴飛ばされ、殴られ、踊らされた。

2002年4月3日水曜日

月光鬼語

三日月の晩だった。

しかし、光り輝く棒を持っていたため、満月の如く明るい晩だった。

お月様は、傍目にもわかるほどごきげんだった。

男が独り言ごちながら、うろうろしていた。

「どこだ、俺の大事な…あれがないと…」

彼の影の頭には二本の角!

2002年4月2日火曜日

A CHILDREN'S SONG

ねえ、おつきさま

どうしてついてくるの

ねえ、おつきさま

おつきさまってあしがはやいんだね

ねえ、おつきさま

おつきさまっておいしい?

2002年3月29日金曜日

A PUZZLE

月光を浴びた蝸牛はトマトジュースを滴らせ、そのトマトジュースを飲んだ鼠は甘い蜜になる。

その甘い蜜を嘗めた狐は尾から伊勢海老が生え、その伊勢海老を食べた蟷螂は泡を吹いて死ぬ。

蟷螂の死体と泡をつつくとキャベツが現れ、そのキャベツを食べたあなたは

2002年3月28日木曜日

A MEMORY

あぁ、そうか月の光はこんなにも明るかったんだ。

山の端が、白い。

昼間よりも美しい影が、空へ昇っていきそうだ。

祖先はきっと、こんな晩に旅したのだろう。

眩しすぎる満月に感謝しながら。

2002年3月27日水曜日

お月様とけんかした話

男がタバコを店員のいない隙に盗もうとしていた。

「いい年して、万引きかい?」

男は俺に掴みかかった。若い店員が驚いて出てきた。

俺は男のまんまるい右頬をぶん殴った。

男は右頬をかばうように、よろよろと逃げた。

男を追いかけて、店の外へ出ると男は消えていた。

俺は空に向かって、声を掛けた。

「やあ、お月さん。半月の気分はどうだね?」

2002年3月25日月曜日

月とシガレット

眠れずに過ごし、あたりが明るくなってきてしまった。 

庭に出て一服しながら、見上げると、白い月も紫煙を燻らせている。

「お月さんは、タバコお好きなんですか?」

「まあね。寝る前の一服がうまいんだ」

「それ、本当にうまそうだな。」

「どうだい?取り替えてみないか?」

月の吸っていたシガレットは、ひんやり黄色い味がした。

2002年3月23日土曜日

ある夜倉庫のかげで聞いた話

「明日から三晩は月が出ないんだって」

「なんだって?曇るのか?」

「いや、違う。なんでも月が旅行に出かけるらしい」

「えぇ?どこに?」

「オホーツク海の流氷を見に行くんだってさ」

「なんでまた流氷?」

「流星の参考にしたいんだと」

2002年3月22日金曜日

ハーモニカが盗まれた話

振り返ると、ハーモニカが無くなっていた。 テーブルの上に置いて、台所へ向かおうとしたその瞬間、白い影が横切り、振り返ると、ハーモニカが無くなっていた。

外に出ると、あたりは夕闇だった。

北東の空に白く輝く流れ星ひとつ。

冷たい風と木々のざわめき。

よく朝、ハーモニカはテーブルの上にあった。

氷の粒がびっしりついていた。もう、音は出ない。

2002年3月21日木曜日

流星と格闘した話

夜中に散歩をするのが好きだ。家々の灯りも消えた中、靴音と呼吸のリズムに没頭する。

角を曲がったところで、流星が勢いよくぶつかってきた。

「おい、なにするんだ」

俺は、流星に馬乗りになり殴りかかった。

流星に反撃され、形勢逆転。

「あ。ちょっと待ってください」

俺の顔を見た流星が言った。

「はあ?」

流星は、青く輝いていた。急用らしい。

「すみません、どうやら着地点の計算を誤ったようです」

「……人違いと言うことか?」

「はい、申し訳ないです。大変失礼しました。急ぎですので、失礼します」

そう言うと流星は消えていった。

パーンと黄色い光が遠くに見えた。今度は上手くやったらしい。

2002年3月20日水曜日

投石事件

ある晩、ドッシャ、と音がして振り向くと、床に握り拳大の白い石が落ちていた。

本棚があって、ニスの剥げた机と錆びたパイプ椅子、キゴキゴとうるさいベッドがある、私の部屋。窓からは、空と無花果の木が見える。 その部屋の真ん中に、石がいる。

窓は割れておらず、外には誰もいない。

見上げると月が笑っていた。

2002年3月19日火曜日

星をひろった話

街燈は今にも切れそうな暗さ。外套の前を合わせ、急ぎ足。

と、なにかにつまずいた。

見ると不自然な石が落ちている。拾って、手のひらに載せ、フッと息を吹きかけた。

ふぁァ。と光ったそれは身震いして空へ帰っていった。 「星だったか」

つぶやいて、再び急ぎ足。

2002年3月18日月曜日

月から出た人

ベランダから赤い月を眺めていたら、どんどんこちらに近づいてきて、いつのまにか、あたりは月だらけになった。

ガタピシ

眼の前に黒い四角が大きくなる。

白い髭に黒いサングラスをした男が出てきた。

「こちらにいらして、いっしょに茶でも飲みませんか。極上の玉露と、新潟の煎餅がありますよ」